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【三之陣】 馬超、泊まる

金曜日 夜


「あーあ……」


ひどく疲れた身体をシャワーで洗い流しつつ、李織(いおり)は深く溜息をついた。

バイトを終えて、帰路につく。日が暮れる頃の帰宅にも慣れ、とっくにルーチンと化していたはずだ。

それが不埒な連中に絡まれたと思いきや、何故か古代中国から来た武将と出会い、その武将を連れての買い物などしてようやく玄関へ辿り着いた。

思い返せば、ずいぶん奇天烈な体験に変貌したものである。


どういう原理か時空を超えて現れた三国志の武将、馬超 孟起(ばちょう もうき)

李織の朧げな記憶によれば、その非凡な容姿から彼には「錦馬超(きんばちょう)」なるあだ名が付いていた。当時と今とで基準が違うのかは不明だが、実際会ってみればなるほど確かにそんな風に呼ばれるのもむべなるかなと感じる。

どこか物憂げな雰囲気を湛えた生真面目そうな顔が、目つきの鋭さから来る近寄り難さを中和していた。


さて、蜀の国へと戻りたくてうずうずしている彼に言い聞かせ、とりあえず今日の所は大人しく泊まるということで納得させたまではいい。

二人分の夕飯を調達するべく行きつけのスーパーに立ち寄ったその前後――――


『さっきからあちこちで光を放っているアレは何なのだ?』


『あれは街灯。電気で光ってるの』


『デンキ?なんだそれは?』


『うーんちょっとした雷、みたいな?』


『馬鹿な雷だと?お前が気付いてないだけでやはり黄泉の国なのでは……』


『だ、だからちょっとしたって言ったでしょ?』


――――だとか、


『俺の好物?そうだな。腊肉(ラーロウ)に、猪肚骨头(ジュードゥグートウ)……』


『な、なにそれ?全然分かんないけど無いよそんなもん!』


『ならば仕方ない。ありきたりだが焼いた鹿で良しとしよう。羊や兎でもいいぞ』


『すいません無いっす。ブタ料理とかで勘弁して』


――――だとか、


『待て、そういえば酒の蓄えはあるのか?飲み物を持っていないようだが』


『買わないよ!この国ではねぇ20歳未満が飲んじゃいけないの』


『なんだそんなことか。俺なら47ゆえ問題あるまい。買いに戻ろう』


『あ、思ったより歳くってた……じゃなくて!馬超さんお金持ってないじゃん!

 まさかオンナコドモにたかる気、将軍さま?』


『むむむ……』


――――だとか、次から次へと説明のための説明が求められる問答を繰り返す羽目になったのだから。


何しろ相手は現代に迷い込んだ古代人である。

そうとは知らずにおよそ1800年ほどのジェネレーションギャップに晒されているのだ。

見るモノ全てが冗談めいた何かに見えるに違いない。

中国人であるはずの彼に日本語が通じるだけでもまだ情けがあるというものだ。


帰宅した後、李織は夕飯より先に入浴を手早く済ませた。

彼女の自宅の間取りは2K。一人暮らしを決め込んだ当時、複数のアパートのオーナーをしている叔父が安上がりな物件を共に探してくれたのだ。

が、手ごろな所は既に埋め尽くされてしまっており、結果として今のアパートを選ぶこととなった。

一部屋が5畳と微妙に狭く使い勝手はイマイチなものの、父の李織への接し方を見かねた叔父が厚意で家賃を幾分かおまけしてくれているのでとても助かっている。

彼女としては金銭的な援助までは不本意な部分もあるが、背に腹は代えられなかった。


普段の李織であれば、シャワーが終わればバスタオルを巻いた姿で机やベッドの部屋まで戻るのだが、

その空間に馬超が鎮座している今はそうはいかない。

よって、あまり有効活用できておらず半ば物置と化しているもう片方の部屋でパジャマに袖を通した。

首尾よく1Kの部屋が見つかっていたら四六時中誰かと一緒の空間で過ごすことになったかと思うと、

運とは分からないものである。


『絶っっ対そこら辺の引き出しとかクローゼット……扉には勝手に手を出さないこと!OK?』


『安心しろ、賊の真似事などせんわ。我が軍において不要の略奪は極刑ぞ』


入浴前、自室に残った馬超には念のため釘は刺しておいたし、ああ言った以上変なことはしないと思う。たぶん。


とはいえ、自分でない誰かが一人で自室に居るという状況に至り、いよいよこれは由々しき事態だと思い知った。やはり一人暮らしの住まいに成人男性を連れ込むというのはいささか、もといあまりに早計だったのではなかろうか。


でも仕方ないじゃないか。警察に後を任せたところで、あの現場を見ていなければ馬超が何を供述しようと理解を示せるとは到底思えない。あしらわれるか、精神鑑定か、あるいは揉め事に発展しての逮捕か。

いずれにしても馬超にとってプラスに動くことはないだろう。


いやしかし、本当にそれだけだろうか?


曲がりなりにも自分を救ってくれた謎のイケメンと、実は名の知れた伝説に出てくるツワモノだった彼と共に逃避行。

なんの前触れなく実現したその、誰もが一度は妄想するシチュエーションに浮かれてなどいないと、

果たして言い切れるだろうか。

40代で無一文のおっさんだけど。


まったく自分というヤツはそこまで能天気だったか。頭を痛めつつ、着替えを終えた李織は戸を開けた。


壁際のベッドと机に圧迫された空間の中央に座卓が鎮座するいつもの部屋。

そこでは現代に迷い込んだ古代人こと馬超が、初めて見たであろう豚の生姜焼き弁当と焼き餃子8個パック、コーンサラダ、そしてリンゴ丸々一個を平らげ、緑茶を啜っているところだった。

言うまでも無く、一食分としては手痛い出費である。


「お先に」


家主ではあるものの、一応先に入浴させてもらったことについて李織は一声かけた。


「――――」


振り返った馬超は、無言かつ真顔のまま微動だにせず淡い青色のパジャマ姿を見つめている。


「な、なに……?」


いったい何の沈黙だろう、と首を傾げた李織はふと思い至る。

普段からパジャマ姿でもブラジャーを着用している彼女だが、どうしても日中の服装と比べれば体形がより浮き出てしまうのが道理。

公園での会話を通じて、この胸が腫瘍の類ではないと馬超も理解した、と思う。

そして馬超が常識の異なる古代人といえど、同じ人間だ。もしかすると……


 (――――えっもしやそういう感じのアレ!?)


異性と付き合った経験の無い李織だったが、自分のそんな姿に異性が見とれてくれるというのはなかなかどうしてまんざらでもない気分であった。たとえそういう関係になりたい相手ではなくとも。


「ちょ、ちょっとやだもうあんまりじろじろ見ないでよ~」


両手で火照る頬を抑え、はにかんだ笑顔で発した冗談はしかし――――


「貴殿もしやこの地の皇族に連なる御仁なのでは……」


――――若干食い気味で放たれた馬超の疑問で即座に撃ち落とされた。

しかも何やら無駄に改まっている。貴殿とか言われたのは初めてだ。


「……はい?」


「失敬。しかしあれ程洗練された味わいの上質な食事、並の身分でありつけるとは到底思えぬ。

 加えてそこの机には紙の束、湯浴み後には別の服、寝台には毛布の類も完備されているときた。

 いずれも民草がおいそれと手に出来る代物ではなかろう。いったい何者でござる」


「――――」


お互いに盛大な早とちりであった。


考えてみれば当然である。

三国志にさほど詳しくない李織でも、馬超が既婚者であることは想像に難くない。

まして17の李織に対して彼は47。下手をすれば親子程度には歳の差がある相手だ。


「……この国では偉くなくても色々手に入るんですー。

 てゆーかそんな偉くて金持ちだったらお酒ぐらい買ってあげたっつーの!」


尖らせた口で、投げやりに解説する。

一瞬、便乗してやんごとなき生まれの姫だとか詐称してやる案も脳裏をよぎったが、

次から次へと襲来する彼の疑問や曲解への対応だけでも手一杯と感じてとりやめた。


「まことか。するとこの国では民でさえこれ程の暮らしを……ってどうしたニシキ?

 なにをムクれている」


「別にぃ。ちょっと脳ミソも洗いたくなっただけ。つまりなんでもない」


つくづく自分の思考回路の単純さに嫌気が差す。

馬超に苛立つのはお門違いだと分かっているが、それでもまるで意に介されないというのはいささか堪えるものを感じた。今まで恋愛の「れ」の字も無かったのは、ひょっとして自分には女性としての魅力が不足しているからだとでも言うのか。


「地味に自信なくすわ……」


近くの壁に備え付けられた姿見を眺めながら小声で呟く。

家族以外の男性に寝間着姿を見られるのはこれが一度目だったのだが。


「いや単にもっと賢い顔が好みだというだけだ。身体つきは別段問題なかろう」


「余計なお世話!」


緑茶のおかわりをがぶ飲みしていた馬超から飛んで来た声に斬り返す。

ようやく火照りが冷めてきた顔が再び熱くなった。


「ふんだ。あたしだって40過ぎのおっさんとロマンスなんて御免よ」


「歳の差か?それ言ったら我が陛下など50の頃に17ほどの女子(おなご)を娶ったと聞いてるぞ。

 無論双方合意の下で」


「――――」


李織にもその話には聞き覚えがあった。たしか、漫画で見た記憶がある。

まだ劉備が益州を手に入れる前、馬超を仲間に加えるより前の時代――――政略結婚の話だ。


「たしか、お相手は孫権の妹さんだっけ」


「ほう、よく知ってるなお主。こんな異郷にも我が陛下の異名は轟いていたか」


「あー……まあ、こう見えてあたし情報通なもんで?」


うっかり漫画の知識として口を滑らせてしまった李織はあわてて誤魔化した。

当時の一般ピープル達は、こうした偉い人の事情についてどこまで把握していたのだろうか?


「ていうか主君のそういう話題って気安くしゃべっちゃって良かったの?」


「問題あるまい。〝恥じることなどではない〟と陛下御自身が宴の肴にしてたぐらいだからな。

 あのお方は大概のことはネタにしてしまわれるのだ」


劉備玄徳が配下たちに大層慕われていたことは李織にとっても印象深いところだったが、

馬超のこれも一種のノロケだろうか。


「その孫夫人ってのが女だてらに結構な武芸者だそうでな、陛下が益州に入って間もなくさっさと呉に帰ってしまったとか。いや一度くらいは会ってみたかったものよ」


馬超は口元にかすかに笑みを浮かべている。

遠い目をしたその表情を見て、李織も安堵を覚えた。


「馬超さん、やっと笑ったね。ちょっとだけ」


「む。そうか?」


李織の知る限り、この世界に来てからの馬超は常に気を張っていた。

投げかけられた問いにとぼけた答えを返した時も、当たり屋を事も無げに一掃したときも、

何かに驚いたり警戒していたのだ。

いかに戦場で命のやりとりに明け暮れた歴戦の武人とはいえ、そんな未開の世界に身を置く精神的負荷は決して小さくないと思う。


「ほんとほんと、ずっと仏頂面だったもん。今日の所はもうお風呂使って寝たら?汗臭いですぞ将軍」


「オフロ?おお湯浴みか。何から何までありがたい限りだ。」


さっそく腰を上げた馬超が浴室へ向かっていく。

洗濯済みのタオルを一枚手渡して見送った李織は、ようやく少しは肩の荷が下りた気分になった。

とりあえずはこれで良かった。出来るだけのことはしたと思う。

手探りながら、彼との意思疎通もなんとかなるような気がしてきたし。


ちょうど明日は土曜日。学校もバイトも無い。

だから馬超を今後どうするのか、その辺は明日の自分に委ねよう。

李織が自分にそう言い聞かせた時————


「なあニシキよ。湯浴み場が枯れているのだが?」


不意に扉が開き、全裸の猛将が現れた。


「◆&▼$+#▲*%@!!??」


咄嗟に顔面目掛けて廻し蹴りを放った後、李織は浴室の扉越しにシャワーやソープボトルの使い方を説明する羽目になった。


【今回の登場人物】


錦 李織:当たり屋に絡まれたところを馬超に助けられ、

    そのまま拾ってしまった高校生。

    

馬超 孟起:三国志に出てくる我らが錦馬超。

     死ぬ直前で現代に飛ばされた。

     蜀へ戻りたい。

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