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【十二之陣】 閻潼、部下を見舞う

日曜日 朝



「それではお大事に」


定型文ながら心の籠った挨拶で一礼し、看護師は病室を後にした。


「――――くっそ、せっかくの土曜がパーかよ。

せめて看護師が若い女だったらなぁ」


「おめーが下心出したからこうなったんだろうが」


室内に並ぶ3つのベッドでは、それぞれ一人ずつ怪我人がうなだれていた。

昨晩バイト帰りの錦 李織(にしき いおり)に狙いを定め、結果馬超(ばちょう)に一掃された哀れな当たり屋三人組である。


爽やかな風貌のタイチ、ヒゲ面のテツロー、小太りのヤス。

彼らとて、普段はごく普通の会社の従業員なのだ。


「だからやめとこうっていったんだよ。慣れないことするのは」


「仕方ねぇだろ、巻き上げられた分取り戻すためだ」


三人はギャンブルに依存する傾向があった。

競馬、競輪、パチンコ。それぞれのめり込む先は違えど、最近揃って大枚をはたいてしまった彼らは財布の中身の心許なさに神経を削がれていた。

そしてあの夜、たまたま学生服で人気のない道を歩く姿を見かけてとうとう魔が差したのだ。


結局あの後別の通行人が彼らを発見、病院に運ばれ今に至る。

馬超による怪我は大したものではなかったため、本日退院となった。


「いやでもその割には咄嗟(とっさ)に保険会社の社員だとか妙に手馴れてたような……

お前本当は詐欺の実行犯とかやったことない?」


「人聞き悪いな。生憎こちとら真人間として育ってきたわ残念ながら。」


小太りのヤスが李織に進めた保険は一応存在する。彼らの勤める会社と同じグループに属する保険会社が提供している商品だ。

別の誰かを紹介すれば特典もつくし、なにより社長が同じ人物であるため三人の評価にも繋がる。一挙両得を狙った、という次第である。


「真人間、ねぇ……確かに過去形だな」


やりとりを聞いていた爽やか顔のタイチがぼやく。


「なんだよ、だいたいおめーコケ方が下手くそ過ぎんだよあの子にもバレてたし」


「まあまあ、あの時警官がいなくて良かったじゃんか」


ヒゲ面のテツローがタイチをなだめたその時――――


「良くありませんよ」


いつの間にか病室の入り口付近に立っていたもう一人の男が声を発した。

冷徹に、語彙(ごい)を強めた咎める言葉が部屋の空気を一変させる。


「げえっ、社長!?」


弾けるようにベッドから立ち上がる3人組。


閻潼 猛徳(えんどう たけのり)

グレーのスーツに身を包んで現れた彼こそ、3人の勤める会社や提携している保険会社の社長を兼任する人物である。


「こ、これはこれは。どういったご用件で?」


「お見舞いに来たに決まってるじゃないですか。少し遅くなりましたが、ほらここに。ちゃんと見舞い品も持ってきましたよ」


閻潼は言いながら机に歩み寄り、既に置いていたのであろう果物入りの籠を持って見せた。


「こ、これはどうもご丁寧に。我々たった一日の入院なのにそんなに気を遣って頂いて――――」


「もっとも、ただのお見舞いではなくなってしまいましたがね。理由はもちろんお判りでしょうが」


曲がりなりにも本心だった部下の謝意を意に返さず、(さえぎ)って籠を同じ位置に置き直す閻潼。その隣に並んでいたスマートフォンのうち一つを拾い上げながら続ける。


「二日前の夜でしたね。

なぜこのようなことになったのか、事情は概ね把握しています。

皆さんの素行の悪さは知っていましたので、あらかじめ細工した社用携帯を持たせておいたのですよ。マイクを常時ONにして、勝手に音を拾ってくれるようにね」


「――――っ!?」


三人が凍り付く。

細工の詳細は不明だが、要するに社用携帯を通じて盗聴されていたのだ。

昨晩働いた狼藉(ろうぜき)が全てこの上司に筒抜けだったということになる。


「――――女学生相手に寄ってたかっての示談金詐欺 、言い逃れは出来ませんよ。立派な悪行です」


重苦しい声で判決を言い渡す閻潼。


「「「も、申し訳ありません!勘弁してください!」」」


脊髄反射で、三人は彼に向かい土下座していた。


――――閻潼は警察にも顔が効く男である。


警察署長だった父と市長だった母の間に生まれ、30歳にして複数の会社の経営に携わっている。

つい去年から、ここ漢凪市(かんなぎし)中の病院・薬局が属する医療法人の理事長も務めるようになっていた。

極力避けてこそいるものの、現に何度か法に抵触しかねない手段で事業を推し進めたこともあったのだ。


全ては、ただひとつの目的の為—―――


「私に何かを期待してのことなら(あきらめ)めなさい。この顔はあなた方の盾ではない」


「そ、そんな――――!」


「そこをなんとか!どうかこのことはご内密に!」


「道理を外れて進むのにはそれ相応の信念と、労力が()るんですよ。あなた方をかばったら、私に等価、もしくはそれ以上の何かをもたらせますか?」


「なんでもしますから!」


実際に閻潼の期待する活躍が出来るかは分からない。

いやどちらかといえば三人に自信は無かったが、それでも言い切った。


「――――まあ、いいでしょう。私とて鬼ではない。

それに従業員の失態は私の責でもある。

酒に溺れた末の喧嘩と、何か問われたらそういうことにしておきましょう」


「は、はい!ありがとうございます!なんでもします!」


「よろしい。ペナルティとして存分に応えて頂きますよ」


再び重苦しい声で宣言する閻潼。

そのまま早速一つ目のペナルティを突きつけた。


「―――まず手始めに髪型だ。

全員中央を残し左右を刈り上げなさい。残った髪はトサカの如く逆立てて」


固まった三人だが、1,2秒でその意味を察した。


「そ、それって――――」


「モヒカンっすか!?坊主頭で反省とかじゃなくて!?」


「当然です。ならず者といえばモヒカンと相場が決まっている。

せめて自覚を持ちなさい」


この年下の社長は時折珍妙な価値観を主張してくる。

数年前に入社してから数回しか会ったことの無い三人でもそう聞いたことくらいはあった。

もし彼らが個人の趣味趣向で元よりモヒカン刈りだったらなんと言うつもりだったのだろうか?


「あの社長それは流石に偏見なのでは……」


「無論承知していますよ。しかし世間一般の認識というモノがある。

あなた方はその髪型から何を思い浮かべます?」


「いえ……まあ、世紀末の暴走族とかヤクザとか……?」


お互いの顔を合わせた後、三人の中からタイチが答える。


「そうでしょう。つまりは内面と外見の一致、今のあなた方を視覚的に表現するのに最適な髪型ということです」


「わ、分かるような分からんような……」


何か突っ込もうとしたヤスだが、頭の切れる人物による解説交じりの言葉に困惑して言葉を濁してしまう。要約すれば偏見と認めたうえでゴリ押しているのだが、三人は完全に閻潼のペースに嵌っていたのだ。


「応じないのならそれも結構。本来在るべき処へ出向して頂きます。

鉄格子の向こうにね」


「ぐ……」


因果応報というべきか。

あの金曜日までの彼らであれば、この社長から受けた理不尽をパワーハラスメントとして然るべき所へ訴えることも出来ただろう。

だが自分たちの後ろ暗い行為を握られた今、権利を主張する資格などこの三人にはなかった。


「さて、散髪は退院の後になるとして――――」


ぐうの音も出なくなった三人を見た閻潼は室内の椅子に腰を降ろし、ようやく本題に入れたかのように彼らを見据えた。


「それより今は、何を見たのか教えて頂きましょう。

あの夜いったい何があったのか」


「え?もうご存じなんじゃあ……」


「何を見たのか、と言ったのです。

私が把握できているのは言葉のやり取りだけだ」


閻潼はポケットから自身のスマートフォンを取り出して見せると、音声データを再生した。


三人に聞こえてきたのは勿論あの夜の出来事。

ちょうど、突然上から着物姿の男が降って来たところから始まった。


「皆さんの狼藉の中で現れた、あなた方が運ばれる原因となったであろうこの人物について。分かることを洗いざらい白状して頂きたいんです。どんな子細(しさい)な事でも」


それまでより遥かに真剣な目つきで問いかけてきた社長を前に、三人は再びお互いの顔を合わせた。




【今回の登場人物】

閻潼 猛徳:グレーのスーツの男。

     30歳で色んな会社の社長や病院・薬局の理事長を兼ねている。


当たり屋三人組:爽やか風貌のタイチ、ヒゲ面のテツロー、小太りのヤスの三人。

        馬超に倒されモヒカン刈りが確定した会社員。

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