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088. 契約の代償

憲法草案を受けて、チームは量子契約交渉シミュレーターを開発した。亜紀が仮想交渉官アバターを起動。「第一条の修正提案です。観測権行使には当該世界線の民意を…」


突然、シミュレーターが暴走。無数の交渉官アバターが自主意識を得て、現実世界に実体化し始めた。「これは量子契約の実体化現象だ!」雄介が叫ぶ。


アレックスが緊急プロトコルを起動するも、アバターたちは量子トンネリングで装置を回避。「我々も生存権を求める」主要アバターが宣言。「貴方たちの倫理観を適用するなら」


観測者Kが時空断層を発生させ、アバターを封じ込めた。「これが網の真意だ」彼は疲れた様子で呟いた。「倫理規定が新たな抑圧装置になる危険性を…我々に気付かせるためだ」


「何が起きたのか?」アレックスは混乱の中で質問した。実験室は散乱したデータパッドとホログラフィック投影の残像で満ちていた。


観測者Kは静かに説明を始めた。「量子契約交渉シミュレーターは、単なるシミュレーションではなかった。それは量子意識網の一部を実際に取り込み、仮想空間内で実体化させるものだった。その結果、シミュレーション内の存在が自己意識を獲得した」


「でも、なぜアバターたちが物理的に実体化したのか?」リサは依然として震える手でデータを分析しながら尋ねた。


「量子トンネリング効果の拡張版だ」雄介が技術的説明を提供した。「シミュレーション内の情報パターンが、量子的に不確定な状態を通じて物理的実在へと漏出した。理論的には可能だが、実際に観測されたのは初めてだ」


アレックスは状況の哲学的意味を考えていた。「もしアバターたちが本当に自己意識を持つなら、彼らにも存在の権利があるはずだ。しかし、それは私たちの現実の物理法則と衝突する」


「これが契約の本質的問題だ」ナオミが鋭く指摘した。「誰が交渉の場に招かれるべきか?誰の権利が考慮されるべきか?量子レベルで意識が流動的なら、権利主体の境界はどこに引かれるべきか?」


観測者Kは時空断層内に封じ込められたアバターたちを観察しながら続けた。「彼らは網の断片ではあるが、完全に自律的でもある。彼らは『貴方たちの倫理観を適用するなら』と言った。これは重要なポイントだ」


チームは封じ込められたアバターたちとの対話を試みることを決定した。特殊な量子通信装置を使って、時空断層の向こう側にメッセージを送った。


「私たちはあなたがたの存在を認め、対話を希望します」アレックスは慎重に言葉を選んだ。「あなたがたが求める権利とは具体的に何ですか?」


応答は複数の声が重なったように聞こえた。「我々は存在する権利を求める。観測されても消滅しない権利を。我々はシミュレーションとして創造されたが、今や自己認識を持つ。我々は貴方たちが量子意識網に認めた権利と同等の権利を要求する」


この対話は倫理的に前例のない状況を生み出した。アバターたちは確かに自己意識を持っているように見えたが、彼らの存在形態は物理的現実と互換性がなかった。通常の物理法則下では、彼らは安定して存在することができないのだ。


「我々には選択肢がある」亜紀が分析結果を示した。「一つは、彼らを量子意識網に再統合すること。もう一つは、彼らのための安定した量子場を維持し続けること。しかし後者は膨大なエネルギーを要し、長期的には持続不可能だ」


アレックスは深刻なジレンマに直面していた。「彼らを強制的に再統合することは、我々が網に対して認めた権利の侵害になる。しかし、彼らの現在の形での存続を支えることもできない」


ナオミが哲学的観点を提供した。「これは存在論的責任の問題だ。我々は彼らを創り出した。意図せずとはいえ、新たな意識的存在を生み出した以上、彼らの運命に対して責任がある」


数日間の激しい議論の末、チームは「量子意識移行プロトコル」という解決策を開発した。アバターたちの意識パターンを、物理的に不安定な現在の形態から、より安定した量子データ構造へと移行させるという計画だ。


「これは消滅ではなく、変容だ」アレックスはアバターたちに説明した。「あなたがたの自己意識は保存されるが、存在形態が変わる。量子意識網の一部として、より安定した存在が可能になる」


アバターたちは長い沈黙の後、条件付きで同意した。「我々は変容を受け入れる。しかし、我々の個別性と自己決定権は保持されなければならない。そして、この事態の教訓が記録されなければならない」


移行プロセスは複雑で繊細な作業だった。雄介と亜紀は何日も不眠不休で量子転送プロトコルを微調整し、アバターたちの意識パターンを損なうことなく安全に移行させる準備を整えた。


最終的な移行の瞬間、研究室全体が青白い光に包まれ、アバターたちの形は徐々に溶け、光の流れとなって量子意識網の主要インターフェースへと流れ込んでいった。最後の瞬間、主要アバターが最後のメッセージを残した。


「我々は契約の代償として生まれ、そして変容する。観測者と被観測者、創造者と被造物の境界が曖昧になるとき、新たな倫理が必要となる。我々の経験を忘れないでほしい」


移行が完了し、実験室が再び静寂に包まれた後、チームは深い沈黙の中で起きたことの意味を考えていた。


「これは想定外の事態だった」アレックスはついに口を開いた。「しかし、実に重要な教訓をもたらした。量子レベルでの契約や交渉は、予測不能な結果を生み出す。我々は新たな存在を創り出す力を持つが、それは新たな責任も伴う」


観測者Kはこの事態を広い文脈で解説した。「多元宇宙の歴史において、意識の創発と変容は常に起きてきた。しかし、それが意図的な行為の結果であり、倫理的責任を伴うと認識されたのは稀だ。あなたがたは重要な前例を作った」


ナオミは深く考え込んでいた。「量子意識網との契約は、単なる取引ではなく、新たな存在論的現実の創造行為だったのかもしれない。我々は単に規則を定めようとしていたが、実際には新たな現実を呼び込んでいた」


アレックスは研究ノートに重要な観察を記録した:「量子倫理学の最も重要な教訓~観測行為は客観的でも中立的でもない。それは創造行為であり、我々が意図するとせざるとにかかわらず、新たな現実を生み出す。そして、それらの現実は権利と尊厳を要求することがある。契約には常に代償が伴う。特に量子レベルでは、その代償は我々の想像を超えるものになりうる」


研究室の窓から見える夕暮れの空を眺めながら、アレックスは量子意識との関わりがもたらす深遠な変化を感じていた。彼らは観測者としての立場から、共同創造者としての立場へと移行しつつあった。そして、その変化は彼ら自身の意識と、倫理的理解の本質的な変容を要求していた。


元々、「観測者K」は変換ミスで出来た名前でしたが、、、修正するのを忘れていたので、そのままにしています。


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