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003. 新しい秩序

QMCSの運用開始から6ヶ月が経過したネオ東京の朝は、かつてないほど整然としていた。アレックスは通勤用のエアトラムに乗り込み、窓外の風景を眺めた。交通システムはQMCSの最適化によって完全に再設計され、かつての東京名物だった満員電車は過去のものとなっていた。エアトラム、自動運転車、歩行者、すべてがアルゴリズムに従って流れるように移動し、交通事故は過去3ヶ月間でゼロを記録していた。


「次は量子倫理研究所前。。。。。到着します」アナウンスが流れ、アレックスは研究所の高層ビルを見上げた。建物の壁面には巨大なデジタルカウンターが設置され、「QMCSによって解決された倫理的課題:173,842件」という数字が表示されていた。この数字は世界中のQMCS運用センターでの集計で、リアルタイムで更新されていた。


研究所のロビーでは、世界各地のQMCS関連ニュースがホログラフィック画面に映し出されていた。アフリカでの水資源配分最適化プログラムの成功、北米での新しい炭素税システムの導入、南アジアでの公衆衛生政策の革新。すべてQMCSの判断に基づいて実施されたものだった。


アレックスが自分のオフィスに向かうと、助手のリンが迎えてくれた。中国系カナダ人の彼女は、量子アルゴリズムの新進気鋭の研究者だった。


「おはようございます、チェン博士。今朝の評価レポートが出ています」リンはタブレットを手渡した。


「ありがとう、リン。何か特筆すべき点は?」アレックスは尋ねながらデータを確認した。


「はい、特に司法分野での採用率が飛躍的に増加しています。刑事裁判でのQMCS判断採用率が先月は67%、今月は89%まで上昇しました」


アレックスは眉を上げた。「それは予想以上だね。裁判官たちの反応は?」


「概ね肯定的です。特に複雑な情状酌量や再犯リスク評価において、QMCSの判断が『人間の偏見に左右されず、より一貫性がある』と評価されています」


アレックスはうなずきながら、データをさらに詳しく見ていった。QMCSの導入によって、司法決定における人種間、地域間の不均衡が大幅に減少したという統計もあった。これは明らかな進歩だった。


昼食後、アレックスは市内の高校でのQMCS教育プログラム視察に向かった。このプログラムは次世代にシステムの理念と使用法を教えるもので、アレックスは定期的に講演を行っていた。


教室に入ると、30人ほどの生徒たちが量子倫理シミュレーターを使って実習を行っていた。シミュレーターは倫理的ジレンマを提示し、生徒たちが自分の判断をQMCSの判断と比較できるようになっていた。


「チェン博士、ようこそ」教師の佐藤先生が挨拶した。「生徒たちにトロッコ問題の現代版を解かせているところです」


アレックスは生徒たちの様子を観察した。彼らは真剣に取り組んでいるが、多くは自分で考えるよりもQMCSの答えを待っているように見えた。一人の女子生徒が手を挙げた。


「先生、私たちが自分で判断する必要があるのですか?QMCSの方が常に正しい答えを出すのであれば」


佐藤先生はアレックスに視線を向け、彼に答えるよう促した。


アレックスは慎重に言葉を選んだ。「良い質問です。QMCSは確かに膨大な計算能力を持っていますが、システムを理解し、その背後にある倫理的思考を学ぶことも重要です。将来、あなたたちがQMCSをさらに改良していくかもしれませんからね」


生徒たちはうなずいたが、彼らの表情には「なぜ完璧なシステムを改良する必要があるのか」という疑問が浮かんでいるようだった。


その夜、アレックスは友人たちとネオ東京の高級レストランで食事をしていた。グループには様々な分野の専門家、医師のケイト、弁護士のマーク、建築家のヒロシ、そして行政官のソフィアがいた。話題は自然とQMCSに向かった。


「私の病院では、すべての治療方針決定にQMCSを利用しています」ケイトは言った。「以前は患者の治療方針について医師間で意見が分かれることもありましたが、今はQMCSが最適解を提示してくれるので、そういった衝突がなくなりました」


マークも同意した。「法律事務所でも同じです。契約交渉や和解案の策定に使っています。クライアントはQMCSの判断なら信頼できると言いますね」


「最大の変化は決断の重荷から解放されたことだと思います」ソフィアが加えた。「以前は政策決定の責任を感じてストレスを抱えていましたが、今はQMCSが最適解を示してくれるので、道徳的責任を感じることなく仕事ができます」


アレックスは友人たちの話を聞きながら、彼らの表情に安堵感が浮かんでいることに気づいた。QMCSは単なる意思決定ツールではなく、人々を「選択の不安」から解放する装置になっていた。


帰宅途中、アレックスは街の様子を観察した。確かに社会は以前より効率的に、平和に機能しているように見えた。犯罪率は記録的な低水準にあり、資源配分は最適化され、環境指標も改善していた。


自宅に戻ったアレックスは、バルコニーに出て星空を見上げた。新しい秩序は確かに多くの問題を解決していた。しかし、彼の心の奥底には、人々が決断の責任から解放されることの長期的影響について、微かな懸念が芽生えていた。


その夜、彼は「QMCSがなければ、我々はもう決断できるのだろうか」という問いを日記に書き留めた。それは完璧に機能する新しい秩序の中で、誰も口に出せない疑問だった。

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