ユアンとカズン
目を開けても何も見えない真っ暗な場所にいた。
足元は石畳で砂利がザラザラと落ちていて、私はその石畳の上に右頬を下にして倒れていた。
何があったのか理解できなかったのでユアンは瞬きを数回繰り返すだけで動かしたいと思った手足は極力動かさなかった。
ここはどこなんだろう?
ゆっくりと意識を体に痛みはないか探っていく。
どこにも痛みがないことにホッとして、今度は意識を外へと向けた。
指先から少しずつ小さく動かしていく。手首、肘、肩、首を動かしても目は何も映さない。
荒い息を吐く音が聞こえ、ハッと思い出した。
カズンと一緒に街で財布をスッて、カズンが警備隊に捕まったことを。
荒い息の方向へ首を動かしたが真っ暗闇で何も見えない。
さっきまでの慎重さを何処かに忘れてしまって、急いで体を動かし四つ這いになって息の音がする方へと向かった。
布のようなものが手に触れ、カズンかは解らないけど人の胴体だと思えた。
手を這わすとお尻のような膨らみがあり、なら反対側に頭があると、反対側に手を這わせた。
顔と思える肌に触れ、ピタピタと頬を触れ「カズン!カズン!」と小さな声で呼びかけた。
「うっ・・・」という声がしたので慌てて口を塞いで「静かにしろ。状況が解らないんだ」と伝えると口を押さえた手に頷くのが伝わった。
俺は耳元で「どこか痛いところや苦しいところがあるか?」と聞いたら「蹴られた腹が痛い」と言った。
「ヤバそうな痛みか?」
「いや、大丈夫」
ある意味俺たちは怪我をしなれている。
本当にやばい怪我と、時間が経てばなんとかなる痛みとの判断はつく。
「俺たちスリで捕まったのか?」
「だと思うんだけど・・・。人さらいにかもしれない」
俺は「なら俺たち奴隷落ちか・・・?」とため息をついた。
「体起こせるか?」
「ああ。大丈夫だ」
「目が闇に慣れても何も見えないってことは光が入らないところに閉じ込められているんだよな?」
「そう思えるよな・・・?」
「何が起こるのか・・・」
「こええなぁ・・・・」
カズンはブルリと体を震わせた。
「ああ」
少しカズンの足元の方に体を動かすと、垂直に伸びた石畳に手が触れたので、そこにもたれて一息ついた。
「留置所じゃないよな?」
「それなら明かりがあると思う」
「だよなぁ・・・」
本気で嫌な予感しかしない。
右斜め前方からガチャガチャと鍵が開けられる音が聞こえ、扉らしきものが開いたのと同時に光が入ってきて、眩しくて目が開けていられなくて俺は眼の前に手をかざして薄目を開けて光の方へと体を向けた。
前方には鉄格子も何もなく、ゴツゴツとした岩肌の部屋だった。
明かりが入ってくる場所だけが出入りできる場所だということも解った。
「小僧共、ちょっとはこりたか?」
「何がです?」
「立て」
俺たちはソロソロと立ち上がり、二人くっついて入口立っている男から少しでも遠ざかりたくて無意識に体は奥へと動いていっていた。
「付いて来い」
カズンが俺の服の裾を掴み、俺たちは一歩足を踏み出した。
男が立っていた出入り口から出ると、そこは見たこともないような景色が広がっていた。
大人から子供までが忙しそうにしているのが見える。
「お前達は王都のスラム街で悪さばかりしていたから、俺たちに預けられた。ここでは働けば飯は食わすし、好きな女が出来れば結婚もできる。ただここから出るには大人になって悪さをしないと俺たちが判断しないと出られない」
「もしかして島流し?!」
「そうだ。だが噂になっているような場所ではないから安心しろ。まぁ、犯罪者がいることはいる。お前達のように生きるために仕方なくって奴がほとんどだけどな。飢えた子供達が安全に暮らせる場所だと思ってくれていい」
「安全な場所?」
そんな話、信じられないと思った。
「王都にいたらいずれ捕まるか、殺されるかだろう?」
確かに、俺たち明日を考える余裕はなかった。
「バルバッサロ!!この二人に飯を食わしてやって、部屋へ連れて行ってやってくれ!仕事は明日からでいい。どちらか一人は憲兵に腹を蹴られていたからそれも見てやってくれ」
「解りました」
「あの男についていけ。とりあえず飯を食ってこい」
俺たちは言われたとおりにバルバッサロという男の後ろについて行き、本当にカズンは医者に診察してもらえて、腹いっぱい飯を食わせてもらえた。
部屋はカズンと二人部屋で、仕事をちゃんとこなすようになると一人部屋ももらえるようになると聞かされた。
ここは島で周りは海しかなかった。
南東の方角に陸地が見えたが、とても泳いで行けるような距離ではなかった。
俺達は与えられた部屋と服を貰って翌日「何が得意か聞かれ」て「得意なものが解らない」と答えると、俺達は暫くバルバッサロに付いて回れと言われた。
バルバッサロは人使いが荒かったが、暴力や出来ないことなどの無理は言わなかった。
「昨日行った医者の場所がわかるか?」
「はい」
「ならこれを持っていってくれ」
そう言って大きな袋と、洗濯された綺麗なシーツなどを渡されて「俺は暫くここにいるから、医者に渡したらここに戻ってこい」と言われて俺たちは医者の下へ急いだ。
医者はカズンを見て「腹を見せろ」と言ってまた診察してくれ、湿布を張り替えてくれて「戻っていい」と言われた。
「ここに居たら飯には困らない気がするな」
「・・・そうだといいな」
バルバッサロのところに戻ると「湿布くせーなぁー」と笑い、昼飯を食いに行くぞ。と食堂へと行くことになった。
朝も腹いっぱい飯が食えたし、昼も食わせてもらえている。
今のところ雑用しか出来ていないが、雑用も必要なのだとバルバッサロは言った。
「できることをできるやつがやりゃぁいいんだ。慌てることはない。まずはこの島にどこに何があるか覚えてくれ」
ユアンとカズンは半月ほどでこの島のことを知った。
あとから来た子供たちにも飯はちゃんと与えられている。
周りは海なので、肉はめったに食べられないが魚は毎日食べられた。
今日は王都から船が戻ってくる日で、皆が首を長くして待っている。
牧場で働いていた一家がこの島にやって来て、島の端っこで動物を飼うことに決まったらしい。
全員に当たるようになるまでにはまだまだ時間がかかるらしいが、何年か先には新鮮な牛乳や肉が食えるようにしていくのだと大人達が言っていた。
ユアンとカズンはしっかりご飯が食べられるようになり、背がグングン伸びていった。
二人にヒゲが生えるようになった頃、頭領に聞かれた。
「この島を出ていってもいいし、ここに残ってもいい。好きな方を選べ」
カズンは残る方を選んで俺は出ていく方を選んだ。
仕事は貴族様の小間使だと言われた。
カズンに見送られて、俺は王都の貴族様の屋敷へと頭領に連れて行かれた。
十歳ぐらい年上の人に預けられ、その人に屋敷の主は旦那様と呼ぶようにと言われ、一週間の休みと小遣いを握らされて、今の王都にどこに何があるか自分の足で調べてこいと言われた。
俺が知ったことは王都にスラムをなくすために、俺たちが連れて行かれた島が用意されたということ。
王都は様変わりしていて俺が知る王都はどこにもなかった。当然スラムもなくなっていた。
王城が中心に据えられ王城から近い場所に貴族が住み、平民達が住むところへと広がっていてた。
犯罪がなくなることはないらしいが、親が居ない子供がウロウロと食べ物を探しているような姿は見られなかった。
平民の子でも両親が亡くなった場合、小さな子供だと教会で育てられ、八歳頃になると島に送られる。
後は俺たちのように手に仕事をつけて、外に出るか島に残るかを選ぶことになる。
犯罪者は労役へ行かされ、犯罪者予備軍は島へと連れて行かれ、性根が治らないものは労役へと移動させられ、真面目に働くものは王都に戻して本人が望む仕事、もしくはその才能のある仕事へと斡旋することになっているらしい。
カズンは島で役に立つことを選んだだけで、外に出せなかったのではない。
俺も島の役に立ちたいと思ったから外へ出ることに決めた。
住み込みの仕事なら島へと現金を送ったり、必要な物資を用意することができるから、俺は島から出ることを選んだ。
俺は必死に働いて小さな失敗をし、時には大きな失敗をしながら十年が経ち旦那様に「使い勝手がいい」と言われるまでに成長できた。
そして、島から出てきたばかりの子供を預けられ、俺がこの屋敷で育てられたようにその子を育てる。
五年ほど経つと、俺を育ててくれた人は貴族の位が高い屋敷へと移ることになり、島から出てきた子供の面倒は俺一人で見ることになった。
また五年が経ち島からの子供がやってくる。
俺が育てた子供が立派になって、島から出てきて直ぐの子供を育てるようにと任せる。
時には手助けをしながら、五年が経ち俺は位の高い屋敷へと職場を移すことになった。
そこで五年勤めるとさらに上の位の屋敷へと移ることになり、それが繰り返され、俺は伯爵位までの屋敷なら自分の主を自分で決められる様になった。
侯爵以上の屋敷は小間使いであっても、執事であっても貴族しか雇わないので、どんなに頑張ってもそれ以上上に行けることはない。
そうそう、俺は二十三歳の頃に結婚した。子供も二人いる。その妻に「島に戻りたい」と伝えると「一緒に行きます」と付いてきてくれることになった。
俺は島に戻ることを選び、目端の聞く子供達に貴族の屋敷で勤められる子を育てている。
カズンは俺より早く嫁をもらっていて、一つ農場を与えられそこで牛を育てていた。元気な姿に嬉しくて仕方なかった。
カズンの家で牛肉が出されて、それがとても美味しくてびっくりした。今までで食べた中でも一番美味しいお肉だった。
「船便が止まっても生活に困らないようにするんだ」
とカズンが言った。
俺は「この島から出られる子供を一人でも多く育てるよ」と決意を固めた。




