1.
「村の家畜の相次ぐ病死が、先日催されたと告発のあったサバトに原因ありとの確たる証拠が出た」
「これより、異端審問にてサバト参加者、魔女と判じられた者達の、処刑を執り行う」
執行官の朗々とした声が村の広場に響き渡る。
広場には、下に藁や薪が積まれた大きな柱の周りに、手を縛られた複数の男女が立たされていた。
「魔女共め!」
「お前達に救いの日は来ない!」
「この、悪魔!!」
「汚らわしい!」
取り囲む者達は興奮し、立たされた人々に向かって容赦なく石を投げつける。
「神様」「お救い下さい」と周りが泣き叫ぶ中。
「助けて、魔女様」と、魔女として立たされた、ただの少女が囁いた。
「いらっしゃるなら応えて。貴女の力をいま、見せて」
「どうか、どうか助けて」と。
アナベルは息を呑んだ。正真正銘魔女である彼女は、正しく少女の隣に立たされ、手を縛られて頭を垂れていた。
なんとまあ、とアナベルは思う。
まさか今生との別れを覚悟して大人しく捕まった最期の段階で、力を求められるとは。
魔女の助力を乞い願う、少女の横顔を盗み見る。
血の気が引き恐怖に震えてはいるものの、幼さの残る顔は将来さぞ美しい女性になるであろうことを予感させた。
その向こう側に、こちらを眺めつつ醜い笑みを浮かべる少女と青ざめた青年も見えて、なんとなく事情を察する。
想像がもし合っていたとすれば、全く馬鹿げた話だ。だが、馬鹿げた話がまかり通るのが、この世界なのだ。
人間の醜い部分を見続けるのもうんざり、沢山。だから、もう見なくて済むようにと覚悟を決めていたのに。
アナベルは少女に小声で話しかけた。
「……あたしのこと、信じるかい?」
少女はアナベルの方を向き、涙を湛えた目で真っ直ぐ見つめる。
アナベルは頷いてやった。
どこへたどり着くのかやってみなければ分からないが、穏やかで幸せな生活など到底望めないこの世から逃れられるのなら。
いっそ自分達を送りつけてやろうじゃないか、得意の転移魔法で。
アナベルは、緊急用に街の周りに設置していた魔法陣を起動すべく、まじないを使って縄を解き、両手を空へ高く掲げてゆっくりと口を開いた。
「聞け、創世の女神よ
異界の地との縁を結べ!
聞け、地の女神よ
異界の地への道を示せ!
彼の地まで迷わぬ様
全てを照らし出せ」
突然、村の広場に強い突風が吹き荒れ、土埃が舞う。
空には黒い穴が出現し、それは徐々に大きくなっていく。
「聞け、天の女神よ
異界の空へ連れ去れ!
我に翼を授け
彼の地に届くほどの風を起こせ」
上空の異変に気づいた幾人かが指をさして叫び始め、広場は更に混乱を極めた。
アナベルは、徐々に変化していく腕と足を思いっきり伸ばす。
ああ、自由になれる。
高揚感と期待感で、胸が高鳴る。
「生まれし地を離れようとも
その力、愛は永遠なり!」
アナベルは呆然と立ち尽くす少女の頬に、己の嘴を軽く押し当て振り向かせた。
少女はアナベルの姿を見て僅かに逡巡したものの、差し出された背中にしがみついた。
『さあ、新しい世界へ旅立とうじゃないか!』
大鷲となったアナベルは、少女を背に乗せ大きく羽ばたき地面を蹴った。
『あたしらと、あたしらを排除したくそったれな世界に祝福を!!』
―――――――――――――――――――――
時は精霊暦7605年。首都アドニスから森を行く度も抜けた村のとある酒場。騎士総勢十五名の集団が大きな音を立てて扉を開けて駆け込んできたのは、日が傾き始めた時刻のことだった。
「くそっ、城からの返答はまだか?!」
「こんな小隊だけでは絶対に対処できないぞ」
「こちらからの伝達もまだ届いていないだろう」
「ついさっき降臨されたばかりだ、城の魔導師様達がもし気づいたとしても、城からここまで、どうやったって丸1日はかかる」
「何故竜の方が先に気づいた?!」
「場所が」
「そもそも何故いまあの場所で」
「出立前の予測には出ていなかった」
「いまはそんなこと話している場合じゃないだろう?!」
ウェイターは騎士達の怒鳴り声と鎧のぶつかり合う音に気圧され、キッチン辺りまで身を引く。夕食時を前にぽつぽつと入っていた客達は身も声も顰め、遠巻きに眺めていた。そして、一人の騎士を中心に動いていることに次第に気づき、視線をそちらへ向け始める。
白い布に包まれ騎士の腕の中で大事そうに抱えられているのは、小さな赤子に良く似たモノ。
まさか、と客達が騒めく。
「このままでは村ごと焼かれてしまう」
「村はずれの畑に出没する魔物を追い払うだけの仕事だったのに」
お包みを抱えた騎士が、悲壮な声を上げた。
「私達……いや、私が、当代の“姫さま”を失うのか……」
「あのー、ちょっと申し訳ないんだが、騎士様方」
漂う絶望感を断ち切るように、厨房から出てきた店主が声を掛けた。
「何故集会所へ行かずに酒場へ入られた? もし本当にその子が“姫さま”で、保護を求めているなら、駆け込む先としてここは適切ではない。対抗手段は何もないぞ。
まあ、こんな辺鄙な村じゃ、集会所にだって大したものは無いが」
「村の入り口に一番近い建物がここだったからだ! 逆に聞きたい、何故この村は集会所でなく酒場が表に立っている?!」
「あー……まあ、それには深い、深ーい事情が」
店主はあさっての方向を見る。さほど深くはないのだが、話せば長い事情であり、説明するのが面倒臭かったのだ。
「とにかくそれどころでは無い、竜が来るぞ!」
「?! ああ、なるほど、竜、竜か」
店主は腕を組んだ。少し考え込むが、慌てた様子は無い。
「魔女様、きっと気づいていらっしゃいますよね?」
店主の後ろから、ウェイターが声を掛けた。
「連絡必要でしょうか?」
「うーん、いや、恐らく不要だろう。魔女様ならお気づきになるはず」
「マジョ……?」
聞き慣れぬ言葉に、騎士達が首を傾げた時。
「こんにちは」
「こんちゃー!」
「お邪魔しまーす」
「まー」
店にどやどやと乗り込んできたのは、少年二人、少女一人、幼児一人の集団だ。
「てんちょー! 今日夕飯の当番ママの日だから、ママがご飯作り出す前に買って持って帰りたいん、だ、けど……お?」
空気を読まぬセリフで全ての視線を一身に浴びた少年は、堪らず後ずさった。
「え、ちょっと、なになにこの空気?」
「……騎士がいるな。緊急事態だろう」
問われた一番年長と思しき少年が、冷静に返す。
「えー、店長さん、まさか今日ご飯やってないのぉ?」
少女が哀れっぽい声を出した。
「ウソでしょ?」
「せっかくこっそり抜け出してきたのに!」
「ルイス!」
店主が、年長の少年の肩に手を置いた。
「アニー、トム、セオも」
「店長?」
「どしたの」
「竜が村に向かってるそうだ」
「あーあ、竜ね!」
「なるほどそういう」
「いつもより大物かもしれん。お前達、いけそうか?」
「おい、待て店主!」
店長は腕を強く掴まれた。
「まだほんの子どもじゃないか、彼らに行かせる気なのか?!」
騎士達が詰め寄る。
必然、大事に抱えられたお包みが、子ども達に近づくことになった。
「え、なになに赤ちゃん?! 見せて見せて!」
お包みに気づいた子ども達は逆に、真ん中の騎士に詰め寄った。彼の腕はいくつもの小さい手に掴まれ、仕方無しに下げられる。
「おい、気をつけてくれよ……」
抱えられた赤ん坊は、騒ぎをもろともせずすやすやと眠っていた。
「うーわ、めちゃくちゃかわいい」
アニーが感嘆すると、
「んー!」
「あらまあ、セオももちろん可愛いわよ、あちらこちらがむちむちしてて」
一番背の小さいセオに服の裾を引っ張られた少女アニーは、すかさずセオのぷっくりとした頬を屈んで両手で挟んだ。
「すげー、ほんのり光ってる! どゆこと」
「ああ、綺麗だな」
「当たり前だ。誕生されたばかりの“姫さま”だ、普通の赤子ではない」
四人は顔を見合わせた。
一斉に騎士達から背を向けてしゃがみ込み、ひそひそと話し始める。
「ちょっと待って、ヒメサマって、何だったっけ?」
「んーと、あれじゃねほら、結構前にママの授業で」
年長と思しき少年ルイスが、人差し指を立てる。
「“この世界は、以前の世界ではあまり姿を見かけなくなった妖精が、人間の代わり、世界の主体として存在する世界である。
便宜上分類を行う。シーリー・コートにおいては我々の考える人と同じ暮らしを行っている者が多数であり、主に暴力で営みを破壊し、掠奪を図ろうとする者達がアンシーリー・コート。
因みに以前の世界における伝承で語られていた妖精国とは相違点が多いことに注意“」
ルイスがどうぞ、とアニーに手の平を差し出す。
「“アンシーリー・コートは魔物を操る。もしくはアンシーリー・コート自体が魔物である。彼らへの対抗策として、シーリー・コート側には“姫さま”が誕生する仕組みとなっていると思われる“」
アニーはトムへ。
「んーと……“誕生の周期としては約百年単位であり、常時存在するわけではない”?」
トムは首を振り、再度ルイスへ回す。
「““姫さま”不在のシーリー・コートは、魔力を持っていても暴力行為を行わないため、対抗策がほぼ無い。それゆえ人口は増えること無く、村々の間も距離があり、文化も技術も育ちにくい“」
「結論。“姫さま”とは?」
再度ルイスがアニーに差し出そうとした手の平は、しかしアニーの手で握りつぶされた。仕方なくルイスが続ける。
「すなわち豊作と安寧をもたらす妖精、もしくは神の成れの果て。前の世界でところでいうところの、悪魔」
「ちょ、もう少し声小さく!」
アニーがルイスを小突く。
「別に気にする必要無いだろ、この世界には“悪魔”って単語がそもそも存在しない」
憮然と言い放つルイスに、
「なあ、アクマ、とはなんだ?」
いつの間にか屈んで耳を傾けていた騎士の一人が問いかける。
アニーが軽く睨んできたので、ルイスは両肩を上げた。
「ま、とにかくそんな“姫さま”に遭遇するっていう、滅多にないというか、珍しい? 場面に俺達は遭遇してるってわけだ……」
ルイスはうんざり、という表情を浮かべながら、小さく早口で言い添えた。
「ほんとこの世界意味分かんねえ、頭バカになりそう」
どぉん、と大きな音が響く。
「来たね」
「おお、結構重い音」
「デカいな」
「何だ、いまの音は?」
「竜が魔法障壁にぶつかったのよ」
「魔法障壁だと?! そんな、高度な魔術と膨大な魔力が必要とされるものが、こんな村に何故……!!」
「首都にしか設置されていないはず!」
ルイスがあーあ、と言わんばかりの顔をアニーへ向けた。次はアニーが両肩を上げる。
「まあまあ」
トムが間に割って入った。
「てか、なぜに酒場へ入っちゃったの?」
「だから、村の入り口に酒場が堂々と立っているここがおかしいんだ!」
「全ての原因は目の前にいるんだけどな」
というウェイターの呟きは、誰にも届かない。
「へえ、“集会所”は、やっぱり基本的には村の入り口にあるってことか」
ふんふん、とトムが満足げに頷いた。
「で、お兄ちゃん、どうしよう?」
「やるならいますぐ動かないと、ママが来ちゃうぞ」
「……この子は、守るべきものだったよな?」
「って、ママは言ってたよね」
「てか、むしろオレ達で倒せない?」
「お前……」
トムの無邪気な顔に、ルイスはため息を吐いた。忘れっぽいとは思っていたが、ここまでとは、という心境である。
「できるでしょ、オレ達なら」
「さて、どうだか」
「ルイスってやっぱ慎重派だよね」
そこじゃ無いんだが、とルイスは思う。
アニーは後ろで、トムとルイスを不安そうに交互に見比べる。
「ママは守るべきって言ってるんだし」
「申し訳無いが、俺にはお前達が一番大事だ。それに、魔女の言うことなんて従いたくない」
「ちょっとお兄ちゃん!」
「いや、待てよ、倒す……なるほどそうか、むしろ逆だ」
ルイスが口元に悪い笑みを浮かべ、アニーは大きくため息を吐いた。
「ルイス、頼めるか?」
店主が声を掛けた。
「おい店主」
騎士の一人が、再度店主を窘めようとした時。
『あー、あ』
小さな手が、ルイスの方へ伸ばされた。
騎士が止める間もなく、ルイスがすぐさま近寄り指を差し出すと、きゅっと握り締められた。
途端に、高揚に似た、不思議な気持ちに囚われる。
「あなたを害する全てのものから、俺達が守ります」
誓いの言葉は自然と口を衝き、ルイスは物語の騎士の如く、赤子の小さな手の甲にキスをした。
「いよーし決まった、やるぞ!」
トムが両腕を振り上げて叫んだ。
「おー!」
「おー」
アニーとセオが、こぶしを突き上げる。
「騎士様方、倒し終わったらオレ達全員に、ご飯奢ってね?」
トムが言い残し、子ども達はあっという間に外へ飛び出して行った。
「お前達!」
止めようとした騎士のうちのひとりの肩に、店主が手を置いた。
「彼らに任せておけば心配ないさ」
「っ、私を含め五人残る。他十名は、彼らについて行け!」
「はっ!」
子らと騎士達は村の入り口の広場に出る。
身体の大きな竜は、既にその顔を森の奥から覗かせていた。
「始めるぞ」
ルイスの声掛けに、子ども達が頷いて応える。
めいめいに手を繋ぎ、一つの輪になった。
「我らきょうだいが希う」
『この地に宿りし女神 男神よ
聞き届け給え
繋がりが 薄いものは より濃く
散ずるものは 集まり
新しきものは 古く
小さきものは より大きく
柔らかいものは 固く
弱くものは より強く
全ての意味は反転する』
『女神 男神よ
愛する子らに 祝福を』
『さかさま!』
「……おお?!」
大きな物体の気配に、騎士達が声を上げた。
立ち昇るった噴煙が噴き去り、その場に立っている者の姿が露になった。
「なんだありゃ?」
一番小さかったセオが、巨大化していた。大きさは、竜とさほど変わらないくらいだ。
「「ふんっ!」」
ばしん、と派手な音が鳴り響く。
気合いと共に、巨大化セオが竜に平手打ちを喰らわした。
「「なーんだ、ただデカいだけで、いつもの竜と一緒じゃん」」
「「気を抜くなよ。まだ分からない」」
「「んっ!!」」
「「口!」」
正面を向き直り開かれた竜の口の中に、小さな火の玉のようなものが現れた。すかさず巨大化セオが上顎と下顎を掴んで口を閉じさせ、
「「ぬんっ!」」
竜を顔から捻り倒した。
「「いよっしゃあ!」」
だが、地面に臥したと思われた竜はすかさず体勢を立て直した。
「「ええー、嘘でしょ」」
「「もっかい!」」
「「ふんぬっ!!」」
再度、竜を頭から捻り地面に落とす。だが、竜は間髪入れずに立ち上がる。
「「何これ気持ち悪い!」」
「「尻尾を使って上手く体勢を整えてるな」」
「「ほっ」」
「「冷静な分析ありがと、で、どうする?」」
「「尻尾を潰すか……」」
「「ぬんっ」」
「「踏んづけたら切れるかなあ?」」
「「生え変わったらどうする」」
「「うーわ気持ち悪っ」」
因みに子ども達は巨大化セオの中に吸収されており、話し合いは全て巨大化セオの口から流れ出ている。側からみれば、独り言を延々呟く奇妙な幼児巨人が延々、竜を頭から捻り落とし続けているようにしか見えない。
騎士達は、唖然としながら彼らの様子を眺めていた。
「「えーん、もう埒あかなーい」」
「「出しちゃう?」」
「「あれを? でも確かあれは」」
「「やるか……」」
「「お兄ちゃん、本気?」」
「「ああ、やるって言っただろ」」
「「ええと、呪文なんだったっけ?」」
「「ほんと忘れっぽいな。後に続け」」
巨大化セオは左手で竜の口を掴んで塞ぎ、右手を開いて空へ突き上げた。
『我らを守りし女神 男神
この手に――』
っこーん! と大層良い音が響き渡り、
「「痛った―!!」」
一拍置いて、巨大化セオが叫んだ。
「お前ら、何してんだ!!」
振り返ると、そこには箒に乗った、
「「マ、ママー!!!」」
凄まじい形相の魔女・アナベルがいた。
「ったく、あたしがエレノアと話してる最中に家抜け出して、何してるかと思えば……」
子ども達は酒場の床に座らされ、アナベルはその前に仁王立ちしていた。
「エレノア母様とふうふ水入らずにしてあげたんじゃん、そこは感謝してよー」
「あーはいはい、どうもありがとよトム。でもそれはそれ、これはこれ!」
「いでで」
トムの頭がぐしゃぐしゃっ、と乱暴に撫でられた。
「だって、竜がそこまで来てるって言うから」
「別に戦うなっつってんじゃないんだよ、戦う相手くらいちゃんと観察しろ。目を回してただろ? すでに戦意喪失してた。現に、お前達が手を離した途端逃げ帰っただろうが。それに」
アナベルは、はあ、と大きなため息を吐く。
「とどめを刺そうだなんてバカなことは考えるなといつも言ってるだろ。特に巨大な竜はどうしたって消滅させられない、そういう世界の理なんだよ。最悪、お前ら自身に跳ね返るんだぞ」
「わー、そうだったそうでしたごめんなさい!!」
「あと。ルイスお前、トムが忘れてるからって、ワザと止めなかっただろ」
ルイスはそっぽを向いた。
「ったく。自分らで自分達を守れる方法を授けろって言うから教えてやった魔女の魔法なのに」
「あんた、魔導師様じゃないのか?」
騎士の一人が、離れたところから問いかけてきた。
「あ、あー……」
アナベルは周りを見渡す。うっかり自宅のノリで叱っていたが、酒場は公共の場所だったのだった。
「申し訳ない、妙なものをお見せした。
とにかくこいつら、ウチの子ども達なんで。連れて帰ります」
「え、嘘ほんと、マジでこのまま帰るの?」
「当たり前だろ。ほら、皆様方に挨拶!」
「ご、ご飯……」
「お邪魔しましたー」
「たー」
『あー』
赤子の声に気づいたルイスが、そっと近寄った。
先刻と同じ様に人差し指を差し出すと、小さい手できゅ、と握られた。
途端に胸の奥が熱くなり、顔が赤らむのを感じたが、その理由について、ルイスはまだ知る由もなかった。
「店長、ご飯、ご飯作って持ってきてー」
「まだ言ってる」
「ああトム、今度来たら奢ってやるから」
「やった! じゃあ次ママの日に……」
「いえお気になさらず、今日もその次も、あたしが作りますんで」
子ども達がぎょっと目をむいた。
「いーやー!!」
「んやー!!」
「自分達で作った方がマシなのにー!!」
「ママのご飯壊滅的においじぐないー!!」
「わがまま言うんじゃない、食事も家事も当番制! 話し合いで決めたんだから絶対遵守!」
「酷い!」
「んー!」
「悪魔!」
ドアに向かって進んでいたアナベルが、ぴたりと止まった。
「わー、違う違うごめんなさい!!」
トムがアナベルの袖を掴んだ。
「言葉のあやっていうか、勢い、ね、ママ、勢いだって!」
「……気を付けろ」
地の底から鳴り響くような低音の声に、その場にいる全員が震えあがった。
「「イエス、マム!!」」
「……おい、彼らは何者なんだ?」
騎士に問われた店主は首を傾げた。
「何者とは?」
「マジョとかアクマとかいう言葉にも聞き覚えは無いが、とにかく一番小さい子どもを除いて全員、耳がとんがっていないし、尻尾も生えていない、ツノも生えていない。
この国のどの種族でも無いということか?」
「ああ、そこ。あまり詮索しないことにしてるんですよ。彼ら家族が住み着いて、まあ、色々、いーろいろなことがあったけども。
最終的に、いつも悪くない方向に落ち着くもんで。出て行かれちゃわたしら、多分、困るんで」
「な、なるほど……?」
『あー、あーあ、あ』
赤ん坊が、手足をばたばたと動かした。
「おや、ご機嫌ですかな、姫さま」
「何はともあれ、これで城へ戻れるか」
「いや、皆腹が減っているだろう。ここで腹ごなししてから出立しよう」
「団体様入りまーす」
「毎度ありがとうございます!」
“姫さま”と呼ばれる神霊の声を、その場の誰も解さなかった。
だが、もしも言葉が理解できたなら、こう聞こえたに違いない。
彼ら一家に祝福を、と。