楊と髙という狸たち①
二人なら壁紙は一度で完璧に貼れる。
「良かった。一回で上手くいけました。」
隣の相棒が大きく安堵のため息をついている。
彼は夏用の白に近いグレイのつなぎを着用しており、当たり前だがそのつなぎの背には百目鬼組とプリントされている。
彼は誰よりも弱々しく可愛らしいために絡まれやすいから、俺のものだと世間に知らしめる必要があるのである。
額の傷は完全に塞がって赤い線に近くなったが、傷の直りが早いというパットがまだそこに貼り付けられている。
彼の傷に目が行くのは、クリップで前髪が上がっているからだ。
彼は毎朝洗面台で身だしなみを整えた最後には、前髪が長くて邪魔らしいがために、無意識なのだろうが水色の蝶々型のクリップをつけて前髪を上げている。
「僕は良純さんが作ってくれた渋い作務衣を着ているのに、最近男の子に見られません。僕はそんなに女性化してしまったのでしょうか。」
うじうじと俺に悩み事やらを打ち明けてきたが、頭に蝶々をつけた男はいないと思うぞ?と俺は彼に真実を言ってやれなかった。
なぜなら、彼が頭の蝶々にいつ気が付くか、俺はこっそりウォッチング中なのである。
「こうして、一度で綺麗に貼れた時は、緊張感もあって壁紙貼りも楽しいと思いますけど、僕はやっぱり良純さんが最近嵌っている土壁の方が好きです。」
「安心しろ。珪藻土を使った壁もそこにつくるからな。」
予定している場所を指し示すと、子供はいつでも土遊びが好きらしく大喜びだ。
脇にメッシュがあり風通りのために少しゆったりしている造りのつなぎを着て、両腕を真横に開いて上下に振って喜ぶ玄人の姿に、なんとなくある生物が脳裏にぼんやりと浮かんだ。
何だっけ?
「お前等、ちゃんとリフォームしているんだ?」
招かれざる客に振り向くと、大きな紙袋を片手に下げた楊がズカズカと入ってきて、窓際の適当な所に座り込んで寛ぎ始めた。
「仕事しろよ。」
「仕事中だよ。」
仕事中だと答えたくせに、紙袋からソーダのペットボトルを取り出した男はそのまま飲み始めた。
楊の相棒という名の黒幕が後からクスクス笑いながら入ってきて、楊と同様にベランダのある窓際に座る。
「すいませんねぇ。本当に僕らは仕事なのですよ。」
髙は下げているコンビニ袋の中から、紫色に濁ったスムージーのペットボトルを取り出した。
「髙さん、おいしいですか?それ。」
食欲魔人の玄人が羨ましそうに髙に声をかけた。
合成添加物や甘味料に煩い癖に、新発売の健康ジュースやカフェイン増強の炭酸類は大好きな子供だ。
彼は玄人に尋ねられると眉をキュッと中心にして不味そうな顔をしたが、すぐに普通の顔に戻して「おいしいよ。」と答えた。
髙、それは幼子にやるおどけだろ?こいつは成人だぞ。
だが、成人のはずの玄人は旨いか不味いか判らないと、うろうろと髙のまわりをうろついて伺っていた。
はあ、帰り道で同じものを買ってやらないとだな。
「偉いよね。引き渡してお仕舞いでいいんじゃないの?」
「ふざけるな。俺が不完全な物を客に引き渡すか。」
当たり前だ。
不完全なものを売りつけたと知れたら、俺の信用問題だ。
普通の売買でないのならば、尚更完璧で最高な状態で引き渡さなければならないものなのだ。
「え?リフォームですか。私に意見を言えと。」
俺の経を浴びた蒼煌は全ての能力と毒が抜けた反動で倒れて入院することになったが、そんな入院した息子を見守る男に病室でさせる話ではないだろうが、大事な契約なのだから仕方が無い。
「当たり前でしょう。あなたが持ち主です。この金額は、今回私が室内リフォームを完了した時の金額設定なのです。契約時に説明しましたよね。これが、リフォーム後の完成予想の図と仕様書です。このリフォームが気に入らないのであれば、別な案も提示できますよ。この予算内で。」
馬鹿な息子を育てた親は矢張り馬鹿なようで、え?え?と疑問符を俺に返すばかりで俺の言葉が理解できないようだった。
「ですから、普通でしたらリフォームが完了してからの販売ですが、リフォーム途中で購入者が決まった物件ですので、お客様の意見を取り入れたリフォームに変更できますよと、そういうわけですよ。」
俺の親切な説明にようやく諒解したらしい錦織は「あなたの予定通りのリフォームでお願いします。」と答えたのだった。
全く、契約書をよく読めよ。
リフォーム完了後に引渡しと記載してあるだろう。
「錦織のパパが出頭してきたのはお前に毒を抜かれたからだと言っていたね。」
楊が揶揄うように俺に声をかけるが、俺に毒を抜かれたというよりも正気に戻ったが正しいのではないだろうか。
呪いで自分が死ぬと錯乱している息子を守るためなのか、瑛士は息子の言うまま願うまま、様々な物を買い与え、最終的には死体を電柱に吊るすことまで行ったのだ。
「俺は何もしていないよ。」




