とある警察官の無法行為②
俺は受付の空っぽの大型ソファに当時の空っぽな店内の事を重ねて思い出し、今日はいないという若い女性達の身の上を考えてぞわっと背中に怖気が走った。
そこで大きくはぁっと息を吸いながら目をぎゅうっと瞑ると、少女たちの恐怖と苦痛が俺に襲いかかってきたのである。
ぐらりと足に力が抜けそうになった一瞬、それを救ったのは皮肉なことに俺達が取り調べる目的の「社長」であった。
「先日はウチの社員がご迷惑をおかけしたそうで。私は社長の轟と申します。」
にこやかに挨拶した男は、俺達を社長室の応接セットへと誘い、俺は誘われるままソファに座り何気なさを装い外を見ると、社長室のベランダと社員が使っている事務所がベランダで繋がっている事が見て取れた。
「ベランダに出てもよろしいでしょうか?」
ソファに座りもしなかった葉山はベランダを観察していたのだと判り、自然に体からは余計な力が抜けて、顔などはにんまりと綻んでいた。
そして俺達は目の前に座る社長の意見も聞かずに、示し合わせた様に連れ立ってベランダに勝手に出たのである。
「屋上じゃなくベランダから飛び降りたって、かわさんは言っているけどね。」
ベランダに出てわかったが、ここから飛び降りるのは無理だろうという結論だ。
狭い道を挟んで立つ集合住宅と向かい合わせであるために、ベランダの柵が目隠しの意味もあるのか高すぎるのである。
この高さでは、女の子が飛び越える前に簡単に捕まえられる。
葉山の言葉は俺と同じ考えによるものだろう。
その時、キャーとかすかな声がして、上のベランダから落ちていく影が見えた。
「そうだね、ここじゃないね。この上の斜め上のベランダからだね。ほら、室外機を置くだけ位の小さなベランダ。」
葉山は俺の指した方向を見て、「見えちゃった?」と聞いてきた。
「見えちゃった。見えたついでに、衣裳部屋に女の子一人と、あの上の部屋に二人監禁されているみたいなんだけど、どうする?」
俺への返事よりも、葉山は上の様子が気になっているようだ。
「どうしたの?」
「うん?上にヤリ部屋があるって言うから先に案内させたけどさ、上の部屋は機材置き場でしかなかったでしょ。あのベランダのある部屋へ行くドアなんてなかったはずだよ。」
この会社はメゾネットの部屋と上階のワンルームの部屋を所有している。
上階のワンルームの部屋を会社と関係がなさそうな個人名で借りているのは、そもそも警察などから「上の部屋を見せろ」と言われた時用にしているからだろう。
警察にはここがメゾネットの部屋となりますと見せつけて、機材置き場でしか無いと思わせるというダミー部屋だ。
「うん。衣裳部屋にその部屋専用の室内階段があるからね。」
俺の答えを聞いて葉山は嬉しそうに「暴れよう。」と答え、提案までした。
「まず、衣裳部屋に突入してそこの女の子を助けたら、完全制圧って、どう?」
俺は笑い出す。
「僕達は完全に孤立無援だって知っている?警察を呼ばれる方だよ。」
「いや?」
「やる。俺も暴れたい。おもしろくないと。」
葉山は嬉しそうにワハハと清々しい青年の声で笑い、続けて不穏当なセリフをも吐いた。
「じゃ、衣裳部屋に漕ぎ着けるように、あの親父をちょっと可愛がろうか。」
いいねと言った俺の声が、飛行機の音に掻き消された。
顔を上げたら、飛行機雲がグンっと青い空を横切っていった。
できた飛行機雲の近くに、真昼の月が小さく白くぽつんといる。
「真昼の月って、トラウマともいうね。」
「友君?」
葉山も空を見上げていた。
すると突然に解放されたかのように、大きな笑い声を彼はあげて、ベランダの柵に背中をかけて大きく反り返った。
彼の髪も上半身のスーツもビル風にあおられ、俺には彼が宙に舞っているようにも見え、彼がこのまま落ちようとしているのではないかという恐れを感じてぞくっと震えた。
俺は彼の体勢を無理やりにでも変えようと手を伸ばした。
しかし、手を伸ばして彼の肩を掴もうとしたその時、彼は静かな声で何かを口ずさんだ。
「鶯は、今は鳴かなむと、片待てば、霞たなびき、月は経につつ。」
「友君?何?それ」
「はは。大伴家持が鶯が鳴かないと嘆く歌だよ。鳥好きのかわさんみたいだなって。俺達の実行しますメールを今かと待っているんでしょう。」
「確かに。さぁ、起きて。あの狸親父達が度肝を抜かすぐらいに暴れようか。」
「狸か。目を見開いて俺達を伺っているフクロウの方じゃない?」
「確かに。じゃあ、行こうか。」
俺達はようやく状況開始できると、上司に開始メールを送った。




