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とある警察官の無法行為①

「すいませんねぇ。少々お時間をいただけないでしょうか。」


 家宅捜査をするには証拠も無い。

 任意で事情を聞きながら、穏便に警察署にご同行願うように誘導するのだ。

 昨夕の作戦会議が思い出される。

 俺は相棒と一緒に上司の前に立たされていた。

 そこはいつもの部署ではなく地下の資料室の一角であり、蛍光灯も半分消された薄暗い状況で、小型の資料机を前にパイプ椅子に座る上司と後ろに立つ彼の副官、そしてその机を挟んだ格好で整列しているしている俺達という舞台設定だ。


 上司のどちらかのお遊びなのかと考えたが、課長のかわやなぎ勝利まさとし警部と副官のたか悠介ゆうすけ警部補は夫婦のように息の合った相棒同士だと思い出して考えることを止めた。

 そんな俺の目の前で、楊は演技がかったそぶりで俺達が事前に提出していた報告書を机に放ったのである。


「これは却下された。」


「えぇ!演技じゃなく?」


 俺が叫び声をあげると、俺の相棒も気が抜けた様にして呟いた。


「うっそ~。」


 楊は俺達こそ演技しろと言いたい目でじろりとにらむと、ふうっと大きく溜息を吐き出しながら椅子に深く沈んだ。


「起訴さえもいけない案件に検事がゴーサインを出す事はないってことだ。特に今の俺達は検察庁に嫌われているどころか目の敵だものね。」


 俺は二か月くらい前に振った愛人が検察庁にいた事を思い出し、痛まない筈の胸を反射的に押さえたが、俺の相棒には違う見解があったようだ。


「それは検察庁のかわさん対策でしょう。」


「あ、そっか。かわさんが元検事長に可愛がられていたから、通常以上に検察庁が厳しいのか。」


 俺の素っ頓狂な声に相棒で同僚の葉山はやま友紀とものりがクスクス笑いをし始め、上司は笑う俺達に少々むくれたか、唇を尖らせた顔をしながら懐から今回の訪問先への通行証ともなる陳情書を取り出した。

 そして、その書類を俺達に渡して念押しをしたのである。


「これは捜査令状ではなく、ただの近隣住人による苦情の嘆願書。これだけで内部に入って貰わないといけない。できるかな。」


 葉山はその書類を軽く読んで口笛を吹かし、俺は彼の肩越しにその書類に目を通した。


「近隣住人て、この人ですか。確かに一人で十人分の存在感ですけど。」


 俺の呟きと同時に葉山も呟いていたのは、やはり相棒だからだろうか。


「捜査令状持った警察よりも怖い人じゃないですか。百人力ですね。」


「あ、友君もそう思うんだ。」

「当り前じゃないの。」


「もう君達は!警察の後ろ盾も無く現場の判断を全部君達に任せる事になるんだから、少しは真面目にしてよ。」


 葉山はハハハと爽やかな笑い声を立て、しかし、そんな好青年風の男にしては捨て鉢な言葉を上司に返したのである。


「真面目ですって。俺がした勝手なことは俺の責任ですから。」


 しかし、上司は眉根を寄せるどころか、涼しい顔で葉山の言葉を流した。


「いいや。部下の責任を取って警察を辞めたいのは俺だから、その特権は渡せない。よって、緊急の場合には行動前に俺にメールをしてほしい。状況開始、と。」


「状況開始、ですか?僕達は警察官ですよ。」

「最近覚えた自衛隊用語を使ってみたかったのですね。」


「うるさいよ!」


 俺と葉山の同時つっこみに楊は場を壊す軽薄な声を出して怒り、髙はクスクスと笑っている。

 上司の斜め後ろで笑う髙は一見特徴もなく無害そうだが、俺の公安時代の教育係でもあった食えない親父だ。


「かわさん、メールは絶対必要ですか?」

「当たり前でしょ。」


 楊の相棒である髙は俺の質問に楊の代りに済まして答えた。



 そして、今だ。

 芸能事務所を訪問した俺達は、楊の言う状況開始には程遠い穏やかな雰囲気で俺達を案内する人間と談笑しているのである。

 その事務所の入り口は、入るとすぐにソファやコーヒーサーバーが並んでいて、風俗店の女の子の待機場のような窓の無い空間がまず俺達を出迎える。

 女の子を並ばせて座らせるための円形のソファがある事に、飾り窓そのままだなと、嫌な気持ちになった。


「ここは、モデルや女優志願の子達の待機場になります。今日は皆出払ってますが、いつもはキャアキャアと煩いくらいですよ。」


 にこやかな割には隙の無い中年のサラリーマン風の男が俺達に応対し、今は社長室へと案内してくれているのだ。

 その広間のドアを開けると、廊下には奥に一室、左右に一室ずつの三部屋があるのが窺えた。

 俺達が案内されたのは奥で、左側は衣裳部屋で右側が社員が詰める事務所だといい、衣裳部屋の隣にトイレのマークの付いたドアがあった。


「上の機材も見せていただきましたし、社長室の前に事務所を見たいのですが。」


「社長が先に皆様とお会いしたいと。すいません。社長も忙しい方ですので。こちらが社長室になります。どうぞ。」


 案内された社長室に居た男は、俺には見覚えがあった男だった。

 表向きに外国人パブを営業して、裏では不法入国者達に売春をさせていた男だ。

 残念ながら踏み込む前に彼は完全に姿を消し、店には何も残っていなかった。

 働かされていたはずの不法入国者達の存在さえ。

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