ずっと、一緒だね
ちゃぶ台に突っ伏した山口の肩を、僕はそっと右手で撫でた。
昨日の夕方、よろよろと一人寂しく松野商事から出て来た彼にしてあげたかった事だ。
いいや、生きている今しか彼に触れられないのだから、僕は彼にできるだけ触れていくべきなのだ。
「ありがと。」
「ううん。」
「俺は情けないねえ。」
「僕も酷い事をしているし。」
山口は自分の腕に顔を埋めたままだったが、フフッと嬉しそうな笑い声を立てた。
昨日の彼は、コーヒーショップの二階で待つ僕の所に颯爽と現れるどころか、僕のいる場所を見上げてから、肩を落として署があるだろう方向へトボトボと歩いて行ったのだ。
ダイゴの目を通して僕が彼の情けない姿を見ていたことに、彼が気づいていたからだろう。
「佐藤と水野の戦い方が見たかったんだから仕方がないでしょう。」
寄る辺の無い哀れな姿で去っていく彼の背に向かって心の中で言い訳を叫んだが、彼に聞こえるわけもなく、そんな駄目な山口の後姿に僕は思わず電話をしてしまった。
彼は立ち止まり、画面を見て出ようかどうか悩み、出てくれた。
「…………。」
彼は僕の方に捨てられた犬の顔をむけて、何も喋らずにスマートフォンを耳に当てている。
僕は僕で何も彼に言えなくて、凄く凄く、いたたまれない気持ちになった。
すると急に思い当たった。
この状態は、幽霊になった僕と彼の関係だ。
互いに認識しているのに何も出来ない。
出来ないか?
できるじゃないか。
そうだ、僕は黄泉平坂の生き物で化け物だった。
僕でしかない僕は、山口にしかなれない山口に気持ちを打ち明けた。
「愛しています。僕を見て。」
僕はゆっくりと山口がわかるように目を瞑った。
すると、コーヒーショップの窓際に佇む目を瞑った僕の姿が見えた。
「僕には君が見ている僕が見える。君には君を見ている僕が見えるはず。」
僕は今度は目を開けて、道路に佇む山口をしっかりと見つめた。
彼も目を瞑り、今度は彼が僕に囁いた。
「ああ、君が見ている俺、だ。」
彼は再び目を開けて、僕を見つめ直して、それから彼は素晴らしい笑顔を僕に向けてくれた。
楊にも、良純和尚にも見せた事がないだろう、希望に輝いた少年の笑顔。
それが、今やコレだ。
職場にてよってたかって揶揄われて笑われた可哀相な生き物になった彼は、世田谷の我が家まで逃げてきたのだ。
明日は仕事を休むと言い張っている。
僕は彼の背中を慰めるように、さらにポンポンと叩いた。
「ありがとう。」
「うふ。」
「お前はいい加減に帰れよ。お前を入れての雑魚寝は狭くて嫌だ。」
空気を読む気など無く、人に物をはっきりと言いすぎる鬼の良純和尚の言葉に、山口はちゃぶ台に突っ伏していた頭をガバっと上げた。
「あなたは自分の部屋があるじゃないですか!」
「お前、俺を熱中症で殺す気かよ。」
良純和尚が凄む。
「二階にもエアコンを入れればいいじゃないですか!俺が買ってやりますよ!」
山口は知らない。
良純和尚は俊明和尚と暮らしたこの家をただ守っているのではない。
一緒にいた時間を守っているのだ。
こんな自分一番の人が、暑かろうが寒かろうが、今まで家にエアコンを入れてなかったのには訳があるのだ。
家に穴を開ける。
それは俊明和尚との暮らしの記憶を破壊することでもあり、彼には絶対に許せない事であったのだ。
だからこそ、彼が僕のために居間にエアコンを設置してくれた事に、僕は彼への感謝と喜びが大きいのである。
「おし、明日電気屋に行くぞ。本当にお前が買うんだな?うちの二階は特殊な工事を入れないとエアコンが設置できないからよ、その設置代も払うのか?室外機のホースだけでも、規格外だと一メートルにつき二千円以上掛かるぞ。」
あ、良純和尚はお金にも汚い人だった、そういえば。
山口が「え?え?」と不安そうにキョドり出して、だんだんと可哀相になっていった。
そして雑魚寝した翌日、嘘を吐けない良純和尚は本当に山口を引っ張って電気屋に向かい、彼に最新式のエアコンを買わせたのだ。
結局山口はエアコン本体代の他に良純和尚が工事するその実費代込みで二十万は奪われ、僕は可哀相に思いながらも、間抜けと、山口を心の中で罵ってしまっていた。
だけど、良純和尚は僕が思っているほど人でなしでは無かったらしい。
すっからかんになった山口に対して、笑い飛ばすどころか温かい言葉を投げかけたのである。
「お前が早い定年した時にうちに住む投資だと思え。これなら俺がお前達を邪魔しないですむからな。」
「パパ!」
山口が良純和尚に抱きつき、すぐに良純和尚に山口は足払いをされてしまったが、転がったまま山口は声をあげて笑って喜んでいた。
その二人のじゃれあいに、僕は心が温まるどころか、悩み事が増えたと言える。
エアコンの寿命は二十年もない、という真実を彼らに言うべきか迷っていたし、何よりも、良純和尚は僕を手放すどころか二十年後は山口までも支配下に置く、という事を宣言しているに過ぎないと、僕が山口に教えるべきかもと悩んでしまったからだ。
気づこうよ!有能な警察官ならば!
だが、安心もした。
僕が死んだ後も山口と良純和尚が一緒ならば、彼らは絶対寂しくはならない。
それどころか、死んだ僕が彼らに忘れ去られる事は、決して、無いのだ。
お読みくださってありがとうございます。
元々あったプロローグを無くし、新しいプロローグを飾った改訂版です。
そしてここで終話するのが物語として綺麗に終わると思ったのですが、もともとあったプロローグや最終章を次話から蛇足であげておきます。
結局はダラダラと楊と馬鹿話しているクロトに百目鬼が大好きなのです。




