君は俺を愛している
玄人の存在を感じた気がしたが、それがどうした、俺は無能な捕虜状態だ。
俺を殺す相談を頭上でしている間抜けに囚われている間抜けだ。
一般人を甘く見てはいけないと俺は後悔した。
後悔したので転機を下さい、神様。
玄人に振られて、それでも以前のように発展場に逃げることも出来ない俺は、仕事に没頭して立ち直る事に決めた矢先であった。
「すいません。集合住宅で騒乱騒ぎがあったもようで。」
刑事課からこちらに通報が回されたと、制服警官がすまなそうに言った。
「良いですよ。丁度手隙ですから、僕が行きます。」
現場は松野商事という企業の支社の傍にある集合住宅だった。
その松野商事の支社は、小さな工場と倉庫が事務所建物と併設された大きな敷地の周りをコンクリート塀が囲っている、目印としては分かりやすいものだ。
通報先の集合住宅は、最初の地、全ての始まりの場所であった。
今の俺の状態になる、ね。
騒乱者は酔っ払いではなく、人身売買のチンピラヤクザだ。
早い話が、アダルト映画に出演契約した女性が手付金だけ持って逃げたので、その女性の家族と住まいを特定したヤクザが大騒ぎしていただけだ。
彼らを軽くいなして、俺よりも先に来ていた近くの交番の制服に任せて署に戻ろうとした時に、俺は余計なものを見つけてしまったのである。
仕方が無い。
俺はとりあえずは有能な刑事だ。
「おい、お前等そのまま動かないで。鞄ごとこっちに放って、それで警察署に来てもらおうか。」
LEDのペンライトで照らされた男性は三人。
その三人は兄弟のように同じような背格好のスーツ姿の二十代ぐらいの男達であり、どこから見ても普通の会社員にしか見えなかった。
だが、彼らの鞄に納められたものは、見間違えようのない「覚せい剤」であった。
アイスやらなんやら格好良く呼ばれるが、大昔は「ヒロポン」と親しまれたものである。
「今時、ヒロポン?だっさ。」
そう言い放って馬鹿にしてやれば、スタイル重視の馬鹿は覚せい剤から手を引くのではないだろうか。
三人を連れ帰るには人手がいると署に連絡しようとした時に、突然全身に緊張と痺れを伴う痛みを感じて、俺はスマートフォンを持ったそのまま地面に倒れた。
俺が棒状に勢いよく倒れてかかっても顔面どころか全身をコンクリートに強打しなかったのは、倒れる途中に腰のベルトを持ち上げるように引いてから落とした人間がいたからだ。
俺はその手によって、その人物の足元にくの字型で転がらせられたのである。
「こいつ身内いないからバラして埋めればいいんじゃない?」
スタンガンで動けない俺を見下していたのは、失敗したクレオパトラだった。
彼女はその整形代とメンテナンス代のために押収物を横領していたのか。
彼女は俺と目が合うとサッカーボールを蹴るように俺の鳩尾に蹴りを入れ、これは髙が頼まれ仕事で張っていた罠だといいな、と落ちていく意識の中で考えたのであった。
「さっさと殺しちゃえば良いのにさ。」
「やっぱ、同じ警察ってことで良心が咎めるのかねぇ。まだ殺すなって。」
「環ってさ、風間の同僚だって言っていたけどよ、風間の彼女って凄いドブスだったじゃん。同僚が美人で嫌にならなかったかねぇ。」
下卑た笑いをあげる馬鹿三人の会話に、とある所轄での押収物の横流しが発覚して自殺した男がいたのだと思い出した。
そこは藤枝の以前の配属先だった、とも。
「環が戻る前にさ、こいつ殺して捨てちゃおうよ。薬入れちゃえばショック死するでしょ。あの風間みたいに適当に転がせておけば自殺で終わりっしょ。」
「だよね。あれはちょろかったし。やっちゃえ。」
気を失った振りで戒めを外そうと試みていたが、さすが警察官の藤枝は外せない拘束をしてくれていた。
割と有能なのか?あいつは。
ここで死ぬんだと覚悟をしたときに玄人の顔が浮かんだ。
俺が誰にも知られずに死んでも、彼は死んだ俺を見つけることができる。
「駄目じゃない。」
俺は思わず声に出し、馬鹿三人は一様にギョッとして後ずさった。
こいつらはどうでもいい。
それよりも俺が死んだ姿を、幽霊の俺を見る度に玄人が泣くじゃないか。
玄人が泣いたら、泣かせた俺が悲しいじゃないか。
自分の三段論法によって玄人の気持ちが初めてわかり、ワッハッハと大声をあげて俺は自分を笑い飛ばすしかなくなった。
奴らは気がふれたような俺にビビッて怯えている。
お前らなんかどうでも良いよ、否、感謝さえしているね。
愚鈍な俺を気づかせてくれたのだから。
玄人は俺が泣くから俺を切り捨てたのだ。
――俺が泣くと玄人が辛いから。
ここは、なんとしても逃げよう。生き延びるのだ。
そして、玄人に伝えよう。
君の姿を見れることこそ俺の幸福だ、と。
まずはこいつらを排除して戒めを解かないといけないが、どこまで戦えるか。
「いいから、さっさとやろう。なんか、事務所の方が騒がしいからね。」
リーダーらしい男が注射器を取り出し、手慣れた手つきで注射器に薬を吸わせた。
そして、ニヤついた顔で俺に向かい合う。
「まぁ、死ぬけどさ。天国は約束してやるからさ、いいだろ。」
こいつがあと一歩近づいたら、転ばせてから足で首の骨を折ってやる。
さぁ、来い。
ガラ!
倉庫の扉が大きく開き、そこに二名のシルエットが浮かび上がった。




