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目の前の商社の中で

 お終いの喧嘩は好きだからこそ出来る、よくある喧嘩なのだそうだ。


「好きだからこそお終いにしたいって、よくわかるわ。」


 佐藤が寂しそうに僕に相槌を打つが、君こそいい加減に葉山を思い切りなよ、と口にしたい。


「淳平はお前しかいないんだからさ。それなのにお前に切られたらあいつは死んじゃうだろ。あいつ寿命より長生きしそうに無いじゃん。可哀相なままって可哀相だよ。」


 今日は居酒屋じゃなくてコーヒーショップなのはそういうことか。

 ここで水野や佐藤が僕の気を変えるように頑張って、目の前の松野商事にいる山口が戻って来た時に仲直りさせる下準備とそういうわけだ。


 大きな会社の窓には灯りが煌々と輝き、八時近くでも会社で仕事をしている人達がいる事に驚いた。

 良純和尚は出来るだけ九時から六時までの男だ。

 そして僕はそんな彼が大好きだ。


「ねぇ。みっちゃんやさっちゃんは、体の関係になれない相手と一緒でも幸せ?」


 僕の質問に、僕を挟んで座る二人は同時に仲良くむせてしまった。

 顔を真っ赤にしてアワアワしている水野も佐藤も、なんて可愛い妖精達だろう。

 僕を姉のように守ってくれる彼女達は、僕の幸せのために今日は縁結びの妖精になるつもりらしいが、僕は今回だけはこのゴッドマザー妖精達の言いなりになりたくはない。


「それに淳平はね、良純さんと違うんだ。良純さんは僕の事を考えているけど、自分を絶対一番に大事にする。僕もそうだ。でもね、淳平は僕の事しか考えない。自分を守らない。僕は自分のせいで彼が潰れて死んだら辛くて生きていけない。だから、僕は自分のために淳平を切り捨てたんだよ。」


「お前が淳平の事を第一に考えて、奴を守ってやるのはなし?」


 水野が当たり前のことを言った。

 そう、僕が変われば良い話だ。


「そんなこと、そんな風に変わったら、それは僕じゃないじゃない。それに、僕が死んだら淳平君に何も出来ないって話でしょう。」


 水野は僕が死んだ後の山口の事に思い当たったのか、そうだよね、と言って黙り込んでしまった。

 ところが、僕の左横の佐藤は何か思いついて、あ!、と声を上げた。


「じゃあ、淳平が自分一番になったら、それはもう淳平じゃないじゃない。」


 佐藤の妙にふっ切れた顔と的確な言葉に、僕も、あぁ、と思わず声が漏れた。

 潰れるから淳平だった。


「あぁ、そうだった。」


 バシ、バシっと両脇に座る佐藤と水野に頭を叩かれた。


「思い直したのなら、今すぐ淳平にごめんなさいをしろ。ほら、電話して。あいつ部屋に引き篭もっているらしいからさ。」


 え?


「そこの松野商事に淳平君がいるでしょ。てっきり戻ってくる淳平君に引き合わせるつもりで、二人が僕をここに連れてきたと思っていました。」


 二人は僕の頭越しに目線を交し合い、知ってた?とテレパシーの応酬をしているようだ。

 僕はなんとなく不安になり、建物を見通してみた。


 透視能力なんてあるわけ無いので、僕が出来る事、ただ悪意がそこにあるのか探り、それから山口に意識を飛ばせるか試してみた。

 彼がよくやる僕の見る映像を読み取る事はできなくとも、視界を共有出来るか試してみたのだ。

 彼の眠ってしまった力を刺激するが仕方が無い。

 緊急かもしれないでしょう?


 あれ、暗い。

 目を瞑っている?


 目を開けて、淳平君。


 ゆっくりまぶたが開き、視界が広がっていくのがわかった。


 でも、暗い。


 ここはどこだ?床が近い。

 座っている?座らされている?

 数人の足、革靴を履いた足が見える?座らされて囲まれているのか?


 僕は思い出した。

 悪徳警備会社の社長に拉致されて、私刑を受けたあの時の恐怖を。


「ああ!ダイゴ!」


 思わず僕は叫んでいた。


「ワン!」


 うわ、物凄く機嫌が良さそうなダイゴが僕の後ろに現れ、尾を千切れんばかりに振ってくれているじゃないか。

 君は何て優しいんだろう。

 僕は彼に駆け寄って抱きしめて、久しぶりの彼の毛皮を堪能した。


「ごめんね。君が戻って来たい気持ちになるまで待っていようと思ったけれど、淳平君が危ないみたいなんだ。無理に呼び寄せてごめんね。彼を助けてくれる?ああ、君に会えなくて本当に寂しかったよ。」


 優しい彼は僕の言葉に怒るどころか僕の顔をかなり舐めた後に、「ワン!」と大きく鳴いて消えた。

 僕は山口にしたようにダイゴの視界をジャックした。

 僕が目を瞑ると、建物内を走る彼の目に映る映像が頭に飛び込んできた。


 社員達は突然に出現した大きすぎる犬に脅え、混乱をきたし、きゃあきゃあと男も女も同じように叫びながら慌てふためいて逃げ惑っていた。

 僕が自分の頭の中にいる事に気づいたダイゴはかなり喜んで、一層に悪魔の犬と化して、なんの咎の無い一般人を脅かし怯えさせていく。


「淳平が危ないって?」


「はい。どこかで拘束されているような状態でした。」


 僕は佐藤に答えながらダイゴに集中していたが、様々なフロアで人を怯えさせた犬が急に立ち上がって視界が変わった。

 彼は窓の外の光景を僕に知らせたかったようだ。

 僕の頭に事務所ビルの隣に立つ倉庫の映像が飛び込んできたのである。


「事務所ではなくて、なんだか倉庫にいるみたいです。すぐに倉庫にダイゴを向かわせて――。」


「いや、いいよ。このままダイゴを事務所ビルで暴れさせていて。」


 水野の言葉にパッと目を見開いたら、コーヒーショップの二階の窓からも、松野商事の建物から数人の事務員が慌てて逃げ出してきた姿が見えた。


「じゃあ、私達も行きましょう。ダイゴが起こした混乱に便乗して、通報を受けた警察として中に入りましょうか。」


 水野と佐藤は顔を合わせると、とても悪そうで嬉しそうな顔つきで颯爽と現場へと去っていった。


「クロはここを動いちゃだめだよ。」

「何かあったら、ダイゴを呼んじゃってね。」


 ここにいますとも。

 ここにいて、ダイゴの目を借りてあなた方の勇姿を拝ませてもらいます。

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