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畜生とこん畜生

 俺の舌打ちで勘の良い楊は気が付いたようで、俺の癇に障る笑い声を立てた。


「お前は逃げたかっただけか。残念でした。」


「お前は聞きたいのか?」


 俺は一瞬前に勘が良いと評した楊が、実は鈍かったのだと認めるしかなかった。

 お前はそんなに髙に酷い目に遭わされたいのか?

 あいつはほら、可哀想好きの陰険な奴じゃないか。


「課長の僕はどうせ聞くんだから、お前にもその辛さをお裾分け。」


 やっぱり勘は良かった奴だったが、性格が髙寄りの陰険な奴になっていた。

 俺は無言で立ち上がろうとしたが、楊は俺の安全靴の上に踵を乗せた。


「警察として話せるところは伝えたい。俺達は出来うる限り協力者には誠実でありたいと常に思っているんだ。」


「踵をのっけてか?話なんざいいよ。一般人として俺を開放してくれりゃそれでいい。俺はさっさと日常に戻りてぇんだ。」


「てめえは!いてよ!一緒に話しを聞こうよ!」


「かわさん。それで百目鬼さん、九十九はあのマンションはパワースポットだと周囲に語っていたそうです。人気ブロガーで、彼女としては好意だったのでしょうね。」


 髙は俺に構わず話し始め、俺は絶対に全部聞かせる気の髙に対し、いつか仕返しをしてやろうと考えながら耳を傾けるしか出来なかった。


「で?」


「彼女はこれから危険になりそうな人を自分で身辺調査したのか、ネット上に写真と名前つきで公表していました。個人情報だって炎上して彼女のブログは閉鎖。自殺はその半月後ですね。写真の復元とパソコンの中身を照合して、どれも正確だった事に驚きです。」


「実は呪いでもなくて予知能力者でただの善意だったっていう事か?」


 大きな目を丸くした楊が少々期待をした声を出した。


「そう思い込んだ、でしょうね。自殺前に、誰も助けられないと、動画で妹に遺書メールを送っていました。その動画のコピーは妹から貰いましたがね。これはくるものがありましたよ。」


 よせば良いのに楊は「見たい!」と考えなしの子供の言葉を口にした。


「えぇー、かわさんはやめたほうが良いよぅ。加瀬は倒れちゃって医務室だもん。」


 口先だけの男はいそいそと手持ちのノートパソコンを操作し始めた。

 絶対にこいつは楊を可哀相な目に落として、もっと楊を好きになろうと考えているに違いない。


「これなんだけど、軽い気持ちだったら見ちゃ駄目だよ。」


 酷いな、髙。

 そんなセリフを聞いた楊は、期待と軽い気持ちだけが前面に出るだろう。

 パソコンを渡された楊は、九十九が写っている画面を俺にも見えるようにして再生した。


「可哀相に。綺麗な子だったね。」


 画面の女性はやつれて三十代前半の年相応には見えるが、濃く太い眉毛に形の良い二重の目は印象深く、面長の輪郭ははかなげで優しそうな印象を彼女に与えていた。


「……私は、誰も助けられないどころか、私のせいで人を殺してしまった。……予知じゃなかったの……。このマンションに流れ込むのはパワーじゃなくて、……人の怨嗟だったの。私はその怨嗟を予知と思い込んで、怨嗟が実現できる手伝いをしていたのよ。」


 画面の女性は両手で顔を覆って暫し黙り込んだ。


「私は利用されていたのね。私はいつも利用されるだけなのね。」


 彼女が深く頭を下げた。

 今まで見えなかった彼女の背景が見通せるようになり、リビングルームのあのオブジェがよく見える構図となった。


 数々の写真が不規則に大量に貼り付けられたあの壁だ。


 写真は虫の刺さった虫ピンで止めてあったなと注目してしまったら、俺は髙に殺意が湧いた。


 虫ピンに刺された虫は、その全部が動いているのだ。

 動いて、動いて、虫ピンから体液を延々とほとばしらせているのだ。


 あの小汚い壁の大量の滲みはそうしてできたのか。


「え、ちょっと、百目鬼。どうした?気分悪いのか?大丈夫か!」


 畜生。

 髙が俺にも好感を抱いていた事を忘れていたよ。

 好きにならなくて良いから、俺を可哀相な目に合わすんじゃねぇ。

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