幸せに生かしてやればいいんだよ
玄人は水野達にどこかに連れて行かせた。
長い年月何があるのか分からないのに、馬鹿な子供は自分で恋人を切り捨てたのだ。
そして落ち込んでいる。
全く馬鹿な子だ。
玄人よりも山口が先に死ぬ事もあるだろうに。
例えば俺が強く殴り過ぎた、とかな。
「えっと、寿命よりも先に事故や病気で死ぬ事は良くあるから、明日死ぬかもしれない山口を幸せにしてやれって?あたしらがクロに言うの?でもって、あんたが頼んだは山口にもクロにも内緒?」
俺の頼みに水野は「合点承知!」と花の顔を輝かせて胸を叩いた。
かなり揺れた胸は俺の好みで、彼女はなかなかの癒し系だと思った。
「いいから詳しく聞かせてくれよ。なんだよ、あいつは五十歳までは生きられる筈だろう。何をそんな数年以内に死ぬの確実みたいに話し合っているんだよ。」
可哀相な留守番役の楊が、先日の話題を再び掘り返してきた。
女子高生の婚約者にとうとう喰われたという話題を、俺に振られる事から逃げたい訳でも無いらしい。
その話題は山口が去った後に玄人のスマートフォンに届いた楊の婚約者からのメールで俺達にばれ、彼は一生懸命言い訳を俺達に披露していたのだから。
「半裸で抱き合っただけだから未遂じゃん。仕方が無いじゃん。とにかく抱き締めないと自分の存在価値が無いって死にそうになっているんだもの。」
楊は最後の砦は壊していないと言い募っていたが、それでも責任は取らなければならないと、俺達にではなく自分自身を言い負かせようと必死の様であったのが哀れであった。
よって、その夜に聞けなかった事を、楊は今更俺に尋ねてきたのだ。
「あいつに余命が残っていないのは知っているだろう。」
「だから五十年生きられる武本の呪いだろう。」
考え方の違いだ。
五十年は生きられますように、の願いが現代では五十年しか生きられない、と武本家の呪いになったが、余命の無い玄人には、五十年は生らきれる、という祝福となっているのだ。
だからこそ、あいつは何度も死に掛ける怪我を負わされながらも、それでも生還してきたのである。
楊もそれを知っているからこそ、先日の玄人の死を念頭に入れている物言いに危機感を持ったのだろう。
五十歳までのあと三十年近くは大丈夫ではないのか?と。
「寿命が無ければささやかなバランスの崩れでその三十年も生きられないって事だよ。実父を当主から追い払った為に、あいつは確実な数年も逃しちゃったからな。」
玄人の実父の隼は、殺されかけて死の床にあった時に、周吉によって当主の座を与えられることで生還したのである。
しかし、周吉が四十三歳の隼を当主にして命を助けたのは、次代を玄人と唱える事で確実に七年の猶予を玄人に与える目的以外の何ものでもなかったのだ。
あの男は孫の玄人のためにならばどんな悪人にもなるらしい。
「結果を知っていたなら止めろよ、馬鹿。俺は辛くていたたまれなかったよ。あの馬鹿男は当主になってようやく息子に向き合える気持ちになっていたようだがね、親戚連中の目の前でちびに無様に追い払われただろ。これでちびはもう実父に愛していたって言って貰えない人生じゃんか。あいつが自分に自信が無いのは、創造主である父親に否定され続けたからもあるでしょう。」
俺はあの法事の時に、親戚連中どころか咲子までもが玄人を絶賛する目線を送っていた中で、楊一人が寂しそうな顔で玄人を見つめていた理由をようやく知ることと為ったのである。
そして、彼の憂いは半分くらいは合っているだろう。
「愛していたって知ってもさ、条件付で愛するような親の愛なんて障害でしかないだろ?本当に愛していたならば、今までの二十一年間に幾らでも可愛がる機会はあっただろ。そして本当に愛しているならばね、追い払われてもクロに縋りゃいいのよ。クロが隼に縋るんじゃねぇ。あいつがクロに縋るべきなんだ。」
「そうだな。」
楊は簡単に俺に追従の言葉を放ち、しばし沈黙した後に、法事の時と同じ寂しそうな顔で俺に向き直ったのだ。
「どうにかならないのか?」
「どうにかなったその時に、そのどうにかを治療できれば伸びるだろ。」
「まぁ、そうだけどよ。え?お前はそれだけ?」
「悩んだって仕方ないだろ。不幸に百年生きさせるより、幸せに生きられた方が良いだろう?あいつの人生が短いのならば、何でも与えて沢山楽しい思いをさせればいいんだよ。甘やかせて、旨いもの食わせて、恋をしたいなら相手を与えて、毎日楽しけりゃ、イザという時にあいつはもう少し生きたいって望むだろ。」
「お前らしいな。」
「あなたは本当に玄人君を愛しているのですね。」
楊と同時に戸口から聞こえた声に振り向けば、ノートパソコンを抱えた髙が、わかっていますよ、と言っているような表情を俺に向けて立っていた。




