悪巧みの後には
連続殺人犯は簡単に逮捕された。
楊が良純和尚に言っていた通りに、計画性のある連続殺人などではなく、その時その時の自らの衝動を抑えられないことで起きていた殺人でしかなかった。
犯人は野間秀行。
住宅展示場で行方不明と聞いた社員を捜索するまでもなく、浮浪者同然の格好で公園のベンチで横になっていた所を職務質問されて、素直にその場で自供したのだそうだ。
「昨年、雨の中で住宅案内をしている野間を車で引っ掛けたんだそうだ。あの伊藤夫婦。その時はひき逃げで逃げたってさ。彼は植え込みに頭を打って脳障害。可哀相に事故前と違って怒りが出ると我慢できなくなって暴れてしまうようになってね、それで、離婚。幼い子供も彼を怖がって近寄らなくなったそうだ。」
弱く虐げられる人の話が大嫌いな楊は、犯人の身の上に同情しているのか、ぽつぽつと語る。
だが、ちゃぶ台に並べられた良純和尚作のつまみ各種がおいしくて、つい食べて言葉が止まるだけかもしれない。
僕は蛸と胡瓜とトマトの中華風酢の物の蛸ばかり食べていたのを見咎められ、「おあずけ」を楊に科せられているのだ。
そして、今回良いところ無しの山口は、部屋の隅で僕達に背を向けての不貞寝である。
「最初が百目鬼英明と小林俊明、次が伊藤夫婦だね。」
楊がごぼうと角切りした牛肉の甘辛煮に箸を伸ばした。
思わず口を開けたら、良純和尚が肉を放り込んでくれた。
おいしいと、思わず両手で頬を押さえる。
美味しいものを食べると、頬の奥がきゅっとなるのはどうしてだろう。
「甘やかしているねぇ。」
「うるせぇよ。それで英明達は何でだ?」
「別れた奥さんが付き合い始めた男が小林俊明だ。英明と俊明の二人に痛めつけられて、倒れこんでいる所を英明に小水をかけられたそうだ。おう。」
自分がビールを飲んでいた事に今更気づいたらしい。
良純和尚はそんな楊を鼻で笑った。
「それで、下半身の切除ね。だが、突発的にしてはやりすぎだろ、吊るすのは。」
「あれは錦織の仕業。ちびを潰そうとお前の身辺探っていたら、いい具合に英明の虐殺死体を見つけたから吊るしたんだって。錦織の弁護士によるとね。どうしたんだ?あれ。突然弁護士に付き添われた父親が出頭してきてさ、死体遺棄について罪を認めてきたの。蒼煌本人はノイローゼで療養中?とにかく精神が虚弱していた時の責任能力のない状態での判断だって言い張っている。反省は凄くしているらしいけどさ。」
今までの呪いから解放されても、これからの人生を考えたら神経衰弱くらいするだろう。
自分を持て囃していた者達に、蒼煌はこれから恨まれ罵られる身の上に落ちるかもしれないのだ。
けれども、実際に死ぬのとブログ上で死ぬのは全然違う。
それくらいいいでしょう。
「錦織は分かったが、吊るした奴という実行犯の責任能力云々はいいのか?」
「だって、吊るしたの錦織蒼煌とその父親の瑛士だもの。父親は全部息子の精神安定のためにやったって言っていて、何でも息子の罪を被るつもりらしい。俺自身はさ、野間自身や奴の幼い子供の事考えると事件自体を大きくしたくないのだよね。それで、錦織親子は書類送検だけで起訴はしないけど、お前らはいいか?」
良純和尚と僕は目線を交わしたが、考えている事は一緒だ。
「俺達と大事なお友達になったんだ。かまわないさ。」
楊は目を細め「いいけどね。」と呟いた。
彼にはなんとなくわかったのだろう、僕達が錦織にした悪行の事を。
僕達は強制的に蒼煌の用心棒になってあげたのだ。
蒼煌は良純和尚の檀家となり、ささやかな布施の代わりにこれから毎日良純和尚に経を読んでもらえるのだ。
彼自身が体験した、あの素晴らしい全てを吹き飛ばす経を。
能力があったからこそ、そのありがたさが身に染みたはずだ。




