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死んでしまった僕は君を見つめ、君は僕を見つめ返す(馬9)  作者: 蔵前
十一 蛇が囁いたのは知恵の実の秘密ではなく、人が神の家畜でしか無いという事実である
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悪魔は人を滅ぼすだけではない

「僕が記憶を失っていた頃と一緒です。見えるけれど、それをどうして良いかわからない。見えるからこそ怖くて怖くて仕方がないのです。」


 ここに来るまでの車内で玄人は蒼煌を哀れんでいた。


「あれは僕です。記憶を失わなかったら、僕は彼と同じ失敗をしていたかもしれません。力って使いたくなるものでしょう?」


「お前は使わないさ。お前は跳び箱も飛べない男だ。記憶を失う前からね。咲子が言っていたよ。お前は、落ちて首を折る可能性があるから嫌です、と言って跳び箱を飛ぼうともしない子供だったってね。」


 青森で咲子や親族達が語る玄人の子供時代の思い出話に、俺も楊も幼少時の彼を知っている従兄達も「玄人らしい。」と腹を抱えて大笑いをしたのだ。


「全ての機械の説明をするまで僕の治療はさせない。」


 虫歯の痛みに泣きながらも、歯科医にそう言って迫った六歳児の話には大爆笑だ。

 お前は凄い馬鹿だが、この目の前の馬鹿のような馬鹿は絶対にしないよ。


「どうした?蒼煌?この方達は?」


 顔は濃いが息子と余り似ていない中年の男が、息子の部屋に入って来た。

 錦織興産の取締役で蒼煌の父親の錦織にしきおり瑛士えいじだ。

 俺は今日のカモに恭しく頭を下げ、簡単な自己紹介をすると、本日の目的を彼に述べることにした。


「最近私が手に入れたマンションの一室ですが、あれはいけない。事故物件と知ってはいましたが、建物自体が事故物件とは聞いていませんでしたよ。息子さんが色々と仕掛を張ったおかげで自殺者が続出しているではないですか。お宅様が管理の賃貸ならまだしも、分譲した物を勝手に私物化されては困ります。」


「これは何て言いがかりだ。」


 当り前だが瑛士はハハハハと大声で高笑いしたが、笑い声が作り物の様なのは彼自身が俺の言い分を認めているという証拠である。


「言いがかりならばそれでかまいません。私共はその仕掛を壊すだけです。」


 袂からスマートフォンを取り出すと、息子が制止の大声をあげた。


「駄目だ!やめて!どうすればいいですか?」


 蒼煌は年相応の脆弱さを出して、俺に伺うように振舞い始めた。

 彼は天主様という自分で作った檻の中で、今や死の恐怖に怯えて震えているだけの無力の子供なのである。

 父親は息子の狂態に驚いた顔で俺を見返してきた。


 危機感を持ったかい?


「どうすれば良いと思う?」


 俺は袂から権利書を取り出して、カモではなくカモの息子に微笑む。

 我が家の息子よりも頭が良いらしい錦織の息子は、俺の取り出した契約書に一瞬で合点がいったようだ。


 彼は完全に俺の駒となったのだ。

 俺が何もしなくても、彼はクルクルと俺の思うように回るだろう。


 裏切り者は俺達のやり取りを見て、今度は刑事の良心を疼かせているようだ。

 奴は錦織が自分の呪いに怯えて生き続ける事が、他人の人生を弄んで来た錦織に与えられた贖罪だ、と考えていたはずなのだ。


 だが、この流れは止められない。

 止めたら玄人が呪い返しを発動する。


 お前は玄人のためにならば、どこまでも身を堕とすはずだ。

 玄人に対する裏切り者となってまでも、ここにお前はいるのだからな。


「父さん!この方からその部屋を買い取って。そして迷惑料を。」


 全ての仮面をかなぐり捨てて「蒼煌」という子供に戻った彼は、「お菓子を買ってほしい。」と騒ぐ幼子のように父親に縋りはじめたではないか。


「何を言っているんだ。これは恐喝か?」

「違う!この人は祓えるんだって。」


 息子の言葉に合点が入ったのか、希望を一瞬目に宿した錦織はつかつかと俺の方に来て書類を読み、確かな手でサインをした。

 これは悪魔の契約書だ。

 お前達は俺と契約したのだ。


「では、手付金の入金をもって私も署名をして、それから息子さんの望みを叶えてあげましょう。私達は友人に成ったも同然ですからね。」


 殺気を帯びた視線の元はわかっている。

 お前のその邪な心も今すぐ祓ってやるから、俺をありがたく思うのだな。

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