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死んでしまった僕は君を見つめ、君は僕を見つめ返す(馬9)  作者: 蔵前
十一 蛇が囁いたのは知恵の実の秘密ではなく、人が神の家畜でしか無いという事実である
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お前には後退る道も無い

 馬鹿な男の部屋には馬鹿が集うものだ。


「おや、裏切り者が目の前にいる。」


 からかって囃したが、山口は刑事の顔で俺の前に立ちはだかるだけだ。


 こいつはこっちの方が面白いと、俺は臨戦態勢として背筋を伸ばした。

 山口も俺に呼応して背筋を伸ばして見せたが、俺の方がほんの少しだけ背が高く、俺は彼が嫌がるだろう小馬鹿にした目線で彼を見下げてやった。

 山口は頬を赤く染めて、あからさまに歯を食いしばる。


 さて、俺の姿は僧衣だが、足元は安全靴だ。

 目元には昼日中の光がまぶしいと丸型の黒眼鏡。


 玄人が僧侶の姿をした死神のようだと絶賛するその姿だ。


 山口の脇に立つ、一目でわかる賢そうな馬鹿が俺に微笑んだ。

 背も高く体格の良い青年は、顔までもかなり整っている。

 その外見をさらに引き立てようと着ているスーツは、若者向けの細身な造りで、明るいブルー系のチェックという派手なものだった。


 俺を案内してきた受付嬢は、俺ではなく蒼煌に熱い目線を送っていた。

 おいおい、一端の男を気取っているこいつだが、自分を一廉の人物に見せたいだけの子供だぞ、と俺は心の中で呟いた。


 どこぞで玄人の話を聞いて盗み見て、そして、蒼煌は自分の名こそ上げたくなったのだろう。

 ライバルと勝手に思う相手が財閥の面々に守られ重用されていると思い込み、その座が羨ましく欲しいと思うのは人間だ。

 玄人は、哀れな子、だと可愛がられているだけなのにね。


「あなたも裏切りませんか?」

「誰を?」


 わざとらしく驚いた素振りをしてやる。

 想定どおりのセリフをきちんと吐いてくれた相手へのサービスだ。

 それに、演技は磨ける時に磨かないとな。


「坊主はプリモ・ウォーモとなり、経と言うアリアを歌い上げるのだ!」


 こんな指導を弟子にした俊明和尚は本物の破戒僧だと思い返しながら俺の観客を見返せば、俺程度の演技に勘違いして、俺の台本通りの言葉を返してくれたのである。


「もちろん玄人君です。こちらの刑事さんは玄人君の呪い返しで彼が殺人者にならないようにと、彼を思う気持ちで彼を裏切ったのです。あなたも玄人君が大事なら裏切りませんか?」


 この刑事をお前に送り込んだのはその玄人だ。

 共感力のない俺達は、共感力が無いからこそ人に嘘をつけない。

 自分の言葉で相手がどんな感情を抱くかわからないのに、嘘という不安定なファクターを持ち込んで相手を混乱させて行動を読めなくしてしまうような、自分こそ混乱してしまう状態を招くわけにはいかないのだ。


 だが、嘘でなければ幾らでも吹ける。


 山口が聞きたくないだろう、俺達が最悪の選択をした場合の展開を語り合っただけだ。


 想定どおり、山口はここにいる。

 山口の意図しなかった錦織への「脅し行為」を、山口自身が担っているのだ。


「俺は君のことが良くわからないから判断に困るね。」


「玄人君は僕とそっくりだと語っているそうじゃないですか。」


 玄人より如才ない奴なのは分かった。


「そうだ、君のお父さんも交えて話し合おうか。親を見れば子供の事がよくわかるって言うだろう。」


 大人の振りした子供ほど、親を持ち出されるとプライドが刺激されるものだ。

 蒼煌は綺麗な顔の両頬を赤く染めて俺を睨んだ。

 まぁ、「お前とは話にならない。」と俺に言われたと同じだしな。


 俺は蒼煌の前に、ずいっと一歩踏み出した。

 足元に落ちていたオブジェを俺はわざと踏みつけ、それは俺の足の下でパキッと音を立てて完全に砕けた。


 小さなガラスのリンゴ。

 ヘビが勧める知恵の実、それを俺が足で潰して砕いたのだ。

 お前には進む道も退く道も、その知恵も残されていないんだよ、と。


「俺は君の真剣度が知りたいだけだよ。君は死にたくないのだろう。この現状から逃げ出したいのだろう?力を失った君は、裸で寒空にいるようなものだろうからね。」


 地の底の住人のような声を、俺はこの部屋の主のために響かせた。

 確実に身の内を凍らせると評判の、俺の「声」だ。

 蒼煌は後退り、俺に操られたかのように内線のボタンを押した。


「……どうした?」


「仕事中にごめん父さん。ちょっと来て貰えるかな?」


「どうした?」

「いいから!」


 子供のように言い放つと錦織は内線を一方的に切った。

 悠然と構えているようだが、彼は非常に怯えていたのである。


 玄人の言うとおりだ。

 力を失った事で、見えているものが押し寄せてくる恐怖に慄いているのだろう。

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