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死んでしまった僕は君を見つめ、君は僕を見つめ返す(馬9)  作者: 蔵前
十一 蛇が囁いたのは知恵の実の秘密ではなく、人が神の家畜でしか無いという事実である
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俺は彼の恋人であり警察官である

「その前にお聞きしたい事がありまして、よろしいでしょうか。」


 座り心地の良さそうなスツールに勝手に腰掛けて、錦織に悠然と見えるように微笑んだ。

 相手が自分に対してどんな顔をしているのか読めないのは、これから錦織に尋問を仕掛けようとする刑事としてキツイと感じた。

 俺は玄人と付き合うようになって目が開いてしまったのか、出会う前以上に見えてしまうようになったのである。


「僕は人が見えているものが見えなくて、見えないものが見えるから失敗ばかりです。淳平君の見えるくらいが丁度良いかもしれません。」


 俺が玄人のように常に見たいと口にしたら、玄人は肩を竦めて俺を宥めたのだ。

 確かに、現実が見えないのは不便だ。

 だが、本質が見えるのは良いことではないのか?

 俺は骸骨の本意を読み取ろうとする事は完全に諦めて、自分の聞きたいことを聞く事にした。

 錦織の違法行為を見つけて挙げに来たわけではないのだ。

 かまわないだろう。


「白ヘビとニシキヘビって何ですか?」


 若々しい青年の笑い声が骸骨からはじけた。


「なんだ、知っているから白ヘビを出したのかと思っていました。酷いですよね、白波家は錦織家をニシキヘビって呼ぶのですよ。大昔の事が許せないからってね。」


「大昔の事って?」


「白波家の当主が流感で亡くなって、ある家の跡継ぎが後ろ盾を無くしたのです。それを良い事に、その跡継ぎを殺して錦織家の子供を跡継ぎに据えたのですよ。その家自体は直ぐに絶えたようですが、当主どころか期待の星の子供までも失った白波家の一族は地方に逃れるしか無かったそうです。それを全部錦織家のせいにして、未だに嫌がらせを続けている家ってだけですよ。お陰で錦織グループは今やかなり先細ってしまった。」


 呉羽の前世の話だ。

 その殺された跡継ぎが彼の若君か。


「あなたは、白波家の子と一緒にいた人ですね。確か彼は玄人君でしたっけ?僕に相当怯えていましたね。彼は僕を何と言っていましたか?」


 俺に尋ねてきた声は、癇に障る声質だった。

 違う。

 俺が呉羽の前世の話を思い出していたから、俺個人が錦織というものに怒りが湧いているのだ。


 前世の呉羽が泣きながら抱きしめていた亡骸は、あの日の、襲撃を受けた玄人と同じく無残に切り刻まれていた。

 胴体を真っ赤に染めたその若君は、玄人のように白波家の顔立ちをしていた訳では無いが、まだ幼さの残るとても美しい少年だった。


「彼は自分が死神で、あなたが生かすほうの神だと言っていました。お互いに出会ってはいけないし、潰しあってもいけない相手だと。」


 彼は無造作に棚に手を伸ばし、そこから「いかにもなモダンアート」のオブジェの一つを手に取り玩び始めた。

 子供の頭ほどの大きさのそれは、繊細な金属ワイヤーで出来た木でしかないが、脳血管の標本を連想する形である。

 錆びた金の枝には小さなリンゴ型のクリスタルがいくつか付いて輝いているところから、これはリンゴの木がモチーフなのであろうか?

 アダムとイブが楽園から追い出される事となった、人に知恵を授ける罪の果実。


「どうして潰しあっちゃいけないのでしょうね。」


 錦織は片腕でオブジェを赤子のように抱き、もう一方の手でクリスタルをいじっているが、骸骨がいじるならば生命の木のリンゴよりも死者の国のザクロの方だろうに、と、そんな考えがちらりと頭に浮かんだ。


「両方が潰れるからだと聞いています。そして、彼はあなたを潰すつもりです。」


「君は裏切るの?」


「いいえ。彼を人殺しにしたく無いだけです。彼は力を失っているあなたならば、呪い返しの方向を変えれば良いだけだと話していました。」


 ガタンと骸骨の方向から音がした。

 抱えていたオブジェを机に落としたのだ。

 その衝撃で外れた小さなガラスのりんごが一つ机の上に転がり出し、クルクルと回り、回りながら床へと転がり落ちていった。

 すると直ぐに内線電話が鳴り、動揺しているらしき彼は応答ボタンを押した。


「どうした?」


 応答したのは声からして先程の受付の女性らしい。


「百目鬼さまと仰る僧侶の方が、あの、約束があるからとお見えですが。」


「ちょっと、待ってくれ。」


 彼は応答を切ると、俺に向き直って尋ねてきた。

 声にはハリがなくなっている。


「どうしてここに百目鬼が来るのです?」


「あなたに呪い返しをした後に、玄人に呪いが向かう前に彼が全てを祓うためでしょう。」


 俺の返答に息を呑む音がした。

 怯えか?ただの驚きか?


「彼は祓えるのだな。」


 声に安堵と狂気の喜びを浮かべた彼は、受付への応答ボタンを押した。


「直ぐに彼を!この部屋にその男を案内するのだ。」

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