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死んでしまった僕は君を見つめ、君は僕を見つめ返す(馬9)  作者: 蔵前
十一 蛇が囁いたのは知恵の実の秘密ではなく、人が神の家畜でしか無いという事実である
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君を守るために

 玄人が人に虐げられるだけの人生だったとしても、彼が道を外れようとしているのであれば、その道こそ彼が自分を守ろうとしての唯一のものだとしても、彼を愛しているのであれば、愛しているからこそ、憎まれることになっても止めるべきだ。


 玄人は同じ年の子供達に虐殺されかけ、実母と記憶を失い、彼を守るべき実父に彼自身の存在を否定され、継母には全ての物を奪われた。

 そして、周囲の人間達によっても、疎まれるだけでなく何度も命を狙われ何度も殺されかけている。


 だからこその、百目鬼だ。


 玄人にとっての絶対的な安全を約束する、絶対的な完全なる支配者。

 百目鬼が玄人の全て受け入れたからこそ、玄人は彼の思うように染まり、彼の悪行さえも受け入れる生き方を選択したのに違いない。


 俺は刑事だ。

 殺人など許すわけにはいかない。


 確実に行われる犯罪計画を知ったのならば、それを未然に防ぐように努め、決して犯罪者を作ってはいけないのだ。

 それに、百目鬼と玄人には大きな違いがあり、それは玄人が悪人の死をも悼み悲しむだろうという優しさだ。


 その部分は俺の方が百目鬼に似ていると言える。


 俺は錦織がどうなろうと構わないが、玄人を殺人者にすれば玄人が一生苦しむのだからこそ止めねば為らないと考えるのである。

 俺が玄人に嫌われても、玄人の人生が辛くなければいい。


「神奈川県警の方が天主様にどのようなご用件でしょうか。」


「大事なお話です。白ヘビに関わると。直接お話したいとお伝えできませんか?」


 受付の女性はいぶかしげな顔をしながらも俺がちらつかせた警察バッジに敬意を称してか、受付デスク上の内線電話を取り上げて天主様とやらに連絡を入れ始めた。


 天主様とは笑わせる。

 彼、錦織蒼煌はただのブロガーだった。


 占いを売りにしたブログが人を呼び、そのうち占いだけではなく悩み相談になり、蒼煌に相談すると相談者の排除したい人物が不幸になると評判になり、外見の麗しさからか、「天啓」と銘打ったセミナーを経営し始めて成功し、今や、天主様と崇めたてられている。


 確かに写真の彼は整った顔立ちに長身の、以前玄人が自分の影武者に仕立てた青年のような雑誌モデルのような雰囲気でもあったが、筋張りすぎて俺の趣味ではない。

 百目鬼こそ筋肉質であろうが、彼の筋肉はダンサーのような細くしなやかなものであり、あの体の大きさで威圧感だけでなく優美さも見えると見惚れてしまう事もあるのはそのせいだろうか。


 俺の趣味から程遠く離れている筈の百目鬼を時々目で追ってしまうのは、悔しい事に彼が万人にとって理想となる肢体をしているからに他ならない。

 俺が彼に屈辱的に跪かされた事が何度もあるが、俺が彼に従うのは玄人の為であって、あの背骨に来る深く低い声に腰が砕けたからではない。


 好き好んで自ら身を差し出しているわけでは無いのだ。


 さて、話が逸れたが、昨日の車の中で玄人が百目鬼に語ったのは、錦織が呪いを発動してしまって力を喪っているという事と、百目鬼の購入した部屋のあるマンションが錦織の作った呪い避けだということだ。


「あそこに住まうものは皆、錦織の呪い返しを受けて不幸になります。」


 玄人の言葉に百目鬼は何を考えたか、ルームミラーを使ってニヤっと俺達に微笑んだ。


「お前はそのマンションにかかる呪いとやらを、丸ごと錦織に返せるのか?」


 百目鬼の質問に玄人は目を一瞬大きく見開き、そして俺をチラッと横目で見た。

 俺はその眼つきに不安を覚え、彼は俺の不安を知ったのかのように俺から完全に目を逸らしてしまった。

 それからそのまま玄人は数秒間黙っていたが、結局は俺が聞きたくもない答えを百目鬼に返したのである。


「出来ます。」


「お前に向かうものは俺が祓うから、やってやろうか。」


 呪い返しをしたら錦織は死ぬ。

 直接手を下さなくても玄人が殺人者になるではないか。

 俺は玄人を殺人者にしたくはない。

 何が死神だ!


「山口様、天主様がお会いになりたいとの事です。」


 俺は案内されるままビル内を進み、重役室のような一室に通された。

 十二階建てのオフィスビルは錦織興産のもので、天啓は十階のワンフロアを間借りしているようだった。

 外に面した壁を前面ガラス張りにした部屋は空中に漂っているような開放感があり、壁は真っ白で絨毯は濃い高級そうなグレーだ。机も椅子もモダンアート系の家具に統一してある。

 まるで、アメリカドラマの重役室としてよくみる室内だ。


 その個性があるようで無個性な部屋の中心で「天主さま」が、個性的なデザインの青系のスーツ姿であっても俺の目には白い骸骨でしかない彼が、俺が何の感慨も持ちそうにもないよくある青年の声で言葉を放った。


「僕に話したいことって何かな?」

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