二階の死体は
二階はエアコンが点きっ放しだったためか、階下への臭いも抑えられて、僕達は死体がある何てことにしばらくは気が付かなかった。
僕が気が付いたのは、二階に上がろうと階段に一歩足を乗せたそこで、だ。
僕の頭の中に惨劇の残像が閃いたのである。
その後は説明するまでもなく、僕は二階の確認を山口に任せ、何も知らない客を別の展示場に連れていくべく声をかけた。
山口の恐怖体験はここからだ。
山口がドアを開けるや、僕の目の前の客達の身体は歪み、悲鳴を上げながら二階へ上って行った山口目掛けて駆けだしていった。
山口は閉じ込められた腐臭と死体に出迎えられ、足を止めたそこで今度は後ろからその死体の魂が彼の背中を突き抜けるようにして襲い掛かって来たのである。
山口は襲い掛かる幽霊から自身を守ることも出来ずに、それらが殺される時の痛みと恐怖を全てその身に受けてしまったのだろう。
彼らが自分達が死んでいる事も判らないまま住宅展示場にいたのは、殺された衝撃が強すぎて殺人者どころか自分達が殺された事自体を覚えていなかったからなのだ。
僕も思い出したくはない死にざまだ。
セックスの最中にバッドで殴り殺されるのはごめんこうむりたいものだ。
それも一撃で意識を失うのではなく、雨あられのように次々に殴られ、歯が砕け、目玉が破裂して、ああ、手の指だって潰されてしまった、と、自分が壊れていく様を痛みと絶望を感じながら死んでいく、という殺され方だったのだ。
僕は映画の一場面のように見ただけだが、山口はそのすべての痛みや恐怖心と絶望までも再体験したのだから、かなりきつかった事だろう。
「山口が潰れるのにお前はぴんぴんって、お前が今まで潰れていたのは演技?俺は実は騙されていた?」
「ひどいよ、かわちゃんは!僕は淳平みたいに何でもかんでも自分の中に入れないだけ。なんでもオッケーじゃないの!」
「お前はやっぱり酷い奴だな。デリカシーが無くて山口が可哀想!」
「かわちゃんだって良純さんに意地悪じゃない。」
「あの、ここで死体がって、どういった事でしょう。」
僕と楊が向かい合って座っていたモデルハウスのリビングに現れたのは、僕を雇った建設会社の担当者となる渡辺であった。
死体発見について僕は楊にすぐに連絡したが、その流れで連絡を警察から受けて渡辺が展示場まですっ飛んできたようである。
渡辺を楊のいるここに案内してきたのは髙のようで、髙は渡辺が部屋を横切って歩くその横を影のようにしてついて来た。
「あ、あの、警察が来ているって聞きましたがって、ああ、あなたが。他社に分からないようにして配慮していただいているようで、ありがとうございます。」
楊は誰もがとろけるような笑みを渡辺に向けながら渡辺を受け入れるようにして立ち上がり、僕には手であっちに行けと言う風に振って見せた。
「いいええ。この度はご不幸にお察しします。さあ、どうぞお座りください。ハハ、あなたの会社のものなのに私が椅子をすすめるのはおかしな話ですが、さあ、どうぞ。簡単にご存じな事を教えていただけますか?」
渡辺は楊の誘うそのまま、僕が座っていた場所に座り、僕は楊に追い払われたそのまま楊が座るソファの脇の床に体育座りした。
あ、髙はそんな僕の後ろになる場所、ソファのひじ掛けに軽く腰を下ろしたじゃないか。
楊は全員が定位置についたという風に自分は座り直すと、物凄く仕事風の口調で気さくそうに渡辺に話しかけた。
「それで、この子に聞いたのですが、この子がこちらで急遽働くことになったのは行方不明の社員様がいらっしゃるからだと。」
「はい。急に連絡が取れなくなりましてね。二日前に。今更新人を雇ってマニュアルをぶち込むのは時間が無いということで、浜田不動産の社員さんを借りようとしましたら、此方の方を紹介されまして。早朝の委託の清掃会社からは何も言って来なかったので、本当に今の今まで死体があるなんて。」
「あぁ。清掃会社の清掃を担当した人間は、上階のあの部屋に鍵が掛かっている上にエアコンも点いているからと、打ち合わせだと思っていたそうです。急遽担当者が変わった事は聞いていたから、と。」
「そうでしたね。連絡は全て私へと清掃会社に伝えていました。そうでした。こちらの方を煩わしてはいけないと。」
僕が前日に担当官である彼に会って指導された時は普通だったのだが、彼は言葉を選びながら警察に事情を話す冷静さはあるのに、僕の方をチラチラ何度も見返して僕に意見を求めているようでもあるのだ。
あまりにもチラチラ僕を見るから不安になって、思い切って尋ねてみた。
「あの、僕の顔がどうかなさいましたか?」
すると、彼はおもむろに体を伸ばしたと思うと僕の手をぎゅっと握り、「結婚してください。」と僕に求婚して来たではないか!
そこですぐさま後頭部を楊に叩かれた。
僕が、なぜに!
「どうして叩くのですか?僕だってこの展開の意味がわかんないですよ。」
「うるさいよ。その美女っプリの姿をどうにかしろよ。」
酷いよ!
意味わからない殺人事件でイラついているからって僕に当たるなんて。
「楊さん、僕はそろそろ淳平君の所に行って良いですか?」
怒って立ち上がろうとすると髙が困った顔をつくり、僕の肩に左手を置いた。
「君が潰れたら山口がもっと辛いから。」
「多分、どころか絶対に僕は潰れませんよ。」
ふっと髙は笑った。
「かわさん?」
「ああ、連れてっちゃって。この子は邪魔子だ。」




