ちびはどうかしたのか
「ちびはどうしちゃったの?」
仕事場に玄人の姿が無いと知ると、楊が玄人を求めて彼を探し始めた。
「クローゼットはわかるが、台所の下の棚や靴箱に入るわけがないだろう。一応あいつは百六十センチはあるぞ。いいからお前は自分の仕事をしろよ。」
俺の仕事場に楊と髙が、近所の聞き込みの名目で強襲してきたのだ。
「かなり綺麗になりましたね。」
業者を入れて血濡れの床は剥がして貼り直し、余計な家具は全て処分した。
前回の乱雑な現場を見ていた彼らには、すっきりとした只の内装途中の空間に見えるだろう。
「あなた方が気味の悪いものを全部持って行ってくれましたからね。あの処理がない分かなり楽になりましたよ。」
壁の滲みが壁紙を剥がしても内側にこびりついていて、こそぎ落とすのにかなり時間が掛かったが仕方がない。壁が汚いまま壁紙で隠してごまかす事は俺のポリシーに反する。
俺は答えながら壁紙を壁に合わせて、一気に壁に貼り付けたが、一人で貼るのが久しぶりなためか上手く貼れてない。
昔は一人で完璧に出来ていたのにと、貼りなおした壁紙を見て舌打ちをした。
一人だと矢張りやり辛い、あの馬鹿が。
証拠品として部屋の汚物を一切合財持って行った警察により、血痕その他は自殺者のものだけでこの部屋での犯罪行為はないとの鑑識結果が出たとして、黄色の立入り禁止テープは二日前には剥がされた。
しかし、壁に貼ってあった女性の写真は全て殺されていて、犯人不明の未解決事件ばかりだったと髙は語った。
「山口が書類を見たままでは、連続殺人とは言えない。です。」
「あんなに写真が貼ってあって、か?」
楊は肩を竦めた。
説明している髙は、山口の「刑事」としての手腕には信頼を置いている。
まぁ、彼が育てたのだ、そこは当たり前だろう。
「未解決ですが、被害者の傷や現場の遺留品から考えると、確実に同一犯ではないと言える、と言い切りましたね。通り魔的なものが多いと。あいつが言うのならばそうでしょう。この部屋で自殺した九十九茲乃の身辺を新人に洗わせています。」
新人、という単語に思わず反応して噴出してしまった。
楊も髙も俺に、ふざけるなよ、の顔をして睨んだ。
「すまない。玄人がね、新人の女の方を豆狸って言い張るものだから、思い出してしまってね。」
小さな狸が一生懸命何かを洗っている映像が、俺の頭に浮かんだのである。
「狸ですよ。」
スラっと髙が答え、髙の隣の楊が全身で変なポーズを取るほどに驚いていた。
「え?何?何それ?そういえばあの子も髙が連れて来たけど、公安関係?」
楊の驚いた声での聞き返しに、ぷっくくくと、髙は肩を震わせて笑い出した。
「僕は連れて来ていないよ。押し付けられた、が近いね。あの性格でどこでも上手くやれないから、あげる、って。」
「いらないって、言わなかったの?」
凄く速い楊の突っ込みに、楊は既に藤枝に頭を悩ませているとみた。
「どこも要らないって、可哀相じゃない。」
やっぱり髙は楊を可哀相にして、彼をもっと好きになろうとしているに違いない。楊は髙の答えに「えぇー。」と子供のように声を出してしゃがみ込み、拗ねた様に尋ねていた。
「でさ、それでどうして狸?」
髙も適当な所に腰掛け、そして楊に向かって俺も知りたかった答えを口にした。
「こっちに来る直前に整形したからですよ。」
「え?いいの?そんなことバラしちゃって。」
楊は部下のプライベート情報にドギマギしている模様だ。
「警察に入る前なら黙っているけど、最近でしょ。移動申請したそのまま長期休暇で消えたそうで。海外エステって最高!ってあの顔で帰って来て、部署の人間全員開いた口が塞がらなかった、という強者だと県警内で有名だよ。知らなかった?かわさんは本部に行ってたのに、誰も教えてくれなかった?」
やめろよ、髙。
これ以上楊を追い詰めないでくれ。
俺の腹筋が限界なんだ。
上手く貼れない壁紙に戻ろうと顔を動かしたときに、視界に鳥が窓を横切る影を感じた。
数秒後にずしんと来る鈍い衝撃音。
俺達は厳密には目撃などしてはいないが、外で何が起こったのかは完全に把握させられていた。
間抜けな三人がノロノロとベランダに出て下を見下ろす。
ここは十一階建てのマンションの九階のため、眼下の状態は小さくて現実味がないが、下では人が完全に死んでいた。
「玄人君が何て言うか聞けたら良かったですね。」
溜息交じりの髙のやるせない呟きだ。
玄人は物件の前の道路に車が停まると、「この建物に自分は一歩も入れない。」と降りるのを嫌がり、今までにない抵抗を見せたのだ。
「すいません。これは絶対駄目です。この建物に入れば僕は確実に壊れます。」
「なぜかは言えるか?」
「見通すことも出来ません。これはニシキヘビの通り道ですから。」
俺は溜息をついて、玄人を別の仕事に回すしかなかった。
「あの馬鹿はここがニシキヘビの通り道だから何も出来ない、と言い張りましてね。見通すことも出来ないし、自分はこの建物に入れないと。」
髙の呟きに思い出したことを口にすると、楊が「あっ。」と反応した。
「山口がちびに同じ事言われていたよ。気味の悪い男をあれはニシキヘビだって言ったって。自分の敵だけど倒したらいけないものだって。」
俺も髙も動きが止まった。
「それは誰だよ。」
「錦織グループで錦織興産の御曹司の錦織蒼煌だ。あの高所作業車を所有していた会社も、お前のこの部屋があるこの建物管理会社も、どっちも錦織グループの子会社だって。」
「そうか、これは、玄人の爺様の案件だな。」
「ところでさ、ちびはどこに行っているんだ?」
答えたのは俺ではなく髙だ。
「かわいそうに百目鬼さんに身売りされて、住宅展示場で客引きしていますよ。」
「お前は本当に酷い奴!」




