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彼の元カレ

 確かに、おかまって人を侮辱するのはいけないことだが、でも、男性が女性を叩いたらいけないと思う。

 戸口に立つ男性は山口のように線が細く、僕のように小柄な少年のような人だった。


 グレーのスラックスに白地にマリン模様のポロシャツを着ているからか、彼は大学生くらいの年齢にも見える。

 彼の顔は小作りの童顔で整ってはいるが、美男子というほどではない。

 ビジターカードもぶら下げていない彼は初めて見た署員だと思ったが、彼の襟元には紅色の旭日に菊の白い花弁と金色の葉のバッジが付いていた。


 検事さんが女性を叩いたのか?と驚く僕をそっちのけで、彼は夢遊病者のような目で部屋の中に呼びかけてきたのだ。


「ねぇ、君達は淳平を知らない?」


 あぁ、理解した。

 この人が山口を引き止めたせいで、彼は僕の見舞いに来なければ、家にも帰って来れなかったのだ。

 僕の頭の中で山口が彼を抱きしめているという想像ではなく事実でしかない映像が閃き、彼らが裸同士で抱き合う映像に変わった時、しかしそれがモデルのような美女と楊の映像に変わってしまっていた。


「手を出しちゃってたのか!あの弱虫!」


 思わず大声で、それも怒りが篭った大声であったので、戸口の少年風味検事は素っ頓狂な顔で僕を見返した。だが彼はすぐにはっとした顔つきになると、僕に怒りをぶつけてきた。


「君が彼を隠したんだね!いつもいつも淳平を振り回すだけの君には愛なんて無いでしょう。淳平を返して!彼はどこにいるの!」


「知らないよ。ここは警察で彼は仕事中でしょう。それで、あなたは彼に何の用?」


 僕が彼に対峙すると、部屋の隅で佐藤と水野となぜかモルファンも一緒になって、おおー、と声をあげたのが聞こえた。


「君こそ。君は淳平のなんだと思っているのさ。」

「自己紹介もしない君に説明する義理なんてない!」


「クロはやっぱかわいい。」

「ちびこがんばれ。」

「まるで小学生の喧嘩ね。」


 かしましい女三人は、部屋の隅で僕を応援と言う名目で楽しんでいるだけのようだ。


今塚いまつか子規しき。淳平の恋人だよ。それで、君は淳平の何だって?」


 一途な男は、僕の気が逸れている事もお構いなしに、真面目に自己紹介をしてきたのである。仕方が無いと、僕は彼を見返した。


「百目鬼玄人。僕が淳平君の恋人だよ。淳平君は僕だけだって言っている。」


 今塚の目の色が変わり、僕を小馬鹿にするようにして彼は笑い出した。


「まだ寝ていないんでしょう。そんなのは寝る前に誰でも口にする口説き文句でしょう。」

「じゃあ、寝なければ一生彼は僕だけのものなんだね。」


 今塚は頬にカッと赤味を差すと、僕に掴みかかろうと前に飛び出した。

 だが、出来なかった。

 横からすっと割り込んだ葉山が今塚の腕を掴んでおり、しかしその拘束は友人が慰めているようにしか見えない形であるのだ。

 そして、葉山は今塚の耳元に何かを囁くと、彼を部屋の外に連れ出そうと引っ張りはじめたのである。


「離してよ!」


 葉山はふうと息を吐き出すと、今度はこの場全員に聞こえる声で彼に囁いた。


「せっかくのキャリアをこんなくだらない痴話喧嘩で台無しにしたいですか?あなたを僕の同僚への暴力で告発することもできるのですよ。」


 ところが答えたのは藤枝だった。


「えー。あたしはそんな痴話喧嘩なんか関わりたくもないよ。うっざい。」


 そう言うが、さっさと自分のデスクから鞄を掴んで部署を出て行ってしまったのである。

 格好良かった葉山が、今塚を掴んだまま間抜け面をさらしてしまった程である。

 僕は去っていく藤枝の後姿に、感嘆の溜息を出していた。


「藤枝さんっていいなぁ。」

「ええ!」


 なぜか葉山は僕に呆れ顔を見せ、両手から力も抜けたらしい。

 今塚は彼を振りほどいて、僕に再び向かおうとしたが、一瞬で葉山と言う隙の無い男に再び拘束されていた。


「あちらで頭を冷やしましょう。あなたのために。」


 けれども、二度の拘束でかえって感情的になってしまったのか、今塚は葉山の腕の中で暴れ、そして、敵わないと知るや力を抜いて、僕に対して悲痛な叫びを上げたのだ。


「君!別れなよ。別れてよ。君は綺麗だから他の人だって沢山いるでしょう。僕には淳平しかいないんだよ。」

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