僕の姉さん的な
仁王立ちになった藤枝が僕に向かって指をさして大声をあげると、金髪で小柄なフランス人が室内へと入って来た。
和久の母である伯母は、彼女の外見が大好きだ。
彫りの深すぎない柔らかい顔立ちに翡翠のような緑色の瞳という組み合わせで、まるで天使の様だと大絶賛なのだ。
外見だけでなく心根も優しいと我が武本家では伯母以外にも大絶賛な彼女だが、僕はそんな彼女に対して残念な気持ちも持っている。
彼女は本当は赤っぽい茶色の髪色なのに、ある日突然金髪に染めてしまったのである。あのルビー色に輝くブラウンは磨かれたオーク材のようにとても綺麗だったのにと、僕は未だにあの髪の毛の色を思い出しては残念に思ってしまうのだ。
「あ、クロ!お前、ここで何しているの?やっぱりお前もコピー用品について確認に来た?てか、また怪我してんの?このお馬鹿!」
金髪美女はツカツカと一直線に僕の前に来ると、僕をぎゅうっと抱きしめた。
僕の方が背が高いので、むりやりに彼女の胸元に頭を突っ込ませられた、が正しいが。
彼女は昔から僕には母性的なのである。
そして彼女は日本が長いために日本語がペラペラだが、覚えたところが悪かったのかとてもとても言葉遣いが汚い。
さて、東京の江戸川区に彼女は家族と住んでおり、江戸川区にイザックの事務所もある。
と言う事は、藤枝は相模原から江戸川区にまで足を運んだというのか!
そんなに遠くまで、「同僚潰し」のためだけに車で数時間かけられるとは、僕は本気で藤枝のバイタリティには脱帽だ。
否、尊敬だ!なんて無駄に溢れた生命力!
僕は大好きな女性の腕から頭をすぽんと抜け出して、久しぶりの彼女の顔を窺ったが、彼女は遠い江戸川区から連れて来られても、何の悪感情も抱いていない顔で微笑んでいた。
「お前がこの間大怪我したのもこっちだろう?それでまたその怪我だ。あたしの家に来な。こんな怪我ばっかりなんてさ、お前の父ちゃんになった奴に預けておけないよ。」
彼女は僕の女性化の体を見ても、驚くこともなくすんなりと受け入れて、それどころか僕の体を心配しているいつもの姉さんであった。
僕は彼女からのメールだろうと何もかも返さずに、この体になった自分を嫌われたくないと逃げていたのに、である。
「クリシュ、僕を変わらずに好きでいてくれてうれしいよ。僕はクリシュが大好きだから本当に嬉しい。それでね、仕事を放り出して来てもらって悪いけど、たぶん、違法コピーは刑事さんの勘違いだと思うよ。」
既に事態を正確に受け入れたらしき藤枝は、戸口で不機嫌な顔で腕を組んで突っ立っていた。
いや、不機嫌な顔つきでも何の悔しさも敗北感も無いってことは知っていた?
藤枝のように言葉遣いの汚い女が、僕を軽く肘鉄した。
彼女はニヤつきながら僕を見上げ、顎を皆の方へとクイっと動かして僕に自分を紹介するように促してきたのである。
「あ、そうだ。ここの皆さんは僕の恩人の方々なので紹介するね。こちらイザックのアクセサリーデザイナーのクリスティーナ・モルファン。モルファって蝶々みたいだって、蝶々デザインが好きな人なんだよ。」
長い金髪を無造作なアップにして、あまり彫の深くないラテン系の顔立ちと緑色の瞳を輝かせた美女に葉山も加瀬もぼーとしながら握手をし、そんな美女に全く引けを取らない佐藤と水野は、デザイナーに会えた嬉しさか楽しそうに自己紹介をしている。
「あー、皆してあたしのクリップつけている!スッゲー嬉しい。美人がつけるとやっぱ可愛いくて最高ね。で、どうよ付け心地。」
目茶苦茶言葉遣いが汚くてフレンドリーなモルファンに、佐藤と水野はドンびくどころかキャイキャイと久しぶりの友人に再会したかのような有様だ。
スマートフォンで連絡先の交換までしている。早!
モルファンにぼけっとしてしている美人好きの葉山の姿に、和久がモルファンに普通なのが不思議だと思い出した。
彼も美人が大大好きなのに。
金がない!と、母国に帰省せずに武本家に和久と一緒にTシャツにボロボロのジーンズ姿で帰って来て、武本家で飯を食っていた人だからだろうか。
しかし、東北大学は青森ではなく仙台にある大学だ。
東北新幹線は最近のものなので、よくもまあ陸の孤島の我が武本家にまでやって来たなと、今更に感慨深い所でもある。
「凄いですね。あなたが武本物産の当主様だって知っていても信じられませんでしたが、やっぱり人脈が凄いんですね。今は刑事が出世するなら楊の特対課って言われる訳が解りましたよ。」
「ねぇ、加瀬さん。あなたにそんなこと言って、あなたを騙くらかした人は誰ですか?」
「え?所轄の先輩ですよ。僕の手柄を奪って酷い人だと思っていたら、そう言って移動手続きを取ってくれた恩人ですね。」
僕は加瀬に自分を見るようで涙が出た。
空気が読めない藤枝にしろ、人に騙されすぎる加瀬にしろ、僕に似た人を見るのはとっても悲しいよ。
加瀬から目を逸らして藤枝が目に入ったとき、彼女は室内の誰かと目配せをしていた。その相手は僕の大事なクリスティーナで、そういえば彼女達は言葉遣いが似ているし、そういえば年齢も同じ三十歳だ。
「あぁ、そういうことか。藤枝さん!」
「あんだよ。このオカマが。」
「知っていてクリシュを連れてきてくれたんだよね。髪留めクリップは雑誌で紹介されていても武本物産の通販でしか手に入らないもの。髪留めに詳しかった君が知らないはずないないよね。ありがとう。」
ボンっと爆発音が聞こえるぐらいに藤枝は真っ赤になった。
「よ、よよ余計な事をくっちゃべっているんじゃないの。このオカマ!」
バシッと誰かが藤枝を叩いた。
「おかまって言うなよ!この差別主義者が!」




