喧嘩の発端はね
喧嘩をするほど仲は良いというが、これはお終いに繋がる喧嘩なのだそうだ。
「でもね、まだ挽回できるし、大丈夫よ。」
ニコニコっと佐藤萌が微笑む。
佐藤は今年の四月に刑事に昇格した新人だ。
僕よりも一歳年上の二十二歳で、同期で同時に昇格した水野美智花が、彼女の高校からの親友でもあるそうだ。
また、佐藤と水野は、彼女達が勤務する所内では評判の美女達でもある。
佐藤は所内で「妖精」と呼ばれているが、黒髪を顎のラインに切り揃えたボブヘアーに、黒目勝ちの大きな目がきゅっとつっているところが「妖精」のイメージであるのだろう。
対して水野は毛先がくるくるっと巻いている明るい色合いのショートヘアと垂れ目の組み合わせであり、そこが「癒し系」だと思われているふしがある。
「淳平は料理や家事を覚えるって頑張っているって。クロも努力すれば二人での新生活に漕ぎ着けるって。心配しなくても大丈夫だって。」
ほら、水野は癒し系というよりは煽り系でしか無いじゃないか。
それでもって、彼女達は僕を慰めてくれているのかな?
でも恋の続行の為には、頑張れと?努力しろと?
二人には悪いが僕は悪いとも思っていないし、今回の事でもし駄目になっても仕方がないとさえ思い始めてさえいる。
だって、どうしようもないのだ。
いくら恋する相手だからって、価値観が違えば相容れなくなるものなのだ。
僕達の間に亀裂が入った日、あれはほんの数日前の事だった。
男性の部屋らしく無駄な小物が置いていないすっきりとしたリビングは、とっても無駄な大中の鳥かご三つに、僕の大事な生き物の別宅でもある小動物用のケージが置かれて狭くなっている。
しかしそんな鳥達ののどかな鳴き声がさざめく部屋だからか、レースカーテンから入る太陽光が注いで室内を柔らかな明りで満たしていると、眠気を誘うような平和な空間にしかならない。
僕と恋人はそのエアコンの効いた平和なリビングの窓際で、最初は仲良くソファに二人で並んで座っていたはずであったのだ。
それなのに僕の右手を自分の両手で包むようにつかんだ青年が、二人で一緒に住む家を探そうと余計なことを言い出したのである。
百八十を超える長身の彼は、線が細く整った顔立ちをしているという、まるで小説や漫画で描かれる王子様のような美男子だ。
彼は猫の様な瞳をキラキラさせて、誰もがほだされるような笑顔の中に真剣な眼差しを忍ばせて、彼の提案に渋る僕に嘆願したのだった。
「愛しているよ。君も僕を愛してくれているなら、僕と一緒に住もうよ。」
優しく僕の手を握る彼の左手の人差し指には、ホピ族の太陽モチーフが刻まれた銀のリングが鈍く光る。
僕が彼が贈ってくれた羽根モチーフのイアーカーフを右耳から外さないように、彼も僕が贈ったその指輪を決して外さない。
そんな彼の名前は、山口淳平。
七月四日に二十八になったばかりの巡査長である。
そして、「僕」と言う一人称から想像がつくとおり、僕はれっきとしないが一応戸籍上はまだ男である。
XXYだったDNAの暴走で上半身が女性化してしまった姿になり、男とも女ともいえない生物となってしまった僕は、先日までの武本姓を捨てて百目鬼姓に変わったという、身元まで不確かな人間である。
つまり、僕の現在の名前は百目鬼玄人。
きっかけは鬱だ。
僕は鬱にかかり、郷里の住職の勧めで自宅近くに住む禅僧を相談役とした。
すると、有能すぎるその禅僧により親の虐待が表に出た。
よって、まずは彼の自宅に居候となることで安全確保をしたのだが、実は武本家には呪いがかかっており、僕がその呪いで死にかけたので、呪い返しに彼の養子となったという怒濤の身の上である。
その過程で大学も中退してしまった、六月六日が誕生日の二十一歳だ。
そして、そんな僕の庇護者であり父であり救いの神の百目鬼良純は、禅僧でもあるが俗世では債権付競売物件を専門に扱う不動産業者であり、三十一歳と言う若輩ながらかなりの業績をあげている名前どおりの鬼のような男である。
本当に良純和尚は鬼のようになんでも出来る。
家事までも最高の手腕を見せるのであるからして、僕は山口が差し出した未来にはお断りをしなければいけない。
「愛していますが駄目ですよ。僕が良純さんの家から出ることはありません。」
「え?俺の事好きなら一緒に住もうよ。いつも一緒にいられるでしょ。」
僕の返答に山口は目をボタンのような無機物に変えて固まり、話し方までロボットみたいになってしまったが、僕だって心を鬼にした。
僕自身の永遠の幸せのために。
「僕は良純さんの長男ですから家を出ませんし、出たくありません。大体、淳平君と一緒に住んだら誰がご飯を作るのですか?僕は作れないから嫌ですよ。おいしいご飯を食べられない環境も嫌です。」
僕の言葉に顔色を失った山口の代りに、凄く良い声の笑い声が僕達のいる部屋中で響き渡った。




