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俺自身が不審物

 大事な子供は保母に預けた。

 消防署で屈強なレスキュー隊に囲まれているのだ。

 これ以上怪我が増えるはずがない。


 昨日に退院した後は、玄人を楊宅に連れ帰り、山口に玄人を看病させて俺は自分の仕事と思ったが、恋人のはずの山口が帰ってこないのだ。

 楊が丁度よく研修を免除されて戻ってきたので、玄人は彼に預けることにした。

 自宅から持って来た含め煮や煮凝りを交換条件に出したら、奴は喜んで引き受けた。


 さて英明達がはた迷惑に殺されたのは、俺が最近手に入れた物件の近く。

 それは築浅のオートロック付分譲マンションの一室で、賃貸中に住人が自殺してしまった2LDKの子供のいない夫婦向け物件である。

 自殺した当の女性が、そんな部屋で優雅に一人暮らしだったのは皮肉この上ない。


 買った途端に海外勤務で、貸したら汚されて自殺までされて事故物件化とは、世にも哀れなカップルである。


「安いからって、なんでそんな物件ばっかり買うの!」


 帰ってくるや特対課の抱える事件概要と俺の物件の話を、俺と髙から聞かされた楊の第一声である。

 髙の説明の事件の方はいいのか!と、俺はカチンと頭にきた。


「うるせぇよ。坊主として世のため人のための活動だろうが。競売でも誰も買ってくれない物件を俺が買ってやる事によって、債務者が救われるだろうがよ。」


「その債務者から買い叩いている姿が目に浮かぶよ。この糞坊主が。」


 俺達がいつもの「うるせぇな。」「うるさいよ。」の子供の喧嘩になる前に髙が仲裁し、楊が葉山の考案実験に行って、俺と髙が髙の現場の現場検証をすることになったのだ。


 刑事でも警察でない俺が、殺人事件の現場検証を一緒にするとは語弊がある。

 俺を犯人だと目している髙に監視されながら、俺は自分の仕事をしなきゃいけないというだけだ。

 つまり、髙にとっては俺が現場そのもの。

 髙が本来の事件現場を素通りして、俺の作業場に付いて来ただけなのである。


「すごい現場ですね。」


 凄い現場に慣れているはずの髙が、俺の物件の実際に絶句してしまったのには驚いた。


「警察沙汰にならなかった自殺現場って、こんなものですよ。」


 髙が驚いて部屋の中を見回すのは、風呂場には渇いた血がこびりつき、玄関までその血を流したものを運んだからか、点々と固まった血がフローリングに染み込んで残っているという血塗れの現場であるからだろう。

 リビング、ダイニングには死ぬまでの葛藤なのか、自殺を考える人間の混乱した生き様の証拠であるのか、目を背けたいオブジェが残っている。


「旦那が浮気か何かしていたのかな。」


 俺には気味が悪いだけのオブジェでも、髙が刑事の目で見れば、憎しみの痕らしきものを読み取れるようである。

 そんな彼に俺は情報を与えた。


「彼女は独身ですよ。」


「あらそうなの。それじゃあ、何を意味しているのかな。こんなに多数の女性だったら、女子高や女子大などの交友関係の恨みですかね。」


「こんな顔もわからない写真で、よく映っているのが全部別人だと言いきれますね。」


「うーん。経験?――ハハ。輪郭ですよ。同じものなど整形しない限り無い。」


 沢山の写真が貼られていたが、それらは全て釘のようなもので顔の部分が引っかいたか破れていたのだ。

 さらに、マジックで読み取れない文字までも書き込まれている。

 その上その写真は、どれもこれも、蛾や黄金虫などの昆虫が刺さった虫ピンで壁に貼り付けられているのだ。

 壁の装飾は写真だけではない。

 壁には緑や黄土色の混じった反吐みたいな色合いの絵の具を、そこかしこに流し込まれるようにしてぶちまけられており、その液体が床にまで垂れて流れた跡が乾いてこびり付いて残っていた。


「こんな部屋じゃ、玄人君を連れ込みたくないですね。」


「そうでしょう。傷を持っている奴がこんな不衛生な環境に入ったら病気を貰いますからね。全く。あんな怪我をしてなきゃ、二人でやれて楽なのに。」


「え、そっちですか?」


「そっちって、何だと思っていたのです?」


 髙が呆然と俺を見返すが、そんな彼の表情は、え?という疑問符が頭の上から見えるような有様だ。

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