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僕は単なる一般人ですよね?

 百目鬼英明と小林俊明の現場は凄まじかったそうである。

 そうだ、ではない。

 凄まじかった、だ。


 通報時は九月十二日の六時だ。


 何かのイベントに行く予定だった大学生のカップルが第一発見者である。

 彼らが事件現場となったその道に足を踏み入れたその時、頭上の照明が点灯し、そして、パンっと砕けた。


「きゃあ。」


 その音に吃驚した女性が、恋人未満の相手にしがみ付いた。


「何にもないよ。古い外灯が割れちゃっただけだよ。」


 割れた防犯灯に感謝しながら男が頭上を仰ぎ見ると、電柱には吊るされた男の遺体がぶら下がっていた。

 ぶら下がったそれの一体の方の足が、防犯灯のあった辺りを蹴るようにブラブラと揺れている。


「うぎゃあああ。」


 男は恐怖の雄たけびを上げて、女性を押しのけて一人で逃げた。

 残された女性はどうなったのか。

 彼女は自分の携帯で警察に通報し、犯罪対策課が現場に到着した時には、通報者であるその彼女がテキパキと警察に状況を説明していたのだという。


「まるで、ウチの課そのものの状況ですね。」


 葉山の軽口に髙は「笑わすなよ。」と囁いて、葉山に軽く肘を入れた。


「え?ウチの課の誰かが吊るされるって事ですか?」


 新人の若者が葉山の言葉の意味に勘違いしたのか、少々素っ頓狂な声をあげた。

 彼は流され署に流されたばかりの新人だ。

 不安一杯でびくついているのは仕方がないだろう。

 相模原東署から先に流れる場所は、神奈川県警内では存在しないのだから。


「違うって。ウチの課は女の人達がしっかりしすぎて僕達の頭が上がらないそのまんまでしょ。今回の発見者の状況。」


「あぁ。そうですね。」


 葉山の説明に新人は簡単に諒解したばかりでなく、安心しきって相好を崩した。

 大学を出てから警察入りした加瀬は、刑事への昇格が早かった二十四歳の青年である。

 目も鼻も口も大作りで整っているといえない顔の造作だが、人柄によるものなのか誰にとっても好印象を与えるというものだ。


 犯罪対策課に配属されて、その日のうちに「マッキー」と楊に愛称を付けられたが、嫌がるどころかその渾名で呼ばれればニコニコと笑顔で答えて付き合いも良い。

 聞けば半日で課に溶け込んでしまったという、実はかなりの強者ではないかと僕は思う。

 さて、そんな加瀬は、本来だったら自分こそ主役だった宴席を思い出したか、同僚となった女性達の行動について苦笑した。


「皆さん、事件を押し付けての飲み会ですものね。」


「言うなよ。でも、この現場は女性陣には見せたくないよね。」


 既に遺体は降ろされて空間しかないが、葉山はそこを仰ぎ見て呟いた。


「下半身をそぎ落とされた男の死体は、ちょっと同性として女性には見られたくないですよね。」


 元気な加瀬がげっそりとした声を出して相槌を打つと、髙の飄々とした物言いに若い二人は笑いをかみ殺す羽目になった。


「逆に喜びそうだけどね、彼女達は。」


「やめて下さいよ。実験されそうじゃないですか、彼女達に。――ですが、冗談ではなく、この様に男性を二人も吊るしているのですから、女性では出来ないですよね。」


 加瀬が真面目な声を出して遺体のあった空間を眺めながら年上の男達に呟くと、答えたのは葉山であった。


「できるよ。」


「できますか?」


「吊るすのは簡単だよ。女性でも出来る、と思う。だけど、男二人を殺すのは女一人じゃ無理かなぁ。」


「うちのかみさんならいける。」


 髙の強い言葉に、若い二人は野次馬も詰め掛けている現場で笑い出せない辛さで、腹を押さえて座り込んだそうである。



「そういうことで、実験です!」


 本部の研修を一日半で免除されて大喜びらしい楊が、ホワイトボードを前にして大声をあげた。


     吊るしちゃうぞ!な実験


「え?」


 僕は楊に突っ込んでいいのかわからなかったので、黙るという選択肢一択だった。

 ホワイトボードには「吊るしちゃうぞ!な実験」と大きく書かれ、実験方法や用具や参加者名などが「楊」によって達筆な字で書き記されているのである。


 でも、一般人見学者の項目に、内野ちび子、と書くのはやめて欲しい。

 ……タイトル下にある協賛オレンジチーム?って?


「オレンジチームってなんですか?」


 僕が疑問をそのまま楊に尋ねると、楊は僕を叩こうとして右手を上げたが思い直したのかそのまま固まった。そしてその代りに、「こいつ馬鹿?」という顔で思いっきり見返された。

 叩こうとして叩けなかったのは、僕の額には大きなガーゼが貼り付けられているからであろう。

 楊は非常識人の仮面を被った常識人でもあるのだ。


「レスキュー隊だって。レスキュー隊のお兄さん達はオレンジ色の制服でしょ。いいからちびはそこで体育座りして、お口チャックで良い子で見学していて。」


 楊が自分の足元を指差すので、僕は楊が指差すそこにすごすごと座った。

 でも、なぜ僕がここにいるのだろう。

 一般人なのに。

 ホワイトボードの置かれたそこは、相模原第三消防署の訓練用グラウンドである。

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