あなたがしたのでは無いのですか?
玄人は額を十針も縫った。
三針ぐらいの傷らしいが、共感力が高い医者は、俺の「痕が残ったら殺すぞ。」のテレパシーを受け取ったらしく、美容整形ぐらいの勢いで細かくチクチクと縫ってくれたのである。
怪我は玄人が助手席から転げ落ちた時にダッシュボードに額を強打して出来たものであるので、MRIにぶちこまれ、経過観察のために一泊の入院と相成った。
大きな四角いガーゼを額に貼り付けてベッドに横になったその痛々しい姿は、まるで生贄の幼子のようで、俺の腹の底をかなりいらいらとさせた。
俺の子供の、この綺麗な顔に痕が残ったらどうするつもりだ。
犯人を殺してやりたいが既に完全に死んでいるので、俺は玄人の看病をするだけだ。
煙草を咥えながら俺のトラックに何度も体当たりしているうちに、車内に何本も転がっていた酒瓶の酒に引火したのだそうだ。
車内で業火が起きれば、いくら爆発し辛い設計になっている最近の車でも、爆発くらいはするだろう。
流石、島流れ所の体たらくだ。
酒臭い女が車に乗るのも止めもせず、そのまま署外に出すとはね。
アンズは、「何かあったら」の松野葉子宅に預けた。
一応動物病院でも診てもらったが、モルモットには怪我一つなく健康そのものであった。
一度死んだことのあるモルモットは、頑丈な体に生まれ変わったらしい。
チッ。
「犯人は百目鬼英明の内縁の妻でしたよ。小林冨美子、五十二歳です。」
玄人の病室に現れた髙は、被害者の筈の俺を労うどころか、事件報告どころか俺を逮捕に来たかのような様子である。
髙は楊と同じ身長、同じような中肉だが風貌はまるっきり逆で、一重の瞳の地味な顔立ちながら大人の飄々とした雰囲気を纏っている格好のいい男性であるが、今は元公安の厳しい雰囲気を出していた。
「外で。」
俺の言葉に髙は直ぐに踵を返して、俺と連れ立って病室の外へと向かった。
あまり玄人に事件の話は聞かせたくない。
自分の責任だと泣いていたと葉山から聞いてもいたのだが、敢えて髙に俺が尋問される場面など玄人に見せる必要も無いだろう。
「言いたい事があるのなら、気兼ねなく言ってくださいよ。」
俺が言いながら病室前の黒ベンチに座ると、三十六歳の彼は二十は年を取ったような疲れきった様子で俺の横に座り、大きな溜息と共に口を開いた。
「青森の帰省中にあなたに尋ねた時には、あなたは自宅を放火するような犯人に心当たりはないと答えたではないですか。あの時に英明があなたの恩師の俊明和尚の養子だったことがあると教えてくれれば、僕達にはやりようってものがありましたよ。」
そうかもしれない。
だが、俺は俊明和尚の意志を継ぐ者なのだ。
「俊明和尚の言いつけで、俺は、彼を知らない、を通さないといけないのですよ。」
髙は眉根を寄せるだけだ。
そうだろう、俺も本当は潰したいのだから。
あの男は勝手に俊明和尚の養子に成りすまし、彼の妻を心労で殺したのだ。
英明は俊明和尚の妻の年の離れた従弟なのである。
勝手に養子縁組の届けを出した英明を俊明和尚が質した時に奴が言ったセリフが、あなたの事を思って、だったという。
だからこそ俊明和尚は英明の事を、何も気にかけない事、に決めたのだ。
「百目鬼英明は昨日亡くなりました。あなたの自宅に放火しようとした実行犯が小林俊明。小林冨美子と英明の子供です。彼は父親の財産が不当に奪われた事に対する仕返しと、逮捕時のそちらの管轄の警察では語っていたそうですよ。」
「過去形ですね。どうしました?あなた達が言い含めて小林俊明とやらを更正させましたか?」
固定された椅子がずれ動いたと錯覚する程の勢いを持って髙は威勢よく立ち上がると、彼は俺を見下して、静かな中に怒りを滲ませながら俺を詰問してきた。
「あなたが、したのではないですか?」
「何を?」
髙は奥歯を噛みしめてから、俺に言い聞かせるように語り始めた。
「英明も俊明も惨殺されて路上に放置されていました。発見は昨夜で、現場ではあなたの仕事場近くです。その事で今回の冨美子の報復です。彼女は遺体を確認に来た帰りでした。全てご存知だったのではないですか。」
ようやく髙の俺への敵意が理解できた。
俺には髙の思考回路が理解できないが。
「知るわけないでしょう。俺は俊明和尚の言いつけを守って、何があっても英明を無視していないものとして来たのですからね。父との約束がなければ簡単に潰せる小物なのによ。全く。」
憤懣やるかたない。
大体俺がやるとして、どうしてこれ見よがしな殺人をすると考えたのだ。
俺がそんなに小物に見えるか?
やるんだったら、完全に英明の存在を消してやるよ。
「あなたじゃなくて、あなたが頼んだ別の人物ですよ。」
俺が別個に連絡したのはたった一人だ。
「それはないだろう。あいつはそんな馬鹿はしないでしょうよ。ちゃんと奴に確認したのですか?あなたの秘蔵っ子でしょう?俺よりもあなたの方が山口を知っている筈でしょうよ。」
「あいつじゃなくって、別の、です。」
「俺は奴しか連絡していないし、他の奴なんか知りませんよ。」
俺は裏社会のドンかよ。
子飼いの馬鹿は目の前の病室で怪我を負った可哀相な子と、お前の秘蔵っ子しかいないよ。
「それじゃあ、なぜあんなにも山口はあなたに怯えているのです?」
「俺が知るわけないでしょう。」
本当にどうしてあんなに山口は俺に怯えているのだろうな。
「まぁ、どうでも良いか。多分も何も、俺は何もしていませんし、山口に連絡した時は、かわさんによって謹慎中です、なんてフザケタ事を抜かされて終いでしたしね。彼が何もしていないはずでしたら、俺には一切関係ない事件ですよ。」
髙は大きくはぁと息を吐き、じっと俺を見つめながらしつこいように念を押してきた。
「本当に何もしていないのですね。」
「俺があなたにそんなに信用がないって知って、がっかりですよ。」
「当たり前でしょう。」
子供を叱る母親のような言い方に俺は少しカチンとした。
期待通りの行動を取ってやろうか、この野郎。




