何も守れない自分
ドン!
車が揺れるほどの衝撃を全身に受け、僕はアンズを抱いたまま助手席から転がり落ちた。
落ちる最中に火花が目の前に散った気がしたが、それよりも僕は腕の中のアンズを潰していないか心配で、慌てて彼女の様子を見た。
彼女は鼻の頭にトサカのようにアンズ色の毛束が生えているだけなので、丸々とした無毛の体は赤ん坊のように傷つきやすいのだ。
腕を緩めて腕の中のアンズを覗いたが、なぜか世界はぼんやりとしていて、それどころか僕の瞼は勝手に何度も瞬きをしてアンズの状態を確認できるどころではない。
「アンズちゃん、どこも痛くないよね?大丈夫だよね?」
指先でアンズの体を弄ると彼女は僕の腕から体を伸ばし、フンフンと鼻を鳴らしながら心配そうに僕の鼻に自分の鼻をくっ付けてきたのである。
僕は彼女の鼓動と傷一つないオーラに大きく安堵の吐息を漏らした。
あぁ、彼女は大丈夫だ、と。
ガンッ!
再びの衝撃に驚いて、反射的に上体を起して衝撃のあった方向へと振り向いたら、一台の黒い乗用車がバックをして遠ざかるところだった。
フロントのライトは全て割れ、ボンネットが大きく歪んでいることから、トラックに体当たりしてきた車である事は確実で、そして、バックしているのは逃げる為ではなく、衝撃を大きくするために距離を作ろうとしているからに違いない。
純粋な殺気を向けられている事に、僕はなぜと考えるどころか逃げる事さえも脳みそが考えることを放棄しており、そんな僕の目の前で、予定調和を叶えるかのように黒い車は僕へと向かって来た。
どん!
再びの衝撃を受けた僕は、アンズを抱いたまま再び床に転がった。
今度はアンズを守れるように倒れるように意識はしたが、僕にできる現状に対する抵抗はその程度で、そしてそのまま、僕は結局自分の身を屈めて転がるだけである。
「お前のせいだ!」
車が受けた衝撃と一緒に、僕は彼女の心の声という衝撃に粉々にされたのだ。
顔もわからない復讐者は、自分の子供の死の代償を求めている。
お前が子供を殺したのだ、と。
僕の血筋は飯綱使いだからこそ、気づかないうちに自分が呪いを他人に放っている事もあるのである。
だからこそ、他者に不幸を呼ぶ武本家は呪われているのだ。
「きっと、また僕のせいなんだよ。巻き込んでごめんね、アンズちゃん。」
僕に飼われたばかりに巻き込まれて、僕と一緒に殺されようとしているのに、アンズは僕を案ずるかのように僕の顎をちろっと舐めた。
僕は彼女の優しさに彼女を出来るだけ守るように抱き直し、だが、そんな馬鹿な僕をあざ笑うかのように次の衝撃は大きく、レッグスペースに転がる僕達は、車の振動で一瞬宙に浮いた程である。
助手席側の窓から見える風景がオレンジ色一色に染まったことで、良純和尚のトラックに体当たりしたあの乗用車が炎上したのだと知った。
ガシャン!
新らたに起きた衝撃音に僕はアンズを抱えて身を丸くしたが、僕達が受けたのは熱い炎の衝撃ではなく、冷たく新鮮な空気の襲来である。
顔を上げれば運転席には葉山が収まっており、運転席側のドアが割れている。
今の破壊音は彼が乗り込むために窓を割った音だったようだ。
「ともくん。」
「そこで動かないでじっとしていて。」
彼はサブキーをダッシュボードから取り出すとエンジンをかけ直し、彼の操縦で車はぐらりと動いたが、大きく揺れても移動はせず、金属の大きな悲鳴を上げただけだった。
「ちっ。」
「ともくん。」
「大丈夫だから、君はそのまま伏せて動かないで。引っ掛かっている車同士を少し乱暴に外すからね。タイヤがバーストしているからかなり揺れるかもしれないけれど、君は安心して伏せていて。」
葉山が僕に言葉をかけるやエンジン音がギュンギュと数回鳴り、その度に車体がガクガクと振られる衝撃を数度繰り返している。
何もできない僕とアンズは彼の言うとおりに床に丸まり、僕達が安全に逃げ出せることだけを祈っていた。
すると、ギュルンと大きなエンジン音が上がったと思ったら、大きく車が揺らめきながらもバックをしたのである。
その数秒後にドン!、ドン!と再び大きな爆発音だ。
床に伏せて目を瞑っている僕だったが、実際に目にしていなくとも瞑った目の内側で車が燃え盛るリアルな映像を見せつけられていた。
子供を失った母親は鬼となり、両眼は復讐だけをぎらつかせ、全身が燃え盛って消し炭となっていきながらも、僕への恨みと憎悪だけは消えはしない。
「あぁ、あなたの子供が死んだのは僕のせいなの?ごめんなさい。ごめんなさい。」
「君のせいじゃないよ。馬鹿なことは考えていないで、君はじっとしていなさい。」
少々の怒りも含んでいる葉山の言葉は、卑怯な僕が望んでいた「君のせいじゃない。」という慰めそのもので、僕は彼が屈んで僕の額に手を当てようとしている動作にそのまま身を任せた。
このまま、優しい彼に抱きしめられてもいいような心持でもある。
しかし、彼が僕の額に当てた手は、畳んであるハンカチを僕の額に強く押し付けるだけだ。
「ともくん?」
「かなりぱっくり入っちゃっているね。痕が残らないといいけれど。」
痛みは未だに感じられないが、自分の額がザクロのようにぱっくりと割れているのを想像し、僕はそのまま気を失った。




