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気楽ないお遊びのなかで

 俺は山口のお陰で腹筋が鍛えられている。

 玄人から聞く楊宅での山口との一夜と午前中の出来事が、俺が想像していた以上の効果があったらしく、俺は山口への好感度が上がった。


 髙の可哀想好きに関して俺は否定的だったのだが、今や俺もその楽しさがわかってしまったのである。

 可哀相な山口だと考えるたびに、俺の中で彼への好感度がぐんぐんと上がっていくのだ。


「朝は二人でファーストフードに行きました。偶にはジャンクフードもいいかなって思ったのですけど、脂っこくて。以前はおいしいと思っていたのに。」


 二人とも不味い朝食に目も合わせられずに俯いて、モソモソと無理矢理飲む込む事に集中していたそうだ。

 そして無言のまま二人は駅に行き、玄人は山口に見送られて電車に乗った。


「淳平君が望むなら偶には二人で生活をするべきかもと考えていましたが、考え直しました。あれじゃあ、一日と経たずに僕達は破局ですね。」


 報告をする玄人に俺は「計画通り」と心の中で祝杯を挙げてひとしきり笑い、俺が作った煮凝りに舌鼓を打っている目の前の彼に「可愛い奴」と目を細めた。


「美味しい。昨夜はすいませんでした。次からはちゃんと飲み会に出かける時は前日までに報告します。当日のすぐは断ります。」


 料理の出来ない二人は外食して、二人ともジャンクフード系が食べられない人間になっていたと知ったのだ。

 玄人は俺により、山口は楊により。

 楊の料理の腕はなかなかのものだ。


「あ、でも、飲み会は散々のようで面白かったです。面白いって言い方も変ですが、藤枝って人がそれはもう凄くて。今ちゃん達を一人で煽るほどの元気いっぱいな人でした。化粧が変でしたけれど。目の周りに目よりも大きくアイラインを引いているんですよ。田口さんもそんな失敗したクレオパトラでしたけれど、今時の化粧なんでしょうか?」


「え?」


 俺は唖然として聞き返した。


「お前の言う田口って、楊班で鑑識官の一人だった田口美樹のことか?」

「ほかに田口さんていましたか?」


 島流れ所では出世頭となる楊に惚れたのか、ストーカーと化して楊を苦しめた女だが、彼女は頬骨が高く彫の深い顔立ちの美人で、失敗したクレオパトラではなかったはずだ。

 確かに彼女が殺される寸前はショートヘアだった髪を伸ばして真っ直ぐなセミロングの黒髪になっており、服装もフェミニンからシック系に変わって化粧がかなり濃くなっていたから、玄人がクレオパトラと言い募るのはそのことなのだろうか?


 しかしここで、玄人の視界が一般人と違うという事も思い出していた。


「クレオパトラって、田口がどんな顔に見えた?」


 ただの好奇心なのは否めない。

 玄人は呪い云々の家系であるためか、人の見えないものが見え、見えるはずのものが見えないという特技というか体質なのだ。

 同じような力を持つ山口が言うには、玄人は腐乱死体の顔も整形した顔も、全て本来の顔にしか見えないという事だ。


「え?普通の顔ですよ。目が丸くてパッチリしていて、美人じゃないけど可愛い系で。最後は変なクレオパトラみたいに目のないところもアイラインで囲っている化粧で、可愛い系でも無くなっていましたが。」


 俺は想像して大笑いをした。

 女性の顔で大笑いするとは下劣な人間だと思いながら。

 そして、下劣ながら悪戯心も芽生えてしまった。

 玄人が言う狸の藤枝に会いたい。

 そして、玄人が話したとおりの凄い性格も見たい。


「クロ、煮凝りは山口も気に入ってくれてな。楊がいなければあいつの食生活は可哀相だろ?アンズをつれて楊の家を強襲しようか?」


 馬鹿な子供は俺の提案に「なんて優しいお父さん。」との思いを目に浮かべて嬉しそうにウンウン頷くだけだ。

 なんて可愛い俺の子供だ。

 馬鹿な子ほど可愛いって本当だ。

 ところが相模原東署に着いてみれば、狸が不在の上、山口のリアクションは考えていたものではなかった。


「ど、どうしたのですか?百目鬼さん。」


 喜ぶどころか玄人がいるというのに会いに走ろうともせず、阿呆面を晒すだけで俺にびくびくと怯えているのだ。


「楊がいなくてお前の食生活が可哀想だってクロが心配しているからな。楊が帰ってくるまで俺達はお前と同居してやろうと思ったのだが、迷惑か?」


「迷惑なんて!でも、いや、あの、その、今は。」


「昔の恋人と溜まった性欲の解消でもするつもりだったか?」


 がたがたがた。

 俺の冗談に山口がなぜか見るからに狼狽して後退り、そんな彼にぶつかった人物が書類束を落としてしまったのだ。

 物凄く慌てている様子で山口は直ぐにしゃがみこみ、自分のせいで落ちた書類を拾い出したが、俺はそんな素振りに没頭して逃げ出そうとしている山口の左肩に右手を乗せた。

 ぐっと両目を瞑った馬鹿は、観念した犯罪者そのものじゃないか。


「お前はやりたい盛りだもんな。クロとはこれまでか。」


「な、なななんですか。や、やりたい盛りって。お、俺はクロトの為なら一生あっちが無しでも構わないって気持ちなんです!」


「じゃあなんでそんなに壊れている?クロの体がそんなに毒だったか?」


 俺の言葉にようやく山口は山口らしい顔付きに戻り、キッと俺を睨んで言い返した。


「やっぱりあなたの思惑だったのですね。クロトが着替えが無いってあなたに連絡したそうじゃないですか。俺が帰ってきたらシャツや何か渡してくれるから裸で寝ろって言われたって。酷いですよ。あんなかわいい寝姿を見せられて、俺は自分を抑えるのが大変でしたよ。」


 ぶっと俺が笑い出すと、山口は怒り顔を傷ついた顔に変えた。


「してみれば良かったじゃないか。裸同士で横になるってのに慣らす練習とかよ。間違いって若い時しか出来ねぇんだからよ、試してみれば良かったじゃないか。俺はクロにそうも言ったんだよ。」


「え、そんな。だって。」


「まぁ、いいや。俺達は楊の家に行っているからな。」


 チクショウ、百目鬼め。


 そんな呟きを背中に受けながら、俺は高笑いしながら意気揚々と駐車場に向かったのだ。

 その時は。

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