中編
パーティーが終わってから数日後のこと。お父様から話があると言われて部屋に行くと、なぜかキースもその場にいた。
「お父様、なぜキース様が…」
キースが魔法省に勤めていて、大変お忙しいという話は、さすがにわたしも知っている。
「まぁ、座りなさい」
お父様に言われた通りに、キースの隣に座る。お父様の方を見ると、とても言いづらそうな顔をしているため、それほどまでに内容が深刻であることが伝わってきた。
「王家から、君達の婚約に対して抗議文が届いた」
「…王家の方と一度も会ったことがないのに、どうして文句を言われないといけないんですか?」
「実はだな…」
話は半年ほど前に遡る。シェーナ伯爵の還暦パーティーが盛大に行われ、かなりの人数が招待された。わたしもそのうちの1人だったが、シェーナ伯爵との面識はないので、軽ーくお祝いの挨拶をして、あとは会場の隅っこで壁と同化していた。
その還暦パーティーは、どうやらマシュー王子の嫁候補の選別を兼ねていたらしく、王子好みのお淑やかな女性をピックアップするのに利用されたそうだ。そして、壁と同化していたわたしは、見事に王子の側近からお淑やか判定を受け、知らぬ間に王女候補にされていたらしい。
ついでだが、わたしは人見知りなだけで、決してお淑やかではない。小さい頃は、兄やキースと一緒に木登りや釣りで遊びまくったものだ。
そして、候補一覧が王子に見せられ、これまた知らぬ間に王子から「こいつがいい」と選ばれてしまい、第一候補になっていたそうだ。そこで初めて我が家に「王子が結婚してやろうと言ってるけど、どう?」と打診がきた。
それが2ヶ月ほど前のことだったらしい。おそらくゲーム通りなら、それをお父様が了承して、わたしは王子の婚約者となるのだろう。本当にこんな一方的に決められた婚約なら、ヒロインにあれほど嫉妬できるジェニファーを見る目が変わる。尊敬だ。
「でも、少し待ってほしいと言ったんだ」
「素晴らしすぎますお父様」
「……?」
「…なんでもありませんわ。どうしてお父様は、待ってほしいとお願いしたのですか?」
「キースがいたからね」
「キース様が?」
わたしが隣にいたキースを見上げると、少し照れた表情でこちらを見ているのがわかった。
「ここからはキースが説明するといい。私は退室するから、終わったら呼びなさい」
「えっ、お父様?!」
お父様は、瞬く間に部屋を出て行った。兄と退出の仕方がそっくりである。
「親子だわ…」
「いやっ…、そこに血筋を見出したらダメだろ」
「じゃあ、わたしも?!」
わたしもあれだけスピーディーに、他の人をほったらかして退出しなければならないのか…。
「ジェニファーは大丈夫だろう。たぶん受け継いでないから」
「良かった…。じゃない!話がずれてます!」
「あぁ、そうだったな。ちょうど王子と同じ頃、俺もジェニファーと結婚したいという話をしていたんだ」
「そうだったんですか?!」
わたしのようなぶっつけ本番の告白とは違い、キースの方は、事前にきちんと計画された申し出だったのだ。どうりでスムーズに婚約できたはずである。
「ちょっと待ってください。そもそも、どうしてわたしと結婚しようと思ったんですか?」
「そんなの、ジェニファーが好きだからに決まってる」
「?????」
空耳か?
「あれ?言っただろう?好きだから結婚してほしいと」
「いや、あれは定型文じゃないですか」
「定型文じゃない。俺の本心だ。じゃなきゃ王子を押しのけてまで結婚しようとは思わない」
少しずつ赤くなる顔を誤魔化すように、わたしは俯いた。その後もキースは話し続ける。
「ダレングル侯爵に頼み込んで、王子との婚約の話よりも前に、ジェニファーに結婚を申し込むことを許してもらえたんだ」
それが、告白がバッティングした日である。
「ジェニファーから了承があれば、結婚を認めようと言われたから、かなり緊張した」
あの日のキース、緊張してたんだ。全然気づかなかった…。
「王家には、ダレングル侯爵がきちんと断りをいれてくれたんだが、王子より身分が低い、侯爵の俺と結婚するのが不満らしい」
「それはまた…」
ワガママ、理不尽、面倒なやつ、といろいろ言いたかったが、キースの前だったので呑み込んだ。
「もしわたしが、キース様と結婚なんて嫌ですって言ったら、どうなってたんですか?」
「俺じゃなくて、王子と結婚してたよ」
「ぜっっっっったいに嫌です!」
断固拒否である。
「ハハッ、嫌われてるな、王子」
「確かに王子は全然好きじゃないですけど、そんなことどうでもいいんです。わたしは、キース様が大好きなんです!」
キースが大好きだということはわかっていてほしいので、かなり強調して伝えた。すると、キースから手を引かれ、肩に顔をうずめる形で抱きしめられた。
「うん。俺もジェニファーのこと、大好きだ」
―――そのとき、ゆっくりと開かれた扉が、大きな音をたてて閉められたのは、聞かなかったことにしようと思う。
* * * * *
その日の夜、珍しく兄と2人で話をした。
「婚約おめでとう」
「ありがとう」
わたしはこの際だからと、ずっと気になっていたことを、思い切って聞いてみることにした。
「…あのね、お兄様」
「ん?」
「友人と妹が結婚するのって、やっぱり複雑…?」
「いや、そんなことはないよ。2人の想いが実って良かったと思ってる」
「本当に?」
「本当だよ。特にジェニファーは、見ててバレバレだった」
「え…?」
「なんだ、気づいてなかったのか?家族みんな知ってるのに」
「ウソだ…」
「残念だったな。諦めろ」
うわぁぁぁ!恥ずかしいー!でもここで逃げるのも悔しいので、話題をすり替えることにした。
「お兄様は、王家の話は知ってたの?」
「あぁ、知ってたよ。キースと父上の両方から相談されてたからね」
「知らなかったの、わたしだけ…」
別の話題にもメンタルをやられ、わたしはズタボロのまま部屋へと帰っていった。
* * * * *
とりあえず王家には、そっちが勝手に王女候補にしていただけだ、こっちにだって都合がある、と返事をした。
しばらくして、王家からの婚約を断るなんて何様のつもりだ、と手紙がきたので、王子にはもっと素敵な方がいらっしゃるとお伝えした。遠回しに、しつこいぞと何度も言っているわけなのだが、あちらも王家としてのプライドがあるのか、なかなか引かない。
そんなやり取りをしているうちに、魔法学園への入学が近づいていた。この世界では魔法を使うことが一般的であり、貴族はより高度な技術を学ぶために、魔法学園への入学が義務付けられている。
ちなみにわたしは木属性、キースは水属性の魔法が使える。この属性には遺伝は関与しない。兄が火属性なのがいい例だろう。
キースと結婚できることに浮かれてすっかり忘れていたが、この魔法学園がゲームの舞台となるのだ。ヒロインは、かなり貴重な光属性の魔法を扱えることが判明し、平民ながらも特別に入学を許可される。そして、マシューと親密になるヒロインに嫉妬したジェニファーが、裏組織の人間を雇って、誘拐事件を起こすのだ。
しかし、わたしはいま幸せ絶頂期で、王子に嫉妬する余地がこれっぽっちもないため、メインストーリーに関わらないようにすれば、きっと平和に生きていけると信じている。
待ってなさい、ヒロイン!絶対に関わらないようにしてやるんだからねっ!!
* * * * *
―――その目標は早々に崩れ去った。
「なぜ逃げるのだ!」
「嫌だからです!」
わたしとマシューの追いかけっこは、もはや学園で知らない人はいないほど有名になっていた。大変残念なことに、わたしとマシューは同い年だ。もちろん、ヒロインも一緒に入学した。
「レティシアさんと一緒にいたらいいと思いますよ!」
レティシアとは、ヒロインのことだ。平民で光属性という、目立たない方がおかしい人物なのに、この王子は…
「彼女は確かに美しいが、僕の運命の人はジェニファーだよ!」
「なんでー?!?!」
このように、マシューはレティシアを見ても、惚れる気配ゼロなのである。
しかも、本編でここぞというときに使われる「僕の運命の人」というセリフをかなり乱用しているのだ。今月だけで5回は聞いた。もう嫌だ。
「マシュー様ー、待ってくださーい」
さらに困ったことに、わたしを追いかけてくるマシューの後ろを、レティシアが追いかけてくるのだ。レティシアなりに、マシューに惚れてもらおうと頑張っている様子はちらほら見受けられるのだが、今のところ報われていない。
こんな感じだが、わたしの平穏な日々のためにも、レティシアのことは全力で応援しているつもりだ。
何をしているかって?
わたしを追いかけてくる2人をなんとか撒いて、2人きりの時間を作って"あげて"いるのである。けっこう体力のいる仕事で、かなりキツい。
「でも、キース様だって、お仕事頑張っているもの」
だからこそ、わたしも頑張れるのだ。妥協は許されない。とはいえ…。
早くストーリー通り恋に落ちて、わたしから離れて欲しいんですけどー!
* * * * *
追いかけっこが日常の景色に溶け込んできた頃、わたしは久しぶりにキースと会っていた。今日は、婚約者同士の親睦を深めるための、大切なお茶会である。
「学園はどうだ?」
「毎日、脚力が鍛えられている気がします」
何を言っているのか分からない、という顔をされるが、安心して欲しい。わたしもどうしてこんな学園生活になってしまったのか、不思議でしょうがない。
「…そうか。何をしているのかは聞かないが、ほどほどにしとけよ」
「向こうからくるので不可抗力です」
「は?」
「なんでもありませんわ、オホホ」
優雅に紅茶を飲んで誤魔化す。そのとき、キースがポケットから何かを取り出した。
「ジェニファー、これを」
手渡されたのはブレスレットだ。
「まだ誕生日プレゼント渡せてなかっただろ?遅くなって悪かった」
「かわいい!ありがとうございます!」
早速身につける。ゴールドのチェーンが光を浴びて輝いていて、とてもきれいだ。
「やっぱりな。それが1番ジェニファーに似合うと思ったんだ」
キース、気付いて!わたしいま、心臓がギュン!ってなってるから!
「できれば、ずっと身につけておいて欲しいんだが…」
「もちろんそうするつもりです。大切にしますね」
なんとか平静を装って返した。お互いの顔がほんのり赤いのは、きっと屋外でお茶会をしているからだろう。天気が良かったので、せっかくだからと庭でおしゃべりしていたのだ。
「なんだか暑いですね」
「そうだな。もう中に入るか」
* * * * *
魔法省にて。
「ほら、書類」
婚約者の兄、フォルトから渡されたのは仕事の書類だ。フォルトも、部署は違うものの、魔法省で働いている。
「いやぁ、今日は一段と荒れてるねぇ。ジェニファーは、この間のお茶会、すごく楽しかったってニコニコしてたよ」
「ジェニファーと会ったのはもちろん楽しかった」
「例のあれも渡した?」
「あぁ、渡した」
「使う時がないといいけど」
「そうだな」
そう願っているのは、俺も同じだ。
「で、荒れてる理由はなんなの?」
どうやら、イライラしているのを隠しきれずに、誰かから原因を聞いてくるように頼まれたようだ。
「……王家がウザい」
「まだ言ってくるの?あの人たちも懲りないねぇ」
「ガキがグチグチうるさいんだよ。こっちはかなり大人な対応をしてるんだ。黙って引っ込んでろ」
「長年の思いに、ひょいって出てきたやつが敵うわけないって?」
「まぁ、そういうこった」
小さい頃は、いつもフォルトの後ろについてきて、よく笑う子だな、くらいにしか思っていなかった。ところが、時々ふと大人びた、儚げな表情をすることがある。
――そのギャップに、いつのまにか惚れていた。
ジェニファーは、俺がフォルトのところに遊びにきたついでに、遊んだり勉強の相手をしたり、魔法を教えたりしていると思っていたのだろうが、ただの友人の妹なら、そこまでするはずがない。
「とりあえず落ち着きな。みんな怖がってるよ」
「あ?」
「その顔!はい、笑って笑って!」
その後、床にのびたフォルトが発見されたものの、全員なにが起きたか考えるだけでも恐ろしく、目覚めるまで放置されたとか…。
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