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やるせなき脱力神

やるせなき脱力神番外編 光の三原色

作者: 伊達サクット
掲載日:2020/06/13


 幹部従者・ユノがウィーナの執務室にて、椅子に座る彼女と対峙する。

 ユノは体中が鎧のような、紫に寄せた赤色の外骨格で覆われた、昆虫系とも甲殻類系ともつかぬ種族の男だ。

 外骨格の表面は滑らかで研磨されたような艶があり、その身体的特徴から衣服の類は着用しておらず、細身の全身像が際立つ。

 唯一『人肌』の頭部は皮膚が真っ黄色で、特徴に欠ける横分けの髪形をした頭髪は明るい水色。その姿は、上からシアン、イエロー、マゼンタという極彩色(ごくさいしき)で占められていた。

 机を挟んで直立するユノは、申し訳なさそうな顔つきでウィーナに向かって頭を下げており、遠慮気味に話を切り出した。

「……すみません。この度、この組織を辞めようと思いまして」

 それを聞いたウィーナは、表情を変えることなくユノを見据える。

「何故?」

「ワルキュリア・カンパニーの意味が全然分からないんです」

「意味が分からない?」

「はい……」

「何が分からないのだ?」

「いや、もう。何をやっているのか全然」

「悪霊退治や魔物退治が主な仕事だが」

 ウィーナが無表情を貫きながら言う。ユノは相も変わらず申し訳なさそうな表情をしている。

「悪霊退治とかもう意味分かんないです」

「悪霊退治の意味が分からない? お前今までずっとやってきたろう? 意味が分からない!?」

 ウィーナが驚いたように言葉を返す。

「はい……。よくよく考えてみると、僕何やってんだろうって」

「悪霊に困っている人をいつも見てるだろう? そういった人々を助けるのではないのか?」

「助ける意味も分かんないです。何で助けなきゃいけないんですか」

「お前、困っている人達を見て何も思わないのか? じゃあ何で今まで長年私の(もと)で戦い続けてきたのだ?」

「……もう、そんないっぺんに言われましても……。何が何だか分からないです」

「……別に意味が分からないからといって辞める必要もないと思うが?」

「でも部下に示しがつかないんです。この前新しく入ってきた新人君に『悪霊と戦う意味あるの?』って聞かれて『分かんないです』って答えたら、『じゃあ辞めれば? いらねーよお前』って言われたんです。だからもう僕駄目なんです」

「それ、新人君とやらに言われたのか? ユノ隊の隊長を務める、幹部従者という地位にあるお前が、平従者の新人君にそれを言われたのか?」

「言われたです」

「変だと思わないか?」

「ですよね? やっぱ僕変なんです」

「お前じゃない。新人が変だとは思わんか?」

「そのときは、別に思わなかったです」

「新人って誰だ?」

「……ホケケムラ君です」

「ホケケムラ……。この前聞いた名だな……確か」

 ウィーナは机の引き出しを開け、詰まっている書類の中から一枚の紙を取り出した。

「これだ。やはり退職願を出してきていた。ホケケムラ。こいつか?」

 ウィーナが退職願をユノの前に突きつける。

「そうです」

「先月辞めた奴ではないか。それも初日お前の隊に配属されて、二日目にこれを提出してる」

「そうなんです。ホケケムラ君が悪霊と戦う意味が分からないって辞めてったから、僕も責任とって辞めなきゃいけないんです」

「その必要はない」

「いや、もう、駄目なんです」

「ここを辞めてどうするのだ?」

「……それは、分からないです」

「他にやりたいことはあるのか?」

「……ないです」

「じゃあ辞めない方がいい」

 沈鬱な表情で黙り込むユノ。どことなく恨みがましい目つきでウィーナを見る。

「お前が辞めたらユノ隊はどうするのだ? 今動いている任務の引き継ぎは?」

「ヴィクトに全部やらせればいいです。僕の隊の人達みんなヴィクト隊が第一希望だったです」

「ヴィクト隊の稼働率はお前も知ってるだろう。お前ヴィクトを過労死させる気か?」

「大丈夫です。あいつは僕と違って何だってできるです」

「何でもかんでもヴィクトに押し付けるのはやめろ」

「別にヴィクトに限らず、僕の代わりなんていくらでもいますです」

「いない。我が組織で幹部従者になるということがどれだけのことか理解しているのか?」

「分かんないです。僕他のとこで働いたことないんで。凄いんですか?」

「お前程の強さを持つ戦士は、この冥界にはそういるものではない。このウィーナの下で幹部としてやっているということは、この冥界の全戦士の中で上位2~3%の所にいるということだ」

「僕戦うことしかできないです。ホケケムラ君にもそのことを指摘されたです。『戦うことしかできない奴に価値はない』って、凄く怒られたです」

「この組織では大いに価値がある。戦闘集団であるワルキュリア・カンパニーではな。ところでユノ、話は変わるが」

「はい」

「お前、趣味はあるのか?」

「……ないです」

「非番の日は何をしている?」

「図書館に行ってます」

「なら『読書』という立派な趣味があるではないか。なぜ趣味がないなどと言う?」

「やることがないから、仕方なく本を読んでるだけなんです」

「そういうのを趣味というのだ」

「そうなんですか?」

「図書館に行くのか? 王立図書館?」

「そうです」

「本屋で買わないのか?」

「これ以上買ったら家で脚を伸ばして寝れないんです。だから図書館でその場で読んで帰るんです」

「酒は飲まないのか?」

「酔っ払っても、気持ち悪くなって頭が痛くなって、何が楽しいのか分かんないです」

「賭け事は?」

「結局胴元が一番儲かるし、プラスにはなっていかないし、トントンでも時間だけが無駄になるし、意味分かんないです」

「彼女はいるのか?」

「……答えなければいけませんか?」

「何か問題でも?」

「いないです」

「知っている」

「何故聞いたのですか?」

「今までの人生で彼女がいたことがあるのか?」

「……ないです」

「知っている」

「何故聞いたのですか?」

「友人とどこかへ遊びに行ったりはしないのか?」

「友達いないです」

「家族は?」

「いないです」

「親戚は?」

「いないです」

「故郷は?」

「ないです」

「金がたまって仕方なかろう? 貯金しているのか?」

「いや、結構高い本買ったりするんです。魔術書とか召喚獣が封印されてる本とか、世界に一冊しかないやつとか結構あるんです。一時期買い漁ったりしたです。めっちゃお金使ったです」

「ほう……。それは興味深いな。何か面白いものはあったか?」

「それが、買ったはいいけど、古代文字とか魔法暗号とか、何かもう物凄いことになってて、何が書いてあるのかさっぱり分からないんです。だから、ここの書斎に寄付したです」

「そうなのか!? よいのかそんな貴重な本を!?」

「僕が持ってても意味分からないから意味ないんです。シュロンは喜んでたです。みんなに読んでもらいたいから書斎に持ってきたのに、シュロンが一人で全部持ってっちゃったです」

「そうか……。お前、日々戦っていて、悪霊を浄化したり、魔物を倒したりして、何か感じることはあるか?」

 ユノはしばらく黙って考え込み、首をかしげて答える。

「……さあ、別に……」

「お前、以前ノクーバ山脈の任務で死にかけたことがあったな。あのとき、何を感じた?」

「……別に……何も……。あんまりよく覚えてないです」

「お前は死が怖くないのか?」

「怖いです。でも裏を返せば、ただ怖いってだけで、死自体に意味なんてないです」

「死に意味がないと言うか……」

「意味がないっていうか、死ぬってことの意味がそもそも分かんないです」

「ユノ。あのとき、お前は同行させた部下を全てふもとの村に留め置き、一人で奴の討伐に赴いた。あれは部下を危険な目に遭わせたくなかったからではないのか?」

「危険な……目? 危険……な……? すみません、どういう意味ですか?」

「強い悪霊と戦えば、部下が殺されるかもしれないだろう? そうならないように一人で行ったのではないのか?」

「ウィーナ様がそう仰るのなら、多分そうなんだと思いますです」

「あのとき、お前の隊にいたモッブ、イーモデード、キャラコーザ、イナケンカー、皆お前に感謝していた」

「……はあ。まあ、でも、言ってしまえば僕隊長なんだし、当たり前のことです。それに結局もうみんな死んでるです。なんだかんだで。今となっては感謝された意味が分かんないです」

「ユノ、それは言うな」

「話振ったのウィーナ様です」

「それはすまなかった」

「ウィーナ様に謝られると気まずいです」

「お前も面倒な男だな……」

「すいませんです」

「じゃあ、お前に戦う以外の仕事を一つ頼みたい」

「はい?」

「この手紙を、ラクトール地方、ラクトールの町にいるヨシギュナルドという人物に届けてほしい」

「はあ……」

「この仕事なら、お前が意味を見出せぬ戦いも悪霊もない。それに、私がわざわざ自分で届ける時間をお前が引き受けることで、その分私が組織の為に動く時間を生みだせる。これは明確かつ大きな意味を持つ仕事だ」

「なるほど。どんな手紙なんですか?」

「お前が知る必要はない。そんな質問をするなど、いつものお前らしくないではないか」

 ウィーナが微笑を浮かべた。

「確かに」

「簡単かつ意義のある仕事だ。ヨシギュナルドはラクトールの町の『風雲ヨシギュナルド城』にいる。行ってこい」

「分かりました。行ってきます」

 ユノは手紙を受け取り、執務室を出ていった。

 ドアが閉まり、執務室が静寂に包まれた。

「どう思う?」

 ウィーナが言うと、机の下に隠れていたハチドリが姿を現し、パタパタと飛んだ後、卓上に足を下ろす。

「無理して働かせてもどうかなとは思いますが」

 ハチドリが目を細める。

「うん。だが、戦闘能力が第一のウチならば、ほぼ戦うことしか知らないあいつにこれ以上の天職はない」

「そうなんですけどね。まあ正直、ユノはここでやってた方がいいってのはありますね」

 ハチドリが両羽を組んで同意する。

「だろう?」

「あいつがウチ以上に上手くやっていける場所がある気がしません」

「私もそう思う。だから、本人が意味が分からないと言うのなら、明確に意味を与えてやればいい」

「それにしても、あの手紙を簡単とは。少々お人が悪すぎますな」

 ハチドリが若干呆れたような表情で苦言を呈し「おそらく戦闘になるし……」と付け加えた。

「それはユノのコミュニケーション能力次第だ」

「じゃあ500%戦闘じゃないですか。あの手紙の内容も教えてないのに」

「それで自分自身の一番の得意分野が何か気づけばいいのだが。あいつが一番要領よくこなせるのが戦闘であることに。あいつにとってそれが不本意だとしても、向いていることに身を置いていた方がいい」

「他にやりたいことや目標がないなら、間違いありません」

 ハチドリが補足の言葉を添えた。

「うん……」

 ウィーナは頷き、それきり黙った。しばらくの後、ハチドリがクチバシを開いた。

「ヨシギュナルド……。あいつ一人で大丈夫ですかね? 私もついていきましょうか?」

「大丈夫だ。そう簡単に死ぬような男ではない」

「はい」

「それより」

「はい?」

「ユノが王立図書館でどのような本を借りてるのか調べられるか? どういう系統の本を好むのか。あいつが戻ってくるまでに」

「できます」



 風雲ヨシギュナルド城――。


「ヨシギュナルドさんですか?」

「何だ貴様は!? 誰に向かって口をきいている!?」

「ヨシギュナルドさんではないのですか?」

「何だと!? 貴様ァ! 下等生物の分際でこのヨシギュナルド様を愚弄する気か!?」

「あなたに我が主君・ウィーナからの手紙をお届けしに」

「何ィ!? 貴様それを早く言ええええっ! よ、寄こせっ!」

 ヨシギュナルドはユノの取り出した手紙を、ユノを突き飛ばして乱暴にひったくった。

 そして、封筒を破り、手紙を食い入るような勢いで読む。

「あああ~ばばばばばばあっ! 何だとおおおおっ!? ウィーナの奴、下等生物の分際でこの俺様と性行為をしたくないと言うのかあああっ!? この俺と肉体関係を持つのを拒否すると言うのかああああっ!? あの下等生命体があああああっ!」

「えっ?」

「貴様ああああああああああっ! 死ねいいいいいいいいいいいっ!」

「うわぁっ!?」

 戦闘開始。ユノの水色の頭髪の間から、二本の鋭い触覚が伸び、背中の外骨格の繋ぎ目から、一対の透明で硬質な翼が展開した。


 戦闘後。トークタイム。

「ぐばああああっ!? げ、げべぶうううっ!?」

「あ、すいません」

「……ククク、少しはできるようだな。だが所詮下等生物。よかろう、魔界と契約したこの俺様の本当の姿を見せてやろう! グハハハハハ!」

「え? 契約?」

「昔から不満だった! 脆弱な冥界人などという下等生物に生まれた我が身が! だが今は違う! 冥界人であることを捨て、魔界と契約し強大な力を授かり新たなる姿に生まれ変わったのだ!」

「え? ま、魔界?」

「フハハハハ! その通り! こんな冥界人の姿など周囲を欺くための仮の姿に過ぎん! 今こそ真の姿に戻るとき! 素晴らしいぞ! 魔界より授かった肉体は! 特別に見れることを幸福に思うがよいわ!」

「あのー、ちょっといいですか?」

「今更命乞いしても遅い! 我が変身を見て、恐れおののくがよい! 恨むならこの俺との性行為を拒んだ貴様の主君を恨むのだなハーッハッハッハ! ハアアアアアアアッ!」

「いや、あの……」

 戦闘開始。


 戦闘後。トークタイム。

「そ、そんな、馬鹿な……! この高位存在であるヨシギュナルド様がこんな、こんな下等生物如きにぃぃぃ……!」

「あ、あのー、もしよかったら」

「ぬおわああああああぁぁぁ……!」

「ああ……死んじゃった……」

 ユノの二本の鋭い触覚が頭部に収縮されていき、翼が背中に収納された。



 ユノが風雲ヨシギュナルド城から出ると、ラクトールの町民達が大勢駆け寄ってきた。そしてあちこちで喜びの歓声が上がっている。

「どこのどなたか存じ上げませんが、よくぞヨシギュナルドを倒してくれました!」

「これでこの町は救われる! ありがとうございます!」

「ああぁ~……、まさしく救世主様じゃ……。ありがたやありがたや……」

「え、えぇーっ……!?」

 ユノは喜ぶ人々に囲まれて、困惑するばかりであった。



「ただいま戻ったです」

「ご苦労。どうだった?」

「あの……殺しました」

 ユノが申し訳なさそうに頭を垂れる。

「いや、よくやった。褒美にこれをやろう」

 ウィーナが一冊、分厚い本を取り出し、ユノに手渡した。

「これは?」

「『天界体系』第一巻。我が故郷、天界にまつわる神話と歴史、その成り立ちが記されている。全五十巻の大長編となる」

 ユノは手に取った天界体系を、目を皿のようにしてパラパラとめくった。

「こ、こ、こ、これこれこれ、これを、いた、頂けるのですか?」

 ユノは明らかに目の色を変え、興奮を隠せないような口ぶりだった。

「良い働きをすれば、二巻もやろう」

「一冊ずつなんて嫌です全部下さい一度に全部下さい全部ほしいです! 僕これ読みたいです!」

 凄まじい早口だ。

「駄目だ。続きを読みたければ相応の任務をこなしてもらおう」

「わ、分かりました! 何でもお申し付け下さい! 何でもやりますです! どんどん任務を我が隊に回して下さい!」

 ユノが血走った目でまくし立てる。その瞳は烈火の如く燃え滾っていた。

「真っ白な男かと思いきや……」

「え? 今何か言ったですか?」

「いや、何でもない。期待しているぞ」

 ウィーナが笑った。


<終>

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