異世界人に惚れたので
女性から婚約破棄は少々珍しいかと思い書きました。
主人公は少し事情はあるものの、とある地味な田舎の所領出身の騎士でした。
「ウィアカヴァ様と結婚することにしたの。別れましょう、私達。やっぱり若くて素敵な方がいいし」
趣味の悪い何かよく分からない花が咲き乱れる、好みじゃない庭で好みじゃないお茶を飲んでいたら、いきなり言われた。
…………私は言い放った彼女をポカンと見つめた。
彼女は私の妻だ。
先日結婚したばかりの。
名家の出で、結婚しろと言われたのも突然だった。
弱小貴族の三男の私に断る術は無く、言われるがままに結婚した。
結婚生活?最初の1日は義務的に式だの何だの色々と。
後は放置の一途だった。
「…………それは、結婚を解消すると言う意味での、『別れましょう』でいいのか?」
「当たり前でしょう、頭も察しも悪いわね」
居丈高な態度は結婚前から変わらず。
そう言えば私に初めて言われた言葉は、『そこのアレでいいわ、その栗毛の』だった。
言い方も目線も、犬か馬でも選ぶようなものだったと記憶している。
そう言えば、そんな扱いをされたけれど、今も昔も彼女に対して特に何も思わなかった。
特に何か言いたいことも無かったから。
「…………おとうさま」
だが、横に居た小さな子供は妻の言葉に震えている。
私をお父様と呼ぶ彼女は、私の実子では無く、妻の前の夫の子供だった。
綺麗な淡い水色の髪に、金色の目の可愛らしい子。
だが、母親である妻は、彼女に華やかさが足りないと全く顧みていなかった。
私がこの家に来た時、片隅で泣いていた子供。
思わず頭を撫でた時、今まで撫でられたことが無いと言った子供。
この子はどうなるのだろう。
また、部屋の片隅で泣く生活に元通りか?
……そんな事は許せない。
「別れるのはいいけれど」
「何よ、お金?まあそれなりに渡してあげてもいいけれど、あまりガタガタ言わないでよね」
金銭は大事だ。
それが無いから、ウチは弱小貴族で強者にいたぶられる立場だった。
今の私の様に。
まあ、タダでいたぶられる気は無いけれど。
「ブランシュを私に頂戴」
「は?」
「だって君、異世界人と結婚するんだろう。ブランシュは邪魔じゃないの」
こんなこと本来は本人の目の前で言う事ではない。
子供…………ブランシュが体を震わせるのが心を突き刺した。
だが、この場で無ければダメだった。
私が少しでも引けば、妻はこの子を顧みない生活に逆戻り。
ブランシュはまた不幸になってしまう。
ぽたぽたと涙があふれているのが見える。
ごめん、本当にごめん。汚い現実を見せてごめん。
でも、この子の為に此処ではっきりとした約束をさせねば。
まだ大して付き合いは無いが、妻は目先の事しか考えない事はよく分かった。
だから其処を利用しなければ。
「政略結婚の…………」
「君の前のご主人は一族郎党不幸な事故で亡くなっていて、後ろ盾も無いのに?」
ブランシュの父親である、ウラント家のことを記憶から引っ張り出す。
一年前に一族郎党謎の死を遂げた、悲運の一族。
何故か、ブランシュの父親が偶然実家に帰った時に、盗賊に襲われたとか。
現場は凄惨で、かなりの怪しいところだらけ。
なのに、捜査は碌に行われなかった。
表面上は、だが。
間違いなく妻の家が絡んでいると聞いている。何せ、欲と金だけはあり余る家の我儘娘だから。
ちゃんと裏ではきっちりと捜査の手が伸びているのも知っている。
この得意げに偉そうにしている妻に教える義理は無いけれど。
「ハア?…………貴方に面倒が見れるの?」
「寧ろ此処に来てから、ブランシュの面倒しか見て無いけれど?」
「口が減らない男ね」
「そう、気に入らないなら殴り合いでもする?」
「バカじゃないの、女を殴るの?」
勿論私には罪の無い人間を男女関係なく殴る趣味はない。
だが、人を殺した悪人を殴るのに、男女の区別をするべきだと思っているのだろうか。
何を勘違いしているのか分からない。
一応騎士位を貰ってはいたが、今は別に騎士では無いし。
「生憎と私は君がお友達とお喋りしている通りに下賤の出でね。
それで?ブランシュと金をくれたら今日にでも出て行くけど。このお茶も飽きたし」
カップを持ち上げて、わざとヘラヘラして見せた。
それにしっかりと挑発されて、忌々しいと言わんばかりだ。
だが、妻の目が打算に揺れている。
妻に、娘への愛情は無い。産んだだけだ。
再婚するにも、邪魔だとしか考えていない。
ただ、再婚したい相手は絶対に了承しないに決まっているのに……。彼女は知らないが。
「…………いいわ」
「じゃあ、ブランシュの部屋に書類を持ってきて。金額は弾んでね。醜聞を被ってあげるんだから」
「…………っ!!分かったわよっ!!」
どうせ私が浮気しただのなんだのと、取り巻きにばら撒かせる気だろう。
肩を怒らせながら、妻…………女は去っていく。
底が浅い。滅茶苦茶浅い。
でもまあ、家令に任せて問答無用で叩き出さなかっただけ、マシだと言う事か?
最悪それも考えていたから、荷物と金品を幾らか街に預けてある。
勿論預けるのもタダでは無いが、備えておいてよかった。
備えあれば患いなし。
「おとうさま…………」
「行こうかブランシュ」
可哀想に、カタカタとブランシュは震えている。
その頭を撫でて、抱き上げた。
背中を撫でて数分で、ぎゅ、と抱き着く子供の震えが止まった。
良かった…………ホッとする。
私が酷い事を言ってしまったのは事実だから、さぞ傷ついたことだろう。
「目の前で嫌なものを見せたね」
「ち、違うの。だいじょうぶ…………」
「何か持って行きたいものは有るかな」
「な、ない。おとうさまが居ればいいの」
確か彼女の部屋は、玩具やドレスなんかが山のように積まれていた。
物が溢れた、冷たいばかりの部屋。
初めて彼女に会った日、多くの綺麗なものに目もくれず、片隅で泣いていた姿を思い出す。
少し前のことだけれど、胸が痛んだ。
すぐさま持って来られた書類へのサインはあっという間に済んだ。
結婚も簡単だった。離婚も簡単だ。コレで私もバツ持ちか。
あれから解き放たれた今、書類上の事などどうでもいいが。
ちゃんと確認した手切れ金の詳細は、まあまあの金額が積まれている…………。
手切れ金をケチらないと言う事は、私もそれなりだったと言う事か。
こうして、予想以上に踏んだくった私とブランシュは、手に小さい荷物を提げて成金趣味の家から出ることになった。
因みに馬車は使わない。
開けた、人通りの多い道を歩くに越したことはない。
幌で見えない外から襲撃でもされたらたまったものではない。
何といっても相手は人殺しだ。
多少腕に覚えは有るが、複数で囲まれて子供連れで初手を間違う訳にはいかない。
「ブランシュ、何処に住みたい?」
「おとうさまと一緒なら、何処でも…………」
「そんな主体性の無い返事はおとうさま嫌だなあ。
屋根は赤い方がいいとか、犬を飼いたいとか無いの?」
「え、え…………」
「犬が苦手なら大きいカエルや蜥蜴でもいいよ」
「そ、それはいや!!」
「じゃあ考えなさい。怯えて何も言わないと、気が付いたら口が利けなくなってしまうよ」
「…………」
ブランシュはぎゅ、と私の服にしがみ付く。
私の言葉をその小さい頭で一生懸命考えているようだ。
「やっぱり」
「ん?思いついた?」
「…………おとうさまが居ればいいの」
「私が居ればいいだけなら私の好きにするよ。カエルも蜥蜴も飼うよ」
「…………!!」
青い顔で首を懸命に振るのが可愛いが、何も言わないので私は続ける。
彼女の主体性を育てる為だ。
決して意地悪ではない。
まあ、ちょっと意地悪したら泣きそうになる顔は可愛いけど。
「私田舎の出だから畑も作りたいし、虫も好きだし」
「は、畑…………」
「そう、此処の料理もお茶もマズイしね。茶葉も栽培してみたいなー」
「お茶が?」
「そうそう、お茶」
「おとうさまのお家で、お茶を…………?」
「あー、まあ、ホントの家。俺、養子にして貰ってたし」
「お、おれって…………」
「もう自由だし、気楽に喋りたいのだけどブランシュは丁寧な方がいいかな?」
余りにビックリしたのか、零れんばかりに大きな目を見開いて、ポカンとしている。
しかし、ひとしきり固まった後、ブンブンと首を振った。
「いいえ、いいえ。どんなお喋りでもおとうさまは素敵です」
「ありがとね」
力を込めて来た小さな手を握り返す。
そんな小さなことにも破顔する子供が可愛らしかった。
可愛い子供だ。あの元妻の遺伝子を継いでいるとはとても思えない。
「異世界人に惚れたから、ねえ」
「おとうさま?」
この世界には、異世界人が偶に迷い込む。
その知識や、珍しい容姿から王族に囲われた者も居たと言う。
そして、今回元妻が惚れた相手の…………異世界人。
強い眼差しが印象的な細身の人だった。
そう、男にしては、細身の。
「そうそう、木之崎若葉さんだったかな」
「キノシャキワァカヴァさん?」
よく言えるな……。まだサ行が言いにくいみたいだけれど。
この子は賢いよなあ。
結婚したいと宣う割に、全く名前を発音出来ていない元妻が面白かった。
「ブランシュには発音難しいかな」
「は、はい」
「俺の名前も言い辛いもんね…………」
「おとうさまのお名前はちゃんと言えます!!サツキさま!!」
「おお、本当だ」
「お部屋の隅で一杯練習しました!!」
子供のドヤ顔が可愛い。
だが、荷物が一杯積まれた部屋の隅で一杯練習していたのか。
想像するとちょっと怖いかもしれない……。ちょっと可愛いけど。
「…………仲良く暮らしていこうな、ブランシュ」
「はい、おとうさま!」
しかしあの元妻はいつ気付くんだろう。
若葉さんは女性だけど、ドレスが面倒だからって男の服着てるってことを。
で、我が国の第二王子に執着されて、ストーカーされてるってことを……。
結構有名な事実なのに……あれか?恋は盲目?金の生る木狙い目線?
まあ、節穴なんだろうな。……俺も異世界人だってことに全く気付かなかったしな。
多分一生気付かないだろう。言う気無いし。
……ウケるけど、この世界結構……老け顔多いけど、俺馴染んでるのか……。
確かにこっち来てもう10年近くなるけどな……。しかし複雑だ。
「そんなに俺老け顔かなあ……」
「おとうさまは渋くて素敵ですよ!」
渋いか……………………。
俺、まだ19。
渋い……渋いか。
ガキの頃から老け顔で、10歳で大人料金を疑われてきた身からしたら、ちょっとは子犬系で可愛いとか言われてみたいんだけど。
無理か。
俺のささやかな無茶振りで、このニコニコ笑顔を曇らせたくない。
そして、若葉さんは……あの童顔で三十路なんだよな…………。
…………ファイトだ若葉さん…………。出来れば元妻を叩きのめしてザマア的なことにしてやってくれ。
俺はブランシュと田舎で平和に暮らすのです。
落ち着いたら手紙でも出そう。何気に俺と若葉さん、異世界人同士ということで交流有るし。
元妻よりは全然仲がいい。
王子に睨まれない程度にしとかないといけないけど。ストーカーが許せる交友範囲ってどの位だろうな……。
分からん。分かりたくも無いが。
まあいいや、ブランシュが万が一グロい事を聞いてショックを受けたら大変だし。
出来れば人知れずひっそり不幸になっといてもらいたい。
そう考えつつ、俺は小さな子供の手を握りしめ、街への道を歩くのだった。
ああ、日差しが眩くて優しい……。いい日だ。
だが、俺はその時思いも考えつきもしなかったのだ。
手を握っていた子供は、小さくとも女だと知らなかった。
あの大人しく、素直で可愛らしいブランシュが、俺の事をずっと狙っていたとは……。
その数年後泣いて押し倒されるまで知らなかったのだった…………。
「嘘だろー……」
「酷いです酷いですサツキ様、どうして私を置いて行かれるんです酷いです」
普通の子に育てた筈なのに……。
女って、怖いわ…………。
沢山の素敵な作品の中から、拙作をお読み頂き有り難う御座います、よしなに。
https://ncode.syosetu.com/n3455ft/
若葉さんサイドのお話です。『悪逆非道の誘拐犯』