1-7 事後処理
※グロテスクな表現がありますのでご注意ください。今回もお気楽成分は少なめです。
ひとまず三人を置いて、俺は村の中を見て回った。
年長者としては三人について気持ちを落ち着ける手伝いをしたり、今後の生活の不安をなくすようなことを言えればいいのだと思う。
けれど、俺は生まれ故郷を無くした人にかけられる言葉を持っていない。何を言えばいいのか分からない。それどころかこの村のことを『チファたちが生まれた村』という記号的な部分しか知らない俺では悲しい気持ちすら共有できない。
こんな俺があれこれ言うよりも気心知れた三人で話した方が落ち着くだろう。
念のため三人は常に感知の範囲に入れて何か近付いたら即対応できるようにしているが。
村を練り歩きつつ人の気配を探るが、どれだけ感知の精度を上げても目視をしても見当たらない。
村には異臭が漂っていなかった。ところどころ地面が黒くなっており、その周囲が鉄くさい程度。いくつか崩れた建物の下をさらってみても遺体はなかった。ひときわ大きな建物の傍らに割れた骨が落ちていたくらいだ。
あの魔族に村人全員食われてしまったのだろうか。
殺したがりの魔族が完全に潰れた村にいつまでも居座っているとは考えづらい。戦争が終わってからの時間を考えても、村が襲われたのはここ数日と考えるのが妥当だろう。実は村人全員逃げていて魔族が去るのを待ってました-、とか冗談みたいな奇跡が起きても一向に構わないのだが、村の外周を歩いていても感知の範囲をめいっぱいに広げても人の気配はなかった。
しばらく村の中を歩いて三人の元へ戻ると、落ち着いた様子でウェズリーとシュラットの応急手当をしていた。
やはり俺が精神的ケアをどうとか考える必要は無かったらしい。
であれば俺が気を回すべきはもっと物理的なところ。
「なあ、三人とも。和やかな雰囲気のところ申し訳ないんだが、それ、どうする?」
三人はきょとんとした表情で俺が指さしたものを見た。
視線の先には魔族の死体があった。
状況から考えると村人は魔族に食われてしまった可能性が高い。
村人を弔うであれば魔族の死体を村で供養するのが妥当だろう。
しかし、村人を食い殺した張本人を村へ丁重に葬るのも受け入れがたい部分があるかもしれない。
死体の処理をどうするか、部外者の俺が決めることではない。三人の意思を尊重しようと思う。
「……そっか。このまま野ざらしってわけにもいかないね。こんなのが村の中にいるなんて気持ち悪くてたまらないし」
「森にでも埋めとくか-?」
「そうだね、なるべく奥の方に。……チファも、それでいいかな?」
「うん、ちゃんと埋めておこう。わたしも手伝うね」
「俺がやっとくからいいよ」
三人の方針は森の奥への埋葬。それくらいは俺がやっても問題ないだろう。三人はこいつの腹の中に村人がいるかもしれないということに思い至ってはいない様子。今そんなことを伝えても余計な負担をかけるだけだ。目印を付けて埋めておいて、思い至ったら伝えておけばいいだろう。
「そんな、タカヒサさまに全部やらせるなんて」
「穴掘るならチファにやらせるより俺一人でやった方が早いの。それより二人の手当をしてやりな。この中でいちばん治療の心得があるのはチファだろ? あと俺はサイカな」
医療班の手伝いをしていただけあってチファの応急処置は堂に入ったものだった。
怪我をしている上に疲労しているウェズリーとシュラットは休んでいた方が良い。
スコップ状に錬気を具現化させて血の染みた地面ごと魔族の死体をすくい取る。錬気をカプセル状に変形させて持ち上げる。大した強度ではないが、この程度のものを運搬するくらいなら問題ない。
一人で森の奥へ進む。魔物の領域が近いだけあって、奥へ進むほど魔力の密度があがっていく。
村から300メートルほど離れたところに良い具合の大岩があった。これを慰霊碑代わりにしよう。
俺が持つ魔法の袋にはフォルトの城から盗み出した物品が大量に詰まっている。その中におあつらえ向きのスコップがあったので、それを媒介に巨大なスコップ状の錬気を具現化する。媒介といっても骨組み程度のものなのだが。大量の土を掻き出すにあたって俺の錬気だけで作ったスコップでは強度に不安がある。
スコップを地面に突き立て土を掘り起こすことしばし。半球状の穴ができた。直径4メートル、深さは最も深い部分で2.5メートルほど。
この穴に魔族の死体を埋める。
「……その前に」
大きく息を吸って、吐く。
穴に魔族の死体を置き、周りを覆っていた錬気を消す。
むわ、と嫌な臭いが鼻をつく。
心が折れそうになる。
くそ、やると決めたのは俺だ。今更怖じ気づくな。
一度両手を合わせ、こっそり回収しておいたシュラットの短剣を掴む。
俺は魔族の腹に短剣を刺し、ひといきに腹を割いた。
さらに嫌な、生理的に吐き気を催す臭いが広がる。腹の奥からすっぱいものがこみ上げてくる。
歯を食いしばり錬気で口と鼻を覆い、中身を引っ張り出した。
特に大きく膨らんでいるものはなかった。
いちばんそれらしい臓器が見つかったので、開いてみようと短剣を刺す。
じっ、と煮えたぎった油に水を落としたような音がした。構わず開いたが中身はほとんんどカラだった。内壁に黒いような茶色いような毛の束がわずかにこびりついている程度。
腹を割いたシュラットの短剣は酸につけ込んだようにぼろぼろになっていた。どんな胃酸だ。そりゃあ食ったそばからどろどろに溶かしていたら腹も減るだろう。シュラットには今度、新しい短剣を買ってやろう。
「……何もないか」
ため息をつく。そのせいで錬気のマスクに隙間が空いてひどい臭いが鼻をつき慌てて再度の具現化を行い、全速力で魔族の死体に土をかけた。
俺だって好き好んで死体を腑分けしたのではない。なにか、遺品のひとつでも見つかればいいと思ったのだ。
村には骨の欠片が転がっていて、血だまりのようなものまであった。これで何もなかったなんて考えるのは楽観的過ぎるだろう。ならせめて食われた人が身につけていたものでもあれば、それで墓を作るくらいはできる。
現実はそうなってくれなかったわけだが。
目印の岩にわかりやすく何か書いておこうと思ったが、改めて考えると何を書けば良いのか分からない。
村人が眠る-、とかだと村に埋めてやれよとなるし、こちらに魔族がたたらないように祀るなんて考えがあるのかも分からない。こんな野生の獣に掘り返されそうなものを墓と銘打つのも気分が悪い。
安らかに眠れ、と彫ろうと思ったが気が乗らず、自分の短剣を抜いて荒っぽく振るう。
岩には大きく×印が刻まれた。
慰霊にせよ呪いの言葉にせよ、俺じゃなくて当事者たちが何を刻むか決めれば良い。
俺は逃げるようにその場から立ち去った。
―――
魔族を埋めた後、俺たちはすぐ帰路についた。
村人の遺体が見つからず、村人が亡くなったという感覚が希薄だった。弔うにしてもどうすればいいか分からない。
三人にはしばらく村に滞在してゆっくり考えるという選択肢もあった。だが、ウェズリーとシュラットは負傷している。特にウェズリーはずたぼろである。応急処置は応急処置に過ぎないし、体力の消耗も相当だ。きちんとした治療を受け、しっかり休んだ方がいい。
俺は支部長との約束があるので村に長居はできない。重傷のウェズリー、消耗したシュラット、戦闘能力のないチファだけで残るには、魔物の領域に近いこの村は危険じゃないかと話したところ、三人はあっさりとセントの街へ戻ることを決めた。
「………………」
帰路はひたすら無言だった。
気絶するように寝入り俺に背負われるウェズリーは仕方ないにしてもシュラットとチファはいかにもとぼとぼといった様子。故郷があんなことになって楽しげに談笑していたらそれはそれで不安だが。
セントの街に到着する頃にはあたりが暗くなっていた。
ウェズリーは明日治療院に連れて行くことにした。寝入っているが呼吸は正常。応急とはいえ手当もされている。無理矢理起こすよりしっかり寝かせた方がいいだろう。念のためチファには自分が眠くなるまで注意してもらうよう頼んでおいた。
シュラットは組合へ報告すると言っていたが、ウェズリーやチファについているよう押しとどめた。報告くらい俺一人で十分だし、シュラットも間違いなく疲弊している。さっさと休んでほしかった。
一人で組合へ行くとまだ明かりが灯っていた。
歩きながらもう閉まっていたらどうしようと考えていたが杞憂だったようだ。集会所にはほとんど人がおらず、複数ある窓口も夜間報告用らしきひとつが開いている程度
眠そうな男性と目が合い、窓口で報告を行う。
報告内容は主にチファたちの村が壊れていたこと、魔族がいたことの二点だ。
「魔族が入り込んでいましたか……ご報告、ありがとうございます。魔族を仕留めたという話ですが、何か証拠となるものはお持ちですか?」
「あ……いや、ない。魔族の血がついた剣とか、魔族の胃酸で溶けた短剣とかじゃダメだよな」
「ヒト型の生物なら耳あたりがあれば助かるのですが、そういったものはないようですね。話を聞いた限りでは追加の報酬があってもいいような状況ですので、話の内容を補強する物証があれば助かったのですが。まあ、なるべく報酬が出るよう上と掛け合ってみますよ」
はは、と受付の男性はあいまいに笑った。
魔族を仕留めた証拠を持って帰ることを完全に失念していた。証拠と言われ、依頼を達成できなかったという扱いになるのではないかと思ったが、そんなことはないらしい。
ゆるすぎないか、と思ったが今はそのゆるさがありがたかった。
ひとまず村の様子を調査したことへの報酬のみ受け取り、宿へ戻った。
宿へつくとチファとシュラットも眠っている様子だった。わざわざ起こす必要もない。受け取った報酬は明日渡せば良い。
部屋へ戻ると眉根を下げながらも笑顔を作ったマールが待っていた。
「おつかれさま。大変だったみたいだね」
その様子と言葉にだいたいの事情は聞いていると理解した。
「ああ、大変だった。明日、三人とどんな顔して話せばいいんだろ」
帰り道で無言だったのはある意味ではありがたかった。なにせ誰も話さないので、話題を間違えるということがない。
身内と故郷をいっぺんになくした人なんてこれまでの人生でまともに話したことがない。
これからどう接すれば良いのか見当もつかない。
「じゃあ会わなければ良いんじゃないかな」
宿について落ち着いて考えてみると、これからどうするか思考がぐるぐる迷走しかけたが、マールはあっさり切って捨てた。
俺はきっと間抜けな面をさらしていたのだろう。マールは苦笑しながら言葉を続けた。
「だってどう声をかければいいか分からないんでしょう? 実務的なところはサイカが知っているとも思えないし。だったら無理して会って気疲れするよりいっそ会わない方がいいよ。三人だってきちんと気持ちを整理する時間は必要だと思う」
「それは、そうか。何を言えば気が楽になるか分からないし、具体的なアドバイスもできないなら変に手出ししない方がましか」
「そう。三人ほどじゃないにしてもさ、サイカも疲れてるように見えるよ。だから明日は簡単に挨拶するくらいにしておいて、そっとしておいてあげよう? なんなら明日も私が見てるから」
ありがたい申し出だった。
こうやって距離を置くことを冷たいと言う人もいるかもしれない。
けれど、ずかずか踏み入ってべたべたすることだけが親しさではないと思う。
俺は自分がしんどい時には攻撃的になってしまう。だから誰かに何か相談するにしても心を落ち着けてからにしたい。荒れている時に踏み込んで来られても応対が乱暴になってしまうのだ。
三人がどういう方針を決めるか分からないが、どうするのがベストか分からない俺は口出ししない方がいいだろう。
もちろん、相談されたり頼られたりしたら全力で力になるが。
「よろしくお願いします」
「お願いされました。……さ、サイカも休もう。夕飯もまだでしょう? それとも汗とかぬぐうのが先かな?」
言われ、腹がぐうと鳴る。自分の体が汗臭いことにようやく気がついた。
「先に注文だけして、ざっと体を洗ってきます」
なんとなく敬語で言うとマールはくすくす笑ってくれた。
次話からお気楽成分が復活します。




