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1-5 村へ


「……くせぇ」


 早朝、日が昇りかけた頃。目が覚めてまっさきにこぼれた言葉がそれだった。

 数日間野宿しながら歩きづめだった。昨日は支部長とやり合って、着替えもせず床についた。

 さんざん汗をかいておきながら体も洗わず着替えもせずでは悪臭もする。特に髪がひどい。頭をかいたら手に垢の臭いがこびりついた。

 探索者だの冒険者だの、気にしない連中は気にしないのだろうが、それは自分が気にしない理由にはならない。気にしないとか無理。くさい。

 ふと顎をさわるとざらりとした感触があった。あまり髭が目立つ方ではないが何日も放置していたら目立つ部分も出てきてしまう。


「タカ……サイカ、おはよぅ」


 自分の状態を確認しているうちにマールも目を覚ました。挨拶を返すと寝ぼけ眼をこすりながら何をしているかと尋ねてきたので、正直に身繕いをしたいと答えた。

 すると、宿の裏手に井戸があることを教えてくれた。衝立があり体をぬぐったりしても問題ないそうだ。利用料はかかるが大した額でもないためマールたちは昨日の夕方のうちに身だしなみを整えていたらしい。

 この宿程度の範囲なら知人がどこにいるか、変な気配が近寄っていないか常に確認することができる。マールにその旨を話して井戸を使いに行っていいかと尋ねると、苦笑しながら「そんなに気を遣わなくてもいいのに」と許可をくれた。


 魔法の袋から着替えとタオルを持ち出して井戸に向かう。ついでに汚れた服も洗ってしまおう。洗濯板や大きめの桶はないが、持ち出した消耗品の中に石鹸はあった。些少不便でも手もみ洗いの方が布地が傷まなくていいと考えられなくもない。……金目のものばかりではなく日用品をもう少し漁っておくべきだったか。

 一階に降りると併設された食堂から香ばしいバターとほんのり甘いにおい。俺は昨夜寝た時間が早かったため早くに目が覚めたが、宿屋の人はもう働き始めているらしい。ちょうどよかったので声をかけて井戸の利用料を支払った。


 宿の裏にはわりと広い庭が広がっていた。宿は敷地をぐるりと木や柵で囲われているので日が昇っていない今は薄暗い。物干し竿や井戸があり庭が建物の南側にあるあたり、洗濯物を干したりしているのかもしれない。

 井戸の傍らには間仕切りを三つほど使ってスペースが作られていた。もともとそういうものなのかと思ったが建物にはまだいくつか間仕切りが立てかけられていた。好きに使っていいのだろう。

 間仕切りの向こうからは鼻歌交じりにばしゃばしゃ水を使っている音がした。先客がいるらしい。俺が間仕切りを二つ引きずってスペースを作っているとそれまで気付いていなかったのか桶を取り落として慌てるような気配。声をかけたりする方が面倒なことになる気がしたので特に気にせず適当にスペースを作る。先客から魔法の気配を感じたが攻撃的なものでなかったのでこちらもスルー。

 桶に水を汲み区切った中で石鹸を泡立て頭と体を洗う。ついでに髭も剃ってしまおう。カミソリはわりと高級品なのだが、城にいたときに手に入れていたのである。


「……あれ、石鹸のにおい?」


 頭を洗っているともうひとつの間仕切りの向こう側からそんなつぶやきが聞こえた。

 声の感じはかなり若く中性的。女性の声っぽくもボーイソプラノっぽくもある。


「使う? 少しでよければまだ使ってない部分を分けてやるけど」


 久しぶりにこざっぱりして気分が良かったのでつぶやきに答えてみる。

 またも動揺の気配が伝わってきたがすぐに落ち着いた。


「……もらいたい」


 先ほどよりいくらか低めの声でためらいを感じさせる返答があった。

 具現化させた錬気で石鹸の端を切り、俺が使った部分をこそげ落とした。切れ端は服を洗うのに使えばいい。


「投げるぞ」


 と端的に言ってから間仕切りの上を越えるように緩く投げた。水浴びしながらもゆるく魔力をまとった感じからして向こうにいるのは探索者だろうし、小さいとはいえ問題ないだろう。

 するとぽそりと「ありがとう」と再びのつぶやきがあった。


 洗濯に時間がかかるかと思っていたが戦闘用の服は高級繊維だけあって簡単に汚れが落ちてくれた。洗い終えたらとりあえず間仕切りに引っかけて乾燥を試みたところ、みるみるうちに乾いていった。お姫様は気にくわないがこの服をくれたことには感謝してやってもいい。

 頭と体と服を洗い、髭も剃ることができた。

 もともとあまり身繕いにこだわる方じゃない。予想より洗濯に時間がかからなかったこともあり、先客よりも俺が先に裏庭をあとにした。


―――


「……なあチファ、本当にこんな森の奥に村があるのか?」


 朝。太陽が高くなってきた頃。俺とチファ、ウェズリー、シュラットはセント近くの森の中に分け入っていた。

 組合に行ったところ近隣の村の安否確認という依頼もあったため、チファたちを故郷に送り返すついでに状況確認してしまおうという魂胆である。


 森の中といっても道はある。しかしその道は獣道に毛が生えたような、通行量が多いとはお世辞にも言えないことが明らかな道だった。小型の馬車ならかろうじて通れるといった程度だろう。

 こんな森の奥、山の中に村なんてあるのだろうか。

 魔物の領域に接しているような立地だし、人が住むにはおよそ適さない場所だと思うのだが。


「こっちであってます。セントへ行くときにもこの道を通りましたから」


 チファは自慢げに胸を張って言った。

 馬車にせよ歩きにせよ、チファが通った道というならわりと安全なのだろう――と思ったらチファの後ろにいた二人が目をむいていた。


「この道通ってセントまで行ったんだ!?」

「どおりで追いつけねーわけだー……」


 ウェズリーは今にもつかみかかりそうなほどに驚き、シュラットは驚きを通り越したのか遠い目をして嘆息していた。

 話を聞くと、村へ行くための道は二本あるのだそうだ。

片方は森の中を突っ切る道。距離はだいぶ短いが歩きづらく野生動物に襲われる危険が大きい。もう片方はある程度整備された街道へ繋がる道。森を迂回するぶん遠回りにはなるが歩きやすく、比較的安全にセントと行き来出来る道。


 半年ほど前、ウェズリーとシュラットが村を出よう準備していたタイミングでチファが村を出たらしい。それを知ってすぐにふたりも村を出たらしいが、まったく追いつけなかったことを今まで不思議に思っていたとのこと。


「てっきり街道側で行商の人にでも会って乗せてもらったんだと思っていたけど……」

「よりにもよってこの道を一人で行くとか、二度とすんなよー?」


 ウェズリーが深くため息を吐き、シュラットが怖い顔でチファに強く言う。

 チファとしては街道側だと体力が保つか不安だったので近道を選んだらしいが、二人が動揺するのも仕方ないだろう。魔物がいなくてもこんな森の中、普通に危険だ。

 まあ、それでも無事だったので良かった。本人も怖い思いをしたのか「もうしないよ」と言っていたので二人も溜飲を下げていた。

 ちなみにふたりはチファに追いつこうとして街道側を進んだらしい。


「そういえば村ってどんなところなんだ? 正直、これまで話を聞いた限りだとあんまり良い印象がないんだが……」


 俺が知っている限りでは「チファが自分をみそっかすと思って出て」「シュラットが兄夫婦と折り合いが悪くなって出た」村だ。シュラットの事情はシュラット本人が大したことじゃないと言っていたのでともかく、前半がよくない。

 そりゃあチファにだって至らぬ点があったかもしれない。けれどチファは至らぬ点を自覚してきちんと正していこうとしている。

 そういう子が居づらくなる村というだけで心証は悪い。


「んー、普通の村ですよ? 変わってるのは山の側のちょっと高いところにあることくらいです。そのあたりで育つ薬草を使ってお薬を作ったりしていました」

「みんながみんな薬関係の仕事をしてたわけじゃねーけどなー。ウチとかはふつーに野菜作ってたし」

「このへんにはいくつかそういう村があるんだ。魔物の領域の近くでないと育たない薬草がいろいろあるから、それぞれの薬草が育ちやすいところに村を作ってるんだよ」


 結構遠いけどね、と言うウェズリーに、ほーと相づちを打つ。

 聞きたかったのはそういった話ではなく住んでいる人のことだったのだが、これはこれで興味深い。

 高山植物のような薬草を使って薬を作ったりしている村なのだろうか。

 そんなことを考えているとウェズリーがそっと近寄ってきて耳打ちした。


「チファのご両親はいいひとたちだよ。チファが気にしすぎなのと、運悪く失敗が続いて自分で自分を追い込んじゃっただけだから」


 僕らがあまり力になれなかったのは確かだけどね。

 そう言ったウェズリーは薄く笑いながらも眉間にしわを寄せていた。


――――


 時に俺やシュラットがチファを背負いながら進むこと数時間。太陽が中天にさしかかったころ。村へ到着した。


「……なに、これ」


 いや、村と呼べる状態ではなかった。

 建物はほとんど壊され、人は誰もいない。

 廃村と呼ぶべき状態となっていた。


今後はちょっと投稿時間が遅れるかもしれません。

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