1-4 テンプレ(不要)
「よろしく頼むぞ、三級討伐者サイカ」
その場にいた人が、にやにや笑う支部長を除き固まった。
紹介所で歓談していた人も、待合スペースで酒を飲んでいた人も、受付のおじさんもまとめて沈黙し、耳をそばだてている。露骨にこちらを見ている人もいた。
頭を抱えそうになりながら探索証を再度見てみても記載内容は変わらない。間違いようもなく「討伐 3級」とあった。
「……レナード、いきなり三級って珍しいのか?」
答えはもはや分かりきっていたが、念のため、かすかな希望を込めて尋ねた。
レナードが眉間にしわを寄せながら絞り出すように答えた。
「有名な傭兵団で長年活躍していたとか、実績を積んで名の知れた兵士とかならまれにある。サイカみたいな身元のはっきりしない無名のやつが、それも単独で三級ってのは、よっぽどの例外だ」
やっぱり、と言いたくなるような回答だった。
ウェズリーやシュラットが四級よりの五級で登録されたことだってすごいと言っていたのだ。外見年齢がそう変わらない俺が、よりによってハードルが上がるという三級で登録されたらおかしいに決まっている。
三級は一流と見なされる階級だ。実力的に務めるのは難しいだろうし、そんなレアケースとなったら注目されるに決まっている。
俺TUEEE!できるくらいの戦力があれば万々歳のお定まり展開なのだろうが、俺にそんな戦力はない。
くそ、いらんところでばっかりテンプレしやがって。
支部長は俺が目立ちたくないことくらい悟っているだろうに、何を考えている。
理解できずうっすら支部長を睨むが、支部長は意にも介さない。
「なんでまたそんな等級に、いきなり……」
「実力を見て、三級が妥当だと判断した。それに――」
問いかけにきっぱりと答え、それから声を潜めた。
「三級討伐者となれば国境越えの審査が簡単になりやすい。登録時を逃せば、目立った功績をあげない限り短期間での昇級は困難だ」
聞いて納得した。そして頭を抱えたくなった。
ファンタジーと言っても嫌なところばかり現実的な世界だ。街に入るために身分証が必要なのと同様、国境越えにも鬱陶しい審査があるのだろう。
アストリアス国内で地球に帰る方法を使えなければ国外に出るつもりでいる。そう考えれば国境越えの難度が下がる三級での登録はありがたいことだ。
しかし、初っぱなから三級での登録という話題性のある存在になってしまえばそれはそれで厄介なことがありそうだと予想できる。いくら登録の日付が「村山貴久」だとあり得ないものであったとしても、探られればバレるかもしれない。アストリアス国内で問題を解決できそうな場合、余計なリスクを負うことになる。
支部長の判断に従った方が最終的な選択肢が多いかもしれないが、途中で選択の余地がなくなるリスクを孕んでいる。
どうするか。
と、俺が一瞬迷った隙に支部長は満足げな表情できびすを返した。
まってどうしようこのタイミングを逃したら断れない。影響が大きそうなことだけにさぱっと決められない。このままだとなし崩し的に三級になってしまう。
支部長を止めようとするが、迷っているせいかとっさに声が出なかった。
「……オイ、ちょっと待てよ支部長サン」
代わりに止めてくれたのは別の人だった。
黒ずんだ金髪の目つきが悪い男である。チンピラという概念に手足をはやしたらこんな姿になるのではないか、というような風貌だった。
「なんだリニッド」
「なんだじゃねえだろうよ。こんなガキが三級ぅ? あんたもついにモーロクしたのかよ」
リニッドと呼ばれた男は喧嘩腰で支部長に食ってかかる。
やってることはチンピラ丸出しだが、今の俺には天使に見える。
「おれが実力を試し、ふさわしいと判断した。お前が口を出すことではないだろう」
「いいや口出しさせてもらう。そのガキが三級として登録されて、アッサリ死なれたら迷惑なんだよ。おれたちセントの討伐者全体の質が疑われる」
彼が時間を稼いでくれているうちに考えをまとめる。
三級で登録されるメリットは高位討伐者として得られる優遇と出国の手間が減ること。
デメリットは目立つ存在として登録されることで立場を探られ、俺が勇者の一人とバレる危険が大きくなること。
少しの余裕が出来たことで頭がきちんと回るようになった。
「安心しろ、そこのガキはお前の十倍強い」
「強けりゃいいってもんじゃねえだろ。毎年、毒虫やなんやで死ぬ討伐者がいる。知識と経験を含めての等級だ。どれだけ強かろうとそれ以外の部分が足りてねえなら高位で登録なんざしねえだろうが」
よくよく考えてみれば、もとの世界に帰るための魔法自体はすでに確保しているのだ。俺が探しているのは送還魔法を発動できるだけの魔力、もしくはコストを軽減する方法。
俺は魔法の基礎知識こそ持っているが、複雑な魔法を組みあげるほどではない。魔法のコストを引き下げる式を見つけたところで自力で送還魔法に組み込むのは難しい。
魔法を組むことに長けた知り合いがいるので、都合のよさそうな式が見つかったらその人のところへ持って行くつもりでいる。
アストリアス国内で動きづらくなる可能性が上がるのは良くない。
手間がかかっても三級でなくては出国できないということはなさそう。
となれば三級での登録は避けるのが無難だ。
「あんたはこんなガキを犬死にさせるつもりか!」
と、俺が考えをまとめているうちにチンピラと支部長で丁々発止のやりとりがあった。
テンプレのひとつ、新人に突っかかってやられる噛ませ犬Aかと失礼なことを考えたが、話を聞いてみるとぜんぜん違った。
乱暴な口調とチンピラ丸出しな外見にそぐわず言っていることは至って真っ当。戦闘力だけでなく知識と経験を考慮してこそ実力だ、という考えは全くもってその通りと納得できる。
常識人のいい人だ。
「おれは認めねえぞ、こいつが三級なんて!」
「そうだそうだ、おかしいぞ!」
なので尻馬に乗っかることにした。
「「………………?」」
すると支部長とチンピラは仲良く黙り込んだ。睨み合いになりかけていたふたりがそろって眉間にしわを寄せて怪訝な面持ちでこちらを見る。
「あー、サイカ? 今なんて?」
「いきなり三級で登録なんておかしい、認められないっていうこの人の意見に同意しました」
「……おいガキ、おれが言うのはヘンかもしれねえが、三級だぞ? いきなりそんな等級で登録してもらえんのにどうしてフイにすんだ」
「あんたが言ってたことじゃんか。俺はそこそこ戦えるつもりだけど討伐者としての知識と経験がまるで無いから三級にはふさわしくない。その意見に納得した」
言い切ると二人は眉間に寄せたしわを深くした。
二の句をつごうか悩んでいると「ちょっと来い」と支部長に肩をひっつかまれて引き寄せられた。
「おい、せっかく三級で登録してやろうってのにどういう魂胆だ」
「俺の目的はアストリアス国内で達成できる可能性が高いんですよ。出国したとしても一度はアストリアスに戻る必要がありそうですし、いきなり三級で登録されて身辺探られる方が出国難度上がるより困るんです」
かいつまんで事情を説明する。
すると支部長は難しい顔をしながらも頷いてくれた。
「本人がそうまで言うなら仕方あるまい。経験不足というのは事実だろうからな。探索証を作り直してやる。……もう依頼に出るには微妙な時間だな。明日の朝、新しい探索証を渡そう」
外はまだ日が出ているが、夕方もほど近い。
セントの街付近の魔物の領域はほとんど森だ。今から依頼を受けても明るいうちに戻ってくるのは難しい。俺としても今日は身分証を作ることしか考えていなかったので依頼を受けるつもりはない。
踵を返した支部長を今度こそ穏やかに見送った。
「それじゃ、宿に行こうか。歩きづめで疲れた」
フォルトを出てからセントまで歩いてきた。休憩は取っていたが、せっかく街についたのだから布団でゆっくり眠りたい。
それぞれ用件が済んでいたので反対する人はいなかった。
去り際、途中から蚊帳の外だったリニッドの脇を通ったので、
「助かりました。ありがとうございます」
と礼を言った。リニッドはああとかおうとか返事らしき声を出した。
組合から出る直前。組合の中を見渡したレナードが「ちょっと待て」と俺の肩を掴む。
「支部長がお前を強いと言ってくれたが、それでもお前の見た目はまだ子供だ。今のやりとりで目立ったし、このままだと甘く見た馬鹿がちょっかいかけてくるかもしれん」
「なるほど、テンプレ予防ですね」
「……てんぷれ?」
噛ませ犬のチンピラに絡まれるなんて俺TUEEE!の定番である。
俺TUEEE!するだけの能力もないのに相手をするのも撃退するのも撃退したあとのことも面倒くさい。一発威嚇して虫除けしておいた方がいいだろう。
あまり目立つまねはしたくないが、すでに目立った以上この場では今さらだ。面倒ごとの連鎖を予防する方が賢明と見た。
外に向いていた体を反転させ、組合の中にいる人々へ向き直る。
「というわけで少しの間世話になりますので、どうぞよろしく」
挨拶と同時に敵意を込めたごく薄い錬気を放つ。
ほんのり物理的な圧力を伴ったひとことで組合の中にいた人々はびくりと身を震わせてこちらを見た。対応が早い人は自分の武器に手をかけている。慌てて立とうとして失敗したのかしりもち付いてる人もいた。
反応が早かった人の顔をチェック。組合を後にした。
「あんな具合でどうだろう」
「……もう少し穏やかでも良かったんじゃないか」
組合から離れたところで尋ねると、レナードは遠い目をしていた。
―――
しばらく知人の家で世話になるというレナード一家と別れ、俺たちはチファたちの待つ宿へ戻った。
そこで俺たちはひとつの問題に直面した。
「……部屋割り、どうしよう」
探索者の間で使い出がいいと評判の宿に部屋を選んだのだが、五人で泊まれる部屋を取れなかったのだ。
宿で最大の六人部屋は部隊単位で借りている討伐者たちがすでに泊まっていた。そのためチファたちは二人部屋と三人部屋を取っていた。
ひとまず三人部屋に五人で集まり部屋割りについて話す。
「とりあえず男女で分ければいいか」
「いや、やめた方がいいんじゃないかな。やっぱり探索者っていうと乱暴な人もいるし、変なヤツが夜中に部屋に入ってくるかも」
「戦えるやつがひとりはいた方がいいんじゃねーかなー」
シュラットとウェズリーの会話を聞いて少し考える。
いくら荒くれ者が多い(らしい)探索者と言えど、宿の部屋で寝泊まりするような連中はそこそこ稼ぎがあるか、俺たちのように疲労が溜まっているかのどちらかだ。
どっちみち物取りや強盗は少ないだろうが絶対ではない。宿泊客以外が侵入してくる可能性もあるだろう。可能性があるなら対策しておいた方がいい。
俺たちの中で戦えるのは俺とウェズリー、シュラットの三人。
チファとマールでは押し込み強盗が来たら対応できない。
ウェズリー、シュラットは単独よりもペアで戦う方が断然強いので、戦力を考えたら相部屋の方がいい。
二人部屋と三人部屋とのことなので、あとはチファとマールをどうするか。
俺が二人まとめて護衛してもいいのだが。シュラットは自分がチファを守ろうと意気込んでいた。
これは水を差せない。
「……ウェズリーとシュラット、チファが三人部屋。俺とマールが二人部屋でいいですか?」
主にマールの表情を伺う。敬語はやめた方がいいと分かっていても敬語になっていた。
年頃の女性と自分を相部屋にすると言い出したことで変な目で見られるのではないかと怖かったが、そんなことはなかった。チファもマールも快諾し、部屋割りは無事決まった。
できれば明日の予定についても確認したいところだったが年少組の三人が眠そうにしていた。俺もここ数日の移動もあり疲れている。今日は解散することにしてマールと二人で隣室に移る。
「俺はもう寝るので何かすることがあればご自由にどうぞ。大きな音か嫌な気配がなければ起きないと思うので」
「私ももう寝るよ。おやすみ、サイカ」
「おやすみなさい、マール」
俺は着替えもせずにベッドに倒れ込み、マールはしずしずともうひとつのベッド
に入る。
錬気を使って体力を強化できる俺でも連日歩きづめ、野宿の生活に疲労を感じている。マールはもっと疲れているだろう。
ウェズリーたちと油断はできないと話したが、ここは外ではなく組合お墨付きの宿だ。そうそう変なやつも出ないだろう。出たとしても俺は嫌な気配がすれば勝手に目が覚めるようになっているので小悪党程度なら問題ない。
特に色っぽい話もなくお互い熟睡した。
主人公はややTUEEE!程度
ぜんぜん放浪しねえじゃんかという突っ込みは拒否する。




