1-3 登録
「あー、なんかその、すまなかった」
「こちらこそ気を抜いて戦ってしまい申し訳ありませんでした。……それより腰は大丈夫ですか。俺はたいへん痛むのですが」
「大丈夫だ、問題ない。問題ないが、やり過ぎたことに対する仕返しを今しようとは思わないでもらえるとありがたい」
執務室で自分の席についた支部長は額に脂汗を浮かべていた。
安心してほしい。俺も頭は守ったが背中から腰にかけてしたたかに打ち付けたのであんまり動きたくない。錬気を回復に回しているといっても復調にはしばらくかかるだろう。
俺と支部長を一瞬でのしたリディはと部屋の片隅で素知らぬ顔をしている。
支部長によるとリディは護身術程度に格闘技を修めているらしい。俺と支部長の意識が互いに集中していたと言っても、敵意も放たず間に割り込んで受け身も取り切れない威力の投げを放つ技量が護身術程度と言えるか疑問ではあるが。
「お前が強いのは分かった。すぐに登録できるようざっと検討して書類を作ろう。それまで下の紹介所で待っていてもらっていいか」
「分かりました。それとひとつお願いがあるんですが、登録の日付を遡ったものにしてもらえませんか?」
「ああ、お前が勇者だからか?」
「……はい? 何言ってるんですか?」
いやほんと何をいってるのかちょっと分からないです、とうろたえそうになる。
素知らぬ顔で答えたつもりだが体が若干こわばったのが自分でも分かる。
「違うのか」
「違いますよ。俺はしばらく前にフォルトに拉致されて、傭兵みたいに戦わざるをえない状況に置かれてたんです。そこから脱走したから見つかるのはヤバいなーと。脱走した直後に登録した討伐者とか調べられたら見つかりますし」
用意しておいた設定を述べる。まるっきりの嘘ではない。おおよそ事実だ。その方が真実みがあると思って考えておいたのだが。
「そうか」
「………………」
端的に流された。
それきり沈黙。支部長の方から言葉を接ぐ気配はない。
気付かれている可能性が十分にある。ていうか間違いなくバレているが、追及してこないということは話さなくても済むかもしれない。
言い訳を貫くにしても正直に話すにしても、沈黙が続くのはまずいと分かる。時間をかければ言い訳は言い訳らしさが増す。本当のことを話しても考えた時間が作り話と疑わせてしまう。
どうしてこう、じっくり考えて答えを出したいことほど考える時間がないのか。
畜生め、と内心毒づいて腹をくくる。
「……そうですよ、俺は五人の勇者のひとりです」
三秒悩んで出した結論は正直に話すことだった。
支部長は俺が勇者のひとりだと気付いている。すでにバレている嘘を吐き続けるほど不毛なことはない。
気付かれていると察しているのに嘘を吐いて誤魔化そうとするのは、その事実がよほど疚しいと白状するようなもの。加えて嘘を吐いて誤魔化そうとするという行為自体が相手に悪印象を与える。
すでにバレているなら誤魔化すより話してしまった方が幾分マシだ。
「フォルトでお姫様に召喚されて魔王軍と戦うことを強制されました。勇者らしい力を持たなかった俺は無能相応の待遇を受けました。帰れる希望があるって話に縋って戦ってましたけど、それは実現すると思えない希望でした。お姫様と決裂して、フォルトが陥落した隙に逃げました」
「ほう、なるほどな。つまりお前は王族に喧嘩を売って逃げていると」
「……そういう言い方もできるかもしれません」
改めて他人の口から聞くと自分がかなりやらかしていると実感できる。今更軽く後悔する。もうちょいマイルドに逃げた方が後々の面倒が少なくて済んだだろう。……お姫様に蹴りをくれたことまで話さなくてよかった。
少なくとも俺が立場のある人間だったとしたら、王族に喧嘩を売って指名手配になりかねないような人間、さっさと捕まえて突き出すだろう。
「正直に話してしまってよかったのか」
「あなたは事情を知って態度を変えるような下衆には見えなかった」
本音だ。道理にかなわないルールや建前を重視するタイプは見えなかった。
そもそも、俺が勇者だと知って王族に売るような人ならば問答無用で引っ捕らえればいい。人違いだったとしてもゴメンで済ませられる地位にいるのだから。
出会ってすぐに俺が勇者だと見当を付けられるほど聡い人だ。他と違う扱いを受けている勇者がいたことも耳に入っているだろう。俺が逃げた理由が分かれば見逃してくれるかも、という期待があった。
遠回しに見逃さないなら下衆だと言って、ささやかながら精神的に圧力をかけてやる。
「……まあ、そうだな。王族と言っても敵対したのがアルスティア姫だけならどうにでもなる。触れ回るようなことはしないと約束しよう」
知らず、か細いため息が出た。
肩の荷が下りたような気がした。ここで失敗していたならアウトだった。
「だが、条件がある。登録日をいじるのは構わんが、遡る日数と同じだけセントで依頼を受けてもらう。フォルトでの戦争の影響か住処から出てくる魔物が増え、戦場から逃れた魔族の出没も確認されている。可能な範囲でそれらの討伐を頼みたい。……要するに普通に討伐者しろって話だが、どうだ」
「分かりました。願ってもないことです」
もともと討伐者の常識を学んだりチファたちを村に送ったりするために数日は滞在する予定だった。よほど強力な魔族でない限り対処できるし、それで厄介の種をひとつでも潰せるなら喜ぶべきことだ。
……戦場から逃れた魔族ってまさか黒鎧じゃないよな? あれが出てきたらどうにもならないぞ?
「期間は……ひとまず七日でどうでしょう。近場の依頼なら何件か受けられると思いますが」
「七日だな。まあ、大まけにまけて遡る日付は二十日ほどにしておいてやろう。その頃にレナードが防具を買いにセントへ来ていたはずだ」
支部長はくくっと笑った。
七日前なんて言ったら魔族とドンパチしてたまっただ中。兵士のレナードがセントに来ている訳がない。
紹介者がレナードなのにレナードがセントに来れないタイミングで登録されていたらおかしい。そこまで考えが至っていなかった。
「手続きが終わり次第、探索証を渡しに行く。しばらく下で待ってろ」
「よろしくお願いします」
最後に一礼し、執務室を出る。
部屋の外に踏み出した瞬間。
「それとサイカ、下衆は余計だ。相手への誹りに繋がる言葉は不信を表すぞ」
不意打ちの指摘に心臓が暴れた。
確実性を高めようと精神的に圧力をかけるー、なんて考えていたことは筒抜けだったと悟る。
恥ずかしさで頭に血が上る。指摘されたことに血の気が引く。
バレているならあんな言い方は逆効果でしかない。口先では信じてるみたいなことを言いながら言葉の端々に信じていないことをにじませるとかどんな馬鹿だ。
「……失礼しました」
振り返ることもできず足音も立てないよう執務室を後にした。
―――
「やはり、彼が勇者だったんですね」
サイカの気配が遠ざかってから、リディが口を開いた。
つぶやくような言葉にこともなげにオードが応える。
「正確には勇者の一人だな。実際にやり合うまでは可能性が高いくらいに思っていたが、手合わせして確信した。まともな人間が魔力を使わずあれほど動けるか」
「……魔力の流れを感じませんでしたが、道理で。彼が例の『ハズレ』で間違いなさそうですね」
「だろうな。これまで集まっている情報とあいつの話に齟齬はない」
「捕えますか?」
「いや、必要ない。頭は悪くない様子だから積極的に国と敵対するとは思えん。何かしら聞く必要のあることができたとしても、組合に登録して身分証を使うなら居場所はいつでも特定できる。なにより……」
「なにより?」
「わりに合わん。おれもずいぶん衰えている。今現在セントにいる探索者を動員すればなんとかなるだろうが、利益より大きな被害が出ることは間違いない」
「それほどですか? 父さんと四級の部隊をふたつも動かせば無傷で捕獲することも可能なように思えましたが」
「さっきはあいつが本気を出していなかったからそう見えただけだ。その上あいつはやけっぱちになった方が厄介な手合いと見た。下手に追い込まん方がいい。……早いところ書類を作ってやるか。さて、何級で登録してやろうか」
「それはそうと、実力を見るためと言ってもああいう暴力的なやり方はやめませんか。万一ということがあったらどうするのですか」
「……ちゃんと相手が対処できる範疇に加減してるぞ?」
「いくら実力を見る目が確かと言っても絶対ではないでしょう。今日のサイカみたいに油断してる人がいたらどうするんですか」
「だってハズレの勇者っていえば、あのヨギと互角にやりあったバケモノと何度も戦ってるって話だったんだぞ。隙があるように見せかけただけだと思ったんだよ。お前だってそう思ったから最初は割って入んなかったんだろ」
「まあ、そうですが。止めなかった私にも少しは責任がありますね」
「そらみろ。今回だってなんとかなったんだし、ちょっとくらい別にいいだろ」
「……あまり調子に乗るなら父さんのお茶はたまにぞうきんの絞り汁で淹れることにしましょう」
「おい、冗談はほどほどにしてください。おいっ、本当に茶だしをもうひと組準備するのをやめてくれ。なるべく控えるからっ」
―――
「おうサイカ、面接はどうだった……まさか、断られたか?」
「……登録自体はつつがなくしてもらえそうだよ」
「そのわりには肩を落としてるけど」
「すまんウェズリー、そのことには触れないでくれ」
俺の様子を見て不思議そうにするレナードとウェズリーから目を逸らし、手近な椅子に腰掛ける。
考えていることが筒抜けなのに相手の思考を誘導してやったつもりになってたことがあまりにも恥ずかしい。相手だって俺が何を考えているか予想してきて当たり前。まして相手は経験を積んだ地位のある人、そうそう駆け引きで勝てるはずがない。
……なんて、いつまでもうじうじしてはいられないか。
「よし、立ち直った。これから気をつけよう。レナード、組合の仕組みを教えてくれ」
「仕組みって言ってもなあ……基本的にここへ来るまでに話した通りだぞ。依頼者と探索者の仲介をしたり、倒した魔物を買い取ってくれたり、生息している魔物について情報を提供してくれる程度だ。あとは……等級や一部技能の認定をするくらいだな」
「前から気になってたんだけど、その等級って何? 上げると特典があるとか難しい依頼が受けられるとか?」
「そんな具合だな」
探索者はいずれも等級があるそうだ。採収だの狩猟だの討伐だのいろいろあるが、等級ごとの目安は変わらない。
七級で見習い、六級で新人、五級で半人前、四級で一人前、三級で一流、二級で超一流、一級で桁外れ、という目安になっている。桁外れってなんだよと思ったが、師匠が一級だったことを考えるとなんとなく納得できた。
討伐者一筋で食っているのは四級の人が一番多い。五級以下では大して稼げず、三級以上は等級を上げるハードルが上がるからだそうだ。
依頼にも等級が割り振られており、基本的に自分と同じ等級の依頼を受けることになる。自分の等級より下の依頼を受けてもいいが、そればかりだと白眼視されるようになるらしい。逆に緊急時など等級以上の依頼に駆り出されることもあるとのことだが、基本的には同じ等級の依頼を受けることになる。
「等級が上がると名が売れるから指名の依頼や組合を介さず直接依頼されることも出てくる。組合としては抱え込んでおいた方が有益だから特典を用意して脱退されないようにするんだよ。組合の人脈はかなり広いから抜けるやつは少数派だな」
大きさはまちまちでも探索者組合自体は点在しており店や組織への紹介を頼める。国境の支部では二カ国で同じ害獣に対する駆除依頼が重なることもあるそうで、国外への伝手がある場合もある。
半強制的な依頼があったり不審な行動が確認された場合に調査を受けることがあるらしいが、逆を言えばデメリットはその程度。徴収される組合費は大きくなく三級以上になると免除される。人脈というメリットの方が大きいため、実力があっても組合を抜ける人はあまりいない。
「俺が登録されるたらどれくらいの等級になると思う?」
「妥当なところで四級、身元不明な点を考慮して五級で様子見の可能性があるって具合だな。ヨソで活躍した人が登録した場合はだいたいこの等級になる」
「おれとウェズは五級で登録できたぜー」
「いくらか実績を積めば四級にしてもらえるって。戦争を生き残ったことで箔がついたのかな」
「おお、すごいな。……すごいよな?」
「十分すごい。この歳だと見込みがあるやつが六級で登録されることもあるって程度だからな」
「すごいな!?」
普通なら新人がせいぜいのところでほぼ一人前の半人前。控えめに拍手すると二人は得意げにふすーと鼻を鳴らした。
となると俺もできれば四級で登録してほしいところ。年下だからと二人を侮るつもりはないが、年上としての威厳を守りたい。……もともと無いも同然の威厳だが。
なんてことを考えていると、どたどた大きな足音が聞こえてきた。
「お、サイカ、お前の等級が決まったぞ。それ、仮の探索証だ」
支部長である。書類を作ったりすると言っていたが、三十分もしないうちに手続きを済ませてくれたらしい。
ひょいと無造作にカード状のものを投げ渡される。慌ててキャッチするとなめし革のような触感が伝わってきた。これが当面の身分証となる。
探索証というらしいそれをしげしげと眺めてみる。
この世界で使われている数字はまるっきりアラビア数字である。等級欄に記されていた数字は――
「これからよろしく頼むぞ、三級討伐者サイカ」
紛れもなく「3」であった。
テンプレも嫌いじゃなくってよ




