2-おまけ 一方その頃
サイカと別れ、安宿の部屋に戻ったセインは袋を放って無言のままうつぶせでベッドに倒れ込んだ。
むぐーと謎のうなり声をあげ、もぞもぞと靴を脱ぎながら全身をベッドに乗せる。
いったんうなるのをやめて、深呼吸。枕に頭を埋めていたせいでちょっとだけむせて、それからぽつりとつぶやいた。
「嫌なやつ」
それから下級の防音魔法を使う。自分の周りの一定空間で発生した音が外に届きづらくなる程度の狩猟用魔法である。
同時にセインがずっと使っていた魔法の効果が切れる。
少年のような短髪はかろうじて肩に触れる程度の長さに変わり、角張っていた輪郭が丸みを帯びる。ごく普通だった耳は横に長くなり、その表面は真っ白い微細な体毛に覆われていた。
セインは得意な光魔法を使い、自分の容貌を隠していた。本来の姿と全く違う像を見せるのは難しいが自分の容姿を少し誤魔化すだけならば常に使用していられる。
サイカが最初に見つけた時には大牙猪から逃げることを最優先にしていたので魔法を解いていた。つんのめって転んだ拍子に猪が死んだのが見えたため、サイカが自分のところに来る前に改めて誤魔化しの魔法をつかった。最初に見かけた時と容姿が微妙に異なっていたのはこのためである。
今後は枕から顔を上げ、大きく息を吸って、両腕でがっちり捕まえた枕に向けて叫んだ。
「ヤなやつヤなやつヤなやつヤなやつヤなやつっ!」
おまけに両足でベッドをバタバタ蹴りつけた。
下級魔法ではベッドの支柱から床に伝わる衝撃を封じられず、下の階に届き、結果として下の階から天井をドンってされた。
びくっと起き上がったセインは何が起きたのか正確に把握し深呼吸。静かにすることに努める。
「落ち着け、落ち着くのよセイ・オフターレ。腹が立っても乱暴になってはいけない」
セインはご立腹だった。
理由は言うまでもなくサイカに渡された薬草のことだ。
結局、盗品かどうか明確にならなかった。
それがものすごく引っかかっていた。
サイカの口ぶりや態度からすると盗品ではないかと思えてくる。
しかし、それではサイカは自分が盗人だと疑われたわけでもないのに暴露したことになる。普通は本当に盗品だったとしてもわざわざ明言なんてしないはずだ。正当な報酬としてもらったという話を嘘と断定する材料もない。盗品だと言った理由がセインをからかうため、と言われたら納得できてしまう。
一方でセイン自身が盗品と思いたくないため、盗品ではないと考える材料を拾っているのではないかとも思える。
しばらく堂々巡りを繰り返し、辿り着いた結論は『わからない』だ。どちらとも断定できる材料が見つけられなかった。
「うー……どっちにしても盗品だなんて言わないでくれれば良かったのに。……いやいや、言わなきゃ盗品でもいいって訳じゃないけど」
誰にともなく言い訳してしまう。
仮に盗品と言われなかったなら最初に受け取ってからそのまま貰っただろう。
どんな理由か知らないが、サイカが盗品という可能性をちらつかせたせいで素直に受け取れなくなってしまった。
盗品という可能性があるなら受け取りたくなかった。だが、薬探しが行き詰まっていたのも確かだった。サイカに渡された薬はノドから手が出るくらいほしかった。
悩んでいるところを秒読みされて思わず受け取ってしまうくらいには。
「サイカもサイカだ。良いやつだって思ってたのに」
最初に出会ったのは大牙猪から逃げている時。どれだけ逃げ道を探しても見つからなくって泣き出しそうになったところに現れた。一瞬で猪を倒して、どんな報酬を要求されるか内心ビクビクしていたセインの安否を気遣った。女の子と言われた時には心底肝が冷えたが、セインが男だと言うと無言で崩れ落ちた。意味が分からなくてちょっと不気味だった。
ヒュレの組合で会った時には二人の討伐者を連れていた。久しぶりに悪意を欠片も感じない相手と話して気が緩んだセインに代わり周囲を警戒していた。
セインが勝手な行動をした時にも見捨てず、待っていてくれた。帰り道、セインは自分なんか構わなくていいと言ったつもりだったのに「馬鹿言うな」と怒っていた。
こんなやつもいるのか、と思った。
旅を始めてからろくでもない人間ばかりと会った。
姿を誤魔化し慣れていない時には何度も売り飛ばされそうになった。薬草を採取している時に出くわした討伐者に殺されかけたこともある。そんな思いをして採取した薬草を安く買い叩こうとする人は数え切れないほどいたし、採集依頼を達成したのに難癖つけて薬草を奪って報酬を払わない依頼主もいた。
そんな中で同い年くらいのサイカに会った。
セインが実力を目の当たりにした討伐者の中では一番強く、作り物や嘲りではない笑顔を見せて、力を貸してくれた。世間知らずのボンボンかと思ったが、その割にしたたかでどういう人間なのかよく分からない。終いには薬をくれる気っ風の良さだ。
こんな都合の良いことがあるのか、と勘ぐってしまうほどに優しかった。
けれど、考えれば考えるほどセインを騙す理由が見当たらなかった。
ああ、サイカは良い人だ。
そう思って心を許しかけた瞬間の盗品発言だった。
これまでの人の良さとのギャップに困惑しているうちに薬を受け取ることになっていた。
セインの基準に照らし合わせてみればサイカは善人に分類されていた。それなのに盗人であるという告白を嘘と切り捨てられなかった。
訳が分からなかった。
「助けてくれるなら普通に助けてくれればいいのに。助けてくれないなら放っておいてくれればいいのに。なにがしたいんだよ。良いやつなのか、そうじゃないのか、はっきりしてよ」
ひとりごちる。一人旅を始めてからずいぶん独り言が多くなった。
一人になってから頼れる人はいなかった。
一度でも騙されれば疑り深くもなる。今、冷静に考えれば頼って良かったのかもしれないと思える人だって自分を騙そうとしているとしか考えられなかった。
冷静に考えられるのも今だからだ。ここのところ、余計なことを考える余裕なんてずっとなかった。
「盗みはしない。騙しはしない。あんな人族どもと同類になんてなってたまるか。それにそんなことをしたらまた母さんたちが石を投げられる」
決意を奥歯と共に噛み締める。
セインは絶対的な少数派だ。少数派が悪いことをすれば徹底的に排除される。身を以て知っていた。
「……けど、どこまでが盗みなんだろう。盗んだものを買うのはいいの?」
サイカの言葉が耳に残っていた。
『飯屋で出てくるパンが盗んだ小麦で作られたものかも、なんていちいち考えてたら鬱になるぞ』
ウツという言葉は知らないが意味はなんとなく伝わった。心が疲労するとかそんな意味合いだろう。前向きな言葉でないことは確かだ。
きっとサイカの言葉にも一面の正しさはある。けれどそれはセインの決意とは相容れない正しさで、それを心に留めてしまっていることさえ自分の決意に対する裏切りのように思えてしまう。
「盗んだことが明白だったら駄目だと思うけどさぁ……分からなきゃどうしようもないし、気にしすぎても何もできなくなっちゃうか。でもなぁ……」
ぐるぐるぐるぐる思考が巡る。
盗みは駄目だ。盗品を買うのも駄目だ。盗品と知らなければどうしようもないけれど、それは盗品であるか調べないことに落ち度があるのではないか。盗品の可能性が高いと分かっていても欲しいからこそ目を背けているのではないか。
ちょうど、ベッドに転がった薬のように。
「こんなものっ」
急に頭に血が上った。騙された時、盗まれた時の屈辱や決意をゆがめた自分への羞恥が衝動的な行動に走らせる。
薬の入った袋をつかみ上げて、傍らのゴミ箱に突っ込もうとして、止まった。
頭をよぎったのは顔色を悪くした母と、村で唯一母の症状を緩和できる知識と技術を持つ父の顔。
薬草を探してくると言った自分に、そんな危ないことをしなくてもいいと言った母。もう行くと決めたことを察して安全に気を付けてと言った母。薬なんて集まらなくていいから、無事に帰って顔を見せてと言った母。
本当は自分が薬草を集めに行きたかったのに、珍しい病気ゆえ他人に母を任せられなかった父。母を放ってもおけず、しかしこのままではいずれ死んでしまうと分かってしまう父。セインが薬草探しに行くと言ったら頬を張ってでも止めようとした父。どれだけ止められても必ず行くと決めたセインに「すまん」と頭を下げた父。
薬を捨てることはできなかった。
自分の荷物の中に大切にしまいこみ、荷物ごと自分の目に入らないところにしまい込む。
「…………嫌なやつっ」
再びベッドに戻り目を閉じると浮かんだ意地の悪い笑顔に毒づいて、その日セインは眠りについた。
魔族ではないです
あと、セイ・オフターレは「ン」の打ち忘れでもないです




