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1-2 支部長

 案内を受けて辿り着いた三階の奥。重厚なドアを構える部屋が支部長の執務室だった。

 少し落ち着こうと深呼吸をした瞬間に「鍵は開いている。入ってきていいぞ」と大きくないがよく響く低い声が聞こえた。

 カモフラージュのために魔力そのものである下級精霊を体に入れていると言っても、下級精霊だ。魔力は少ない。この扉越しでは足音も聞こえづらいだろうに気づかれているとは。驚きながらもおそるおそる扉を開ける。

 執務室はあまり執務室らしくなかった。さまざまな資料があるイメージを持っていたが、書類のたぐいは少ない。壁に立てかけてある巨大な剣と槍、竜らしき生物の首が目を引いた。……そういえばファンタジー生物を近くで落ち着いて見たのは初めてかもしれない。フォルトの戦闘で魔物とも戦ったが、一瞬気を抜いたら死にかねない戦場で悠長に観察なんてしていられなかった。

 今も見ている場合ではないか。執務室の机に構えるのは白髪が混じった初老の男性。後ろに立つ秘書っぽい女性の存在に気付くのが遅れるほどの威圧感を放ちながらこちらを睨んでいた。

 見たところかなり強そう。戦いになっても逃げ切るくらいできるが、勝つのは難しい。少なくとも、武器をフォルトで拝借した魔法の袋にしまっている今は無理だ。


「失礼します。レナードの紹介で来たサイカです」


 いつでも逃げられるようドアのそばで背筋を伸ばし、雑な敬語で挨拶する。偉い人に砕けた口調で話しかける勇気はないし、これくらいなら一般的な範疇だと思う。

 すると支部長はにやりと笑った。こちらを睨んでいた目はいくぶん柔らかいものになる。


「おう、お前がサイカか。悪いな、威圧するようなまねをして。まあ座れや」


 座れと言われても椅子がないんですけど。床に正座しろと。


「支部長、椅子がないのにどこに座れと仰るのですか」

「それもそうだな。リディ、出してやれ」

「ご自分でどうぞ。支部長の方が力があるでしょう」

「もっと老人を労ってくれていいんだがな」

「ご冗談を。一般的な老人からかけ離れた体力をしているくせになにを言うのですか」


 支部長と秘書はなにやら気安いやりとりをしていた。どちらも髪は明るい茶色、顔の雰囲気も似ているし、身内だろうか。なんて考えていると、


「ほれサイカ、使え」


 と手近なところに置いてあった椅子を支部長が山なりに投げてきた。慌てて掴むと結構重かった。錬気で筋力を上げられると言っても体重は変わらないので、こけそうになった。

 いくら普通の椅子と言っても投げられたらだいぶ危ない。不意打ちだったことも手伝って肝が冷えた。


「支部長、椅子は投げるものではありません。床が傷付いたらどうするのですか」

「きちんと受け止められそうなやつにしか投げんよ。なあサイカ、構わんよな」

「構います。椅子が壊れたらどうするんですか。ねえサイカ、構いますよね」


 どう答えろと。それと床より俺の心配をしてほしい。


「いきなりだったので驚きはしました。加減して投げられていたので問題はないですが」


 とりあえず玉虫色の回答で逃げながら椅子を置き、浅く腰掛けた。

 すると支部長はくつくつ笑った。顔の険はとれて普通のじいちゃんぽくなってる。


「悪かったな、サイカ。おれはこのセントの探索者組合の支部長、オードだ。こっちは娘で秘書のリディ」

「どうも」


 リディがこちらに小さくお辞儀をした。あまり表情の変化がなく、眼鏡とか似合いそうな雰囲気がある。


「早速だが、お前は今日から討伐者だ。これからよろしく」

「……はい?」

「もっと元気よく『はい』と返事をするところだろう、ここは。面接試験は合格。うれしくないのか?」

「嬉しいも何も、試験を受けた覚えがないのですが」


 この部屋に入ってからしたことと言えば挨拶、投げられた椅子を受け止めたこと、話に適当な相づちを打ったことだけだ。受けた覚えのない試験に合格したと言われても戸惑う。合格なのはありがたいが。


「実はな、レナードから紹介があった時点で合格にしようとは思ってたんだ。だが、あいつがやたらお前を強いというもんだから気になってな」


 やけにいい笑顔で支部長が言うと、後ろに立つリディが「ご愁傷様」とでも言いたげな様子で息をつき、こちらを見ていた。

 リディの様子を支部長の笑顔に嫌なものを感じる。

 別に命に関わるようなことではないが、面倒くさいことになりそうな予感。こういう場合はさっさと逃げるに限る。


「それはどうも。合格ということで助かりました。レナードたちも心配していると思うので俺はこれで――」

「まあ待て若人」


 俺が立ち上がるのとほとんど同時。支部長は俺の言葉を遮りながら立ち上がった。

 くそ、逃げようとするのを読まれてた。これから組合の世話になる予定なのだから偉いさんに止められたら無視できない。


「お前を登録するのは決定事項だ。だがな、討伐者には格付けがある。それを適切に決めるためにもお前さんの実力を測っておきたいわけだ」

「そんなの新入りなんで最下級でいいですよ、それが普通でしょう」

「戦闘経験があるなら初めから中級以上で登録することも珍しくないぞ。それに、最下級では先導者なしにろくな依頼を取れん。それでいいのか?」


 痛いところを突かれた。

 陥落のどさくさにまぎれてフォルトでいろいろちょろまかしてきたから、働かなくても旅はできる。

 しかし、それは明らかに不自然だ。金持ちと思われたら変な連中に狙われる危険ある。俺はともかくチファたちを狙われたら厄介。

 フォルトで手に入れた貴金属の類はいざという時の虎の子にして、手持ちの現金でこの世界で生活していく基盤を作り、ある程度は自分で稼ぐつもりでいる。

 討伐者以外に旅をしながらそれなりに稼ぐ当てはない。なのに討伐者として依頼を受けられないのであれば、登録する意義も半減だ。


「……よく、ないです」


 絞り出すように言うと、支部長はそうだろうそうだろうとにこやかに頷いた。


「この部屋の隣がおれの訓練室だ。心置きなく暴れられるぞ」


 すれ違いざまに襟首を掴まれる。

 なんで個人所有でもない施設で個人用の訓練スペースなんてあるんだよ。職権乱用はよくないぞ。

 抵抗したいが抵抗するわけにもいかず、おとなしく引きずられていった。


―――


 隣室、訓練室。

 訓練室の面積は支部長の執務室の数倍はあった。三階の半分ほどを占めている。たしかにこの広さならば心置きなく暴れられるだろう。


 自前の剣は三本とも魔法の袋にしまってある。魔法の袋は高価な貴重品なので持っていることは知られたくない。

 剣はレナードに預けてあると嘘を伝えたところ、適当に見繕った剣を渡された。逃げることを許してはくれないらしい。

 力を抜いて数回剣を振る。支部長の目は確かなようで剣の長さや重みはちょうどよかった。


 討伐者として稼ぐためには高ランクで登録した方が有利だろうが、突然現れて高ランクで登録となったら確実に目立つ。目立てば身辺を探られるリスクが高まる。偽名を使っているとはいえ素性を洗えば俺が五人の勇者のひとりであるとバレるのは時間の問題。よって目立つのは愚策。

 今更戦わずに済ますというのは無理だ。それなりのランクで登録できるよう、ほどほどに戦って適当に降参しよう。


「準備はいいか、サイカ」


 剣の感触を確かめ終えた頃合いを見計らって支部長が声をかけてきた。


「ええ、どっからでもどうぞ」


 大して気を入れず捨て鉢に言う。

 支部長は俺の実力がどんなものか見たいだけ。さしたる危険はない。


 ……と、愚かなことに俺はたかを括っていた。

 俺は返事をしてから構えようとした。

 その瞬間には支部長は目前に迫っていた。

 肌がひりつくような殺気を放ち、幅広の剣を振り下ろす。その動きにためらいはない。寸止めも不可能と確信できる勢い。


「――――――ッ!」


 構えてる暇はない。右手に持った剣を振り下ろされる剣の横っ腹に叩き付ける。

 剣そのものの重さに加え、支部長の腕力まで加わった剣はこの程度で防げない。俺は剣を振った勢いのまま体を回転させ全身を支部長の側面に持って行く。追撃はせずに後ろへ跳び、距離を置いた。

 勢い任せに攻撃したら後悔するのはこっちだ。攻撃をよけたら運良く隙だらけでした、なんてあり得ない。余裕で対応圏内か、あるいは罠だ。


 剣を構え、深く息を吸い、吐く。

 よく知りもしないのに危険はないなんて、相手を馬鹿にするにもほどがある。

 こっちにやる気がないから相手にやる気がないなんて道理はない。まして相手の実力は未知数なのに勝手な決め付けで気を抜くとか馬鹿丸出しだ。


「ようやくまともな顔つきになったな。さっきの一撃で殺してしまうかと思ったぞ」

「あんたみたいな、死んだらそれまでみたいな攻撃仕掛けてくるやつの相手は初めてじゃないんで。俺が対処仕切れないで殺されてたらどうするつもりだったんですか」

「ん? 今お前が言った通り、死んだらそれまでだ。なに、武器構えた相手の前で気を抜くような間抜けはどうせすぐに死ぬから問題ない」

「……ファンタジーってこんなやつばっかりか」


 問題しかないだろうが、と言いたかったがこらえる。

 大した成果を出せない討伐者なんて組合にはいなくても困らない。そういう意味で問題ないのだろう。俺がどう思うかは関係ない。

 訓練とか試験ですら「死んだらそれまで」なのは異世界のデフォルトなのか。


「それでは続きだ、サイカ。まだ逃げ足の速さしか見せてもらっていないぞ」

「……上等。そっちこそ死なないでくださいよ」

「は、言うわ」


 手の内全部をさらすつもりはない。

 けれど、渡されたこの剣で出せるだけの全力でかかる。

 適当にやり過ごすつもりだった。その方針は変わらない。

 変わらないが、まじめにやらないと自分の身が危ない。

椅子を投げつけられたり殺されそうになったぶん、少しくらいやり返してやろうとか考えてはいない。



 俺たちはほぼ同時に動いた。俺と支部長がそれぞれ立っていた場所の中間地点より少し支部長側でお互いの剣がぶつかり、つばぜり合いの形になる。

 速度は少々俺が上。力では大幅に支部長が上。つばぜり合いの均衡も長くは保てない。

 剣をひねり、支部長の押す力を逸らす。大剣が床めがけて振り下ろされた。

 力で上回っているのは支部長も承知の上。俺がつばぜり合いを避けようとするのもわかっている。体勢を崩すことなく、大剣が床を叩くより前に方向転換し追撃をかけてくる。

 剣で受ける。当然、体重の軽い俺が吹っ飛ばされる。

 ……よく考えたら軽く人間を吹っ飛ばすっておかしくないか。

 支部長は追い打ちをかけにくる。俺は靴の裏にこっそりと錬気を具現化しスパイク代わりにする。着地地点に踏みとどまり迎撃態勢を整える。

 支部長は強い。でも師匠より遅い。腰を据えた打ち合いは力と体重の差で不利だが、打ち合わなければ対応できる。

 袈裟懸けの一撃を半身で躱し、喉元めがけて剣を突き出す。


「っとぉ!?」


 支部長は首をひねって避けた。仕留めることはできなかったが、体勢は崩れた。

 つまり、攻め時だ。


「くたばれこの野郎!」

「のわっ!」


 顔面狙いの突きを繰り返し放つ。突きを避けられるのは前提。注意を剣に引きつけることが目的。

 慌てて下がろうとする支部長。その足下を蹴り飛ばす。


「ッ!」


 手応えがない。

 そのことを疑問に思うと同時に嫌な予感がした。とっさに体を後ろに逸らす。


「ほう!」

「っ、曲芸かよ!」


 支部長の足が顎先をかすめた。

 支部長は俺の蹴りを避けながらバク宙のようにジャンプし、顔を蹴ろうと狙ってきたのである。

 大きく重い武器を持っているくせにいやに身軽な動きだった。


「ははは、やるじゃないかサイカ!」


 ダン、と音を立てて着地した支部長は一瞬身をかがめ、剣を構えながら矢のように突進してくる。

 楽しそうに笑う支部長の顔にだんだん腹が立ってきた。

 討伐者として登録するために実力を測りたい。それは分かる。強いやつには難しい仕事を振りたいだろうし、弱いやつに身の丈に合わない仕事を紹介したら死んでしまうから。

 でも、支部長は今、明らかに楽しんでいる。

 なんで俺が肝を冷やしながらこの人の楽しみに付き合ってやらなければならないのか。

 いっぺん痛い目見て反省していただきたい。大いに。

 この人は強い。それは分かる。本気でやり合ってもたぶん負ける。

 だからってこの場で負けてやる必要はないわけだ。テンション上がって用心が欠けていれば一矢報いることができるかもしれない。


 支部長は突進しながら腰だめに剣を構えている。突きの姿勢だ。

 体格が違う上に勢いが乗った突きなんて受けきれない。普通は避ける。

 だが、そこで打って出る。


「!」


 支部長の顔にわずかな驚き。

 武器の大きさ、腕の長さ、つけた勢いのいずれも支部長が上。自分から向かっていくなんて下策もいいところ。俺が剣を振るより支部長が突きを当てる方が早い。

 俺が剣を振るよりは、だが。

 魔王軍との戦争でバケモノみたいな魔族と出くわした。俺だって殺されないよう綱渡りのような動きをさんざんしてきたのだ。

 曲芸があんたの専売でないことを教えてやる――――!


「いい加減にしてください」


 俺と支部長の間に人影が滑り込んだ。

 リディだ。無表情ながらも怒った雰囲気を醸している。

 このままではリディを挟み撃ちにしてしまう。俺も支部長も慌ててリディをかわそうとする。

 だが、時すでに遅し。

 勢いを殺して速度が落ちたところでリディが俺の腕を掴み、ぐるりと踊るように半回転。遠心力で加速しながら投げ飛ばされた。背中から訓練室の壁に叩き付けられた。


「……戦えるのかよ、強いのかよ……!」


 見た目は完全に事務員といった様子で、戦闘能力が高そうにはとても見えないのに。

 不意打ちのダメージに悶える俺の反対側では支部長が同じように悶えていた。


「本当に死人を出すつもりですか、まったく」


 リディは深いため息をつきながら言った。

 ……俺も支部長もヒートアップしていたことは認める。お互い怪我人を出すくらいのつもりで戦っていたのも確かだ。


 でも、止めるならもうちょっと早く止めてくれてよかったんじゃないかと思わずにはいられなかった。具体的には支部長が致死性の攻撃を打ってきた時あたりに。



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