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2-5 在庫処分

だいぶ長いです

「お、今日もうまくいったみたいだな?」


 宿に戻ってきたウェズリーとシュラットは、土をつけて汚れていたが、得意げに笑っていた。話を振ると自慢げに胸を張って報告を始めた。


「依頼は大成功だぜー!」

「報酬とは別に鹿肉もらっちゃったよ!」


 ウェズリーは得意げに脇に抱えていた包みを見せてきた。ずっしり大きな肉の塊だった。きちんと処理されているのか生臭さもない。

 二人は今日、双角鹿の討伐依頼を請けていた。名前の通り二本の大きな角が特徴の鹿である。頭から真横に伸びた角は鋭く硬く、成獣の筋力で振るわれれば金属鎧すら貫くらしい。子鹿のうちなら狩人の獲物になるが、今回は成獣の雄が畑を荒らしているということで討伐の依頼が出た。

 魔法使いや弓使いだと不意に接近されて返り討ちになることもあるらしいが、近接戦が得意な二人には相性が良い獲物だったらしく綺麗に仕留められたようだ。


「宿の人に頼んで夕飯に出してもらうか? 何日か寝かせた方がうまいかな」

「寝かせるなんてもったねーぜー」

「肉って熟成させた方がうまいと思うんだが。鹿肉ってそうでもないのか?」

「普通の鹿肉なら寝かせてもいいんだけど、魔物の肉って時間をおくとくさくなったり硬くなったりするのが多いんだ。だからみんなで食べちゃおう」


 魔物の肉だけあって常識は通じないらしい。

 そんなわけで夕食は鹿肉祭りである。五人で食べきるのはしんどい量だったのでいくらか宿の人に分けたところ夕食がタダになったので万々歳である。


「そんで、俺のクロークもできたからそろそろこの街から出ようと思う」


 夕食中に切り出した。

 急ぐ旅ではないが、ヒュレの街は討伐依頼が多くないのでウェズリーとシュラットの経験値を稼ぐのに適さない。送還魔法のコストを抑える研究をしようにも、アストリアス国内では見つからない確率が高い。マールが調べてくれていたのだが、この街には図書館がないのも残念である。ビネがいるのもマイナスポイントだ。関わりたくない。


「もう他の街に行くのか-?」

「次っていうと、イードの街だよね。何かあったっけ」

「特にないな。なんなら近くに魔物の領域もない。イードもすぐに出るつもりだ」

「イードは商人の人たちが集まって、いろいろなものがある街だっけ」

「正解、よく覚えてたねチファちゃん」


 イードの街はヒュレの街から見て北側にある。西側への街道と北側への街道の合流地点であり、商業的には結構重要な街らしい。

 近くに魔物の領域はないため討伐者として経験を積むには適さない街だ。俺もちょっと立ち寄る程度のつもりしかなかった。


 場合によってはちょっと長居してもいいかなと思う。

 ウェズリーとシュラットは俺が何か言わなくても自分たちで討伐依頼を請けに行く。昨日大棘蜥蜴の討伐に出たばかりというのに今日も鹿を狩ってきた。

 向上心があるのはいいことだが、何事にも程度というものがある。勢いで突っ走って疲れに気がつかず大怪我したのではもったいない。

 イードの街にはゆっくり向かって道中ふたりにがっつり訓練させて、街ではゆっくり休ませるのもアリだ。


「っし、じゃあ明日なんか依頼うけよーぜー」

「帰りにちょっと掲示板除いたけど、いい依頼はなかった気がするな……また五級の依頼にしておく?」

「そのへんは明日、何があるか見てから決めればいーだろ。良い感じに強そうなのがあったらサイカも来てくんねー?」

「あいよ、了解」


 どんな依頼かによるが、依頼を請けることに否はない。

 まだ元気そうではあるし嫌な予感もしない。極端に危険な依頼を請けようとしたなら止めればよし。

 明日のうちにチファとマールに旅の準備を整えてもらって、明後日あたりに街を出ることになるだろう。

 俺としてはもう一度セインに会っておきたいところだ。

 とはいえどこの宿をとっているのか分からないし、もしかするともう街を出ているかもしれない。

 それならそれで残念ではあるが仕方ないが。

 明日はさくっと依頼を片付けて、買い物がてらセインを探してみるか。

 そうと決まれば相談だ。


「マール、ちょっと頼みたいことが……」


―――


 翌朝早くに一人でテイニンの店に来た。

 採寸したその日のうちに調整を終わらせるので、明日――つまり今日のいつでも取りに来て良いと言っていた。おそらくテイニンの店に行くと聞けばウェズリーとシュラットもついてきただろう。最終調整が済んだと言っても最後のあわせがある。ウェズリーとシュラットの前で採寸されたとなればもう立ち直れない。

 ベルの涼しげな音とともに店内に入ると迎えるのは鬼の形相である。つまり平常営業のテイニンである。


「おう、早いな」

「いつでもいいって言ってたから、依頼を見に行く前にな」

「そうか」


 言ってテイニンは店の奥からクロークを持ってきた。

 着るように促され、身につける。

 昨日の時点で違和感はなかったが、今日は肌になじむような感じすらある。これが最終調整の成果というなら屈辱に耐えた意味はあっただろう。あったと思おう。

 薄暗い店内とはいえ朝の日差しが差し込んでいる。改めて見てみると、黒刃蛇の革は黒ではなく非常に濃い緑色に見える。植物の表面のような不思議な光沢があった。

 フードをかぶってみれば首の周りに体温がたまりわずかに暖かい。雨の日とかには重宝するだろう。

 防塵のためもあり足首までとかなり長い丈で作ってもらったが、クロークの端と腰くらいの高さに小さな金具がついており折り返せるようになっていた。暑い時や長い丈が邪魔な時に使おう。


「どうだ」

「悪くない。いや、いいな。うん、かなりいい」


 軽いが防具として十分な強度を持っている。なんかばさばさする感じが新鮮だった。

 着ているとソワソワする。悪い意味ではなく、新しいおもちゃを手に入れたような気持ちで、早く使ってみたい。……いや防具だから役に立つ機会がない方がいいんだけど。

 ちょいちょい動いてみるとクロークも当然動く。障害物の多い森の中では邪魔かもしれない。そう思って錬気を通してクロークが体に巻き付くよう操作すると、これがまた悪くない。頑丈だが柔軟性もあるので動きを阻害しない。この状態で動く練習もしておこう。


「っと、そうだ。ついでに剣を見てもらえるか」


 クロークにはしゃいでもうひとつの用件を忘れるところだった。


「剣か? 魔物の素材で作ったやつならいじれるが」

「あー……普通の金属の剣なんだけど、ゆがんでないかとか見てもらえないか」

「まあ、簡単な手入れくらいならできるが、専門じゃねえからあんまりアテにするなよ」

「助かる」


 このまま組合へ行くつもりだったので剣も持ってきている。俺が使う三本の剣の内、もっとも使用頻度の高い長剣をテイニンに渡す。

 ちょこちょこ自分で手入れはしているが職人とは比べるべくもない腕だ。テイニンが腕の良い職人と分かったので、見て貰うことにした。専門ではないということだが、完全に素人の俺よりはましだろう。

 鞘ごと渡された剣をテイニンが抜いた。


「こりゃあいい剣だな」

「そうなのか」

「鉄の質がいい。鍛えたやつはちょっと荒っぽいがいい腕をしているよ。あいつが見たらきっとうるせえだろうな」

「あいつ?」

「ああ、しばらく前まで魔物の素材の扱いを教えてやってたやつがいたんだよ。筋金入りの剣好きでな……あいつがいれば研ぎでもなんでも喜んでやっただろうよ。ナリは小さいが腕は確かだ」


 なにか懐かしむような表情になるテイニン。自立した弟子がいたのだろうか。よくこんな客の少なそうな工房に弟子入りしたものだ。


「この剣、かなり使い込んでるな。刀身全体が気鉄になってやがる。……いやでも、長い間使い込んだってよりは短期間に何十回もアホみたいな錬気をぶち込んだのか?」

「テイニン、きてつってなんだ」


 話が俺の素性に近付きそうだったので軌道修正を図る。

 それはそうときてつというワードが気になってもいた。


「武器を使う時に錬気を通すことがあるだろう? もともと金属にしても魔物の素材にしても錬気を通すことを前提にしたものじゃないわけだ。そこに錬気を流し続けると、素材の性質が影響を受けることがある。錬気を通し易くなったり、強度が増したりな。金属の武器の場合、そうなったものを気鉄という」

「ほー。じゃあ全体が気鉄になってるってことは悪いことじゃないんだな」

「ああ、全く悪いことじゃない。ただし誰かに貸すときには気を付けろ。お前以外の錬気を通すか分からんからな」

「? 俺の錬気で気鉄になったから、他人の錬気を通さなくなったってことか」

「錬気も人によって性質が違うんだよ。だから錬気を通すってことは共通していても、錬気の質によってはむしろ気鉄になる前より通らなくなる。錬気を使う剣士が自前の剣と思って使ったら痛い目を見るだろうな」


 テイニンはそれきり黙って剣を睨む。刀身をためつすがめつ、角度を変えてみたり。

 しばらくそんな様子を眺めているとテイニンは引き出しから布巾を取り出し刀身を拭いて、剣を鞘に収めた。


「刃こぼれはないし、刀身のゆがみもない。脂がちょっとばかり残っていたからそれだけ拭いた。これからもきちんと手入れを続けるように」


 と、剣を返却された。いちおう及第点をもらえたらしい。

 その後、会計を行い使わなかった素材を受け取った。


「まいどあり。また何かあったら来いや」

「ああ、そうするよ」

「もしもおれの教え子にあったらよろしくな。珍しい素材を手に入れたと聞いたら湧いてくるから」

「分かった。ちなみにどんな見た目なんだ?」

「ちっこいな。あとは行動のおかしい変態だから、たぶん話せば分かる」

「……よろしくしたくなくなったんだが」

「はは、変なやつだが悪いやつじゃないし腕は超一流だ。きっと悪いことにはならん」

「お、おう。じゃあなんかあればまた」


 客と職人という立場を考えればしゃべり過ぎなくらいしゃべり、俺は店を後にした。

 テイニンの弟子ってどんなやつなんだろう。会ってみたいような会いたくないような……微妙だ。

 店を出てからしばらくしてからテイニンを殴り損ねたことに気付いた。まあ機会があればでいいや。


―――


 それはそうと新しい装備おもちゃというのはいい。知らない間に足取りが弾んでいた。

 これまで着ていた服は特殊繊維で作られた頑強なものと言っても見た目は普通の服と変わらない。新しく手に入れたクロークは色こそ地味だが見た目は旅人や探索者っぽい。

 ただの防具じゃないというのも高得点だ。伸びるし棘が生える。錬気を介して操作することができる。できることは間違いなく増えた。ぼんやり考えていることがどれくらい実現できるか分からないが、いろいろ試してみるのも一興だ。どれくらい伸ばすことができるのか、伸ばした時の強度はどれくらいか、逆立てた鱗の強度も調べておきたい。

 ウェズリーとシュラットがちょっと強めの依頼を請けたら俺が積極的に動くのもいいだろう。お試しである。

 浮き足だって歩いているとすぐ組合に辿り着いた。依頼が張り出されている掲示板の前に二人の姿が見えたので早速声をかける。


「悪い、待たせたな」

「サイカ。それが新しい装備? ……防具って聞いてたけど僕らのとだいぶ違うね?」

「なんか強そうだなー。森の中じゃ隠れるのにも使えそーだ」

「ふふふ、いいだろう」


 褒められて悪い気はしない。二人の胸当てなどに比べるとぱっと見頼りないかもしれないが、実際の強度は俺のクロークが圧倒的に格上である。テイニンのところで確認したのだが、錬気なしでも衝撃吸収能力は高く、切断耐性も加工したテイニンのお墨付きである。錬気を通せば金属じみた硬度と皮としての柔軟性を兼ね備えた謎強度になる。


「それはそうと依頼はどうだ?」

「びみょーだなー。牛の討伐依頼も無くなってるし、あとは割にあわねーのばっかり」

「五級の依頼なら悪くないのがあるんだけどね」


 平原地帯だけあって畑を荒らす害獣の討伐依頼はそこそこある。余談ではあるが、食味がよく危険度が低い魔物は狩人の獲物になるので討伐依頼は出ない。討伐者だと仕留めることが出来ても肉や皮を駄目にしてしまうからだ。

 ウェズリーが見ている依頼は雑食狼ラパクス・ループの討伐。名前の通り雑食の狼で、主に狩りで食料を確保するが時には植物も食べる。栄養価が高くまとまった食料を得られる畑に来ることがままあり、今回もそんな畑を荒らす群れの討伐依頼だった。雑食狼は魔物だが普通の狼より些少大きい程度らしく、群れの規模も小さいため五級となっている。

 四級の依頼を見てみると、先日も見た塩漬け依頼ばかり。いくら二人に経験を積ませることが目的と言えど、命を危険にさらして赤字なんていう馬鹿な目を見るのは避けたい。


「まあ、そんなこともあるだろ。流れの討伐者が安定して適当な依頼を掴める保証なんてないんだし、むしろ報酬がまともな依頼があるだけ運が良いんじゃないか」

「そうだね。我が儘言っても仕方ないし、狼の討伐を請けるよ。サイカも来る?」

「せっかく五級の依頼を請けるんだし二人だけでいいんじゃないか。予行演習にもなるし。それとも保護者が必要か?」

「はっ、なめんなー。狼くらいけちらしてやらー」

「油断する気はないけど、客観的に見て余裕だね」


 冗談めかして言うとシュラットと、ウェズリーまで獰猛に笑った。

 実際この二人はフォルトの戦争で乱戦の経験は積んでいる。戦闘力だけで考えれば四級討伐者でもおかしくない実力がある。大棘蜥蜴も一匹なら倒せたのだし、これくらいの依頼は問題なくこなすだろう。


「俺はどうするかな。塩漬けの四級依頼とか請けたくないけど、クロークを試してみたいんだよな」

「そんなきみに朗報だ」

「っ!?」


 ウェズリーとシュラットが受付に行き、取り残された俺が掲示板を眺めていると不意に後ろから声をかけられた。

 慌てて振り返るとビネがいた。こんな人目のある場所で暗殺者みたいな動きをしたとは考えづらいし、俺が知覚できる範囲の隙間を縫って普通に歩いてきたのか。バケモノか。


「びっくりした……何の用だよ」

「いやね、依頼を探しているようだったからひとつ紹介してあげようと思って」

「いらないです。今日は休みにして人捜しをしようと思ってたんで」

「そうかい? ちなみに依頼を請けてくれればセインと会うことは保証できるよ」


 言葉に詰まる。

 人捜しをしようと言ったのは即興の考えだが、この後は本当にセインを探そうと思ったのだ。

 俺とセインは普通に考えて積極的に関わろうとする理由がない。当の俺自身がセインをこれほど気にするなんておかしいよな、と思っているくらいだ。

 なのになんなんだこいつは。読心系のチート能力でも持ってるのか。うらやましいぞこの野郎。


「……ちなみに依頼ってのは?」

「大棘蜥蜴の群れの討伐。きみが先日報告した内容が事実だと確認できたから薬師の組合で依頼を出したんだ。あの沼のあたりは良い薬草が採れるから、近寄れないと困るんだよね」


 報酬についても聞いたところ、悪くない。おいしい話ではないが適正の範疇だ。この間のリベンジにもなるし、クロークの性能を試すにも手頃な相手だ。

 ビネの手のひらで踊るのはぞっとしないものがあるが、ぶっちゃけ俺が何をしようとビネならうまく利用する気がする。あまり気にしていたら精神をやられそうなのであえて考えないことにする。

 セインと会うことになるというのも気になった。


「分かった、引き受ける」

「いやあ助かるよ! 攻撃魔法を使う討伐者に頼むと薬草まで焼いちゃうからね、剣で戦うサイカに依頼できたのは運が良い」


 ビネは好青年らしい雰囲気を出したまま脳天気に喜んだ。

 俺は自覚できるほど乾いた作り笑いを浮かべた。


―――


「サイカ、また蜥蜴の討伐に行くの?」

「つーか蜥蜴の討伐依頼なんてあったっけー?」

「今しがた発行された依頼だからな」


 受付で依頼を手続きに行くとウェズリーとシュラットが驚いていた。

 残った四級の仕事は不採算なものばかりだったので、俺が依頼を請けるとは思っていなかったのだろう。ついでに請ける仕事が見覚えのないものだったことに驚いていた。


「いいなー、おれもそっち行こうかな-」

「馬鹿、もう依頼を請けちゃったよ」

「それに今回はお前ら連れてく気ぃないしな」


 四級の討伐依頼とひとくちに言っても、依頼ごとに難度の差がある。

 俺が引き受けた蜥蜴の群れの討伐は四級の依頼。単体の討伐依頼と同じ等級だが、当然群れの討伐の方が難度が高い。単体討伐は四級下位、群れの討伐は四級上位といったところだ。

 ウェズリーとシュラットに四級討伐者並の実力があっても群れを相手にするとなれば相応の手数が必要になる。蜥蜴より強い四級討伐種を仕留めることができるかもしれないが、群れを相手にするには心許ない。


「えー、でも群れをやるなら人数多い方がよくねーか?」

「ふはは、俺を舐めるでないぞシュラット。蜥蜴くらい俺ひとりで無双してやる」


 支部長曰く俺は三級相当の戦力だ。実際に蜥蜴と戦ってみてもさしたる脅威を感じなかった。あれくらい単独で殲滅してみせよう。誰かを守りながらとか他人の戦況に気を配るといった制限がないのなら、あの倍くらいの数なら余裕で討伐圏内である。


「どのみち今回はクロークの性能確認もあるから誰か連れてくつもりはないんだよ。実験に失敗して足引っ張るとかごめんだし」

「……まあ、一匹相手にばたばたしてた僕らじゃまだ足手まといだよね。シュラ、次があればサイカの方から僕らに手伝ってくれって言わせてやろう」

「おっ、だな-!」


 ウェズリーが強気な発言をした。

 そういえばセントを出てからウェズリーのシュラットが少し変わった気がする。前よりも主体的というか、強くなることに積極的というか。

 悪くない。それでこそだ。高い目標を掲げるならば相応の気迫を持ってもらわないと。

 自分たちで請けた依頼に意気込んで向かう二人を見送り、俺は自分の討伐の準備をする。

 蜥蜴は沼に潜んでいる。沼から引きずり出さないことには始まらない。

 電撃の魔法とかを使えればいいのだが、無い物ねだりしても仕方ない。自分にできる手段を考えよう。


「とりあえず……毒だな。沼の底まで汚染できるくらいのきっついやつは……」

「ちょっと待とうか」


 組合の売店に良いものが売ってないか覗こうとすると肩を掴まれた。

 ビネである。心なしか焦っているように見える。


「びっくりしたな、いきなりなんだよ」

「それはこっちの台詞だ。沼に毒薬まかれたら薬草まで駄目になっちゃうだろ」

「……でも、請けた依頼は蜥蜴の討伐だし」


 依頼を請ける際に条件を確認したが、周囲を焼き払ってはいけないとあったが、毒を使ってはいけないなんて条件はなかった。

 そもそも討伐依頼に細かな条件がついているものは少ない。そのうえ組合に張り出される依頼はトラブル予防のためか条件が端的に箇条書きされている。小難しい条件がついていればすぐに分かる。

 今回の依頼は蜥蜴の群れの討伐。周囲に自生している薬草を焼いてはいけない。薬草が分かるようであれば採取も可能、一定価格で買い取るというものだった。毒をまいて周囲の土壌や水を汚染してはいけないなんてどこにも記載されていなかった。


「それで沼地を駄目にしちゃ意味がないって普通わかるだろっ」

「でも、依頼に明文化されてないじゃんか。報酬だってあの額じゃ蜥蜴を沼からおびき出すための予算とか入ってないだろ。だったらいかに簡単に安上がりにすませるか考えるのは当たり前だ」

「……分かった、それならこれでどうかな」


 ビネはさらさらと自分の手のひらに何か書いた。そして周りから見えないように自分の背で手を隠しながら、俺にだけ見せてくる。

 覗いてみると『調子に乗るな』と書いてあった。

 背筋が冷えた。ごめんなさい、まじでごめんなさい。ビネがあまりにも普通の人の気配しか感じさせないから勢いで忘れていたんです。


「了解、じゃあそれで」


 適当に納得したふうに振る舞う。ビネは満足そうに頷いた。

 ……他の方法を考えないと。まあ毒を使うしかないわけでもなし、なんとかしよう。

 売店を覗いて使えそうなものをまとめて購入する。

 当然、消耗品を使うほど手元に残る報酬は少なくなる。必死にやりくりする討伐者たちの苦労が忍ばれる。こんなにも節約したいと思ったのは生まれてこのかた初めてだ。しかしここで出し惜しむのは節約じゃなくてケチだ。依頼失敗のリスクを被ってまでケチる額じゃない、と自分に言い聞かせる。……日持ちするものだし、無駄にはならないだろう。うん。

 いくら気配が一般人と言ってもビネがいる空間は落ち着かない。さっさと討伐に出かけることとする。

 買ったものを入れたバックパックを背負い組合から出る。

 そういえば、ビネは依頼を請ければセインに会えると保証すると言っていたが、今のところ気配がない。あいつは根拠のないことを保証するなんて言わないと思うのだが。

 クロークを入手したことで身につけたものを隠しやすくなったので、今日は魔法の袋を持ってきている。袋の中には昨日の夜に仕分けた小袋が入っている。セインに渡してみたいのだが、会えない分にはどうしようもない。

 ……まあ、会えなくて普通だ。セントであった探索者にこの街でまた会ったことが奇跡に近い。ビネが言ったこともあまり真に受けず、会えたらラッキー程度に思っておこう。


 ヒュレはさほど大きな街ではない。しばらく歩けば街の出入り口に辿り着く。

 たまたま俺がアホボケカスを引き渡した衛兵がいたので挨拶がてら手続きをしてもらう。引き気味な衛兵曰くアホボケカスは収容施設で安く使い潰されることになったらしい。さほど興味はなかったが、まあ妥当な末路じゃなかろうか。


「……ちょっと待って!」


 あまり俺と関わりたくなさそうにしていた衛兵との話を切り上げ走り出そうとした時に声が聞こえた。

 息を切らせながらセインがこちらに駆けてくる。


「ごめん、いきなり。頼みがあるんだ。沼に行くんだよね、ボクもついていっていいかな」

「いいよ」

「い、いいんだ。タダとは言わないから。報酬は……」

「別にいらない。今から向かうところだし」

「……いいの?」

「いいって言ってるだろ」


 こっちとしてもちょうどいい。町中ではなく外で会えるならなおさら都合が良い。

 俺がもちかける話はセインにとってすごく気分の悪いものだろうから慰謝料代わりだ。


「やっぱり薬草を採りに行くのか?」

「うん、一昨日から慌てて用意をして、なんとか間に合った」

「組合に薬草採取の手続きとかできたのか」


 沼地に向かいながら話をする。

 一昨日、ビネは採取していい薬草の量の算出とか手続きで時間がかかると言っていた。それは一日二日で終わるようなものなのか。

 もしもセインが密猟しようとしているならいろいろ予定が狂うのだが。あと協力のリスクがでっかくなる。


「薬師の組合に掛け合ってみたんだ。そしたらビネの試算を使って探索者の組合と話をつけてくれて、すぐに依頼を発行してくれた」

「なるほどな-」


 すぐに採集許可が下りたのは薬師の組合を利用したから。

 ビネがセインの動向を知っていたのは同じく薬師の組合つながりだろう。

 二重の意味でなるほどだ。


「なるべく早く採集するって条件はついたんだけどね」

「それで俺についてきたと」


 セインは採集は得意だが魔物との戦闘は不得手だ。

 この前の様子を見るに魔物がいても採集はできるようだが、自分を殺しうる魔物がいるなかで採集に集中するのは難しいだろう。俺なら絶対無理。

 ならば討伐依頼を請けた人について行けば魔物を討伐した直後に採集ができる。道中の護衛にもなる。合理的だ。


「あ、でも今回は新装備のテストも兼ねてるから即討伐ってわけじゃないぞ」

「新装備ってその外套のこと?」

「ふふふ、その通り」


 これ見よがしにばさりと翻してみるが、セインのリアクションは薄い。

 男の子だったら新装備という言葉にワクワクしないのだろうか。するのは一部だけか。人それぞれだ。


「そんなわけでいくらか時間がかかります。少し離れたところに隠れておいてくれ」

「分かった。何か手伝うことはある? 連れて行ってもらうわけだし、できることがあれば手伝うけど」

「とりあえずいいや。沼の中の蜥蜴を引っ張り出すのに手こずったら頼むかも。そもそもセインの得意分野とか知らないし」


 幸いにもフォルトを出てからいい人にしか会っていないが、アホボケカスのような頭の悪い謎生物だっている。手の内を自ら開示するような奇特な人はそういない。俺だって魔法の袋を持っていることは隠しているし、太刀のことを知っているのもリニッドだけだ。

 もともとセインを戦力に数えていない。答えてもらえそうにないことを聞くつもりはない。


「前にちょっと見たと思うけど、光を使う魔法が得意だよ」


 と思っていたらあっさり口を割った。


「魔物から隠れたりするのに便利だけど攻撃力はない。サイカが蜥蜴に奇襲をかけるつもりなら使えるかな」

「……まず沼からおびき出すから隠れるつもりはないな」

「じゃああんまり力にはなれないな。あ、このことはあまり人に言わないでほしい。一回見せたから教えただけだから」

「ああ、そういうことか」


 びっくりした。もし誰にでもぺらぺらしゃべっていると言うなら心配になるレベルだ。

 光魔法と聞いたら回復とかアンデッドを浄化する魔法が思い浮かぶが、純粋に光を操る魔法らしい。セインは周囲の風景に溶け込み隠れるために使っていたが、逆に蜃気楼のようなものを見せることも可能なのだろうか。フォルトに来たフクロウ頭の魔族が幻とか使っていたが、それに近い魔法か。

 俺も開示して問題ないことを話し、いざという時の対応を話し合う。

 セインは戦力が低いので離れて待機。予定にない強い魔物が現れたら幻惑してもらいその隙に撤退する。それ以外は手出し無用で話はまとまった。


 沼地に辿り着くと、今度は蜥蜴の姿はなった。


「全員沼の中に隠れてるのか」


 一匹と戦っている内に芋づる式に出てきてくれれば一番楽だったのだが、そうはいかないらしい。


「どうやって沼から出すんだ? 魔法はほとんど使えないんでしょ」

「これを使ってみる」


 バックパックを下ろし、小さな袋を五つと大きめの袋をひとつ取り出した。

 小さな袋の中にはビーズ大の小さな粒がぎっしりと詰まっている。


「これ……赤玉? カップに入れると水が温かくなるやつ」

「そ。水に濡れると発熱の魔法が発動するやつ」


 赤玉は安価な使い捨ての魔道具だ。暖かい飲み物がほしい時にカップに入れて水を注げばお湯になる。

 それを大量に買ってきた。


「まさか沼を煮立たせるつもり?」

「毒を流そうと思ったら止められてなー。一粒でどれくらい暖められるか分からないし、沼の深さも分からないから、うまくいけばついてるくらいに考えてるよ」

「ふうん……じゃあこっちが本命?」


 セインが指さしたのは赤玉が入ったものとは別の、大きめの袋である。

 こちらが本命。爆弾石である。

 普通の爆弾では防水処理をしないと湿気って爆発しないが、爆弾石魔法で爆発するので導火線はいらない。さすが魔法はなんでもアリだ。


「……こっちは単価が高いからあんまり使いたくないんだけどな」


 赤玉は全部で銀貨五枚、日本円では五千円くらいのイメージだが、爆弾石はひとつで銀貨十枚である。しかも爆発と言っても大型の魔物にしてみればちょっとびっくりする程度。討伐者が使う時には落石トラップの起動に使ったりと補助的な用途がメインらしい。

 ぶっちゃけ威力に対して高い。こういう時くらいしか使う気がしない。念のため十個ほど買ってきたが、出番があれば赤字に近付き出番がなければ不良在庫という悩ましさに満ちた逸品である。

 仮に沼の煮沸がぬるかったとしても、住処を爆破されたらさすがに出てくるだろう。


 セインには近くの木陰に隠れてもらい、ひとりで沼に近付く。一匹なら脅威ではないとはいえいつ飛びかかってくるか分からないので緊張する。

 結局沼の間近に辿り着くまで蜥蜴は出てこなかった。

 赤玉をひとつ取り出し、沼に入れる。手を伸ばすと水温が上がった気がしなくもない。つまりひとつくらいでは蜥蜴は出てこない。

 ひとつかみばらまくと水面から湯気が昇ったがすぐに収まった。

 赤玉は水に入れるとすぐに効果を発揮する。蜥蜴は水底の方にいるだろうから、もっと深く沈めないと駄目だろう。

 沼自体はそう大きくもない。袋三つ分もあれば全体を一瞬熱するくらいできるはず。

 口を固めに縛り、袋ひとつを沼に放り込んだ。

 数えること十秒ほど。水面にぶくぶくと泡が見えた。

 そして次の瞬間、巨大な気泡と共に一匹の蜥蜴が飛び上がってきた。


「っしゃあついてる!」


 まとめて出てきてくれてもいいが、一匹ずつ出てくれた方がやりやすい。とりあえずこいつをバラす。

 殺気立ってこちらを睨む蜥蜴。しかしそんな殺気は黒刃蛇や黒鎧の魔族に比べればカマキリの威嚇程度にしか感じない。つまり威嚇と思ってみなければ威嚇と気付かない程度。

 無造作に振られた尻尾を避ける。

 避けてからクロークで受け止めてもよかったな、と思う。次はそうしよう。

 蜥蜴に向かって全力で駆けるとクロークがバタついて邪魔だった。錬気を通し体に巻き付けて抵抗を減らす。

 蜥蜴は面食らった様子だったが前足をこちらに向けて振るってきた。受け止める用意をしつつ、今度は思い切りクロークを広げる。

 クロークは三メートル近く伸びた。広がったクロークは風の抵抗を受け、前に進む勢いを大幅に削いだ。

 狙いが逸れて威力の落ちた前足を受け流し、蜥蜴の横につく。


「思ったより伸びるな」


 クロークは長辺が五メートル弱、短辺が一・五メートル程度の長方形になった。もっと伸びるかもしれないが、とっさに展開できるサイズはこの程度と覚えておく。

 前足を繰り出した勢いのまま蜥蜴がぐるりと回転する。先ほどよりも遙かに早く、力の乗った尻尾での一撃。

 今度は避けない。なんなら錬気の鎧だけで受けても致命傷には及ばない一撃だ。クロークの試金石にはちょうどいい。

 尻尾の中腹を左腕で受け止める。左腕には錬気を流し込んだクロークがある。

 交通事故のような衝撃。俺はキックベースのボールのように吹っ飛ばされた。

 ……そりゃそうだ。クロークは頑丈とはいえ軽い。ブレザーよりちょっと重い程度の重量しかないのだ。俺の体重は装備込みで八十キロもない。ウン百キロ、下手すればトン単位の体重がある魔物の体重が乗った一撃を食らって踏みとどまれるはずがない。

 しかし収穫はあった。衝撃はすさまじいし飛ばされはしたが骨に異常がない。空中で姿勢を整え足から着地する。

 蜥蜴はすでに目の前に迫っていた。もう一度前足に生えた鋭い爪を振り下ろす。

 ――上等。強度をテストするなら打撃だけじゃなくて刃物も試してみないとな。

 破られる気がしない。今後は右腕にクロークを巻いて受け止めた。

 今度は吹っ飛ばされない。真上からの衝撃は俺の両足を地面にめり込ませる。

 が、それだけだ。クロークは爪を通さず、ある程度衝撃を吸収し、蜥蜴の一撃から俺を守り切った。そのうえでクローク自体も無傷。


「いいな、予想以上だ! テイニンありがとう!」


 もう一度前足を振りかぶろうとする蜥蜴の前足に具現化した錬気のロープを絡ませる。蜥蜴の力を借りつつ踏み切って地面にはまった両足を自由にする。

 俺の体重程度で蜥蜴の前足は止まらない。再び前足が振り下ろされる。


「悪いがもう当たらんぞ」


 テンションが上がってきた。独り言の自覚もあるが、あえて止めない。どうせセインも聞こえてないだろうし。

 今度は前足を躱し、すれ違いざま蜥蜴の首に鱗を逆立てたクロークを当てる。たったそれだけで蜥蜴の外皮を削り取った。

 ぎしゃあ、と怪獣のような声を上げる蜥蜴。それが呼び水になったのか沼から複数の蜥蜴が顔を覗かせる。


「くくくくく……ウェズリーとシュラットにこの状況を見せてやりたいぜ。誰がついてないって? 馬鹿いえ、ある程度テストしたあとに獲物が自分から飛び込んで来るんだぜ。これがついてるんじゃなくてなんなんだ」


 クロークから蜥蜴の血を打ち払う。腰に提げた長剣を引き抜く。

 噛みつこうとしてきた蜥蜴の頭を回避してノドを斬った。あらかじめ削り取っていた外皮の下には脂肪の層もあったが問題ない。背側の外皮を残し、蛇の首を切断した。

 まずは一匹。


「もうちょっとテストに付き合って貰うぞ。その代わりなるべく痛まないように仕留めてやるからなぁ……!」


 変な方向にテンションが上がっている自覚はあった。


―――


 その後、あれこれ気になっていたことを試し、蜥蜴を全滅させた。

 念のため残っていた赤玉を使って水底を煮沸したりいくつか爆弾石を放り込んだりしたが、蜥蜴の増援はいなかった。


「ま、こんなもんだろ」

「……サイカ、強かったんだね。大牙猪を一撃で倒したんだから強いとは思ってたけど、ここまでなんて」

「そこそこにな。おだてられて調子に乗れるほど無知じゃないぞ」

「サイカより強い人ってそんなにいないと思うけど」

「そんなにはいなくても探せばいるよ」


 セントとヒュレであった人だけを比較対象にするなら俺は最強クラスの討伐者だろう。

 しかしフォルトには俺ごとき歯牙にもかけない連中がいた。

 師匠と黒鎧の魔族は勝てる気がしない。ていうか逃げることさえままならない。フォルトの兵士のひとり、ゴルドルさんもめっちゃ強い。戦争で遭遇した骸骨魔族も意味不明な強さだったし、フクロウ頭の魔族は戦闘とは別ベクトルで強かった。他にも負けないまでも勝てない相手はいるし、負けなくても戦いたくないやつもいる。

 このところ俺TUEEE!に近いことが出来ている気がするがなんてことはない。周りのレベルが下がっただけだ。


「そうなんだ……じゃあボクは薬草の採集をしてくるよ」


 セインが沼に近付き、薬草を探し始めた。

 近辺に魔物の気配はない。普通に危険な猛獣の気配もない。今なら安全に採集ができるだろう。

 蜥蜴の肉は硬く、皮膚は頑丈だが分厚く重いため防具には向かない。持ち帰れば売れる部分もあるだろうが苦労に見合う報酬は得られない。

 ビネが言っていた毒腺だけ探してみる。赤玉や爆弾石を漁っている時にどうすれば取れるのか聞いていたが、実際に取るのは難しいだろう……と思っていたのだが、すぐに見つかった。人間で言ううなじの部分にあったそれをビネの指示を思い出しながら解体する。爆弾石を入れていた袋に詰めて密封して採取完了。売り物になるレベルで取れたのか分からないが、依頼されたわけでもないのでよしとする。

 毒腺は結構大きかったので怪しまれず持って帰れるのは一匹分がせいぜい。急に手持ちぶさたになってしまった。

 セインを見遣るとせっせと薬草を摘んでいた。

 雰囲気は前に比べて柔らかくなったと思う。

 なのにどことなく死んでしまいそうな予感は変わらない。


 俺の直感は鋭い。なにせ鑑定されると能力として明文化されるくらいだ。いっそ異世界トリップらしく未来予知級の直感力みたいなチート能力なら良かったのだが、そんなたいそうなものではない。何か俺が嫌だなと思うことが迫っていたらそれをぼんやり察する程度。

 とはいえ馬鹿にできたものでもない。日本にいた頃からなんとなく事故りそうな電車を察する程度の利便性は見せていた。

 そんな直感が、このままだとセインは遠からず死ぬと告げていた。


 ぶっちゃけ俺は他人が死んだことを心底悲しめるほど人間できてない。

 では、セインは他人だろうか。

 お互い名前を知っているし、ウェズリーやシュラットも交えて会話をした。どうなんだろうと思う部分はあるが死んでほしいと思うほど嫌っていない。

 強いて言い表すならば、知人というのが妥当だろう。

 俺の直感は知人の危機に反応するほど高感度だったか。

 そこまで広範に察知はできなかったはずだ。

 ならばセインが死にそうな予感はただの思い込みなのだろう。


 ……そのはずなのだが、この考えは間違っていると分かってしまう。

 根拠は特にない。ないのだが、確信がある。

 薬草を採るセインを目で追う。ちょこちょこ動き回り様々な薬草を採取している。俺の視線に気付いた様子はない。

 今ひとつ釈然としないものはあるが、このままほっといてセインが死んだらもっと釈然としないんだろうなあ。

 クロークに隠した魔法の袋から昨夜のうちに用意した布袋を取り出し、薬草を採取するセインを眺めていた。


―――


 薬草の採取も終わり俺たちは帰路についた。

 しばらく歩き、ちょっと走り、また歩く。ヒュレの街は小さく見える距離。

 歩きながら、セインは機嫌が良さそうだった。問題をひとつ解決し、必要な薬草を手に入れることが出来たからだろう。さきほど礼を言われたが、いつもより声が弾んでいた。

 会話も途切れて歩いている最中。クロークの中に手を入れて、さきほど用意した布袋を取り出す。そして何気なさを装ってセインに声をかける。


「そうだセイン、手ぇ貸して」

「ん?」

「これをやろう」


 戸惑いがちにこちらを向きながらも素直に手を出すセイン。その手に取りだした革袋を乗せる。

 セインは困惑しているようで、視線が俺の顔と袋の間で行ったり来たりしている。


「えっと、開けていいの?」

「どうぞどうぞ」


 促すとセインは袋の紐を緩めて中を見た。

 そしてびくりと体を硬直させた。一瞬髪の毛が逆立ったように見えるくらいありありと驚いていた。

 セインの足が止まる。慌てて袋を全開にして中身をあらためる。

 ある程度予想していた反応だったので俺としては面白い。

 一通り見終わったのかじっと袋の中を見つめ、それからこちらに視線が向いた。


「これを、くれるの」

「あげるよ」

「くれちゃうの」

「あげちゃうよ」

「……本当にいいの? 返さないよ?」

「本当にいいよ」

「…………なんで? ごめん、本当になんで!? どうしてこんなの持ってるの、なんでわ……ボクにくれるの」

「ぶっちゃけたくさん持ってるから余ってるんだよ。持ってても邪魔だし」

「だからってホイって渡すものじゃないでしょう、こんなたくさんの薬! 売れば一財産だからね!?」


 驚きのせいか、大きな声を出された。

 セインに渡した袋には大量の薬を入れておいた。

 俺は魔族との戦争で一番最後までフォルトの城にいた。戦争の最前線の街の城だ。戦争で負うような傷に効く薬が大量に備蓄されていた。さらに城はこの国アストリアスの王女がいたせいか病気に効く薬もそれなりに揃っていた。

 城が陥落した時、俺は城からいろいろなものを持ち出した。金目のものに食料品、勇者の部屋にあったもの、お姫様の部屋にあった送還魔法の本。この魔法の袋だってひとつ以外は盗品だ。

 そんな持ち出し品の中には大量の薬があった。マールに聞いてわかったのだが、この世界では薬が全体的に高価だ。セインの言った通り、薬を全部売っ払えば当面の旅費は余裕で賄える。

 ただ、一財産なほどの薬を一討伐者が売ったら明らかに怪しい。売り払うのはリスキーだ。ビネに頼めばうまく捌いてくれるかもしれないが積極的に関わりたくない。頂戴した中には現金や宝石もあるし、討伐者として稼げているのでそもそも金に困ってない。

 マールと相談して俺たちが旅する中で十分な量の薬を確保し、表に出たら確実に盗品と分かるものなどを省いた上でいくらかセインに渡したのである。


「つっても金は討伐者として稼げてるし、うかつに売って変な疑いかけられるのも嫌だし、薬だって使用期限があるだろ? 俺が持ってても無駄にしちまうだけだからもらってくれると助かる」

「……そもそもなんで、ボクが薬を集めてるって分かったんだ」

「それマジで言ってるのか。あれだけあからさまに薬草探ししておいて、薬が必要以外の理由があったらその方が気になるんだが。アレだろ、セイン自身か、家族か友達あたりが病気になっていて、それを治すために必要とかそんな感じだろ」


 薬が高価だったり入手が困難な世界で必死に薬草を集めている。となれば誰かの病気を治すために必要というのが大本命。次点で流行が見込まれる病気への予防・対策。大穴で品薄になりそうな薬草をかき集めて一儲け企んでいる。

 あれだけあからさまに薬を探しておいて隠せているつもりだったならセインは致命的に腹芸に向いていない。


「……そうだ。ボクの母が難しい病にかかっている。治す方法は分かっているけど珍しい病気だから薬も出回ってない。だから母の薬の材料をボクが探しているんだ」

「ふーん。じゃあなおさら持ってきなよ」


 本命大当たりだったらしい。意外性は何もない。大したリアクションもとれない。


「ありがとう、本当に……なかなか見つからなかったのもあるから、薬集めもすごく進んだ。街に戻ったらお金もできるだけ払うよ。時間はかかるかもしれないけど、相場程度のお金は必ず用意するから」

「いいよそんなの。困った時はお互い様って言うだろ。俺だって余らせてた薬でそんなに感謝されたらむずかゆくてかなわない。ああ、薬草は他にもあるから、よかったら今度見てくれよ。ほしいのがあったらやるから」

「そんな…………でも、甘えていいかな。正直行き詰まってたんだ」

「おう、もらえるものはもらっとけ」

「うん、そうさせてもらう」


 セインはこれまでに無いほどゆるんだ表情を見せた。

 なんとなく死にそうな気配もだいぶ薄くなった。


「……ねえサイカ、どうしてきみはそんなに親切にしてくれるんだ? セントで会った時にも気にかけてくれたし」

「別に親切ってわけじゃない」

「親切だよ。ボクが薬を探していることを知って、高値で売りつけようとするやつがいた。薬でおびき寄せてボクを捕まえて売ろうとする人攫いだっていた。なのにサイカは助けてくれて、ボクが持ってない薬までくれた。これが親切じゃなくてなんなんだよ」


 セインの声は弾んでいた。感動さえしていそうな調子だった。ととっと軽い足取りで前に進み、振り返ってこちらに笑顔を向けてきた。

 よほど信用できない人間にばかり出くわしていたのだろう。俺も気を付けよう。

 たぶんここで冗談めかして「いつか俺が困ってたら助けてくれよ」とか言えば美談で終わる。セインが女の子だったらフラグのひとつも立っただろう。

 けれど違う。そんな都合の良いことは言わない。

 なぜなら俺の本題はここからだから。


「そんなに喜んでもらえるなら嬉しいよ。俺も盗品が片付いて万々歳だ」


 言った瞬間、時間が止まった気がした。

 セインの笑顔は凍り付き、大事に抱えていた布袋が滑り落ちる。

 どさっという袋が落ちた音が妙に重々しい。後頭部を鈍器で殴ったみたいに聞こえた。


「……とう、ひん?」

「そう、盗品。フォルトが陥落したどさくさに紛れて金目のものとかくすねてきたんだよなー。けどよく考えたら討伐者が大量の薬を売ったら怪しいだろ? 荷物になるからさっさと片付けたかったんだよ」


 なるべくあっけらかんと聞こえるように言うと、セインは顔を真っ赤にしてこちらを睨み付けた。

 言うまでも無いが照れてるとかそういう顔の赤さではない。怒っている。なんならブチ切れている。

 セインは何か言おうと口をぱくぱくさせて、結局何も言わずに視線を足下に落とす。そこには先ほど落とした布袋がある。セインは布袋を拾い、こちらに詰め寄ってきた。


「返す。盗んだものなんて受け取れない」


 そして俺の目の前に袋を突きつけてきた。


「なんでだ? 盗品でも薬は薬。さっき薬集めも順調じゃないって言ってたのに、薬を突っ返すのか」

「当たり前だ。人から盗んだ薬で治ったところで母さんは喜ばない」


 なるほど、理屈は分かった。

 母親が病気で、おそらくその母親がセインの道徳観に結びついている。だから母親の考えに背くことはしない。道徳観のもとは父親かもしれないがそこは置いておく。

 実際のところ、セインの主張はある面で合理的だ。

 なにせ盗品を受け取ればそれが弱みになる。この国の法律に詳しくはないが、盗みを是とする法律なんて聞いたことがない。俺がこの国の警察的な組織に、セインが盗品の薬を持っているとチクればただではすまない。

 もっとも今回の場合、盗みの実行犯は俺なのでチクれば俺の方がダメージなのだが。そんなことセインは知らないし教えるつもりもない。

 うーん、とわざとらしくうなり頭を掻く。


「弱ったな。冗談だったんだけどそんなに真に受けるとは」

「……は?」

「だから、冗談。薬が盗品ってのは嘘。本当はさ、城の備品管理してた人が、戦争で結構働いてるのを見ててくれたんだよ。報酬として渡せる現金がないからせめて代わりにってくれたんだ。うかつに売り払って変な疑いかけられたら困るから持てあましてるってのは本当だけど」


 つらつら嘘を並べ立てるとセインの腕から力が抜けた。それどころか長く息をついてその場に座り込んでしまった。

 数秒ほど膝の間に頭を埋めるようにしてから、口をとがらせて見上げてきた。


「冗談にしても趣味が悪い。一瞬本当に盗品かと思ったじゃないか」

「ははは」


 何せ本当だからな。


「なあ、セインはどうしてそんなに真っ当な方法にこだわるんだ」

「……当たり前だろ。どんなに飢えていてもそれは盗みをしていい理由にはならない。薬を作った人や薬を売っている人だって生活のためだったり家族を守るためだったり、理由があって働いているんだ。そういう普通に頑張ってる人が馬鹿を見るなんて嫌だし、自分が原因になるなんてもっと嫌だ」


 なるほど、真っ当だ。極めて正しい。正論オブ正論で、反論の余地はどこにもない。むしろ俺の方が目を逸らしたくなるくらいセインが正しい。

 不正な手段を実行すれば必ず誰かが損をする。窃盗なんて最高にわかりやすい。なにせ誰かが対価を払って得たものを対価を払わず横取りするんだから最悪だ。

 それがまかり通るならまともに頑張るやつなんていなくなるだろう。初めはいたとしてもいずれは悪賢いやつに食いつぶされて絶滅する。


「でもさ、それでセインの母さんが死ぬのはどうなんだ? セインの母さんはそんなに悪いことをしたのか」

「馬鹿言うな! 母さんが悪かったっていうなら運だけだ」

「じゃあたとえばさ、悪党が盗んで手に入れた薬があったとするだろ。その悪党から薬を奪うとかはアリなのか?」

「それは……ナシでしょ。盗まれた人に返さなきゃ」

「じゃあ盗まれた人が分からないなら? もしもセインが自分の懐に入れなかったなら盗品として街の預かりになるとか」

「それでも駄目だ。もし薬をとったらボクも盗人の同類になる」

「じゃあ街の外で盗人を倒したなら? 確か街の外で盗賊を倒したら、その持ち物はもらっていいんだったよな」

「それなら、もらう。正当な権利だ」

「実は薬を盗んだのはこれまでずっと真っ当に生きてきて、病気の子供を助けるために盗んだとしたら?」

「……奪えるわけないだろ、そんなの。ボクにだって人の心はある」


 会話を続けるとセインの善悪観が見えてくる。

 ことの善悪には、法律のような明文化された基準によるものと、倫理や道徳・感情といった個人的な基準によるものがあると思う。

 今の例え話の中で言えば、街の中では盗賊からでも盗んではいけない、街の外で盗賊を倒したなら持ち物を奪ってもよい、というのが明文化された基準だ。病気の子供うんぬんは個人的な基準にあたる。

 少し話した限りではあるがセインの許容範囲は、明文化されたルールに抵触しないことが前提で、そこで選択肢を絞った上で個人的な感情で判断するらしい。

 極めて善良かつ社会的だ。世の中セインのような判断基準のものばかりならきっと過ごしやすいだろう。

 ……しかし世の中、全て白黒はっきりついているわけじゃないのである。


「そっか。ちなみにセイン、さっき薬が盗品だって話は嘘って言ったけど、それが嘘な。本当は盗品です」

「はあ!?」

「セインがあんまり拒絶するもんだからなんでかなーと思ってからかってしまった。本当にすまない。でもその薬はあげよう」

「いらない! 受け取れないから!」

「しかしすまないセイン、嘘って言ったのが嘘って言うのも嘘なんだ。本当は正当な報酬として受け取った余りなんだ」

「どっちなんだよ、もう! はっきりしろよっ」

「どっちなんだろうなー、あははー」


 セインの腕は布袋を持ったまま伸びたり戻したりを繰り返している。

 受け取るか受け取らないか逡巡している心情を表しているようでちょっと面白い。


 なんで盗品の薬を持っていることをバラしてまでこんなことをしているかと言うと、セインを死なせないためだ。

 初めて会った時からセインは遠からず死ぬと感じていた。

 そのときは理由が分からなかったが、改めて話してみて分かった。

 余裕がなくて頭が硬くて、それでいてクソ真面目だからだ。

 学校とかなら周りに煙たがられるくらいで済むだろうが、この世界で旅をするなら致命的だ。頭が硬ければ採れる手段は少なくなるし、真面目一辺倒では小狡いやつに出し抜かれる。余裕がなければ疲労してどんどん対応力が落ちていく。そうなれば人攫いなり魔物なり猛獣なりの餌食になってジ・エンド。

 別段親しくもないセインの身の危険を嫌な予感として捉えられるか、今までの経験からすると微妙なところだが、この想像は的を射ていると思った。


 助ける理由もないが、積極的に見捨てる理由もない。

 仮に助けなかったとしたら、今後俺はあいつ生きてるかなーとか考えてモヤモヤするだろう。だったらさっさと助けておけばすっきりする。

 ひとくちに助けると言っても難しい。なにせ原因さえ推測の死の予感を回避したい、という前提からしてあやふやな話。

 なのでとりあえず、余裕を奪った原因だろう焦りの除去と、小ずるさに慣らすことを試してみた。

 セインがほしいだろう薬をエサにして盗品かどうか分からない品を掴ませる。

 盗品かどうか分からないというのがミソだ。これが盗品だと明言されたらセインは絶対に受け取らない。だから出所をぼかす。

 良くも悪くもきっかけになるのは小さなこと。親子のキャッチボールがプロ野球選手を目指すきっかけになることもあるし、ちょっとの課金が廃課金の第一歩になったりする。

 盗品かもしれないものを受け取ることで、セインの許容範囲が少しでも広がれば生存率も上がるだろう。人としては広がらない方が上等かもしれないが。

 ……よく考えたらセインを助けるわけじゃないな。俺が勝手な思い込みで心配してちょっかいかけてるだけだ。

 言葉に詰まってうつむいていたセインが顔を上げた。意地悪そうにこちらを睨んでいた。


「なら、衛兵にサイカが盗人だって報告する。サイカの荷物は没収されるだろうけど、交渉次第では犯罪者を告発した功績で薬を手に入れることができるかもしれない」

「ビネに突撃してコケたやつが交渉か。面白いこと言うな」


 あははと笑うとセインは、おそらく今度は羞恥で顔を赤くして黙ってしまった。

 しかし良い傾向だ。必要に迫られたら薬の持ち主である俺を衛兵に売ることも選択肢に入った。

 それはそうと本当に密告さチクられると困るので釘は刺しておこう。


「もし捕まったらセインにそそのかされて盗みに入ったって言うから」

「!?」

「ついでに衛兵の足下に金貨なんて落としちゃったら、脅されて盗みを行った被害者ってことで無罪放免もあるな。……俺だけは」

「そ、そんなばかな」

「なにせ薬を手に入れるためにセントの組合の人に食ってかかって、ヒュレの街では依頼者ともめていたやつだからな。信憑性は十分だ」


 セインはうなだれて頭を抱えていた。いろいろやらかしている自覚はあるようで結構。

 ぶっちゃけセインはクソ真面目ではあるが品行方正というわけではない。そんなやつならビネに薬草をよこせなんてごねたりしない。最悪自分も捕まると思えばうかつに通報もしないだろう。

 ……とはいえ、もともと俺を衛兵に突き出すつもりなんてなさそうだが。本当にそんなことを考えているなら街の外でこんなことは言わない。逆上して殺されるリスクが大きすぎる。


「うぐぐぐぐぐぐぐぐ……」


 本格的に悩むセイン。ここが一応は魔物の領域ということを忘れてはいないだろうか。

 もう少しからかっていたい気もするが、あんまり粘って他の討伐者にこの状況を見られるのもうまくない。

 押して駄目なら引いてみよう。


「どうしても受け取らないって言うなら返してくれていいよ」


 そう言うとセインは横目にこちらを見る。その目はもう、怒っているというより追い詰められた子供のように見えた。ぎゅっと目を閉じ、口を真一文字に結び、セインはこちらに布袋を突き出した。


「……受け取ってくれないか」

「やっぱり、盗品の可能性があるなら受け取れな……まってサイカ、それなに」

「赤玉と爆弾石の余り」


 セインは俺の右手を見て目を剥いていた。

 そう、俺は今、袋からこぼれてバックパックの中に残っていた赤玉と、討伐で使い切らなかった爆弾石を手にしている。


「それ、どうするの」

「薬草を爆破しようかと」

「なんで!? どうしてそうなるの!?」


 セインはびくっと身を引いた。無意識だろうが袋を両手で抱えいている。


「だってセインがいらないって言うなら俺もいらないし。赤玉で燃やして爆弾石で吹っ飛ばせば誰にも見つからないだろ」

「それ盗品だって言ったようなものじゃないか!」

「言ってない。正当な報酬として手に入れたものでも売ったら盗人の疑いがかかるようなものを持っているだけで危ないってのは分かるだろ。不要な危険物を処理しようっていうのは極めて普通の話だ」

「爆破は絶対普通じゃないっ!」


 勢いよく突っ込みを入れるセインは両手で持った袋を体の後ろに隠している。

 それすなわち、内心ではもう薬の所有権が自分にあるんじゃないかと考えている証拠である。俺の所有物と認識しているならそんなことはしないだろう。

 ……あとひといきだ。


「セインがいらないって言うならそれは俺の所有物だ。俺がどうしようと勝手だろ」

「それはそうだけど……」

「セイン的には子供のために盗んだ薬は見逃せても、母親のためじゃ盗んだ『かもしれない』薬は受け取れないみたいだしな」

「…………」

「盗品かもしれない品を受け取るか受け取らないか、そろそろ決めろ。あと十秒待つ。それまでに決めなかったら薬は燃やす。それじゃあ十、九、八」

「………………」

「ななろくごよんさんに――!」

「はや……っ! 分かった、受け取る!」


 勝った。

 何にか分からないが、勝った。変な達成感に包まれた。なんとなく両手で万歳した。

 対するセインは何か大切なものを失ったようにへたりこんでしまった。はああ、と魂ごと吐きだしていそうなため息が聞こえる。


「よし、それじゃあ薬はあげよう」

「……わかんない、これでよかったの? 本当によかったの?」

「きっとセインは正しい選択をしたよ。これでお母さんも助かる確率がぐっと上がっただろう? それに薬だって盗品かもしれないだけで、盗品と確定したわけじゃないんだし」

「盗品じゃないって確定したわけでもないじゃない……」

「ははは、でも世の中きっとそんなもんばっかりさ。飯屋で出てくるパンが盗んだ小麦で作られたものかも、なんていちいち考えてたら鬱になるぞ」

「ウツってなんだよぅ……」


 足に鉄球をつけられた囚人ばりに重い足取りのセイン。裏腹にスキップしそうなテンションの俺。対照的である。……門番に怪しまれそうだから、もう少し街に近付いたら普通に振る舞おう。

 セインと顔を合わせる度に感じていた、なんか死にそうな不安になる感じは薄まった。代わりにストレスで胃に穴が空きそうな表情になっているが、死ぬよりは胃に穴が空く方が軽傷だろう。

 あとは本人が吹っ切れるかどうかの問題じゃなかろうか。俺にはどうすることもできない部分だ。

 やれることはやった。あとはなるようにしかならない。


 組合に依頼達成の報告をしてセインと別れる。


「サイカ、ありがとう……?」


 すごく疑問系でお礼らしきものを言われたが、セイン自身が何に対してのお礼なのか、言うべきか言う必要がないかよく分かっていない様子だったので、お疲れとだけ返して宿に戻った。

 しばらくすると、ウェズリーとシュラットも帰ってきた。雑食狼討伐は無事成功、依頼を出した農家さんからおまけに新鮮野菜を貰ってきた。

 その日の夕飯は大変おいしかったです。


明日にでもおまけを投稿するやもしれません。

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