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2-3 大棘蜥蜴

 翌日、組合に向かうとビネがいた。

 その隣にセントの街で気まずい別れ方をしたセインもいた。


 すぐさま踵を返したかったが、ビネの前でそんな不審な行動をとる勇気はない。

 ビネからそっと目を逸らすと今度はセインと目が合った。

 こっちはこっちでやりづらい。セントで声をかけて、すげなく断られているのだ。セインも気まずさは感じているのか頬を掻きながらビネの方を向き、何事か話しかけていた。

 グッジョブ。素晴らしい。ナイスムーブ。ビネの注意を引いてくれるなんて天使か何かなのか。

 昨日ビネは組合に薬草採取の依頼をしたと言っていた。セインは摘み師として依頼を受けたのだろう。

 セントでは俺から絡みに行ったが、セントでばっさり振り払われた。間接的にビネと関わることになる可能性があるのであればなおさら絡みに行く理由はない。瞬時に二人をスルーする方針を決めて依頼を身に行く。


「昨日も組合に来てたんだよな。何かめぼしい依頼はあったのか?」

「んー、あんまねーんだよなー」

「セントに比べると討伐系の依頼そのものが少なかったんだ。その中で四級の依頼っていうと、選べるほど依頼がないっていうか……」


 ウェズリーとシュラットは五級討伐者だが、討伐者としての経験を少し積めば四級に上がる事がほぼ決まっている。短期間で実力をつけたいという事情も相まって、四級の依頼を受けるつもりでいるようだ。

 そう思って張り出された依頼を眺めてみると、確かに四級の討伐依頼は少ない。パッと見て六件ほど目についたのだが、報酬が五級の依頼と変わらないで内容だけハードなものが四件。

 割に合わない依頼はいずれも張り出された紙が古びていた。おそらく組合でも頼まれて張っているだけのものだろう。

 最近に張られたものは二件。片方ははぐれ暴牛の討伐。もう片方が薬草の群生地帯を縄張りにした大棘蜥蜴の討伐。

 報酬は後者の方がいいが、大棘蜥蜴は棘に毒を持っているため危険度が高い。

 蜥蜴の毒は食らったら即死する類いのものではないらしいので、毒への対処を兼ねて蜥蜴の依頼がいいんじゃないかーーと言おうと思ったのだが依頼者を見て気が変わった。

 ビネじゃん。依頼主ビネじゃん。

 貸しが作れるとか全くもって思わない。絶対関わりたくない。ていうかビネならこの程度独力で狩れる気がして仕方ない。


「牛なら綺麗に仕留めれば肉を売れるかもだし、牛にーー」

「やあこんにちは。きみたちは討伐者だよね」


 適当な理由をつけて牛討伐にしようとしたところ、さりげなく近付いていたビネに遮られた。

 怖い。ウェズリーとシュラットに驚いた様子がないことが何より怖い。普通に足音をさせながら歩いて、俺の意識の隙間だけを縫ってきたということだ。絶対暗殺者系だよこいつ。


「そうだぜー。あんたはなんか依頼してんのか-?」

「ご明察だね。そこの大棘蜥蜴の討伐を依頼したのは僕なのさ。平野の中に沼地があるんだけど、そこに住み着いちゃって摘み師も薬草を採りにいけないんだ。ここで会ったのもきっと何かの運命、僕の依頼を受けてくれないかな」


 ニコ-、とさわやかな笑みを浮かべるビネ。ウェズリーとシュラットが顔を見合わせた一瞬の隙にこちらをちらりと見てきた。

 その目は『受けるよな』と告げていた。あまりにも鮮明に意図が伝わったので読心系のチートに目覚めたのかと思った。

 せめてもの抵抗に俺は何も言わない。二人が受けると言えば断れないが、蜥蜴討伐を促すようなことはしない。


「薬草が採れないんじゃ大変だもんな-」

「そうだよね。報酬もいいし受けようか。いいかな?」


 ウェズリーがこちらに問いかけてくる。

 引率する俺の意見を聞こうという考えなのだろうが、俺の答えは決まってしまっている。


「……いいんじゃないかな」


 絞り出すように答えた。ウェズリーはちょっと変な顔をした。ビネからちょっぴりの怒気を感じた。不審な態度を取るんじゃねえよ、といったところだろうか。だったら正体明かした相手と積極的にコンタクトしないでほしいんですけど。

 前向きに考えよう。今さらやっぱりナシとは言えないのだ。だったらせめてつつがなく依頼を完了する。ビネは鬱陶しいチンピラではない。きちんと依頼を達成すればことさら言いがかりをつけたりしないはず。


「じゃあ決まりだ。そこでついでにお願いなんだけど、この子も連れて行ってくれないかい? せっかくだから一緒に行って薬草を採取してほしいんだ」


 ビネが手で示したのはセインだった。当のセインは話の邪魔をしないようにか、気まずくて気付かれないようにしているのか、そっと近寄ってきていた。

 実のところセインの足音には気付いていた。普通の人が普通に足音を消そうとしてる感じがなんとも安心する。


「構わないよ。といっても僕たち護衛の経験はないんだけど」

「大丈夫、この子も摘み師としての腕は結構なものだからね。平原にいる弱い魔物から逃げるくらいできるのさ。肝心の採集はきみたちが蜥蜴を倒したあとにできるからね」

「おー、そりゃよかったー。おれはシュラット、よろしくなー」

「ボクはセイン。よろしく」

「ウェズリーっていうんだ。よろしくね」


 ウェズリーとシュラット、ビネとセインが和気藹々と自己紹介やらしているのを俺はひとり一歩下がって眺めていた。


―――


「もし取れるようなら蜥蜴の大棘や毒腺を取ってきてくれるとうれしいな。薄めると薬の原料になるんだよね」


 そう言うビネに毒を毒として使うつもりだろと突っ込むことは差し控え、早速討伐に出た。

 セントの近くと違い、この辺りの魔物の領域は平原だ。見晴らしが良いので周囲の警戒がしやすい。

 ぱっと見当たる生物はそう多くない。小型のほ乳類っぽい動物がちらほら。鹿っぽい動物が三匹ほど。なんとなく緑が多いサバンナのような印象を受けた。実際にサバンナに行った事がないから想像だけれど。

 この領域は幻素濃度の高い場所がマーブル模様のように点在しているため、セントの森のように深い浅いの区別はないらしい。

 肝心の沼地はヒュレの街から離れた場所にある幻素濃度が高い場所だ。もともと魔物が水を飲んだり水を浴びたりしていたらしいが、最近になって大棘蜥蜴が定住してしまったらしい。

 通常なら他の大型の魔物と縄張り争いになり、いずれは追い出されるらしいが今回は定着気味とのことだ。

 この情報を聞き、大棘蜥蜴の脅威度を上方修正した。たまたまタイミングがよかったという可能性もあるが、定着できるだけ強い個体という可能性こそ重視するべきだ。実は外見の似た上位モンスターでした、とか言われても驚かないぞ。


「なあなあ、セインは摘み師なんだよなー? 摘み師はヨソ者が受けられる依頼がないって聞いてんだけど、どうやって稼いでんだー?」


 道中、シュラットがセインに話しかけた。

 普通いきなりメシの種をストレートに聞くか、と苦笑いしてしまう。普通教えてくれない。


「領域の奥にある薬草の採取なら依頼が残りやすいんだよ。幻素濃度が高い場所ほど貴重な薬草が多い代わりに魔物が多くて危ないし。そういう依頼を狙えばなんとかやっていける」


 と思っていたらセインはあっさり答えていた。ウェズリーとシュラットはなるほどなーと頷いていた。


「あ、でもボクの真似はしないように。毒草と薬草の見た目って意外と似てるから、うかつに手を出すと死んじゃうよ」

「そうだよね……討伐依頼で領域に踏み込んだついでに稼げればと思ったけど、そう簡単にはいかないか」

「今回みたいに薬草生えてるところにつえー魔物がいたらどーすんだ?」

「そしたら組合に報告するんだ。情報提供料ってことで報酬が出ることもあるし、そこで採集をする必要があれば組合で討伐依頼を出してくれる。そうじゃない場合は……最悪自前で討伐者を雇って護衛してもらうか、魔物に見つからないようにこっそり採集するかだね」


 三人の誰にとっても同年代に見える探索者が珍しいのか、話は弾んでいた。

 一応はここも魔物の領域だ。ちょっと緊張感が足りないんじゃないかとは思う。

 だが、討伐者となれば他の部隊の連中と組むこともあるかもしれない。初対面の相手と打ち解ける能力は討伐者以外のことをする際にも役立つだろう。

 俺は少し歩く速度を落として三人を後ろから眺めることにした。おとなしく蚊帳の外で周囲の警戒にあたる。


「そういえばサイカは自己紹介してなかったけど、セインと知り合いなの?」


 警戒しつつファンタジーな平野を眺めているところに声をかけられた。

 セインと知り合ったいきさつは喧伝するようなものではないが、後ろ暗いものでもない。組合に報告しているくらいのことだし、セインに直接口止めされない限り話してしまっていいだろう。


「セントで俺がひとりで依頼を請けた日、帰り道で会ったんだよ。でかい猪に追いかけられてたから助けた。……そういえば礼にってもらった薬草は結構な額で売れたな」


 とりあえず話すとすればこの程度。結晶石がどうとかメシに誘って断られたとかはいらない情報だ。

 するとセインは以前にリニッドに向けた変なものを見るような視線をこちらに向けてきた。

 何か言いたげだったが何も言わなかったので適当にウェズリーたちと雑談をしてフェードアウト。警戒に戻る。

 しばらく歩いたところでセインが歩調をゆるめ、俺の隣に来た。


「……あの、ありがとう」

「なんの礼だよ」


 もごもご言いづらそうに声をかけてきたセインに思わず笑ってしまう。

 するとセインはなおさら言いづらそうに目を合わせないまま続けた。


「さっき結晶石のこととか言わないでくれたこととか、誘ってくれたのを断ったのに嫌な顔しないで一緒に連れてってくれてること」

「言う必要もないことだしなー。それにメシに誘われたら行かなきゃいけないなんて法律があるわけでもない……ないよな?」

「ないよ」


 異世界だから変な法律でもあるのかもと一瞬疑うも、やっぱりなかった。


「なら気にする必要もないだろ。沼地まで連れてくのもついでだし。あ、でも俺たち誰も護衛依頼なんて経験ないから、自分の身は自分で守るようにしてくれ」

「……ん、わかった」


――――


 俺やウェズリー、シュラットは体力勝負の討伐者である。身体能力の強化は得意分野。

 セインは採集が専門とはいえ探索者だ。一般人に比べれば足が速い。

 チファたちと旅をする時に比べ移動ペースは遙かに速い。平野であり地面が走りやすいことも相まって、すぐに大棘蜥蜴が住み着いている沼地に辿り着いた。


「あれが大棘蜥蜴か」


 遠くから沼地を窺うと、水につかる巨大なは虫類的生物が見て取れた。

 トカゲやカナヘビを巨大化させたような生物だと思っていたが、見た目の印象はイグアナなどの方が近い。

 大棘の名の通り、首の周りには巨大な棘がたてがみのように生えていた。今は首を覆うように棘が寝ているが、戦闘時には棘が逆立ったり棘を飛ばしたりするらしい。

 一番驚いたのはその大きさだ。尻尾を含めれば体長は十メートルを超えるだろう。沼につかっているので正確なところは分からないが、体高も二メートル近くあるのではないだろうか。


「あれで標準的な大きさなのか?」

「大きい個体だとは思うけど、飛び抜けてってほどじゃない。沼地を占拠しているって話だったから特別な個体がいるのかと思っていたけど、そうじゃないのかも」


 セインの見立てでは普通の範疇らしい。

 となるとなおさら謎だ。大棘蜥蜴は平原にいる魔物の中では中の上、強く見積もっても上の下程度の戦力しかない。平原で貴重な水場を占拠し続けられるのはなぜか。

 遠目に観察して脅威度を計ってみるが、黒刃蛇に比べればさしたるものではない。俺ならひとりで簡単に討伐できる。

 常に水場には注意をしておこうと思う。取り越し苦労ならいいが何かいたらシャレにならない。

 もう黒刃蛇の時と同じ愚は冒さない。


 大棘蜥蜴はウェズリーやシュラットを基準に見るとかなりの脅威だ。体がでかいということはそれだけ表皮が厚いということ。致命傷を負わせるには相応の攻撃力が必要になる。

 ふたりは攻撃力が低い。体が小さいせいだ。体が小さければ搭載できる筋肉の量が減る。体重が軽いので攻撃が軽くなる。

 よし、最初はふたりをけしかけよう。安易に依頼を選ぶとこうなると実地で学んで貰うチャンスである。決してビネの依頼を請ける方に話を持っていった報復とかではない。

 ふたりを横目に見ると武器を出して作戦を練っていた。


「っしゃ、そんな感じでいくかー」

「僕も成長しているってところを見せてやるよ」

「……サイカは出ないの?」

「俺はこの二人の付き添いだよ。とりあえず二人に頑張ってもらって、やばそうなら俺が手を出す」


 ウェズリーとシュラットが気合いを入れる横でセインが不思議そうにしていた。

 確かに依頼達成を優先するなら俺が出ない理由はないわな。

 かいつまんで説明するとセインはそうなんだ、とあまり興味なさげに頷いていた。


「じゃあボクはサイカたちが討伐するまでここで待っていればいいかな」

「そうだな、終わったら採取を頼む」


 話はまとまった。

 ウェズリーは槍と盾を持ち臨戦態勢。シュラットは鞘から抜いた剣を片手に膝立ちしている。


「よし、行ってくる」

「おう、頼んだぜー」


 ウェズリーは直接沼地へ向かうのではなく、蛇の尻尾側に移動する。

 ある程度蜥蜴の体と平行に進んだ後、蜥蜴に向かって駆けだした。

 さほど大きな音ではないが、魔物が気付かないほど小さな音でもない。ぴくりと反応した大棘蜥蜴が首を起こしウェズリーの方を見る。

 構わず蜥蜴に向かって突進するウェズリー。蜥蜴は牽制なのか沼につかっていた尻尾を掲げ、振り抜いた。尻尾にこびりついた泥が散弾のようにウェズリーに迫る。

 ウェズリーはひるまず、泥を盾で防いだ。それを見た蜥蜴は億劫げに沼から這い出した。


「うおおおおおおおおお!」


 咆哮を上げるウェズリー。いきなり似合わないことをするな、と思ったらそれが合図だったのかシュラットが動き出した。シュラットは直接沼地へ向かうように……蜥蜴の背後に回り込むように走る。

 なるほど、大声を出したのは注意を引きつけるため、シュラットの足音を隠すためか。

 作戦はうまくいっているように見えた。

 蜥蜴はウェズリーに向かう。大きいがその動きは緩慢だ。そう簡単にシュラットを捉えられるとは思えない。あとはどうやってシュラットが攻撃を通すかが見所である。



 ……などと、俺が観客を決め込んでいたのが間違いだったのだろうか。



「っ!? シュラット止まれ!」


 二人よりも離れた場所におり、蜥蜴に意識を集中させていない俺は気付くことができた。

 沼から新たな気配が生じていた。

 ばしゃ、と図体からするとずいぶん静かにそれは現れた。

 それはぶくりと首回りを隆起させ、たてがみのような棘を逆立てる。

 そして発射。十本の鋭利な棘が砲弾のように撃ち出される。


「――二匹目だ!」


 シュラットは「止まれ」と聞いた瞬間に状況を正確に認識していた。

 沼地を睨み、二匹目の大棘蜥蜴を視認。自分に向かって棘が射出される瞬間を見ていた。

 蜥蜴に致命傷を与えるつもりでつけた勢いを完全に止めるのは不可能。シュラットは沼地とは逆側に跳んだ。

 空中で身をひねり、直撃しそうな唯一の棘を剣で打ち払う。着地した時には助走の勢いは完全に死んでいた。

 一方のウェズリーもシュラットを見て状況を把握。蜥蜴の注意を引くよりも回避を優先する。


 討伐依頼を請ける際、改めてビネから説明を受けたが確認されていた大棘蜥蜴は一匹という話だった。

 組合で確認した資料にも、大棘蜥蜴は卵が生まれたらすぐ雄と雌で別行動するとあった。卵が孵るまで雌は卵の管理に専念し、雄はエサを確保する完全分業制。卵が孵ったらすぐに別れるためつがいで動くことはないとあった。

 じゃあこの状況はなんなんだ、と考えそうになるが思考を一時停止する。ひとまず蜥蜴への対処が優先だ。獲物を仕留めてからゆっくり考えればいい。


「お前らはそっちの蜥蜴をやれ! 沼の蜥蜴は俺がやる。仕留めるのが難しいようなら逃げろ」


 ウェズリーとシュラットに指示を飛ばす。

 大棘蜥蜴は四級討伐種だ。四級の中では下の方とはいえふたりにとっては格上にあたる。どうして格上を討伐する依頼を請けたかと言えば俺がいるからだ。いざとなれば助けに入れる俺がいるから訓練も兼ねて強敵の討伐を選んだ。

 即死攻撃を持たないとはいえ蜥蜴は俺たちよりはるかにでかい。弱いとはいえ毒がある。丸呑みにされたりのしかかられたりしたらほぼアウト。

 仕留めようと欲をかいてふたりが死んだら最悪だ。


 蜥蜴の一匹二匹くらいなら俺ひとりで対応できる。

 さしあたって沼の一匹を手早く仕留めてふたりの戦闘を見守ることにしよう。

 本当は太刀を使いたいところだがセインがいる。腰に提げた長剣を抜き、沼から顔を出す蜥蜴に斬りかかる。

 ノドを狙った横一文字の斬撃は沼に潜ることでかわされた。沼に向かって衝撃を放つが派手な水柱が上がるだけで蜥蜴は姿を現さない。

 くそ、蜥蜴のくせに両生類の真似事か。

 水に潜られると厄介だ。俺は攻撃魔法の類いが一切使えない。水中戦の心得なんて全くない。

 毒や爆弾みたいなものがあればやりやすいが、無い物ねだりをしてもしょうがない。ただの衝撃ではなく径を絞った衝斬撃なら水中の相手にも少しは効くはずだ。魔物とはいえ蜥蜴を名乗る以上、いつまでも潜ってはいられないはず。水中で動き回らせて呼吸しに出てきた瞬間を狙う。

 大きく息を吸って気合いを入れる。全身に錬気を巡らせ、立て続けに衝斬撃を放つ。

 大量の水しぶきが宙を舞う。蜥蜴は出てこない。

 ……逃げたか? それとも気嚢でもあって長時間潜水できるのか?

 それならそれで構わない。先にウェズリーたちが戦っている蜥蜴を仕留めて依頼は終了だ。必ずしも二匹目を仕留める必要はない。

 横目にウェズリーたちを窺うと、ふたりは健闘していた。通常攻撃は蜥蜴にダメージを与えられていないようだが眼球などを狙った攻撃は十分牽制になっている。時折シュラットの動きがやたら速くなり、その時の攻撃は蜥蜴の外皮を深く傷つけ出血させている。道中こそこそ練習しているのは知っていたが、その成果だろうか。

 一匹ならふたりだけでも問題なさそうだ。ならば俺は再びの横やりを予防する。

 しばらく待つも水中の蜥蜴が出てくる気配はない。

 もう一度錬気を巡らせ衝斬撃を放つ用意をしたところで、水中にいる何かと目が合った。

 好都合。眉間にブチ当てればそれなりのダメージになるだろう。


「……は!?」


 剣を振ろうとした瞬間だった。

 水面が爆発した。

 実際に何かが爆発したわけではない。

 複数の大棘蜥蜴が沼から飛び出してきたのだ。

 一匹や二匹ではない。今飛び出しだけでも六匹。内二匹は首の周りの棘を逆立てて左右から俺に体当たりを仕掛けてくる。少し遅れて正面からもう一匹飛び出してきた。

 放とうとしていた衝斬撃をただの衝撃に変更する。全身を錬気の鎧で防御する。

 衝突。

 飛び出して来た個体は最初の一匹に比べれば小さいが、俺に比べれば遙かにでかい。体重なら数百キロあるだろう。下手すればトン単位かもしれない。

 放った衝撃で正面にいた一匹の動きを止めることはできた。両サイドからの体当たりの軌道を逸らすことはできた。

 それでも巨大生物に挟まれるように体当たりされた衝撃は大きい。ダメージを防ぎきれず吹っ飛ばされた。……衝撃で体当たりの軌道を変えられてよかった。真横から棘のたてがみでプレスされていたらさすがに死んでいたかもしれない。

 受け身を取りながら殺意を込めた黒色錬気をブチまける。沼から飛び出した蜥蜴の注意を全てこちらに集め、


「――――撤収!!!」


 全力で叫んだ。

 無理だこれ。木偶魔族相手なら無双できた俺だがこれはサイズが違う。急所を狙うか気合いを入れた一撃でなければ仕留められない。ウェズリーやシュラットに気を配りながら戦うとかしんどすぎる。


「っ!」


 茂みに隠れていたセインがこちらに向かって駆けてくる。

 なにやってんだあいつ、撤収っつったのが聞こえなかったのか!?


「ごめん、先に逃げてくれていいから!」


 猪から逃げていた時とは違う軽やかな足取りで走るセインの姿がぼやける。背景ににじむように姿が消える。

 騒動の隙に採集依頼をこなすつもりなのか。摘み師の世界なんて知らないが、危険を冒してでも依頼を達成しなければならないのか。ていうか一言くらい相談があってもいいんじゃないのか。


「っしゃらぁぁぁぁぁ!」


 セインの意図を計りかねる俺をよそにシュラットが雄叫びを上げた。

 全身泥まみれになりながらもシュラットが蜥蜴のノドを裂いていた。

 声もなく蜥蜴は崩れ落ちる。


「いそげシュラ、撤収だ、はやく!」

「へ? なんでっ?」

「サイカ! 囲まれてる! さっき撤収って!」

「おおうまじか聞こえてなかった!」


 バタバタしながらもウェズリーが蜥蜴の棘を落とす。これで討伐の証明も手に入れた。

 ……撤収と言ったのが通じていなかったのは良くないが結果オーライ。ウェズリーとシュラットの依頼は達成。

 沼地に駆け込んだセインの気配は極めて薄い。六匹の蜥蜴に囲まれながらということもあり見つけづらい。草がところどころ動いているので採集しているのは間違いないだろう。

 蜥蜴を適当にあしらいながら状況を確認する。

 六匹いようが蜥蜴を仕留めることはできる。が、手間だし討伐依頼も出ていないので報酬もない。普通の討伐者ならただ働きはしないで撤退する。なので俺も積極的に討伐するつもりはない。

 このまま俺に蜥蜴が集中しているならもう少し粘ってやるのもやぶさかではないが――


「っし、サイカ助けるぞウェズー!」

「バカ、かえって邪魔になる! さっきだって蜥蜴が僕らの方に来ないように挑発してくれてたんだぞ!」


 戦いの影響でハイになっているらしいシュラットをウェズリーが止める。しかし声が聞こえたからか蜥蜴の一匹が二人の方を向く。

 潮時だ。セインのためにウェズリーとシュラットを危険にさらすのはありえない。友達が死ぬとか大怪我とか御免だし、そんなことになったらチファに申し開きできない。


「俺らの依頼は完了した! というわけで逃げます!」


 やけ気味に言い放つ。ついでに全方向に黒錬気を飛ばして全ての蜥蜴の警戒を俺に戻す。二人にも黒錬気が届いていたのか二人はこくこく小刻みに頷いて逃げ出した。

 あとはこの後に及んで採集こいてるバカの回収だ。

 沼の方へも黒錬気は届いている。あおりを受けたセインの気配が揺らぐ。

 後ろ髪を引かれるのかこちらを窺いつつもうじうじ手が動いている。


「もう待たん!」


 最後に一声。これだけ言っても採集を続けるならあとは自己責任。蜥蜴に踏まれて死んでしまえばよろしい。

 俺も自分を包囲する蜥蜴に対処しなければならない。間近に迫っていた蜥蜴の横っ面を重撃で思い切りひっぱたく。蜥蜴はたたらを踏んで沼に落ちる。

 セインはそこでようやく観念したのか採取したものをまとめて沼から離れた。

 三人が逃げる時間を稼ぐため少しだけ粘り、俺も沼地をあとにした。


――――


「おいこらセイン馬鹿お前なにしてくれてんだ」


 帰り道。俺たちの後ろを背中を丸めながらついてくるセインに声をかける。

 語調はまるで叱責するように荒くなる。実際怒っているのだ。


「なんで俺が撤収っつったのに沼に走ってきやがった。聞こえなかったとか言わないだろうな」


 前に会ったときのセインはひどく疲労していた。疲労の分弱いと感じている可能性があった。

 しかしヒュレの組合であった時にも、こうして顔を合わせている今も、セインが強いとは感じない。未知の魔法を使っていたので単純に比較できるものではないが、単独のウェズリーに及ばない程度だ。

 蜥蜴がいると認識しているビネが採集を依頼したくらいだから一匹から隠れるくらいはできるとしても、六匹の目はかいくぐれない。もしかいくぐれるなら危険な戦闘中に慌てて飛び出さず、落ち着いた頃合いにこっそり採取しに来るはずだ。


「……ごめん、採集しなきゃいけないと思って、焦ってた。三人だけ逃げてくれてもよかったし」

「馬鹿言うな。そんなことできるか」


 仮にセインが一人で採集するなら無謀な特攻だろうが好きにすればいい。勝手に死のうが自己責任だ。

 だが今回、セインはソロじゃない。俺たちについてきた。それも組合員のいる前で明言した上で。

 もしもそんな状況でセインが死亡したらどうなるか。

 俺が組合員なら怪しむ。摘み師の収穫を横取りしようとしたんじゃないか、とか考えることもありうる。俺ならばウェズリーやシュラットがそんなことをしないと自信を持って言えるが、それは二人のことを知っているからだ。

 得てしてそういう噂は広がりやすく消えづらい。討伐者なんかヨソの街で仕事をすることもあるのだから、ヒュレの街以外でたまたま鉢合わせした討伐者が世間話に悪い噂を拡散するなんてことも考えられる。

 つまるところ団体行動するなら勝手に死なれると迷惑なのだ。

 見捨てるのもリスクがある以上、なるべく助けなければならない。

 ……今後、依頼を請ける時に同行を名乗り出る人がいたら要注意だな。ほいほい了承したのは浅はかだった。


「う、うん、ごめん」

「よし、分かったらもうするなよ。事前に相談してくれていたら対処のしようもある」


 今回なら部隊『剣と盾』と俺が連名で請けた依頼である。

 いくら事情があろうと蜥蜴を仕留めなければ依頼失敗。報酬は出ない。さっさと引き返して消耗品を使わなかったとしても移動時間というコストはペイしない。あと単純に失敗は気分が悪い。

 今回ならばウェズリーとシュラットは帰らせて、俺は蜥蜴の注意を引くことに集中しセインに薬草を採集してもらい、最後に一匹仕留めればよかった。

 突発的な事態だったので相談する時間もなかったのだが。今後はこういった状況を想定しておくことも必要か。


「……それにしてもサイカって依頼を請ける度になんかしら引っかかってるよな-」


 セインとの話が済むと、それまで早足で俺たちから距離を取っていたウェズリーとシュラットが歩調を緩めた。気まずい雰囲気を察知して逃げてやがったな。

 それはそうと聞き捨てならないことを言う。


「引っかかるってなんだ。そもそもまだ四回しか依頼を請けてないんだぞ」

「その四回で全部依頼にないことにぶつかってんじゃねーか」

「そういえば……村じゃ魔族がいたし、ビスベスの時には蛇に遭遇したし、今回は蜥蜴がいっぱいいたよね。サイカがひとりで依頼を請けた時にはセインを助けたみたいだし、全部じゃないかな」

「な、なんだとう」


 思い返してみれば反論の余地がない。蛇を仕留めた時は蛇しか出てこなかったが、あれはそもそも依頼を請ける前に突撃していた。


「……もしかしてサイカって運が悪いの?」

「その不運に助けられたやつが加速させる方向でまざるのやめようか」


 ていうか不運じゃない。ガチで不運なら四ノ宮と戦った時に当たり所が悪くて死んだりしてるはず。

そもそも俺は召喚しようと思って召喚された訳じゃない。ここにいるのは召喚魔法が想定外の動きをした結果だ。言ってしまえば電車が脱線したような状態なのに五体満足で召喚されたことは運が良いと言える。……運が良いと思え。運が良ければ不本意に異世界トリップしないとか考えるな。


 蜥蜴から距離を置くため全力ダッシュした区間が結構あったため、だいぶ短い時間でヒュレの街に戻ることができた。特に俺を除いた三人は仕事を無事終えることができたおかげが饒舌に話をしていた。ウェズリーとシュラットにはそのうち報告するまでが依頼ですと言わなければなるまい。

 追加の波乱はなく俺とウェズリー、シュラットは依頼を完了し無事に報酬を手に入れた。

 組合にはビネが(本人曰くたまたま)いたため俺は肝を冷やすことになったが、無事に依頼を達成したことを話すと特別絡むようなこともなく好青年らしい笑顔で礼を言ってきた。俺としては礼より顔を見せないでくれる方が嬉しいのだが、ウェズリーとシュラットはまんざらでもなさそうだった。

 報酬は本来の額よりもちょっとだけ上乗せされていた。蜥蜴が複数湧いていたことを報告したためである。今回は装備の消耗がなかったためウェズリーとシュラットはホクホク顔である。

 そんな中で一名だけ不景気なことになっている人がいた。


「そうは言われても採ってきてくれた薬草もぎりぎり要求量に届いている程度だし、分けられるほどの量じゃないのはきみも分かっているだろう?」

「でも、契約だと採取したうちの一部はボクの取り分にしていいって……」

「要求量を越えた分のうち二割っていう契約だっただろう? この要求量は僕にとっても必要最小限の量なんだ。……心苦しくはあるけれど、僕としても譲ることはできない」

「だったら報酬の額を減らしてもいいから、その分薬草を譲ってほしい」

「……あのね、それが通るなら僕だって依頼なんて出してないんだ。組合に依頼するのだって手数料がかかるし、採集していい量の算出だって時間がかかる。依頼とは別にそういった申請の手数料だってかかる。もちろん書類を作る時間もね。それを承知した上で譲れと言うなら、上級討伐者を雇えるくらいの金額を用意してくれよ」


 次第にビネの口調に苛立ちが混じる。

 確かに道理を外れたことを言っているのはセインだ。ビネだって普通に流通している薬草なら普通に買うだろう。蜥蜴の討伐とか摘み師を雇うとかかなり金がかかるし。

 話はそれまで、と踵を返したビネにセインは追いすがろうとするが、組合の職員に止められた。報酬を手渡されると同時に注意を受けていた。


「騒ぐくらいなら渡す前にセインが必要な分を抜いときゃよかったのに」


 肩を落とすセインに思わず言ってしまった。

 話を聞くに組合で採取して良い薬草の量を決めているらしいが、野生の薬草の分布と量を正確に把握なんてできないだろう。

 まして今回はビネが討伐依頼を出したより多くの蜥蜴がいるというトラブルまであったのだ。蜥蜴がいたせいで十分な量は取れませんでしたけど、とか言い訳して余りを渡せばよかったのにと思ってしまう。依頼達成には不十分な量だったとしても必要な薬草は確保できるのだし、うまく交渉すればいくらか報酬なり薬草の売却益なり手に入っただろう。


「そんな不正、できない」

「……組合ってそこまで正確に薬草の分布を把握してるのか」

「そうじゃない。そうじゃないけど、誰かを騙すようなことはしない」

「誰かに無茶言って引き留めるのはありなのか」

「~~~~っ!」


 セインは歯を食いしばって下を向いてしまった。

 ……怒らせただろうか。

 実のところ、俺はセインの事情を予想できている。本人に確認したわけではないので予想に過ぎないが、普通に考えれば普通にあってると思う。

 きっとセインを育てた人は実直な人で、セイン自身も真面目な性質なのだろう。

 真面目なのは良いことだが、度が過ぎれば目的の達成を妨げてしまう。


「悪い、余計なこと言ったな。仕事して腹も減ったし、今度はセインも一緒にどうだ? おごるぞ」

「……ありがとう。でもごめん。捜し物があるから」


 セインはそう言って目を伏せたまま組合を出た。

 前に比べればだいぶ穏やかな態度ではあるが、結果は変わらず。なんとなく死にそうな気配も変わらずだ。

 鬱陶しいくらい不器用なやつだな、と思う。

 ……もしそんなやつに、こんな二択を突きつけたらどうするだろう。

 夕食を食べながら浮かんだアイデアに思わずにやけるのを自覚した。


「あの、サイカ、顔が、そのですね……」

「顔が邪悪だよ、サイカ。チファちゃん、こういう時は遠慮しなくていいの。言うべきことははっきり言わないと」


 そしてチファとマールに怒られた。


適度な文量ってむずかしい

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