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道中②-1

「ッらあ!」


 気合いを乗せて放たれるシュラットの剣を短剣で横に弾く。

 シュラットは弾かれたのと同じ方向に跳躍。軽い足取りで着地すると同時にこちらに向かって低い姿勢で再度仕掛けてくる。無造作に長剣でなぎ払うが、長剣の軌道上にシュラットはいない。

 左後ろから脇腹めがけての刺突。正確に肝臓を狙ってきている。

 短剣で防ごうにも角度的に力が入らない。渾身の一撃を止めるのは困難。

 ただし受けないのであれば対処は可能である。

 半身をずらし短剣を持つ左腕を上げる。シュラットの刺突は俺の腕と脇腹の間を通り抜ける。

 突き込んできたシュラットの腕を脇腹に挟み込んで関節を極めながらかがむ。自然とシュラットは地面を引きずられるような形になった。


「あだだだだっ!?」

「反応は大したもんだけど反撃が雑だな。攻撃に対処されたあとのことを考えてたのはいいけど、雑な反撃で隙を作ったんじゃ本末転倒だぞ」

「わっ、わかっ、わかったから腕はなせーーーー!」


 涙目で声をあげるシュラットをチファとマールが愉快げに眺めていた。

 ちなみにウェズリーはすでに半泣きで体育座りをしながらこちらを見ていた。


―――


「ウェズリーは魔物と戦うことを想定するなら受け身過ぎるな。盾持ちとしては正しい戦い方だろうけど、魔物の方が体重あるし力も強いんだからすばしっこさを生かした方がいいと思う。シュラットの最後の動きはこの間の蛇を真似たのか?」

「おー。逃げる時にちょろっと見えたから試してみた」


 最初に黒刃蛇と遭遇した時、蛇はウェズリーを狙うふりをして方向転換。俺を絞め殺しにかかった。シュラットはその動きを模したのである。


「雑ではあったけど、練習だしな。思いついたことがあれば試してみるのは大事なことだ。今後もどんどんやってみるように。俺も全力で対応する」

「今回みたいにめっちゃ痛い反撃されるの嫌なんだけどなー……」

「実戦で対処されて殺されるのに比べればマシだろ」


 セントから次の街への道中、俺はウェズリー、シュラットの二人と訓練をしていた。

 なんやかんやセントでは毎日することがあったので稽古がおろそかになっていた。訓練スペースがあっても他の討伐者の目に付くことを考えると太刀や短剣を使えない。本気で動くこともできない。

 フォルトには師匠がいたし、定期的に黒鎧の魔族というバケモノと戦っていたので全力を出す機会には事欠かなかった。それが今や練習する機会すら限られてしまっている。

 死ぬような思いをして身につけた実力がなまっていくと考えると恐ろしい。チート能力がない身では自分でつけた力が生命線なのである。

 というわけで人目がないのを確認しひとりで練習をしていたところにウェズリーとシュラットが入ってきて、組み手をしようという話になり、冒頭に至る。


「なーサイカー、どうすりゃサイカみたく強くなれんだ-?」

「……僕らと訓練を始めた時期は変わらないだろ? むしろ僕らの方が早く訓練を始めたくらいじゃないか。なのにどうしてこんなに差が付いたんだろう」


 気落ちした様子のウェズリーとシュラットが縋るようにこちらを見てくる。

 俺がこの世界に召喚される少し前に二人は兵士になった。俺は最初、二人に合流する形で訓練に加わった。

 その後あれこれあって訓練もほとんど別になり、戦争が始まり、一時的に終わり、今に至る。

 訓練を始めた頃こそ俺と二人はどっこいどっこいだったが、今では二人を同時に相手取っても勝てる。二人だって決して弱くない。ウェズリーだって戦争を生き延びて練度が上がっているし、シュラットは獣のような平衡感覚と反射神経を備えている。

そんな二人に勝てる理由と言えば心当たりはいくつかある。


「俺は毎日全身切り刻まれて条件反射で身を守れるようになったし」

「あー……」

「ちょくちょく黒鎧の魔族かくうえとミスったら死ぬ戦いをしていたし」

「そーいやそーだったなー……よく自分を殺した相手と平気で戦えるよなー」

「平気じゃねーよ馬鹿。毎度死ぬ思いで戦ってたわ」


 師匠の技に『斬ると同時にくっつける』というものがある。

 腕を切断されたりしたら当然泣き叫んだり失神したりするほど痛い。ひどい時には両手足切断プラス胴体泣き別れを十秒以内に詰め込まれたりしたのだ。ちなみにこのへんは訓練を初めてまもなくのことである。後半は記憶が残っていない。思い出さない方が幸せな気がする。トラウマ級の恐怖と苦痛により条件反射的な自己防衛を身につけた。

 その後、師匠と同等の戦力を誇る黒鎧の魔族と戦った。魔王を殺せと言っていた黒鎧は俺を鍛えるように、戦う度に力を強くしていった。それこそ付いて来れなければ死んでも構わないくらいのノリで。邪魔が入った時には勢い余って心臓ごと胸をぐちゃぐちゃにされたらしいし。

 俺がそんな目にあっている最中、二人は厳しい訓練を積んでいた。厳しくてもまともな訓練だ。訓練を積んだだけ順当に実力を上げていたが、上昇幅は順当の範囲内。俺は常軌を逸した訓練を受けてまともではない成果を上げた。

 短期間で実力を上げたければそれだけ代償を払う必要がある。具体的には生きたまま刻まれる苦痛とか死の恐怖とか。


「……まあ、なんだ。良い機会だからひとつ真理を教えてやろう」

「「真理?」」

「ああ、よく聞け。大は小から成るものってことだ」

「ごめんサイカ、よく分からないんだけど……」

「どんな大きなものも小さなものの寄せ集めなんだよ。極端なことを言えば山だって砂粒の集まりだ。人がやることも同じでさ、結局のところひとつひとつ課題を見つけて潰していくのが一番早くて確実なんだ」


 いくつか習い事をする中で『天才』と呼ばれるやつらを見てきた。

 ただ早熟なだけのやつがいた。たまたまうまく出来て調子に乗っているだけのやつがいた。本当にすごいと思うやつもいた。

 すごいやつは練習量が桁違いだった。息するように競技のことを考え、思いついたことを試し、毎日基礎練習を怠らなかった。

 当たり前の話。天才と呼ばれるやつらの競争相手は天才と呼ばれる連中なのだ。同格の相手をしのごうと思ったら相応の訓練が必要になる。


 中には弟のように初めからできてしまう特別なやつもいるが、俺が見た限り二人はその類いではない。一足飛びに何かを身につけようとしても必ず取りこぼしが生まれる。

 ならばひとつひとつ積み上げていくしかない。


「……あー、わりーサイカ。要するにどーゆーことなんだ?」


 頭を掻きながら質問するシュラットにずっこけそうになる。隣のウェズリーもきょとんとした顔をしていた。

 くそ、柄にもなく偉そうなことを言うもんじゃない。格好付けて真理とか言ったけど伝わらないんじゃ何の意味もない。むしろ格好付けただけ滑稽さが倍増しだ。


「地道にコツコツやってけってことだよ。簡単にポンと強くなれる方法があるなら誰だってやってる。……いちおう聞いとくが俺みたいに無茶なまねをすれば、なんて考えてないだろうな」

「「それはない」」


 即答の断言をされた。これはこれでやるせない。

 ごほん、とわざとらしく咳払い。逸れそうになった話題を軌道修正する。


「やりたいことが決まっているならそこから逆算して何が必要か考えろ。決まってないならとにかく基礎訓練を反復だ。基礎体力はいくらあっても困らないからな」


 やりたいこと明確ならそれを実行するための条件を満たすように鍛える。

 明確でないなら基礎固め。

 筋力やスタミナさえ十分ならやりたいことができた時すぐに対応できるだろう。やりたいことができてから鍛えるのでは時間がかかりすぎる。そもそもスタミナはあればあるほど練習量を増やしやすい。

 特にこの二人はそろそろ二次成長が始まるか、すでに始まっている頃のはず。筋量を増やすなら今が狙い目だ。


「そりゃそーだな。誰でもあっさり簡単に強くなれたら世話ねーや」

「それなら討伐者なんて職業、成り立たないよね」

「おれは蛇の動きとかサイカの動きの真似とかしてーな-。だと動きながら剣振る練習してみっか」

「僕はとにかく筋力つけなきゃ。どれだけ攻撃を受け流せても、攻撃が通らなきゃ敵を倒せないし」


 二人は納得した様子でこくこく頷き、さっそくどう訓練しようか口にした。

 素直だ。そして飲み込みも早い。


「二人ともいずれは俺よりよっぽど強くなる。頑張れよ」


 思わず口をついて出た言葉。二人はきょとんとした顔でこちらを見る。


「いや、それは無理なんじゃねーかな……」

「そうだよね、サイカは勇者だし」

「バカ、勇者は勇者でもハズレだって知ってるだろ。ていうか師匠とかゴルドルさんとか黒鎧の魔族とか、勇者じゃなくて俺より強いやつを見てるだろうが」


 ゴルドルさんと戦っても易々殺されたりしないが勝てるビジョンはない。黒鎧とか魔法を封じて手加減されてなお一撃入れるので精一杯。師匠に至っては何がどうなっているのか分からないレベルだ。俺よりずっと少ない錬気で、そこまで多くもない魔力量で、何をどうやったらあの速度が出せるのか見当もつかない。

 フォルトだけでも俺より強い人は何人もいる。俺が勇者だから勝てないなんて低い天井を勝手に作ってもらっては困る。


「いいか、お前らは今から成長期だ。伸びしろなんていくらでもあるんだよ。無理だなんてくだらない決め付けをするな。村を復興させるんだろ、だったら俺くらいの低いハードルはさっさと越えて見せろ」


 目的意識だけなら何の価値もない。気合いや思いの強さだけで望みが叶うなら誰も苦労しない。

 だが、明確な目的意識があれば努力する。伸びしろが有り余っているやつなら努力を結果に結びつけることは難しくない。

 二人の目的は俺のように『自分の身を守れればいい』なんて低いラインじゃない。目的を達成するには相応の実力がいる。目的の達成を目指せば自然と俺より強くなる。


「断言してやる。お前らは強くなる。俺くらいさっさと追いつけ。そんで追い越せ。お前たちならそれができる」


 お世辞でも何でもない。厳然たる事実だ。

 言われた二人は呆然としていた。

 どれくらい心に残るか分からない。けれど心に残ろうが残るまいがどっちでもいい。残すも残さないも二人が決めることだ。

 俺は二人に背を向け自分の訓練に戻る。


「ちなみにシュラット、俺くらい簡単に倒せないやつにチファは任せられんから、そのつもりで」

「なっ、んでチファの名前が出てくんだ-!?」


 大声を出したシュラットに誘われたのか、マールになにやら教わっていた様子のチファがこちらを見て小首をかしげた。それを見たシュラットの耳は真っ赤であった。


「いやほら、俺は今チファの護衛的な立場を買って出てるつもりな訳で。この先カプショネルで別れるにしても、それなりに腕が立つやつじゃなきゃチファを守れないだろ。だからチファを任せられる最低ラインが俺を倒せることだ。お前に言った理由は分かってるだろ」


 さっきの反応で俺の発言をどう捉えたのか十分すぎるくらいよく分かった。次の街からシュラットとチファは別部屋にしておこうかと真面目に考えるくらいよく分かった。

 中途半端な腕の討伐者とかすぐに死にそうだし、シュラットにはチファのためにも自分のためにも特に頑張って貰わなければなるまい。

 それはそうと、俺は自分の剣を持って二人と距離を置く。チファたちの方へ戻るのではなく反対方向に歩いた。


「あれ、サイカは何をするの?」

「全力で動く練習」


 錬気を瞬時に練り上げる。蛇と戦った時と同じ、加減なしの全力全開。

 せっかく練り上げた錬気の一部が制御仕切れず漏れ出してしまう。この状態だと錬気の操作が甘くなる。そのうえ俺自身の動きも力任せの雑なものになる。

 俺の課題は扱える錬気の量を増やすこと。生命力だけは勇者級の俺は生命力そのものである錬気の総量なら勇者級だが、一度に扱える量がまだまだ少ない。それなりの身体能力を長時間維持できる一方で瞬発的な火力という点では他の勇者に著しく劣っていた。

 なので今扱える最大量の錬気を使用した状態で訓練を行う。一度に扱える錬気の量を増やしながら、その状態での動きに完熟するためだ。

 町中でこんな訓練をしたら周りのものを壊してしまうし出自を疑われかねない。


 仮想敵は師匠と黒鎧の魔族。ただし手加減してくれている状態の。

 傍目にはやたらに剣を振り回したり走り回ったりしているように見えるだろう俺を、ウェズリーとシュラットが見ていた。


「……シュラは大変だね。カプショネルに着くまでにアレを倒せるようにならないといけないらしいよ」

「い、いいぜ、やったらー。吠え面かかせてやるかんな」

「声、すんごい震えてるよ。……僕ももっと頑張らないと」


 結構距離を置いたので会話は聞こえなかったが、なんとなく何を話しているか分かったのでより一層気合いを入れて訓練することにした。

 翌日、シュラットは訓練し過ぎてバッキバキになった体でうんうん唸りながら歩いていた。


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