表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/31

1-おまけ② ウェズリーとマール

「1-18 出立」でサイカが宿から出かけたあとの話です

「このお店なんか、画材もいろいろ売っていていいんじゃないかな」

「わ……」


 マールが案内した店の前でウェズリーは嘆息する。

 画材の量に驚くと同時に、今までとても入ったことがないほど高級な店構えに圧倒されていた。


「さっそく入ってみようか」

「ま、待ってマールさん。これ僕が入っていいお店なの。買い物できるほどお金が……!」

「サイカがくれたお金があるから大丈夫だよ。高級な顔料じゃなければいろいろ買えると思うけど」


 気負った様子もなくずんずん進むマールに追いすがるようにウェズリーはその店に入った。

 店の雰囲気に圧されていたのもつかの間。画材が置かれた一角に立ち入るとウェズリーは息を呑んだ。

 紙や筆、顔料。さまざまな画材がひしめいていた。中にはウェズリーでは用途が分からないようなものまであった。ふわあ、と声にならない歓声をあげる。

 さっそくそばにあった筆を手に取ろうとして思いとどまり大きく深呼吸をする。自身の物欲が際限なく高まっていることを自覚する。そもそもウェズリーはサイカにもらったお金がいくらかもよく分かっていないのだ。予算が分からなければ何をどのくらい買えるのかも分からない。

 金勘定し値札とにらめっこするウェズリーを見て、マールはお茶代は残らないと確信した。


―――


「あの、ごめんなさい。ほんとうにごめんなさい」

「いいよ、でもこれからはちゃんと予算の配分を考える癖をつけようね」

「……はい」


 喫茶店のカウンター席にマールと背筋を丸めたウェズリーが座っていた。ウェズリーの横には大量の紙が入った袋と木炭や顔料が詰め込まれた袋が置かれている。

 結局ウェズリーはサイカに渡された金を余すところなく使った。執念の計算で一切の釣り銭がない会計を行った。

 当然、サイカからマールへの報酬に当たる金も使い込んだ。一緒にお茶する金もなくなった。

 マールがごちそうするから、と誘ったため二人は喫茶店にいる。ウェズリーは会計を済ませるまでほくほく顔をしていたが、会計後にマールの顔を見てからは気まずそうに背筋を丸めている。


「そんなに気にしなくていいよ。お店に案内するくらいでお金をもらうっていうのも気が引けてたところだしさ、ほらお茶も来たよ」


 苦笑するマールが話していると店員がお茶を持ってきた。マールがお茶に手をつけると、ウェズリーもまた手を伸ばした。熱さに驚きながらも口に運ぶ。


「どう、おいしい?」

「……よくわかんない」

「そっか」


 くすくすと笑うマール。山奥の村で育ち、フォルトでも末端の兵士として生活していたウェズリーに茶をたしなむ習慣がないことは分かっていた。まだ子供の味覚では気に入らないかなーと思ってはいた。砂糖や牛乳を入れればまた違ってくるかもしれないが、茶の風味を損ねない白砂糖は高価だし、新鮮な牛乳もそれなりの値段がする。今回はお預けだ。


「サイカ、律儀なのはいいけど、すぐにお金を出そうとするのは悪い癖だよね」

「何のお礼もしないで頼んでばっかりの人よりずっといいと思うけど」

「それは確かに。でも私としては、もっと気軽に頼ってくれていいのにって思うよ。私だってサイカに助けてもらってるんだもの。それに、お金で誠意を見せてくれなくてもサイカが私を都合の良い道具みたいに見てないってことくらい分かってるから」


 雇用関係にあるなら賃金を支払うなんて前提条件。当初の契約以外にない仕事を任せるなら相応の手当を支払うべきだろう。

 しかし、マールはサイカに雇われているわけではないのだ。サイカに助けられている分マールもサイカを助けるつもりでいる。友人ならば互いに力の及ぶ範囲で助け合えばいい。必ずしも金銭のやりとりは必要ないとマールは考えている。

 むしろ金を払うことでマールに誠意を見せることに対して少しのさびしさを感じている。

 時折「分かっているから」と言いたくなる。自分に向けられた敬意に全く気付けないほどマールは鈍くない。

 逆にマールがサイカに向けている敬意にも気付いていないのではないかと不安になる。


「まあ、そんな話は置いておいて。ウェズリーくんはどう? 大丈夫?」

「大丈夫って?」

「故郷のこととか、これからのこととか。心配ごとはないかなって」


 一服するだけなら宿に戻ってもよかった。どこか適当な場所に腰掛けるという選択肢もあった。けれどそういったなじみのある場所ではウェズリーは平常心のまま問いかけを誤魔化してしまうような気がした。慣れない場所に置いた方がウェズリーは話しやすくなるのではないかと考えてマールはウェズリーを喫茶店に連れてきた。

 その効果かは不明だが、ウェズリーはカップを両手で掴んでぽつぽつ語り始めた。


「不安は、あるよ。長い間旅するなんて初めてだし、村を出てからだって帰る場所がないなんて思ったことなかった。いざって時に頼れるものも帰る場所もなくなっちゃったんだっていまさら思ってる」


 フォルトに出稼ぎに行った時だって、駄目だったら村に帰れば良いという考えはどこかにあった。意識的にせよ無意識にせよ帰る場所があることを前提に動いていた。

 今はもうそれがない。失敗が続きのたれ死にする自分の姿が現実感を伴って脳裏に描かれる。


「けどさ、大丈夫でなくっても、不安でも、怖くっても、うずくまっていられないんだ。何もしないでいたらそれだけなくすものが増えてくって気がしてる」


 当たり前にあったものがあっさりと消し飛んでしまった。

 その経験はウェズリーにひとつの真実を教えてくれた。

 世の中はウェズリーの都合で動いていない。どんなチャンスだっていつまでも待ってくれるとは限らない。

 討伐者としての腕を磨くなら実力のある人のもので実戦経験を積むのが良いだろう。顔見知りで大きな魔物の領域がある方面に進むサイカは絶好の条件を揃えていた。

 そんなサイカだっていつまでもウェズリーにかかずらってくれるとは限らない。もしかすると明日にはしびれを切らしてウェズリー置いて行ってしまうかもしれない。

 村を復興させるにしても早いほうがいい。村の奥にあった畑はすでに雑草だらけになっていた。着手が遅くなるほど村は山に浸食され、元通りの姿を取り戻す日が遠ざかる。

 ウェズリーが不安に怯えようが悲しみ嘆こうが時間は容赦なく流れていく。

 うずくまってなんかいられなかった。失ったことは悲しいけれど、これ以上失うものを増やす恐怖も大きくあった。ぼうっとしていたら故郷のことを考えて今よりずっと悲しい気持ちになるという確信もあった。

 つたなくても動き出した方が良い。それがウェズリーの出した結論だった。


「たぶんこれはシュラもチファもおんなじだと思う。シュラがチファを誘ったのは、チファと遊びたいばっかりじゃなくて、元気づけたいって思ってるんだよ」

「そっか。もしかしてウェズリーくんが絵の具より木炭を買っていたのも関係してる?」

「……うん。村のことを描きたいんだ。忘れちゃわないようにさ。きっといつか村を戻そうとするときに必要になるだろうし。高い絵の具ばっかり買ってるとたくさん描けないから」


 ウェズリーは記憶力に秀でているが、それでもどうしたって時間が経つほど記憶は薄れていく。補正されて現実とかけ離れていく。だから少しでも村があった時のことを覚えていようとかたちにしておく。

 口には出さないが、ウェズリーから村人たちへの追悼でもあった。


「……もう、僕の話はおしまい。こんな話してたらおいしいお茶もまずくなるよ」

「よく分からないって言ってたのに」

「いいんだよ、そんなの。おいしいってわかったんだ」


 誤魔化すように強がるウェズリー。

 マールは自然とその頭に手を伸ばしていた。ウェズリーのくしゃっとした金髪を優しくなでる。


「な、なっ、なに、マール」

「ウェズリーくんはえらいなーって」


 少しの間ウェズリーはいいようになでくられていた。顔は真っ赤、背筋を伸ばしながらうつむいていた。

 マールが手を引くと、ウェズリーは口をとがらせた。


「僕のことより、マールはどうなのさ。キャナリに行くって聞いたけど、駅馬車で行くの」

「ううん、ちょっと事情があって、サイカについてくことにしたの。だからもうしばらくよろしくね。なにかあったら守ってくれる?」

「わ、わかった。任せて」


 冗談めかしたマールに、ウェズリーはこくこくと頷いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ