1-17 帰路
「っだー、あー、くそ、いってえ」
全身傷だらけのリニッドと連れ立ってセントへ向かう。
二人して蛇を脇に抱えながら歩く。全長20メートルはあるので体の大部分は引きずっているが。用心のため抜き身の太刀を持っているので動きづらくてしょうがない。
黒刃蛇は三級討伐種。表皮は柔軟で頑丈。刃尾は金属質で硬くて鋭い。前に仕留めた猪とは比べものにならない値段で売れるので絶対に持って帰れとリニッドに厳命された。刃尾も拾い、紐で背中にくくりつけている。
表皮で金属の鎧を削るような魔物、どうやって持って帰るのかと思ったが意外とつるつるしていた。戦闘中は鱗を逆立てるが、普段は気配を消すため棘を寝かせているらしい。
……本当にこいつは蛇の類いなのか。蛇の鱗って皮膚に近いものじゃなかったか。こんなサイズの蛇が地上で行動している時点で今さらか。
リニッドは生きていたが全身傷だらけだった。致命傷はないが、放置しておけば出血多量になりかねないような状態だった。応急処置を行い止血したとはいえセントに帰ったら即病院へ行くべきありさまである。
「……まあ、命があるだけめっけもんだがな」
自前の治癒魔法で治した傷がかゆいのか、リニッドはぽりぽり胸を掻く。ちなみに胸当ては破損している。
「言うのが遅くなったが、助けてくれてありがとな、サイカ」
「どいたまー」
「雑な返事だな」
リニッドは苦笑する。
勘弁してほしい。俺だって疲れているのだ。
戦っていた時間こそ短いが蛇の攻撃はほとんどが致死性のもの。下手を打てば死んでいた。最後の刃尾の一撃とか、全身金属鎧を着込んでいたとしても直撃すればむごい絵面になっていただろう。
あんな攻撃に突っ込んでいったとか、今さらになって背筋がぞっとする。全力出した反動で足がプルプルするし、もう二度とやりたくない。
「それにしても驚いたぞ。三級討伐種の攻撃を真っ正面から斬ったんだからな。支部長が単独三級の実力があるって言ってたが、下手すりゃ二級くらいの実力があるんじゃないか」
「ないよそんなもん。師匠の剣がヤバいだけだ」
リニッドの応急処置をした後、簡単に太刀の手入れをした。あれだけの攻撃を正面から受けてもゆがむどころか刃こぼれひとつなかった。血と脂を拭き取れば戦闘前と変わらない状態だ。
「ああ、あの剣はヤバいな。どんな業物なんだよ。どうしてあんなもん持ってて普段使わないんだ。……出所がやばいのか」
「言っとくけど盗品とかじゃないからな。師匠からもらったんだよ。むしろ盗まれたら困るから隠してるだけだ」
「なるほどな。その剣なら相当な値段で売れるだろうし、持ってることが知れたら盗もうとするやつや、売れって迫るやつがいそうだ」
太刀を隠す最大の理由はサイカと村山貴久を結びつけないためだが、言った理由も嘘ではない。リニッドも納得してくれた。
……盗もうとするやつが出るとは思っていたが、売れと迫るやつも出かねないのか。
上位の討伐者なら金も持ってるだろうし、武装のレベルは生き死にに直結するからそれもありえそうだ。今後も隠しておこう。
「そんなわけだから他言すんなよ。場合によってはこいつにお前の血を吸わせることになる」
「言わねえよ。そこまで恩知らずじゃねえ」
片手に持った太刀をちらつかせるとリニッドは頬を引きつらせた。
「ならよし。……そういえばリニッドもかなりやるよな。結局こいつにトドメを刺したのはリニッドだし」
「ま、あれくらいはな。お前が貸してくれた剣も相当だったし。ガキに助けられた上に獲物をおめおめ逃がしました、とかみっともないったらありゃしねえ」
「正直、さっさと逃げてくれって思ってたからびっくりしたよ。なんで深層側にいるんだって」
「俺も逃げるつもりだったんだがな。お前がやる気満々だったから万が一にも取り逃さねえようにって張ってたらドンピシャだ」
けけけ、とリニッドが人相の悪い顔をなお悪そうにゆがめて笑った。
俺が負けたらどうするつもりだったんだか。
しばらく蛇を引きずっているとリニッドの妹と合流できた。
リニッドを助けるどころか巨大な蛇を仕留めてきたことに驚いていたが割愛。俺としては荷物を運ぶ手が増えたので大助かりというだけである。
「ところでリニッド、こういう場合、獲物の売却益とか依頼の達成報酬ってどうするんだ?」
蛇と戦っていたのはリニッドひとりだった。リニッドを含めた複数の部隊で構成された討伐隊は壊滅したらしい。
討伐報酬の分配は事前に取り決めてあるのだろうか。
そして何より俺に報酬はあるのだろうか。依頼を受注してないのに勝手に討伐しただけだから無報酬と言われたらさすがにむかつく。
俺が到着した時点で蛇は無傷だったし、俺とリニッドで山分けしてしまっていい気がするのだが。
「今回、おれはサイカに助けられただけみたいなモンだからな……お前が総取りでいいくらいだと思うんだが、分け前が貰えると助かる。治療費くらいは組合からぶんどるが、壊れた装備の分が赤字になるとかなりきつい」
「トドメ刺したのはリニッドだし、蛇の売却益とまとめて半分ずつくらいでいいか?」
「いやお前それはおれが貰いすぎだろ馬鹿じゃねえの」
早口で罵倒された。
「お前、そんな感覚じゃこの先カモられるぞ」
「等分がいちばん後腐れ無いだろ。リニッドがいなけりゃこいつに逃げられてたんだし、そしたら討伐失敗だった」
「……それはそうとお前はおれを助けた。仕留めらる状態まで追い詰めたのもお前。半分はやり過ぎだ。気前がいいのは結構だが、度が過ぎるって話だ。場合によってはおれが寄生野郎に思われちまう」
「そういうもんか」
俺の金銭感覚は緩い。この世界の常識がないのはもちろん、フォルトでくすねた金がたんまりあるせいだ。
寄生虫みたいな連中が出ても困るがほぼ単独で三級討伐種を倒したと話が広まっても困る。
「じゃあ、依頼の報酬は半分ずつ。そこから救援依頼をしたってことでリニッドが俺に報酬を払う。リニッドが装備を新調する費用は蛇の売却益から出すって感じでどう? 蛇が装備の素材になるならそれが報酬でもいいか」
「素材使っていいのか!?」
「使えるならいいけど。そんなびっくりするほど良い素材なのか」
「当たり前だ! 表皮の頑丈さ、柔軟さはお前もよく分かってるだろ。金属鎧並に頑丈で動きやすい鎧ができるぞ。刃尾は大きさと形を整えれば即業物だしな。皮と骨をもらえると嬉しい」
「マジか」
言われてみればなるほど、いい素材になりそうだ。
ウェズリーとシュラットに分けてやってもいいかもしれない。重さによっては自分用の防具を作るのもアリだ。
リニッドは先ほどの遠慮も忘れたようにはしゃいでいる。あんまりテンション上げると傷口が開いてしまうのではないか。……あっ、頭のカサブタ取れて血がぴゅーと出た。妹さんがそっと治癒魔法をかけた。
「兄貴、サイカへの救援報酬はどれくらいにするの? 他の部隊の人たちへの見舞金とかあるでしょ」
「そうだな……すまんサイカ、救援の報酬はおれの取り分の半分くらいでいいか?」
「構わないけど、他の部隊と組んだ時に怪我人が出たら見舞金を払うのか?」
「怪我の程度にもよるが、盾役のやつらはおれたちを守って怪我するわけだから、いくらか包むこともあるな。特に今回はみんな死んじまったからな」
リニッドは何でも無いことのように言った。
みんな死んじまった。盾役の連中だけでも複数死んだのだろう。
蛇を倒した高揚感に浮かれていた頭がさっと冷えた。
そりゃそうだ。リニッドが戦っていた周囲には切り倒された木がたくさんあった。あんな威力の攻撃をまともに受けたとすれば普通は死ぬ。
俺が依頼を受けなかったせいで……とは思わない。討伐隊に参加した時点で自己責任だ。
痛感するのは警戒の重要さ。魔物の領域では複数名を一瞬で殺す魔物と不意に出くわすこともある。
特に先日、俺はウェズリーたちの戦いに気を取られて蛇が間近に来るまで気付かなかった。うかつにもほどがある。あの時俺たち全員が無事だったのは運がよかっただけ。蛇が俺たちで遊ぶのではなく、俺たちを殺すつもりだったらどうなっていたか分からない。
今さらながら肝が冷えた。
「……やっぱり、討伐報酬は半分もらってくれ。その代わり、俺からも見舞金ってことで大目に包んでやってくれ」
「すまんな、助かる」
最大級の警戒を行いながらセントに辿り着く頃にはもう日が暮れていた。
―――
「で、結局お前が仕留めてきたと」
「トドメを刺したのはリニッドです」
蛇の討伐を報告すると支部長に呼び出された。すごく眠い。
「ちょっと采配甘すぎない? リニッドの妹から話聞いたけど、討伐隊あっさり返り討ちにされてるし。俺、蛇の大きさとかもきちんと報告しましたよね」
「……痛いところを突くな。言い訳させてもらうとだな、蛇を先に発見して火力を打ち込んで倒す編成にしてたから、先に発見された時点で負けてしまったというところでだな。蛇の索敵能力が予想以上に高かったことが敗因だ」
「そこを予測して編成するのが父さんの仕事ですよ」
「……返す言葉も無い」
娘に突っ込まれた支部長は前に見た時よりちょっとだけ小さく見えた。
「まあ、なんにせよサイカ。お前には借りができたな。何かあったら頼ってこい。悪いようにはしない」
ごほんとわざとらしく咳払いをして支部長が言った。
俺から支部長への貸し。良い響きだ。
大貴族とかではないにしろ身分証を作れるくらい立場がある人をちょっとした後ろ盾にできるならあんな物騒な蛇と戦った甲斐もあるというもの。
「サイカ、こちらがあなたの正式な身分証です。四級ではありますが、黒刃蛇討伐の功績もこちらで記録しますので、その気になれば三級昇格も難しくはないでしょう」
リディが綺麗な布に包まれていた小さな板きれを手渡してくれた。
触れた感触はプラスチックに似ているが、金属質な冷たさがある。それには四級討伐者サイカとしっかり刻印されていた。
セントの街に来た最大の目的をようやく達成することができた。
知らず、長く息をついていた。長いようで短い一週間だった。
しっかり両手で受け取り、なくさないよう懐に入れる。カードケース的なものを買っておこう。
最後に支部長たちに挨拶をして、俺は組合を後にする。
さて。一晩休んだら出立だ。




