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1-16 黒刃蛇

「兄貴を、リニッドを、助けて」


 言われた瞬間に理解する。

 黒刃蛇の出現。討伐を断った俺。信頼できる討伐者に任せると言っていた支部長。四級であり、経験豊富な討伐者のリニッド。付き添いをしてくれた際の雑談に出てきた妹。

 おそらく黒刃蛇の討伐依頼を受けた中にリニッドがいたのだろう。そして返り討ちにあった。どうしてか分からないが妹はここまで逃げてきた。そして妹が逃げた段階ではリニッドは生きていた。


「場所は」

「え……」

「助けろって言っただろ。場所はどこだ。俺が報告したあたりでいいのか」

「う、うん。木が倒されてたあたり」

「分かった」

「へ?」

「ごめんマール、会計はこれで頼む!」


 騒ぎに気付いて店から出ていたマールに金貨を投げる。よっぽど買い込まなければアレで足りるだろう。

 全身に錬気を走らせる。錬気解放――扱いきれないほどの錬気を引っ張り出す。


「手ぇ放しといて」


 妹さんに端的に告げる。服を掴んだままだと危ない。

 風圧から身を守るためのものを残し足に錬気を集中。全力で踏み込んだ。

 俺は城壁に向かって跳躍した。

 出入り口は魔物の領域の裏――平野に面した部分にある。律儀に出入り口から防壁を出ればかなりのタイムロスになる。緊急事態だから城壁を跳び越えてしまえと思ったのだ。


「ひぃゃぁぁぁぁぁああぁぁぁっぁぁ!?」

「なんでくっついてんだあんたーーー!?」


 そう、思ったのである。

 疲れているところで思いっきり握ったから手が固まってしまったのか。妹さんがくっついていた。それにしてもどんな握力だ。肉体強化を残していたのか。ちなみに服は肉体強化のついでに強化していたので破れてはいない。

 いやしかしそれどころではない妹さんがくっついてきたせいでギリギリ越えられるはずだった城壁がもう間近に迫っていて高さが足りなくてあと五秒もしないうちにぶつかりそうであああああああ!


 とりあえず、今後は壁に向かって跳ばないようにしようと思った。


―――


 すったもんだ(物理)の後、なんとか壁の外に出て森へ入った。

 これからやっかいな蛇と戦うのに結構なダメージを負ってしまっている。本当に大丈夫か不安になってくる。


「ねえ、頼んでおいてなんだけど、どうして助けてくれるの。討伐依頼だって断ったんでしょ?」


 案内をしてくれる妹さんが口を開いた。ちなみに機動力を上げるため、妹さんは俺が背負っている。


「リニッドには世話になったから。死んでほしくないと思うくらいには親切にしてもらった」

「でも、もしかしたらもう、兄貴は……」

「生きてるよ」


 死んでしまったかも、と言おうとしたのだろう。

 うつむきがちだった妹さんが顔を上げた。すがるような視線を感じる。


「あの蛇、賢いんだ。この間戦った時も逃げてるウェズリーから狙いやがった。多分、蛇が本気であんた方を仕留めるつもりだったら、足止めのリニッドより先にあんたらが狙われてる。あんたらが逃げられてる時点でちょっとおかしいんだよ。……リニッドがひとりで蛇を倒せるほど強いなら別だけどさ」


 あの蛇は前回、初撃で手負いのウェズリーを狙った。二回目の攻撃はウェズリーを狙うと見せかけて俺を狙った。人を追い詰めて楽しんでいる気配があった。

 本能だけで動くものじゃない。間違いなく知性がある。

 感じる脅威はリニッドより蛇が上。あの蛇がその気になればリニッドを無視して逃げる連中を殺すくらいできるはずなのだ。それなのに生き残りが帰って救援を呼んでいる。

 おそらく、蛇は何らかの意図を持ってリニッドを殺さず妹さんを見逃した。

 考えつく理由としては自分の肉を抉った俺をおびき出すため。

 自分を中心に考えすぎかもしれない。単純に遊び相手はリニッド一人でいいと思ったからかもしれない。蛇が人質を取るようなことは無いかもしれない。

 けれど、俺にはそう思えてならない。


 揃って無言で案内された方向へ進むと金属がこすれるような音がした。

 妹さんをおろしてさっさと帰るように言う。彼女の仕事はここまでだ。

 走り出した彼女の背を見送り、魔法の袋から太刀を取り出す。

 最優先は蛇の討伐。リニッドの救出に赴いたわけだが、あの蛇を相手にリニッドが逃げる隙を作るのは困難。救出と蛇の討伐はイコールだ。


 音を立てないように近付く。魔力感知が有効な範囲に入ったところで感知を発動。位置関係を把握する。

 リニッドはしぶとく生きている。蛇のからかうような攻撃に傷付きながらも捌いている。蛇が放った攻撃の影響か、リニッドがいる辺りは樹木の空白地帯となり広場のようになっていた。

 猿の群れを潰した時と要領は同じ。足に錬気を集め、最速の一撃で首を落とす。

 木が移動の邪魔にならない場所を選ぶ。肩に担ぐように太刀を構え、タイミングを見計らう。

 蛇はリニッドの周りをぐるぐる回るよう位置取っている。狙うはこちらに背を向けた瞬間。

 しくじればリニッドは死ぬだろう。

 行動の結果が他人の命にまで影響を及ぼすことにプレッシャーを感じる。戦場とは違い、失う命が明確なせいで余計に強く感じる。

 あくまで静かに深呼吸。息を整える。うまくやらなければと考えすぎて失敗するのでは本末転倒だ。


 胴体や尾でリニッドを攻撃しながら動く蛇。その後頭部がさらされた。

 間髪入れず飛び出した。

 狙うは頭の付け根。首を落とせばたいがいの生物は死ぬ。

 足に集中していた錬気を腕にも回した瞬間だった。

 猛烈に嫌な予感。蛇が一瞬こちらを見た気がした。

 錬気を多く残していた右足で地面を蹴り、左前方へ飛ぶ。

 半瞬前に俺の体があった場所を蛇の刃尾が通った。その場に生えていた植物は両断され、地面が抉られる。

 予定変更。太刀を振りやすい広場部分へ移動する。


「サイカ!?」

「よし生きてるな逃げろリニッド! これ持ってけ!」


 広場部分にはリニッドがいる。驚いた様子だが話している暇はない。

 リニッドが持つ剣は蛇の表皮に削られ刃こぼれどころじゃない状態となっていた。

 左腰に下げていた長剣を抜きリニッドに渡す。

 剣を渡すとほぼ同時に蛇の尾が叩き付けられる。

 俺とリニッドはお互い逆方向へ飛んでかわした。

 リニッドと分断された形だが、気にする必要はない。もともと誰かとタッグで戦うような技術は持っていない。


 蛇はぎゅらぎゅらと不気味な音を立てていた。蛇の表情なんて分からないがにやついているように見える。

 おそらく予想は当たっていた。こいつは俺をおびき寄せるエサとしてリニッドを使ったのだ。


「上等だクソ蛇。今度こそぶつ切りにしてやる」


 この前と同じ逃げ方は通用しない。なら仕留めるまで。

 おそらく短期戦で終わる。俺はあの物騒な鱗や刃尾と必要以上に触れたくないし、蛇にしても皮を剥がれた記憶は新しいだろう。

 太刀を構え、蛇の頭めがけて飛び出――そうとした瞬間に刃尾が振り下ろされる。とっさにかわしてしまい蛇への攻撃には至らない。

 追撃のように振られる尾も頑丈。鱗が逆立った表皮は金属鎧であっても遠慮無く削るだろう。


 隙を狙って首を落とすために蛇の攻撃をかわす。

 黒鎧の攻撃に比べれば手数は少ない。師匠と比べものにならないほど遅い。だが、ヒト型の生物にはない変則的な攻撃にうまく対応できない。

 時に刃尾をかわし、時に表皮による削りをいなす。

 こちらも反撃に太刀を振るうが刃尾で受けられるか変則的な動きでかわされる。たまにかすることもあるが、頑丈な鱗は力の乗らない攻撃を弾いてしまう。

 太刀と蛇がぶつかるごとに強い衝撃が腕を奔る。この程度で太刀が傷んだりはしないが、俺自身に疲労が蓄積される。


 そんなことを数度繰り返し思った。

 ……なんで俺は刃尾を避けているんだ。

 疑問1。師匠からもらった太刀と蛇の刃尾。どちらが頑丈か。

 回答1。太刀。はるか格上の黒鎧と何度も打ち合って刃こぼれひとつないほどの業物。

 疑問2。なぜ刃尾の攻撃を避けたか。

 回答2。当たったら死ぬから。

 疑問3。なら当たる前に刃尾を切断したらどうか。

 回答3。万事解決。


 蛇の胴体にぶつかる際、あえて受け流さず吹っ飛ばされて距離を取る。体勢を立て直しながら全身に錬気を巡らせる。

 動きは読めないが的は大きい。攻撃を当てるくらいならできる。

 前回だって肉を抉ることはできた。攻撃を避けて隙を狙うよりも体をそぎ落として隙を作る方が早い。

 予感があった。

 この蛇なら俺の意図を読み取り、即座に決着を付けようとすると。


 蛇は刃尾を掲げてゆらゆらと揺らす。

 やはり蛇も乗ってきた。蛇にしてもまた身を削がれるのは御免だろう。

 出方を窺っていたのは互いに数秒。俺と蛇はほぼ同時に攻撃を繰り出した。

 蛇は袈裟懸けに斬り付けるように刃尾を振り下ろす。俺は刃尾に向かうように走る。

 もしも足を止めたなら刃尾の直撃を受けることはないだろう。しかし、刃尾に触れなかった木がバターで出来ているかのように切り倒されるところを見ている。棒立ちなんてあり得ない。


 さらに一歩踏み出し、刃尾に向かって太刀を振るう。

 攻撃の重さでは間違いなく蛇が上。筋力は錬気を含めても蛇の方が強いだろうし、そもそもの質量が違う。

 だが、武器はどうか。

 断言する。蛇の刃尾より俺の太刀の方が格上だ。

 刃尾を斬り飛ばせなければ死ぬ状況でも信頼は微塵も揺るがない。

 師匠から賜った太刀。俺程度の腕でも黒鎧の武装に傷を付けた業物。

 蛇の角質層ごとき斬れないはずが無い。


 ――ていうか斬れろ!


 蛇の一撃と俺の斬撃が衝突する。

 以前と違い俺は吹っ飛ばない。余すこと無く太刀に力を伝えるために錬気のスパイクも使ってがっちり地面を捉えている。

 吹っ飛んだのは蛇の刃尾だった。太刀は根元にブチ当たり、刃尾を斬り飛ばした。

 とはいえ綺麗に切断できたわけではない。太刀の切れ味が鋭いため刀身が刃尾に切れ込みを入れ、蛇の叩き付ける力と俺の太刀を振る力が合わさって割れたのだ。

 蛇が耳障りな悲鳴を上げる。錆びた金属同士をこすり合わせたような騒音だ。

 刃尾による攻撃こそ防いだが、尻尾を叩き付ける衝撃はまともに食らった状態。追撃に移るのが遅れた。

 飛び上がって蛇の首に太刀を振るうがすんでのところでかわされた。表皮を切り裂いたが首を落とすには至らない。

 蛇は領域の深層方向へ身を翻した。


「逃げる気か!」


 行動の意味を理解するが一足遅かった。

 平野を走る速度なら負けないが、入り組んだ森の中での高速移動は蛇が上手。歩き慣れない深層方面へ逃げられたら仕留められない。

 目の前に来た蛇の尻尾、刃尾を切断した部分を掴む。

 一瞬だけ蛇の動きが鈍るがそれだけだ。重量が違いすぎる。ビスベスがウェズリーにしたようにあっさり振り払われてしまう。

 だが。


「……おれのこと無視してんじゃねえよ!」


 動きが鈍った一瞬のことだった。

 逃げたものだと思っていたリニッドが、蛇が逃げる方向に立ちはだかっていた。

 蛇はリニッドに注意を払っていなかった。敵だと認識していなかったのだろう。

 その隙をついた。

 リニッドが剣を振るう。

 剣は俺が表皮を切り裂いた隙間に寸分違わず滑り込み、魔法のように蛇の首を落とした。


主人公の戦闘シーンはなんだか短い。

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