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1-14 報告


「死ぬかと、おもった…………」


 地面に崩れ落ちながらひゅーひゅー息を切らせる。時折げほげほむせている。

 壁に激突する直前。ありったけの錬気をパラシュート状に具現化させた。かつてない精度と強度での具現化だったと思う。

 減速したがまだ壁にぶつかる軌道だった。太刀を壁に当てれば刃にぶつかることは防げる、と思ったのだが太刀はあっさり壁にめり込んでしまった。切れ味がよすぎるのも考え物だと思った。いくら鋭いからってコンクリートのような材質の壁にあっさり穴を空ける剣なんておかしい。どうなっているんだ。

 太刀を起点に体をひねり刃を避けて壁にぶつかった。顔面から刃のない部分に突っ込んだ。ぶっちゃけ蛇と対面したときより命の危機を感じた。

 顔が痛い。あと壁にぶつかった時に腰がえびぞるように曲がってものすごく痛い。


「サイカ、歩けそう?」


 と言いながらウェズリーが腰に治癒魔法をかけてくれる。劇的な効き目はないが、じんわり効いてくる。

 よし、と気合いを入れて立ち上がる。腰と顔は痛むが歩けないほどじゃない。街に戻って医者に行こう。

 街へ戻ろうとするがシュラットは浮かない顔をしていた。


「どうかしたか? 怪我でもしたのか」

「……初めて討伐の依頼うけたじゃんかー。でも失敗じゃんかー。しかもビスベス食われちまったからまた行くってわけにもいかねーし……」

「そういえばそうだね……他の魔物にやられてました、なんて言っても証拠になるようなものはないし」

「あるぞ」

「は?」

「ビスベスの頭。拾っといた」


 太刀をしまうついでに魔法の袋からビスベスの頭を取り出す。この世の理不尽を呪うような表情に見えなくもない。ちなみに頭は結構軽く、体皮の質感は乾燥した樹皮のようだ。

 それを見た二人は目を輝かせた。


「っしゃあ! さすがだぜヒサー!」

「よし戻ろう今戻ろうすぐ戻ろう! 報酬が僕らを待っている!」


 急に元気になった二人にせかされて街へ戻る。

 このあと青い顔で報酬と装備品の補充費用を見比べる未来を、二人はまだ知らない。




 組合に戻り、ウェズリーとシュラットはビスベスの討伐報告をする。

 その間、念のため職員に黒刃蛇と遭遇したことを報告しておく。必要なら周知してくれるだろう。


「黒刃蛇……? 不意に遭遇して、無事に戻ったと?」


 報告を受けた職員は疑わしげに俺の顔を伺う。

 イラッとしたが職員の立場になってみれば無理もない。俺はこの職員と初対面だ。新入りの四級討伐者が三級討伐種の黒刃蛇と遭遇して、無事に戻ってきたと言うのだから普通疑う。

 革袋に移しておいた蛇の肉片をそっと置く。


「まあ見ろ」

「これがなにか」

「蛇の肉片」


 職員はますますうさんくさそうに俺を見た。いかにも渋々といった体で袋をあける。

 そして目を見開いた。


「これは、本当に……いや、でもおれの目利きじゃ……少しこれを借りていっていいか。確認したいことがある」

「どーぞ」


 俺は適当なテーブルに座る。なんなら肉片程度くれてやってもいい。

 帰り道をすっ飛ばしたおかげでまだ遅めの昼食ほどの時間。疲労もあって腹も減った。腰と顔の痛みもだいぶ薄らいだ。何か食べ物を頼もうか。

 メニューを見ているとウェズリーとシュラットがウキウキ顔でやってきた。


「サイカ-、なんか頼むのかー?」

「サイカのおかげで依頼を達成できたんだし、今日くらいは何かおごるよ」


 ウェズリーもシュラットも得意げである。この様子ではまだ収支の計算はしていないらしい。

 討伐依頼を受ける際に報酬も確認しておいた。緊急性が高いということもあり報酬は四級討伐依頼としては高めだったが、鎧を使い捨てるほどではない。

 もともと兵士として支給された鎧のはずだ。鎧の値段を知らないから赤字の自覚もないのかもしれない。自分で選んで防具を買ういい機会と思ってもらおう。

 というわけでせっかくなので昼飯はおごってもらうことにする。肉と野菜のシンプルなサンドイッチを頼む。二人も景気よく注文していた。


「おいサイカ、お前ちょっと来い」


 サンドイッチをむさぼっていると後ろから声をかけられた。

 支部長である。眉間にしわをよせて悩ましげな表情をしている。

 最後のひとかけを口に入れて、しっかり噛んで飲み込んでから振り向く。


「うぃー」

「お前この前の神妙な態度はどこへ行った」


 そうは言われても頼み事をする時とそうでない時で全く同じ態度の方がおかしいという話である。


 ウェズリーとシュラットには先に戻ってるよう伝えて支部長についていく。

 別室で聞かれたのは蛇と遭遇した場所、どれくらいの大きさか、どう対処したか、などなど。魔法の袋と太刀のこと、城壁に傷を付けたことを伏せ、それ以外は素直に話した。

 支部長は蛇の一撃を受けて飛ばされた下りで頭のおかしい人を見る顔をしたが、それ以外は粛々と報告を聞いていた。


「くそ、でかい個体だな。サイカ、いっそお前が討伐してきてくれないか」


 報告を聞き終え、まとめた後の支部長の第一声である。


「ヤですよあんな危ないの」


 そして断る。

 何も怖いから、危ないからという理由だけではない。

 三級討伐種というのは三級討伐者が入念に準備をすれば倒せる魔物というくくりである。それだけ聞けば俺が準備して挑めば問題ない、と思うかもしれないが、物事には相性というものがある。

 黒刃蛇は体表が鮫肌のようになっており、移動する体の近くにいるだけでも削られてしまう。体当たりをまともに食らえば金属鎧を着ていても危ない。外皮は硬く、小手先の攻撃では傷付かない。そのくせ動きが速く大ぶりな攻撃を当てるのは難しい。

 要するに近接メインの俺は相性が悪い。大火力の魔法で遠距離から仕留めるのがベストではなかろうか。


「俺じゃ相性悪いってわかってますよね。なんで俺にやらせようとするんですか」

「討伐依頼に関する暗黙の了解ってのがあってな。討伐者が発見した厄介な魔物の討伐依頼ってのは、発見者に最初に受注する権利がある。もちろん放棄する権利もあるが、そうすると今度は奪い合いだ。上位の討伐種を倒したとなれば、その等級へ上がれる可能性が出てくる。そうでなくても昇級の足がかりになる。……特に、実力が足りないやつほど必死になる」


 なんとなく想像が付く。

 実力がある人間ならばそんなリスクを冒さずとも堅実にやっていれば昇級できる。命を天秤にかけたリスクなんて背負わない。

 しかし、実力がない人間はそうはいかない。うまくいかない、上への道筋が見えていない。昇級できないという表面上の問題のみを見て、昇級できない理由に頭が回らない。結果、示されたわかりやすいルートを安易に選んでしまう。もしくは単にアホなので実力不相応のチャンスに飛びつく。ハングリー精神と無謀な馬鹿は紙一重である。

 おそらく食いつくのは四級下位で足踏みしている連中と五級の連中。討伐者として食っていけるラインを目指す層だ。


「今セントに三級以上の討伐隊はいない。そうすると四級以下の部隊を複数投入することになるが、負傷者が出る可能性が高い。特に功を焦った馬鹿が徒党を組んでな。……馬鹿でも人手不足の今はいなくなると困るわけだ」

「じゃあいっそ依頼を出さなきゃいいんじゃないですか」


 蛇の様子を見るに、ビスベスのように上位の魔物に追い立てられたというわけではなさそうだった。普通の獣なら獲物をとりやすい浅層に居残るかもしれないが、黒刃蛇は生きるために魔力を必要とする魔物だ。魔力濃度の高い深層へそのうち帰るだろう。


「そうもいかん。三級討伐種が中層に出たとなれば告知せんと危険だ。しかし、告知すれば馬鹿が出る。依頼を出さずともな」

「……理屈は納得できるけど、俺を死んでも構わないくらいの勢いでぶん殴ってきた人の言葉とは思えないんですが」

「細かいことは気にするな」


 細かくない。人の生き死にに関わることは絶対細かいことじゃない。


「悪いですけど、そう言われても依頼を受ける気はないですよ」


 はっきりと結論を伝えておく。

 支部長には借りがある、と言ってもセントに来てから契約通り毎日のように依頼を受けている。黒刃蛇を見つけたのだって功績のはずだ。ウェズリーとシュラットだけなら二人とも殺されていた。セントの他の討伐者だって同様だ。俺が出くわしていなければ存在を特定されるまでに何人か死んでいただろう。犠牲を未然に防いだと言える。

 五人の勇者のひとりだとバラすと言うなら従わざるをえないが、現状そこまで切羽詰まった様子もない。

 なら、命を危険にさらしてまで依頼を受ける理由はない。


「そうか、仕方ないな」


 支部長はあっさり引き下がった。


「断られる気はしていたからな。信用できる四級討伐者を複数投入して仕留めることにする。おれからの指名にすれば否も無いだろう。……時間をとったな。多少だが報告に報酬も出るから受付に寄ってってくれ」


 信用できる討伐者と聞いてまっさきに思い浮かぶのはリニッドの顔。

 リニッドの実力はよく分からないがベテランなのは間違いない。戦力が足りない状態で駆り出されてリニッドが死んでしまいそう、ということなら助けようと思うが、支部長だって貴重な戦力をどぶに捨てるようなことはしないだろう。

 何より、なんとなくリニッドからは死にそうな感じがしないのだ。

 適当に返事をして、支部長の部屋から立ち去った。


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