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1-13 遭遇戦

 ミスった。失敗した。

 ウェズリーとシュラットに危険が生じたら割り込もうと、二人に意識を集中させ過ぎた。

 ビスベスとの戦いは遊びじゃない。邪魔が入らないなんて保証はどこにもない。ビスベスに二人を即座に害する力がないのだから、俺は周囲の警戒こそ優先すべきだった。

 蛇の動きは恐ろしく静か。二人とビスベスの戦いを注視していたこともあり、間近に迫るまで接近に気づけなかった。


 ビスベスは逃げ出した。顔を燃やされ腕を切られた怒りも放り出して脇目も振らず距離を取る。ウェズリーとシュラットも格の違いを感じ取ったのか、蛇から目を逸らさずじりじりと後じさっている。


「逃げとけ」


 端的に言う。消耗したウェズリーとシュラットは戦力として数えられない。しかもこいつは三級討伐種。万全の状態で奇襲をかけてなおビスベスに手こずっていた二人では地力が足りない。

 組合で資料を見た限り、こいつは致死性の攻撃をいくつも持っている。二人の訓練には不適切きわまりない。ここにいても危険なだけなので速やかに逃げてほしい。


 目の前で不気味にたたずむ蛇の脅威度を測る。

 かなり強い。油断すればあっさり死ぬ。油断しなくても下手を打てば死ぬ。

 ……オーケー上等。黒鎧の魔族や師匠のような、本気を出された時点で死亡が確定するようなランクじゃない。十分やり合える。

 支部長曰く、俺の戦力は単独三級レベル。集中してかかればこいつにだって勝てるはず。


 ウェズリーとシュラットはビスベスが逃げていった方へ駆け出した。

 逃げる直前には背中に不安げなまなざしを感じたが、逃げ始めたら一目散だ。逃げることに集中した。

 これで遠慮無く戦える。さあ、気張りどころだぞ俺――


 蛇に斬りかかろうと重心を落とすと同時に蛇が動いた。

 ズン、と火薬が炸裂したような音を残しウェズリーの背中めがけて襲いかかる。

 速い。速度もさることながら邪魔な植物を鮫肌のような鱗で削り、最短距離で移動する。


「ざけんな!」


 横合いをすり抜けられたが、がら空きの胴体が真横にある。ウェズリーに食いつく前に全力で剣を振るう。

 重撃。仮に胴体を両断できたとしてもウェズリーが喰い殺されてしまったら意味が無い。打撃で蛇の軌道を逸らす。

 目論見は成功。蛇の大口はウェズリーの背中から逸れ、見当違いの方向へ飛んでいき、たまたま運悪く変更後の軌道上にいたビスベスを直撃した。

 剣で殴りつけた俺もまた吹っ飛ばされた。蛇の鱗は逆立っており移動する力を剣に強く伝えてきたのだ。なまくらな剣だったら削り取られるかへし折られるくらいの威力だった。

 バチンと生物の噛みつきにあるまじき音。ビスベスの頭と腕一本が咬合の衝撃でちぎれて飛んだ。

 ビスベスの頭は大きく口を開けていた。そりゃねえよ、と叫びたそうな雰囲気すら感じる。……おそらくビスベスはこいつから逃げてきたのだろう。蛇の捕食対象ではなさそうだが、体がこすれただけで大根よろしくおろされてしまうなら近付きたくはないはずだ。

 蛇はベッとビスベスの体を吐きだした。

 蛇は着地しても相変わらずウェズリーの方を眺めている。傷の多いウェズリーを獲物と定めたらしい。


「させるかよ」


 危ないヤツに無視されるなら大いに結構だが、狙う先にウェズリーがいるなら見逃せない。ぶつ切りにして売りさばいてやる。

 吹っ飛ばされた勢いのまま蛇とウェズリーの間に入る。移動のついでに錬気を伸ばし、ビスベスの頭を拾って魔法の袋にそっとしまう。

 ぐっと蛇がタメを作る。

 今度は狙いがウェズリーだと分かっている。飛び出した瞬間に開いた大口を裂いてやる。

 再び蛇が突撃する。狙いは変わらずウェズリー。

 進行方向が分かっていればタイミングを合わせるくらいできる。上顎と下顎を二度とくっつかないよう切り分けてやる。


 逆手に持った長剣を振り抜く。

 しかし手応えがなかった。蛇は飛び出した直後に軌道を変え、横に逸れることで俺の剣を回避していた。

 不気味な滑らかさで蛇が動く。

 ほんの一瞬のうちに俺の周りを一巻き。俺に牙を剥いていた。

 狙いはウェズリーではない。今回の攻撃は俺を仕留めるためのものだった。


 全力で両足を強化、前方へ跳躍。具現化した錬気を木に絡ませて足場とする。

 俺を仕留め損ねた蛇はゆらゆらと首をゆらしていた。

 まるで遊んでいるかのような仕草。先ほどウェズリーを狙っていると見せかけた行動から察するに、こいつはかなりの知能がある。実際に遊んでいるのだろう。

 舐めやがって。すぐにバラして泣いたり笑ったりできないようにしてやる。


 今度はこちらから仕掛ける。

 順手に持ち直した剣で鼻っ柱への一撃。

 蛇は悠然と攻撃をかわし、お返しとばかりに胴体を叩き付けてきた。

 俺だって考えなしに突撃したわけじゃない。かわされることは想定済み。着地と同時に体勢を整えている。

 蛇が反撃してきたところを狙う。

 斬撃。今度は打撃ではない。蛇の胴体を両断するくらいのつもりで、剣と胴体が垂直になるよう振るう。


 剣は蛇の鱗を破り、胴体に切れ込みを入れたところで止まる。

 脊椎は切れず表皮と肉をいくらか斬っただけ。

 蛇は不意の苦痛にのたうつ。剣と胴体は垂直ではなくなり、剣を取り上げるような強い力がかかる。

 ――放してたまるか!


「っらあああああああああああ!」


 剣にまとわせていた錬気をチェーンソーのように回転させ肉を削ぐ。蛇の動きで胴体の向きは変わったが、力ずくで剣を振り抜く。

 ぞりぞりと形容しがたい手応えを残し蛇の肉と鱗を斬り剥がした。

 痛みにひるんだ今がチャンス。その素っ首をたたっ切ってやるーー!

 と、飛び出しかけたところで蛇と目が合った。

 強烈な怒気と殺気。背筋に寒気が走る。

 とっさに跳躍をキャンセル。逆に地面に這いつくばるような低い姿勢を取る。


 ボン、と交通事故のような音がした。

 続けて無数の木々がなぎ倒される轟音が響く。

 このままでは木の下敷きになってしまう。はぎ取った蛇の肉を回収してその場を立ち退いた。

 地面が湿っているため土煙は立たなかった。辺りを見ると密林の中にぽっかり空白地帯ができてしまっていた。

 その円周部には金属質な尾を見せびらかすようにゆらす、目を血走らせた蛇がいた。


「マジかよこれ……」


 こいつの種族名は『黒刃蛇』。名の示す刃というのは全身を覆う鱗のことではない。尻尾の先端にある巨大な角質層のことである。

 刃尾と呼ばれるそれは大剣のような切れ味を誇る、と資料にあったが大剣どころではない。刃尾の大きさは二メートルもないはずなのに、ひと薙ぎで十メートル程度の空間にあった木をまとめて伐採しやがった。ちらりと見えた断面も均一。力でなぎ倒したのではないし、魔法の気配もなかった。シュラットの剣といいどうなってるんだこいつらは。

 俺の背後にはセントの街がある。つまりウェズリーたちが逃げた方角だ。……ふたりは射程距離にはいないはず。魔力感知で探るも巻き込まれてはいない様子。


「よし、やっぱ逃げよう」


 方針変更。仕留めるつもりだったが隙を見て逃げる。

 そもそも三級討伐種というのは『三級討伐者が入念な準備をして挑めば倒せる』という強さだ。俺に単独三級の戦力があったとしても黒刃蛇を倒すための準備なんてしていない。

 今のところこいつの討伐依頼は出ていないはず。仕留めたとしても実入りは少ない。

 何より怖い。機動力があって体がかすっただけで抉られて、こちらを丸呑みできるような大口、極めつけに大木も軽々断ち切る刃尾。死んでしまう。

 剣を鞘に収め、魔法の袋から新たな剣を取り出す。

 師匠が手ずから打った俺専用の剣。刀身はこれまで使っていた剣より長く、厚い。重量も相応に増している。勇者が召喚された際に持っていた剣を再現したこの剣は銘がない。見た目が太刀っぽいのでとりあえず太刀と呼んでいる。

 剣が長く重いので攻撃の威力が増すし、何より先ほどまでの長剣よりはるかに頑丈だ。黒鎧の魔族と戦っても刃こぼれひとつしない業物である。


 太刀を中段に構え全身に錬気を回す。太刀にも通しめいっぱい強化する。

 それを見た蛇は刃尾をいっそう大きく揺らす。

 呼吸を整え機を見計らう。蛇も同じだろう。

 数秒の沈黙。蛇を相手におかしな話だが、この瞬間は心が通じ合った気がした。


 蛇が横一文字に刃尾を振るう。

 全く同時に俺は太刀を振り下ろす。


 ――衝突。


 雷が落ちたような轟音が響く。

 蛇の刃尾が両断された――なんてことはなく。

 俺の太刀がへし折れた――なんてこともなく。

 お互い無傷だった。

 一瞬、蛇と目が合うがぽかんと間抜けな顔をしていた。心が通じ合った気がしたのは勘違いだったらしい。当たり前か。

 俺は無傷ながら宙を舞っていた。

 刃尾と太刀がぶつかり合った瞬間、俺はありったけの錬気で両足を強化。後ろに向かってジャンプした。

 蛇の一撃はすさまじい威力を秘めていた。俺の脚力も加わっているとはいえ、野球ボールもかくやという勢いですっ飛んでいる。大ホームランだ。

 蛇が周囲の木を切り倒してくれたおかげで木に衝突することもなく空の旅ができた。

 あの蛇は賢い。領域の浅層に入れば討伐隊が組まれることは承知していることだろう。追撃してくるとは考えづらい。ウェズリーとシュラットも全力で走っていた。もうじき逃げ切ってセントに辿り着いたころだ。


 三級討伐種と不意に遭遇しながらも依頼は達成。死人、重傷者はなし。大金星ではなかろうか。

 などと自画自賛しているうちにセントも間近。軌道を考えると城壁にぶつかるだろう。

 かなり痛そうだが、あのまま蛇と戦うよりはよほどマシだ。壁にぶつかる程度なら全力で肉体強化すれば大怪我はしない――


「ヒサー!? うしろーーー!?」

「刺さる、刺さっちゃう!!!」


 ちょうど森を抜けたところだったらしいウェズリーとシュラットが叫ぶ。

 うしろ? 刺さる? 何が?

 後ろを見て思い出した。セントに到着した日、城壁を観察した時だ。

『特徴的だったのはその城壁の外観。あちらこちらに棘や刃が仕込まれており、うかつに触れれば流血間違いなしといった様子。おそらくこれも魔物対策なのだろう。規模の大きな有刺鉄線みたいなものだ』

 自分の感想が昨日のことのように鮮明に思い出される。

 背後にあるのはセントの城壁。ちょうど俺がぶつかりそうな場所にもしっかりばっちり棘が生えていた。金属製のごっつい棘である。そのそばにはぎらりと光る、ギロチンの刃のようなものが設置されている。

 錬気の具現化は自由度こそ高いが強度が低い。勢いを考えれば錬気で防ぐのは到底不可能。

 全身から血の気が引いた。

 衝突まであと三秒。


「ひギャーーーーーーーーーーーー!?」


 シュラット曰く、屠殺される豚の鳴き声のようだったという。


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