1-12 討伐依頼
セントに来て五日目の朝。俺とウェズリー、シュラットはすぐに組合へ出向き、討伐依頼を受ける。
ウェズリーとシュラットは二人でひとつの部隊として組合に登録していた。部隊名は『剣と盾』。五級討伐隊である。あまりにもシンプルな部隊名だと思ったが、俺もネーミングセンスはないので口出しはしないでおいた。むやみにかっこいい名前を付けて数年後に後悔するよりいいだろう。
受けた依頼は寄生樹獣(通称ビスベス)の討伐である。
ビスベスは樹木から養分を搾り取る魔物である。通常の寄生樹と違うのはビスベスは自らの意思で動き回る、獣としての性質を持っていること。
依頼主は組合である。魔物の領域の中層に樹皮が薬の材料となる木が生えているのだが、ビスベスはその木から養分を吸い取って枯らしてしまう。その上ビスベスは中層から浅層に向けて移動しており、薬草の群生地を踏みつぶしたりしている。摘み師からの報告を受けて被害が広がる前に討伐してほしい、という依頼だった。
難度は四級。ビスベス単体は五級上位程度の強さだが、発生した場所の問題で炎や氷の強い魔法が使えない。薬草や樹木を必要以上に傷つけてはならないという縛りがあるため依頼の等級が上がっていた。
もともと武器での戦闘がメインのウェズリーとシュラットなら縛りはないも同然。緊急性が高く、俺と連名ということで依頼を受けることができた。
薬や食料は十分。魔法の袋には武器の予備を含めて過剰なほどの道具が詰まっている。今回は俺の事情を知らないやつと行動するわけではないので遠慮無く使える。
ビスベスの行動パターンと討伐時の注意点を確認し、俺たちはさっそく魔物の領域へ入った。
魔物の領域に入るとむせかえるほどの緑の匂いがする。
組合で調べたところ、魔物の領域とひとくちに言っても様子はさまざまらしい。
森があれば平野があり、砂漠や海の一部が領域と化していることもある。
形態が森の領域は貴重な植物が育ちやすく人にとって利用価値が大きいものである。それゆえ邪魔な魔物は討伐にかかる。
魔物にとっては迷惑な話かもしれないが、自然の営みということでひとつ許していただきたい。許されなくてもどうせ踏み込むのだろうし。
また、『魔物の』領域と言われるだけあってどの領域もいまだ人の支配下にないらしい。
「それにしても様子が変わってないか……?」
俺は昨日も魔物の領域に入っている。ここはまだ領域も浅い、昨日も通った場所だというのに、昨日と様子が違っている。
具体的には植物がものっそい繁茂している。探索者が踏み固めた道は残っているが、両脇の茂みが今にも迫ってきそうなほど道に向かってはみ出している。
……これもビスベスの影響なのだろうか。
「魔物の領域はちょくちょく様子が変わるからね……深層からここまで影響が届いたのかな」
「マジか。森の様子ってそんなちょくちょく変わるものなのか」
「普通の森とは違うからな-。魔力の濃さが変わるだけで生えてくる草だってちげーし。たまに見たことねーガケが出来てたりするし」
「まじかー……。だから人間が管理できないのな」
恐るべしファンタジー。だがこれで人間が魔物の領域を支配出来ていないことにも合点がいった。
支配しきれないのだ。仮に領域の最深部まで到達したとしても領域内には魔物がわんさかいる。仮に魔物を全て倒したとしても地形そのものがウェズリーも『ちょくちょく』と感じる頻度で変わってしまう。
地球のそうそう動いたりしない山でも完全に人間が支配できるわけではない。勝手に地形が変わる山だの森だの、無理して管理するより立ち入って必要なものだけ持ち帰る方が効率的なのだろう。
慣れで鈍りかけていた警戒を強める。見知った場所だと考えない方がいい。なんとなくソワッとするような嫌な感じがする。なるべく早くに依頼を片付けて帰るとしよう。
幸い、地形の変化は大きくない。依頼を引き受けるにあたり貸与された地図は使える。
森の中であることを差し引いても緑の匂いが濃い森の中は静かだった。
地図を頼りに目的地に向かう。この地図にしてもかなりの重要情報なので今回は街を出るまで見張りがついていた。依頼の達成条件に『地図を返却すること』が含まれているくらいである。ちなみに無くした場合は成功報酬の三倍ほどの罰金が科される。依頼達成後には組合の人が薬草を盗んだ形跡がないかチェックするらしい。
そんなに疑うならなりたての討伐者ではなく長いつきあいのある信頼できる討伐者に任せればいいのに。
魔物の領域中層。警戒と裏腹に問題なくビスベスが目撃されたと思しき地点に到達した。
森は気味が悪いほど静か。警戒していた討伐対象外の魔物は感知に引っかかることすらなかった。
「目的地はここだよね」
「じゃねー? この木だって締めた跡があるし」
ウェズリーとシュラットが見ているのは倒木である。
大人の一抱えもありそうな木は枯れた様子がなく生木の匂いをさせている。蛇が巻き付いたような傷跡もあり、ビスベスが目撃された場所に間違いないだろう。
当のビスベスは姿が見えない。こうなると問題はビスベスがどこへ向かったか、だ。
「……なるほど、これでビスベスが浅層へ向かっているって判断したのか」
周囲を調べていたウェズリーがつぶやいた。
中層よりの場所を調べていたウェズリーの目の前には傷付いた木があった。
ただし、先ほどの木と違い倒れてはいない。締めるだけ締めてすぐに離れていった、といった様子。樹液はしみ出しているがすでに治り始めている。
「ウェズ、サイカ」
しげしげと傷付いた木を眺めていると浅層側を調べていたシュラットに呼ばれた。
シュラットは地面に向けて指を向けていた。示された場所を見ると何か細長いものが這ったような跡があった。
資料にあったビスベスの移動痕と一致する。
三人で息を潜め、浅層に向けて歩を進める。
ビスベスの主な捕食対象は植物。その生態を考えると移動速度はさほど早くない。痕跡を追えばすぐに出くわすはず。
俺もウェズリーもシュラットも剣を抜く。ウェズリーは普段槍を使っているが、今回は木が密集した森の中での戦いになる。ビスベスは槍で突くよりも剣で斬る方が有効ということもあり、短めの剣を装備している。
耳を澄ますとぴしぴしと音が聞こえた。
「……あれか」
木が集まるなかでもひときわ大きな一本に、綱引きの綱のような木が巻き付いていた。
巻き付く木は三カ所で枝分かれしており大木にしがみついていた。
寄生樹獣である。その姿は極端にしっぽと四肢が巨大なトカゲのようだった。
体皮は鱗ではなく樹皮のよう。木に接する内側はあちこち逆立っているらしい。ささくれだった硬質な肌で樹木をひっかき、できた傷から樹液を吸い出す。動きは早くないが体皮は非常に頑丈。また、巻き付く力は時間をかければ大木をへし折るほどに強い。
厄介なことに頭にあたる部分は木の高い部分に食いついていた。ウェズリーもシュラットも手出しできない高さである。
「シュラ、行けそう?」
「まかしとけ」
どうするかと思ったが、二人の間ではもう決まっているらしい。
ならばここはお手並み拝見といこう。
いつでも動けるよう身構えながら俺は一歩下がる。
手出しはしないからやってみろというサイン。シュラットは両手で剣を持ち振りかぶるように構え、ウェズリーは短剣を逆手に構える。
合図も無くシュラットが動いた。
強化魔法と錬気を併用した加速。ほんの一息の間にシュラットはビスベスが巻き付く木の目前に迫る。
剣を振り下ろす。シュラットの剣はあっさりと大木を切断した。
……いやおかしいだろ、刀身の長さより幹の直径の方が長いくらいだぞ?
ビスベスはシュラットが接近した瞬間に動き始めていた。木の幹は切れどもビスベスは素早くシュラットの剣をかわし、臨戦態勢を取る。
長い手足を木の枝にひっかけシュラットを見下ろし、牙を剥き出しにしてシュラットを威嚇する。
しかしシュラットは囮だ。激しく威嚇するビスベスの上から迫るウェズリーに気付いていない。
なるほど、と思った。最初はシュラットが木を切り倒して落ちてきたところを狙うつもりなのかと思っていたが、二人の狙いはシュラットにビスベスの注意を引きつけること。
シュラットには劣るが、ウェズリーもまた身軽だった。
シュラットが踏み切るのと同時にウェズリーは跳んでいた。木が倒れる音に紛れて手近な木を蹴りビスベスの頭に向かって飛びかかる。
見事なタイミング。ウェズリーの短剣はかわしようもない速度でビスベスの頭に吸い込まれていった。
しかし、ビスベスは条件付きだからと言っても四級で討伐依頼を出される魔物。そう簡単に倒せない。
振り下ろされる短剣に気付いたビスベスはほんの少し頭を上に上げた。
力が乗り切らない短剣はビスベスの頭に刺さらず、あっさりとはじき返された。
「くそっ!」
ウェズリーは姿勢を崩しながら落下する。体勢を立て直し無事着地するが、その瞬間を狙ってビスベスが長い腕を振るう。
シュラットが迎撃する。剣とぶつかり合ってもビスベスの腕は切れず、それどころか剣が刃こぼれした。力でも体重でもビスベスが優位らしくシュラットははじき飛ばされてしまう。ウェズリーは着地と同時に後ろに跳び、シュラットと並ぶように立った。
傍目八目と言うとおり、今の俺には状況がよく見えた。
上を取り、樹木の群生地での行動に慣れたビスベス。大きなダメージこそないが奇襲に失敗して戸惑う二人。明らかにビスベスが優勢だ。
最初の奇襲はよかったと思う。しかし相手は初見の魔物。剣が弾かれた場合、奇襲に気付かれた場合の二手目を考えていなかったのが劣勢の原因だろう。
なんて分析しているうちにも二人とビスベスの戦いは続いている。
ビスベスの体は腹側が木を抉るためにささくれ立っている。二人は攻撃をきちんと防いでいるがその度に武器や防具が削れている。剣や防具はそれなりに高価だ。あまり損傷させて買い換えることになればおそらく赤字だろう。
そのうえウェズリーの槍もないので攻撃はまともに届かない状態。下手を打てば赤字どころか死んでしまう。
ビスベスも二人を即座に殺すような攻撃手段は持っていない。二人はまだ諦めていない様子なのでもう少し見ておくことにする。
監督役として死なない程度の失敗なら経験すればいいと思うのだ。
頑張って倒して、意気揚々と帰って報酬を受け取り、装備の修理ないし買い換えが必要なことに気付いて計算し、赤字に青ざめるというのもいい経験だろう。俺なら絶対忘れない。
「シュラっ!」
何度目かのビスベスの攻撃。対応するウェズリーの動きが変わる。
これまで盾や短剣で受け止めていた攻撃を防がず、胸に直撃させた。
がは、と咳き込む音が聞こえる。一瞬ヤバいかと思ったが、直前にシュラットに呼びかけている。何かの策か。
「あああああっ!」
ウェズリーは両腕でビスベスの腕を抱え、力の限り引っ張っていた。
ビスベスの体は腹側しかヤスリ状になっていない。背側ならば素手でも掴める。そしてウェズリーは胸当てを装備している。一撃くらいなら直撃を受けても死なない。そして胸当てにはビスベスの外皮が引っかかっており、強い抵抗を受ける。それを利用してビスベスを地面に引きずり下ろそうとする。
よく考えつく。しかし肝心なところが一歩及ばない。
ビスベスの方が大きく、重く、力が強いのだ。ウェズリーに引かれて一瞬動きが止まるもそれだけ。逆にウェズリーを持ち上げて腕を振り、手近な木に叩き付けた。息が詰まり力が抜けウェズリーは手を離してしまった。
ビスベスは地面にずり落ちたウェズリーに追い打ちをかける。
そこにシュラットが割り込んだ。ウェズリーと同じように胸当てでヤスリのような外皮を受け止め、両腕でしがみつく。
ビスベスはもう驚きもしない。しがみつくシュラットでウェズリーを叩こうと考えたのか、腕を振り上げる。
腕が高く上がった瞬間、シュラットは腕を放した。急に腕が軽くなり、ビスベスの動きのリズムが崩れた。その隙にウェズリーは動き出していた。
シュラットは上空に放り出されるがここは密林。空中で姿勢を制御し、足場となる木に両足で接触した。
間髪いれずシュラットは飛び出した。
ビスベスは上空からの攻撃をかわしきれない。
先ほどのウェズリーと違い十分に力が乗った一撃はビスベスの片腕を切り落とした。
ぎぎぎぎ、と軋むような悲鳴を上げるビスベス。
その頭をめがけて、再びウェズリーが跳んでいた。その手に短剣はない。
「燃えろっ!」
頭をはたくように振られた右手から炎が出る。
使ったのは一般家庭でも使われるようなごくごく初歩の炎魔法だった。
空中で、小さな炎を出しただけだったので周囲に延焼はしていない。
ビスベスは燃えていないとはいえ炎に弱いのか、腕を切られた時よりさらに激しくのたうった。
シュラットがそんな隙を逃すはずもなく、横合いから木を伝って跳んでいた。
狙うのはビスベスの頭。ウェズリーの刺突より遙かに強い斬撃で首を狙う。
――が、ビスベスの片腕からの強烈な打撃で弾き返された。
シュラットが斬ったのはビスベスの六本ある腕の一本。これまで攻撃に使っていたもう一本の腕は残っているし、木にしがみつくため使っている残り四本の腕は健在。頭に受けた炎魔法も致命傷とは程遠い。むしろこれからが本番だと言いたげに殺気を放っている。
そろそろ手を出すか。
吹っ飛ばされたシュラットが瞬時に受け身を取ってそのままビスベスに襲いかかっているが、たぶんそこそこ重傷だ。それでもどんどん動きのキレがよくなっているのはすごい。……いやほんと何アレ。才能があると聞いてはいたが、怖いくらいの反応だ。
シュラットの動きが鈍り始めたら即斬ろう。
と、思った瞬間だった。
ビスベスが不意にこちらを見る。シュラットも森の奥へ視線を向けた。
俺は尋常じゃ無い寒気を感じてとっさに背後へ剣を振る。
剣は硬質なソレをひっかいただけだった。かすり傷すら残らない。
しゅるっと衣擦れのような音。
ソレが舌を出して獲物を探る音だ。
巨大な蛇がいた。
真っ黒い光沢のない鱗を鮫のように逆立てた、丸太のような太さの大蛇。
三級討伐種、黒刃蛇がそこにいた。
ニポン語が浸透しているので、魔物の名前は漢字が多いです。
ビスベスなんかそのまま「きせいじゅじゅう」と読んだりもしますが、呼びづらいので旧来のカタカナの呼び方で呼称されることもよくあります。




