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1-11 日程

いきなりですが文字数多めの説明回です。


「サイカ、このあとちょっと話させてもらえるか-?」


 マールと食堂で朝食をとっていると、ふらりと現れたシュラットがあいさつもそこそこにそんなことを言った。

 口に入れていたものを飲み込み答える。


「分かった。朝飯食い終わったらお前らの部屋に行けばいいか?」

「それで頼む」


 シュラットは食べ物を注文することもなく部屋に戻る。ちゃんと食うもの食ってるのだろうか。


「昨日はちゃんと食べさせたから大丈夫だよ」


 心配が顔に出ていたのかマールがさらっと言った。

 それなら安心。さしあたって目下の課題は、


「この朝飯をさっさと片付けないと」


 目の前には分厚いベーコンだのでっかいオムレツだの朝から頼めるガッツリ系のメニューが並んでいた。今朝は空腹で目が覚めたので勢いで頼んでしまったのである。そして余裕で腹に収まりそう。

 対面するマールはしぶい顔で、


「朝ご飯食べてかなかったのってサイカのせいじゃないかな……」


 と、まるで自分が朝から脂っこいものの匂いをかがされて食欲が失せたかのようなことを言った。


「『まるで』じゃなくてその通りなんだけど」


 実はこの人、心を読む能力でも持っているのかもしれない。


―――


 注文した食事を平らげ、チファたちの部屋に向かう。

 本当はまだ少し食べ足りないのだが、シュラットたちが真剣な話をするのに満腹で眠くなった頭というのは避けたかった。必要なら改めて食堂へ行けばいい。

 話というのはどんなものか。故郷が滅んだ人と話したことはない。そんな状況に置かれた人が俺にどんな話をするのか分からない。

 相手はチファとウェズリーとシュラット。俺に著しく不利益な話をされるとは思わない。

 部屋の前で一度深呼吸し、ドアをノックする。


「入るぞ」


 と、声をかけると同時にドアが開いた。そこにはチファが立っていた。

 チファの表情は晴れやかなものではなかった。かといってふさぎ込んでいる様子もない。

 案内されるままに用意されていた椅子に座る。チファたち三人はそれぞれベッドに座っていた。

 ウェズリーとシュラットもチファと同じような表情を浮かべている。

 笑顔はないが、悲嘆に暮れているわけでもない。チファとの違いは一点、二人はどこか決然とした雰囲気を感じさせる。


「時間を作ってくれて、ありがとうございます」


 最初に口を開いたのはチファだった。小さくお辞儀して礼を述べる。ウェズリーとシュラットも同様にぺこりと頭を下げていた。


「構わないよ。なんなら俺から聞きに行こうかと思ってたくらいだし」


 マールに過干渉するつもりはないと言ったが、まったく干渉しないわけではない。

 故郷が更地になっていた、なんて間違いなくショックなことだ。心の整理がつくまでやいやい口出しするつもりはなかった。

 少し時間をおいても現状を受け入れられずぼんやりするばかりならしばらく面倒を見る。何かすると決めたのならできる限りで援助する。そんなつもりだった。

 俺はセントに長居するつもりはない。フォルトからほど近いこの街にはフォルトから避難に来る人もいるだろう。村山貴久はフォルトから逃げ出した手前、フォルトの人間に顔を見られるのはうまくない。

セントに到着してすでに四日目。七日で出て行く予定なので、もう折り返し地点。そろそろチファたちの方針を確認しておきたいところだった。


「あんま時間とるのもわりーし、さっそく話……ていうか相談なんだけど、してもいいか?」

「よしこいシュラット。俺としてもその方がありがたい」


 ここで当たり障りのない世間話なんて始まってみろ。どんな話が飛び出てくるのかドキドキしながら綱渡りみたいな雑談したくない。


「おれたち、カプショネルへ行こうと思うんだ」

「……なにそれ、地名?」

「アストリアス北部にある街なんだ。アストリアスで最大の魔物の領域『大陥穽』に入る探索者向けの宿場町でもある」


 意外な言葉だった。

 どこかで故郷が滅んだら復興させるために残るのではないかと考えていた。

 残るどころか出て行く。それも目的地まで定まっているというのは予想外だった。


「理由は?」

「村は直してーけど、おれたち三人だけじゃ無理だろ。誰かに手伝ってもらうにも金かかるし、稼がねーと」

「魔物の領域近くの街へ行くってことは探索者やるつもりなんだろ。それならセントで頑張った方がいいんじゃないのか? セントなら人手不足でやりやすいだろうし、村にも近い。もしかしたらフォルトからの避難民が村を直して住もうって話になるかもしれない。いずれその街へ行くにしても、しばらくセントで経験を積んでからでも遅くないんじゃないか」


 語気を強くする。

 リニッドに討伐者としての下準備やら手続きやらを教わった今なら分かるが、覚えることも考えることも非常に多い。消耗品の使用率や消費期限、武装の損耗率だの討伐達成期限までの時間における往復に要する時間の計算だの、俺自身も完璧だなんて到底言えない。どこで討伐者をするにしてもつきまとう問題ではあるが、セントの街なら周囲が二人の事情を知っており同情的だ。教わりながら討伐者として活動していく、というのもやりやすいだろう。実際の討伐以外の経験を積みやすい。

 二人は戦闘経験があると言っても討伐者としての経験は無いに等しい。大陥穽というのがどれほどのものか知らないが、最大級と言う以上生半可な危険度ではないだろう。危険度が低いならそのぶん報酬も安くなるだろうし出稼ぎにはならないはずだ。

 未熟者が命の危険を冒して一攫千金を狙うというなら賛成はできない。

 村を直したいと思っているならセントで地道に稼いで少しずつ復興させる方がよほど現実味がある。

 シュラットは相談だと言った。安易な考えで危険度の高い領域を目指すというなら却下というのが俺の考えだ。


「サイカの言うことはもっともだ」


 ウェズリーは深く頷いた。こちらを見る目にひるんだ様子は無い。


「僕らはサイカと違ってセントに長くいられない理由なんてないんだ。慌てて出て行くよりも、ここでじっくり実力を付けていくのが一番確実だっていうのはよく分かってる」

「なら、どうしてセントを出るんだ?」

「昨日聞いたんだけどさー、おれたちの村に誰か住むって、なさそうなんだ。フォルトから避難して来る人たちもセントだけで十分みたいでさ」


 今のところフォルトから避難してくる人は意外なほど少ないそうだ。

 避難できるだけの資力がある人は多くがとっくにフォルトから逃げていた。

 フォルトに留まっていたのは兵士やその家族、逃げる資力も逃げた先で生活基盤を作る資力も無い人が多かった。

 前者はアストリアスにとって貴重な兵力だ。国が手厚く管理する。後者の多くは都市部への移住ではなくフォルト付近の農村で農地の拡張に充てるそうだ。

 いっそのこと兵士を続けつつ国に補助でも申請して村の復興を進めればいいのではないかと思ったのだが、小さく重要度も低い村が滅んでも国は知らん顔するそうだ。兵士を続けたら今後どこで働くかも選べないこともあり、その選択肢は捨てていた。

 考えてみればチファたちの村が滅んでいると分かったのはほんの数日前のことだ。昨日の今日で避難民への対応に組み込まれているとは思えない。


「そーすっと、時間が経つほど村を戻すのが大変になってくんだ。十年もすれば村がなくなって森になっちまうかもしれねー」

「それで手早く稼ぎたいってことか」


 納得というほどではないが、理屈は分かる。

 山間部の農村なら森に浸食されるのも早いだろう。

 浸食されないよう三人で管理して、少しずつ片付けていく方がよいのではないかと思うが、そういった専門知識もないのでどちらがいいとは言えない。

 他の選択肢があると分かった上で決めたことなら俺がとやかく言えたことではない。


「なるほど、方針は分かった。それで俺への相談ってのはなんだ」


 ここまでの話はウェズリーとシュラットが決めた今後の方針を聞いただけだ。俺への相談ではない。

 ならば、相談という意味での本題はこれから。


「おれたちをサイカの旅についてかせてほしい」


 セントを出る、という方針以上に意外な話だった。相談と言われても金の工面とかそっちの方面だと思っていた。

 複数の疑問が同時に浮かび上がり、どれから尋ねるべきか分からない。

 なので率直に判断の理由を尋ねることにした。


「それはどうして」

「サイカ、おれたちよりつえーだろ。だから、どう戦うかとか参考にしてーんだよ」

「討伐者としては四級でも、実際には三級くらいの実力もあるじゃないか。だから、無理目な依頼を受けても一緒に来てもらえれば危険を減らしながら経験を積める。……一方的に頼ることになるけど、きちんとお金は払う。だからどうかお願いします」

「お願いします」


 なんとも悩ましいお願いだった。

 村を復興させるためには金が必要。ただし時間をかけるほど必要な手間と金額が増える。手早く稼ぐには出稼ぎが効果的。稼ぐためには経験値が必要。より困難な依頼の方が経験となる。身の丈に合わない依頼を受けてしまっても上位ランクの人間がついていれば尻ぬぐいできる。

 合理的だ。投げやりな考えではない。

 ただ、問題はある。俺を買いかぶり過ぎているということだ。

 確かに戦力で言えば俺は二人を上回っているが、討伐者としてはどっこいの経験しか無い。その上、俺は自分の身なら条件反射で守れるが他人を守る技術はない。引率役の適性は高くない。

 断ったらどうなるか。

 セントで堅実に討伐者をしてくれるならよし。カプショネルに向かうにしても、安全に十分気を付けてくれるならよし。怖いのはセントに残るにせよ出るにせよ、焦って実力にそぐわない領域へ踏み込んでしまうこと。

 ぶっちゃけ俺としては村の存亡とかどうでもいい。復興させたいと思っているなら叶うといいな、という程度。チファ、ウェズリー、シュラットが元気にやっていてくれればいいのだ。

 そう考えると引き受けた方がいい。気苦労は増えそうだが、遠い場所でどうにかなってしまっていないか心配するよりはマシだ。

 いっそフォルトからくすねてきた金目のものをぶちまけて復興資金として二人に与えようか。……駄目だな。そんなことをしたら二人に窃盗容疑がかかりかねない。どこかでまとめてロンダリングできないものか。


「分かった。できる限りの引率はする。ただし俺は護衛なんてまともな経験ないから過信はしないように。……それでチファはどうだ?」


 話が始まってからずっと黙っていたチファを見る。

 チファは目を伏せ、あいまいに笑った。


「わたしは、ウェズとシュラについて行こうと思います」

「ここから王都まではかなりの距離があるけど、大丈夫か」


強化魔法なり錬気なりを使える俺たちと違いチファはそういった技能を持っていない。

俺が背負っていくとか対処方法はあるがしんどい道のりになることは想像に難くない。


「大丈夫じゃないかもしれないですけど、そのときはシュラたちに助けてもらいます。そのかわり、わたしもふたりを助ける方法を考えます。……セントに残ることも考えましたけど、ひとりで残るのは、いやです」

「そっか」


 主体的な回答でないことは気になった。

 けれど身内や知り合いがろくにいない街へひとりで取り残される怖さは想像できる。

 いきなり故郷がなくなって親もいなくなったのにこうしてきちんと受け答えできるだけで大したものだ。

 チファならそのうち自分でできることを探し始めるだろうし、気持ちの整理がつくまでは旅行気分でもいい。何か始めるのは気分転換してからでも遅くない。その間の旅費や生活費はまとめて俺が面倒を見よう。

 甘やかしだと言いたければ言え。どのみち三人には当座の生活資金を渡していく予定だったのだ。旅費が上乗せされたところでなんでもない。乗りかかった船だ。なんならウェズリーとシュラットの旅費と生活費だって全部受け持ってもいい。……討伐者としてやっていくなら自分たちで金勘定させた方がいいか。

 腰に下げている魔法の袋に手を突っ込み、地図を取り出す。手近にあった椅子の上に、地名とざっくりした地形しか載っていないおおざっぱな地図を広げた。


「現在地がここ、セントの街な。そんで王都がこれ。カプショネルの街はこれか。お前らが行くならどういう道を選ぶか考えとけ。俺はちょっと席を外す。すぐに戻る」


 三人が地図とにらめっこし始めるのと同時に俺はいったん自室に戻る。

 部屋ではマールが机に向かって何か書いていた。


「話し合いはどうだった?」

「これからあの三人と王都方面へ向かうことになったよ」


 マールはこちらを向いてやわらかくほほえんだ。

 昨日は三人と一緒にいたマールだ。相談の内容も分かっていたはず。話がまとまったことに安心したのかもしれない。


「それで、マールはどうだ? 帰りの馬車は確保できたのか?」


 俺が気になっていたのはこの一点。

 マールは祖父のところに帰ると言っていた。フォルトに残って護送されるのを待つよりも俺たちについてセントへ来た方が早く旅の手配ができるからだ。本来であればとっくに自分の旅に出ていてもおかしくない。

 チファたちのことが気がかりで出発しないでいてくれたのか。それとも何か他に理由があるのか。

 マールには世話になっている。力になれることがあるなら教えてほしい。

 そんな考えはお見通しなのかマールは笑顔をくしゃっと頼りなげにゆがめた。


「……帰りの便、なくなっちゃってた」


 マールの祖父が住むキャナリという街は王都の北東に立地している。南部にある山から豊富な水が流れ込む、工業がさかんな街とのことだ。

 街についてはどうでもいいとして、マールに話を聞いてみた。

 以前はキャナリとセントの間には直通の便があったらしい。街伝いに移動するルートよりも移動時間が短いため旅費が安い。住環境こそ悪いが何度か使ったことがあるとのことだ。

 そんな便利な直通便。護衛に当たる人材の確保ができなかったらしく今は運行していないのだ。もともと利用者が多い便でもないので人材の確保が後回しになったのだろうとはマールの談。

 マールは緊急時用に旅費を常に確保していたのだが、直通便の費用を基準にしていたので街伝いの便を使うには金が足りない。


「旅費なら俺が出しますよ」


 フォルトで目につく金品を端からくすねてきたので俺の懐は暖かいのである。


「それが、戦争の影響で駅馬車の運行予定も狂っちゃってて……」


 この世界は地球に比べて危険が多い。昔は地球にも盗賊や山賊がいただろうがこちらの世界には魔物が存在する。魔物の領域の外なら出くわす機会は少ないが、大型の魔物ともなれば危険度は熊の比じゃない。小型、中型の魔物は群れで行動するものが多いためこちらも脅威だ。そのため長距離移動には護衛が欠かせない。

 戦争で一稼ぎするためフォルトに来ていた討伐者は多かった。商人たちは戦争特需の恩恵に授かるべく積極的に行動していた。駅馬車の護衛ができるような人材には引き抜かれた人もいるらしい。

 フォルトへの運行ができなくなったこと、護衛の人手が足りないことなどが原因で運行予定はめちゃくちゃになっていた。


「……それでですね、たいへん身勝手なお願いなんですが、王都方面へ行くのであれば私も連れて行ってもらえたらなと」


 マールは深々と頭を下げた。言葉遣いも敬語になっている。マールの敬語を聞くのも久しぶりな気がする。


「いいですよ。でも馬車とかないんでセントに来たときみたく徒歩たまに俺が背負うみたいな形になると思いますけど大丈夫ですか」

「はい、大丈夫です。まったく問題ありません。むしろご迷惑をおかけします」

「いやいやそんな。マールさんにはお世話になっておりますし、これくらいお安いご用です」

「お世話だなんてとんでもない。本当はこうしてしれっと相部屋に泊まるのではなく、きちんとお願いしなければならないところでした。宿泊費は私も半分出させていただきますので」

「いいですよお金なんて。俺が勝手に部屋をとっていただけですから。それより、ちょっとこの変なノリで頭の下げっこするのやめません?」

「うん、私もやめ時を見失ってたよね。なんでサイカまで敬語になったの?」

「相手が敬語だとこっちもつい」


 もともとマールはさん付けで呼んでいたし敬語で話していたのである。悪目立ちを避けるために普通に話しているが敬語で話すほうが慣れている。


「それじゃあマールも一緒に来ると決まったところで相談なんだけど、王都までのおすすめルートとかある? 隣でチファたちと順路の相談するから、よかったらいろいろ教えてくれないか」


 チファたちだって村からフォルトへ移動した程度の経験しかない。俺自身は言うに及ばず。電車やバスを使った旅行の経験なんてさほど役に立たないだろう。

 街伝いの駅馬車を利用した経験もありそうなマールが一番旅慣れているはずだ。

 そんなわけでマールを加えて今後の順路を組み上げた。

 セントから魔物の領域を伝って北西へ進む。キャナリへマールを送り届けたらカプショネルでチファたちと別れる。そこから俺は単身で王都へ向かう。

 王都以降は未定。送還魔法の研究の進捗によって身の振り方が変わるので焦って予定を組んでも仕方がない。

 順路が決まったのは昼ご飯には早く、仕事を始めるには遅い時間。俺とウェズリー、シュラットは午後から組合へ行くことにして、昼まではそれぞれの部屋で準備に充てる。マールはチファに旅に必要なもの、情報を教えてくれることとなった。


―――


「……ね、サイカ。送ってほしいなんて頼んでおきながら言うのも変な話なんだけどさ、本当にいいの?」

「いいのって、なにが?」

「頼った私が聞くのは本当におかしなことなんだけど、私たちの中で一番余裕がないのってサイカだと思うの。いきなりよその世界につれてこられて、戦争が一区切りついたと思ったら根無し草。周りの状況はどんどん変わっていくうえにサイカは送還魔法の研究をするんでしょう? 私たちに構ってる余裕、あるのかなって」


 マールはちらちらと俺の顔を伺いながらぽつぽつと言った。

 俺が無理をして意地をはって面倒を見ようとしているのではないかと心配してくれているのかもしれない。マール自身が俺に護送を頼んだ手前、正面切って言いづらいのだろう。

 だがそれは無用の心配だ。


「いいんだよ。一人で心細く不慣れな旅をするよりも大勢でわいわい旅する方が不安もまぎれるし。ぶっちゃけアストリアス国内で送還魔法の研究をするつもりもあんまりないし」

「え? でも図書館のある街に寄って消費魔力を抑える研究をするって……」

「言ったけど、省エネなんてポピュラーなテーマ、研究成果が王都に集まらないはずないからさ。ダイム先生が研究するって言ってた以上、あんまり俺が頑張る意味がないんだよ」


 魔法のコストダウンの研究なんて普通に考えたらどの国でも真っ先に取り組まれるだろう。日用品にしても戦闘用にしても、消費魔力が小さいに超したことはない。汎用性が高い術式を組めればこぞって使われる。

 そんな超メジャー級の研究、国の中枢部に集まらないわけがない。魔法の専門家であるダイム先生が王都で研究する以上、俺が研究する意味は薄い。なにせ俺は送還魔法の術式そのものさえ理解できていないレベル。専門家どころかお姫様より低レベルな知識しか持っていない。

 旅をする理由は使えそうな幻素の集積地を見つけること。もしくは王都へ行かないようなマイナーな術式を探すこと。しかし、王都へ成果が行かないレベルの研究なら論文が図書館に所蔵される可能性は薄い。となると研究者から直接話を聞くしかないわけだが、そんなコネはない。コネもないやつに飯の種となる研究についてホイホイ話してくれるはずがない。

 つまるところ、本格的に研究するであればアストリアス国内でどうにもならなかった場合だ。いっそ王都に着くまで研究はほったらかして、ダイム先生から直接解説を受けてからアストリアス国外で術式を探してもいいと思っている。


「ま、余裕がなかったとしてもチファたちをほっぽり出すなんて選択肢はないからさ。キャナリの街も全体から見れば寄り道程度の距離だし、気にする必要ないよ」


 気軽に笑ってみせる。本当に大したことではないのだ。その気持ちが伝わるように。

 マールは目を大きめに開いてぽかんとした。その一瞬あとに何か思い出したのか眉を寄せ、少しのあいだ目を閉じた。


「……前から思っていたけど、サイカって変に面倒見がいいよね。特に年下に対して」

「そうか?」

「そうだよ。普通、足手まといの女給なんて放っておくし、その友達だって構ったりしないよ? 旅をするならサイカ一人の方が絶対に身軽だもの。昨日なんて初めて会った探索者の子まで気にしてたし。サカガミ様やアサノ様のことも最後まで気にしていたじゃない。その上、シノミヤ様のことだって最後まで切り捨てなかった」


 言われて考える。

 たしかに本気で帰還を考えるならひとりで辺境を巡って研究が進んだ頃合いに王都へ向かうのがいいだろう。

 帰還について、なぜかそこまで真剣になれていない自分に気付く。

 ダイム先生に任せた方が早いのは確かだろう。しかしダイム先生だって送還魔法の研究に専念できるとは限らない。期待して王都へ行ったら何も進んでませんでした、なんてことも考えられる。

 俺自身、送還魔法について相応に研究しておくべきだと頭では分かっているのだが、それ以上に研究する必要がないと直感がささやいている。

 仮に送還について研究しないにしても自分が生き残る以外のことに使うリソースは少ない方がいい。

 それなのにチファたち、そしてもしかするとセインを気にしているのはなぜか。


「たぶん代償行為なんだろうな」

「代償行為? なにかの代わりに優しくしているの?」

「俺には弟がいるんだよ。とびっきり優秀なやつが。兄貴としての面目なんて七、八年くらい潰され続けてた。……だからきっと年下の、弟妹でおかしくないくらいの年齢のやつには優しくするんだと思う」


 誰かを弟の代わりに見立てて面倒を見ることで自尊心を修復しようとしている。

 面倒を見ることで自分の優位性を確認して弟への劣等感を払拭しようとしている。

 意識的にしているのではないが、俺が年下に面倒見がいいとするなら原因はそんなところだろう。


「偽善者丸出しで気持ち悪いかもしれないけど大目に見てほしい。自分がチファたちの兄貴じゃないことはよく分かっているし、干渉しすぎないよう気を付けるから」


 すでにこれだけ干渉している身で言えたことではないけれど。

 気がつけばうつむき加減で話していた。おそるおそる顔を上げると、マールが頬をかいていた。


「なんか、すごく自己分析できているんだね? 普通はもっと時間をかけて考えて答えを受け入れるものだと思ってた」

「そういうのは省略する方向で。もう答えが出ていることをグタグタ悩んでも鬱陶しいだけでしょう」

「自分のことを鬱陶しいって」


 マールは苦笑いを浮かべる。

 俺がチファたちの面倒を見ようとするのは自己満足的な部分が強いだろうが、それでも当人たちの邪魔になっているのでなければ構わないと思うのだ。干渉が過ぎて自分の手元に置いておこうとするのであればアウトだが、頼られたらめいっぱい力を貸すくらいなら個人的にセーフ。

 自分の基準に照らし合わせて問題ないとなったなら思い悩むだけ時間の無駄。どちらかと言えば基準が緩くなっていないか定期的に確認することが重要だろう。得てして少しずつ考えが弛んでいって大事故が起きるものだ。


「私は悩んでもいいと思うけどね。サイカは割り切るのがうますぎる気がするよ」

「そうか?」


 そんなに割り切りがうまいならフォルトからもっと面倒なく逃げ出していた気がする。

 解決法が見いだせない問題ならば悩んで解決法を探す。

 だが、年下に優しくするというのは限度をわきまえていれば問題ではない。代償行為だとしても鬱陶しく悩んでまで解決しなくてもいいと思うのだ。

 誰だって悩む必要がないことでいちいち悩んだりしないだろう。


「そうだよ。……あ、シュラットくんが呼んでるよ」

「準備できたか。それじゃあちょっと出かけてきます」

「はい、いってらっしゃい」


 自分の荷物を持ちマールに見送られて部屋を出る。


ーーー

 

 セントに来て四日目。ウェズリーとシュラットに昨日リニッドから教わった討伐者としての基礎知識を教える。

 ついでに薬だの武器だの討伐者に入り用なものを売っている店に行ってみた。

 武器屋であれこれ説明したりシュラットの新しい剣を買ったりしていると全体が金属でできた、先端部にひときわ重そうな金属塊がついた武器――メイスが目に付いた。


「なあ、魔物を相手にするなら剣よりこういう武器の方がいいんじゃないか」


 半ば自分が買うつもりになりながらもシュラットに言う。

 今回シュラットが買った剣は刃渡り60センチ程度。俺が持っている剣も刃渡りは長くて100センチ程度。

これから俺たちが相手にするのは魔物になるだろう。魔物の多くは人間より大きい。体が大きいということはそれだけ毛皮や皮下脂肪が厚いということ。この程度の長さの剣では大型の魔物を相手にするには心許ない。

 そもそも剣なんて対人戦を想定した武器のはずだ。動物の毛皮だの甲殻だのをたたき切るための構造にはなっていない。

 ならばいっそのこと打撃武器の方がいいのではないか。切れなくても強い衝撃を与える分、剣よりよほど汎用性が高いはずだ。


「いやー、でも重いしな-」

「シュラが買った剣だって慣れれば猪でも両断できるだろうし」

「そりゃあ魔法を使えばそうかもしれんが」

「? 魔法なんか使わなくても、剣の長さの倍くらいの大きさならいけるだろー?」

「待て、その理屈はおかしい」


 刃物は刃を対象に当てて摩擦することで物体を切断する。

 要するに、極めて当たり前の話ではあるが、刃が当たらない部分は切れないはずだ。

 のこぎりのように往復でもさせない限り刃渡りの倍ある大きさの物体を切断するなんて不可能である。


「おかしいって、サイカだってフォルトで遠くにいる敵を斬ったりしていたじゃないか」

「あれは錬気を剣の振りに合わせて飛ばしてただけだ」


 師匠から教わった技の中に衝斬撃というものがある。剣の切っ先から径を絞った錬気を飛ばして離れた場所の敵を切断する技だ。原理はウォーターカッターに近い。

 ……あれ、でもウォーターカッターなら数秒間対象物に噴射して削り落とすよな。なんで一瞬しか相手に触れない衝斬撃で敵が斬れるんだ?


「でも、腕のいい木こりだと斧の一撃で太い木を切り倒したりするよ?」

「レナードのおっちゃんだって短剣で魔族の胴体まっぷたつにしてたしなー」

「え、そうか、いやでもアレ? おかしくない?」

「「おかしくない」」


 魔法や錬気が絡まなければおおむね物理法則が通じる世界だと思っていたのだが、自分の常識の不確かさを思い知らされたりしながら買い物をした。

 結局メイスは買わなかった。たぶんフォルトからくすねたものの中にあるし。


 組合に辿り着いたのは日帰りの依頼を受けるには遅い時間。魔物の探索術を実地で教えるために魔物の領域の調査という組合が常時出している依頼(基本給は安く、異常を発見して報告すれば追加で報酬という歩合制の仕事である)を受けて魔物の領域に入った。

 さしたる波乱もなく、実習授業くらいのことをして部屋に戻った。ついでに宿を借りる期間の延長をした。


 適当に疲れていた俺は寝入りばなに夢を見た。

 弟と野球をしていた頃の夢だ。

 ――ああ、そういえばなんで――

 ふと疑問が浮かんだが、疑問を持ったことすらまどろみの中に消えていった。


はやくも三年かけて蓄えたストックが残り1/3となりました。

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