序・道中
「ハズレ勇者の奮闘記」からの続き物ですが、読んでいなくても問題ないように書いているつもりです。
奮闘記に比べると主人公のテンションも話のテンションもお気楽になります。
奮闘記の雰囲気が好きだと仰ってくださる方は期待せずご覧ください。
逆に、こちらが好きだと仰ってくださる方がいらっしゃる場合、奮闘記はあとあじもっさり陰鬱じめじめであることをご了承の上でお読みください。
日の光が降り注ぐ平野。背の低い植物が生い茂るそこに一本通った街道を、男女八人が歩いていた。
「それにしてもアレだ、こう、体が軽いな! この数か月ずっと肩が凝っていたような気がする」
歩きながら身長160センチ程度の黒髪の少年がぐっと伸びをする。
村山貴久。五人の勇者のひとりとして異世界召喚に巻き込まれた一般人である。
召喚されたフォルトという街が陥落したどさくさに紛れ、もとの世界に帰る方法を探す旅に出た。
嫌な思い出ばかりの街を出たことに解放感があった。両腕と背中の筋肉がいい具合に伸びて血行が良くなったような気がする。適度に熱を持った体は調子もよく、これまで自分がどれだけ背筋を丸めていたか実感した。
「いきなりどうしたんですか、タカヒサ様」
となりの少女がじとっとした目を貴久に向ける。11、2歳くらいの女の子で、名前はチファ。自発的な出稼ぎにフォルトの街で女給のようなことをしていたが、フォルトが陥落したため、村に帰るべく貴久に同行している。
「そんな不審者を見るような視線を向けないでくれ、チファ。俺は召喚されてからずっとあのクソッタレなお姫様のお膝元にいたんだぞ? それがこうして影響下から出たんだ。少しくらいひたってみてもいいだろう」
貴久はチファに笑って答える。誰だって何か月も気に喰わない状況におかれて、それから解放されたら似たような反応をすると思っている。むしろ自分はおとなしい方ではないだろうか。
チファのそばを歩く、チファの幼なじみであるふたりは苦笑していた。
「まあ、しょうがないよね。ハズレの勇者とか難癖つけて嫌がらせされてたんだから。途中からなくなったって言っても居心地がよかったとは思えないし」
金髪の、いかにも貴族の御落胤といった様子の少年、ウェズリーは理解を示した。
ウェズリーの言うとおり貴久は召喚魔法によって拉致されたうえ、拉致した張本人には本来召喚されるはずではないハズレだと冷遇された。途中から手のひらを返されたが、それで居心地がよくなるというものではない。お姫様の手が届く範囲にいるというだけで気分が悪かった。
「……そういうわりにはフォルトでも好き勝手してなかったかー?」
もうひとりの焦げ茶色の髪の、間延びした話し方をする少年、シュラットは引き気味に笑っていた。
「好き勝手とは心外な。冷遇から脱した後だって師匠との訓練とか保険の設置で忙しい日々を送っていたから、好き勝手するヒマなんてなかったぞ」
どうしようもなく低い戦闘能力と戦闘経験のなさを補うため、貴久は地獄のような訓練を受けた。途中からは覚えていないが、聞いた話によると訓練の終盤では精神崩壊しかけていたらしい。詳しい話を聞くと思い出しそうで、思い出さない方がいいのはなんとなくわかったので聞いていない。おかげで生命力そのものである錬気を使った戦い方を身につけられたのだが。
訓練が終わってすぐに魔族が侵攻を再開し、万一の場合に備えて保険の用意を始めた。時おり街へ降りることもあったが、それだって息抜きの範囲内のことである。
「好き勝手、というほどではないにしても、そこまで不自由していたようにも感じなかったよ? 厨房の果物を漁ったり、街でお買い物したりもしていたじゃない」
「マールさん……それとこれとは話が別ですよ。行動が自由でも精神的には常に圧迫感があったんですから」
くすくす笑いながら会話に入ってきたのはチファの先輩女給だったマールである。フォルトではのけ者にされがちだったチファや貴久にも普通に接し、チファに仕事を教えていた。
マールは遠くに住む家族のもとへ行くために貴久についてきた。フォルト周辺の交通が整うのを待つよりも、貴久についていった方が早く安全と考えてのことらしい。
「それに、お姫様から解放されただけじゃないからな。あれだけ頻繁に戦闘があって、逐一参加してたら疲れて当たり前だ。ウェズリーとシュラットだって解放感はあるだろ?」
「……まあ、そうだね。気が付いたら知り合いがいなくなってるっていうのはぞっとしないものがあったよ」
「おれは周りを気にしてらんなかったなー。自分が死なね-とも限らねーし」
フォルトは魔族との戦争の最前線になっていた。
ウェズリーとシュラットは兵士だった。当然、戦闘になれば駆り出される。自分の都合とはいえ戦っていた貴久も戦場の空気は嫌というほど吸った。
最後の戦闘を除けば死人は少なかったが、ゼロではなかった。
一手間違えれば次は自分が死ぬかもしれない。間違えなくても運が悪ければ死ぬ。そんな状況に完全に順応できる方が少数派。貴久もウェズリーもシュラットも知らず疲弊していた。
フォルトの街に立ち入ることもできなくなったとはいえ、魔族の侵攻は食い止めた。敗戦に近い結果だが戦争の緊張から解放されたことで精神的な負担が減ったのは確かである。
「と、まあ暗い話はこのへんにしておこう。今向かってる街はセントって名前なんだっけか」
「はい。このあたりだとフォルトの次に大きな街で、わたしたちの村もその近くにあります」
セントは近くに多数の魔物が住む領域があるため造られた街である。
魔物の存在は住民にとって脅威だが、魔物の領域は幻素濃度が高く普通の土地とは環境が大きく異なっている。魔物の領域以外での採取が難しい資源があるため、領域に分け入る探索者たちの宿場町として栄えている。
「とりあえずそこで登録して身分証を確保して、調べ物はそれからだな」
そのような成り立ちゆえ、セントの街には探索者たちの組合がある。そこで発行される身分証こそ貴久がセントへ向かう目的である。
魔族の侵攻があり、小さい町はともかく大きな街では警戒が強まっていると予想される。そうなると身分証なしでは街に入ることが難しい。手間をかけず合法的に街へ入るために探索者組合で身分証を発行したい。
通常、探索者組合への登録にも国が発行する身分証が必要である。もちろん貴久はこの国、アストリアスの身分証なんて持っていない。仮に持っていたとしても勇者としてのしがらみを放り出すためにも使えない。
だが、いくつか例外がある。貴久はその例外のひとつである「三級以上の資格を持つ探索者からの推薦」を得ることができたため、身分証発行の申請手続きをしに行くのである。
「そういやタカヒサ、名前はどうするんだ?」
「名前?」
貴久たち五人から少し離れたところを歩いていた二十代中盤ほどの男に声をかけられ、貴久はおうむ返ししていた。
男の名前はレナード。探索者であり、三級討伐者の資格を持っている、貴久の推薦人(予定)である。結婚を機に安定した収入を得られる兵士になったが、フォルトが陥落したので当座の資金を得るべく妻子を連れてセントの街へ向かっていた。貴久とは縁があったため推薦人を引き受けた。
兵士がフォルトに取り残された人たちを無視して別の街に行ってよいのかという疑問があったが、本人曰くセントの兵士をまとめている人と親しいから大丈夫らしい。フォルトの住民より妻子が大事、部隊の再編成が終わるまでに討伐依頼をこなして新たな生活基盤を作る資金を確保する、とのこと。
「……あ、そうか。村山貴久なんて馬鹿正直に登録するわけにはいかないか」
少し考え、貴久は自分の間抜けさに気が付いた。
貴久は『五人の勇者のひとり、村山貴久』としてのしがらみをポイするためフォルトの陥落に乗じて姿を消した。それなのに村山貴久の名前で半分公共の機関に登録するなんて間抜けにもほどがある。
「となると偽名が要りますね。……サヒカタ・マヤラムとかでどうでしょう」
「もう少しひねれよ。一瞬でバレるぞ。家名があるやつなんて少数派だしな」
「ていうか変な響きだよね」
「ウェズリー、お前は全世界のサヒカタ・マヤラムさんに謝れ」
本名をひっくり返しただけの偽名は即座にボツとなった。
レナードの妥当な指摘に納得しながらも、ウェズリーのあんまりな言いようにちょっとだけ傷付いた。
「と言ってもいい偽名なんてそうそう思い浮かばないな」
言いながらもう少し考える。
登録すればこの世界にいる間は長く使う名前になるだろう。そうなるとあまりしっくりこない名前は使いたくない。かといってポンと収まりのいい偽名なんて出てこない。
とりあえず本名からもじる形で考えてみる。
ムラ。あまりにも村。ラヤ。しっくりこない。タカ。アストリアスでは耳慣れない響きらしい。ヒサ。タカに同じ。マヤ、ラムは珍しくないが主に女性の名前。この名前の男がいたら目立つかも、とのこと。
いっそ本名から離れて考えた方がいいかもしれない。けれど本名という目安がなくなるともっと迷う。
「じゃあ、サイカとかどうでしょう」
ぽつりと言ったのはチファだった。
貴久、ウェズリー、シュラット、マールが一斉に振り向いたことにチファは身をすくめながら説明する。
「さっきタカヒサ様がサヒカタと言っていたので、そこからとってサイカってどうかと思ったんですけど……」
サヒカタ、サヒカ、サイカという流れ。
適当な名前と責められると思ったのか説明するチファの声は少しずつ小さくなっていった。
貴久はそばにいる三人に視線をやって確認する。
『この国で悪目立ちする名前?』『ありそうな響きだし、たぶん探せばいる』
『女性名だったりする?』『どちらかと言うと男性名かと思います』
よし、と頷き貴久はチファの肩をポンと叩く。
「ナイスチファ、採用」
「へ?」
「偽名はサイカで決まり。というわけでレナードさんも、街中で俺を呼ぶときにはサイカでお願いします。あ、チファも俺を呼ぶときはサイカで頼む。ついでに様も付けないように」
「へっ、へっ?」
流れるような説明にチファはきょろきょろあたりを見回した。
様付けされてるやつとか目立つもんなー、と笑う貴久。いい感じ、とチファに親指を立てるウェズリーとシュラット。にこにこ笑って見守るマール。あいよ、と何の気なく聞きいれたレナード。
それだけ観察しながら会話の内容を噛み砕き、状況を理解してほぅと息をついた。
「お、見えてきたぞ、タ……サイカ」
慣れた名前で呼びそうになるも途中で訂正をするレナードに言われ、遠くを見やる。そこには高さ5メートルほどの街壁が見えた。
城塞都市フォルトの西に位置する宿場町、貴久たちが当面の目的地としていた街、セントである。
「宿場町ってイメージよりかなり防御を固めてる感じだけど……そばに危険な生物がたむろする森があるんだから妥当か」
セントの街を囲う壁は城壁と言われてもおかしくないほど頑丈な作りをしている。
貴久が知る宿場町は旅の途中で休憩したり観光したりするような場所だ。城壁なんてものとは無縁のはず。
しかし、事前にセントの街の成り立ちを聞いていれば納得できた。
セントの街の南西には木々が鬱蒼と茂る山がそびえる。フォルトに近い裾野部分は樹海になっている。山も森も希少な動植物が生息する危険地帯、魔物の領域なのである。宿場町と言っても観光客のためのものではなく、領域に踏み入り獲物を持ち帰る探索者のための宿場。魔物に備えて防備を固めているのは当たり前のことと言えた。
「これはレナードさんに頼んで正解だったな。侵入は難しそうだ」
魔物に備えた壁は大きく頑丈。衛兵も定期的に見回っている。
めいっぱい身体強化を行えば跳び越えるだろうが、失敗した時のことを考えれば挑戦したくない。侵入しようにもそのための訓練を受けたこともない貴久では忍び込めなかっただろう。
「今回はおれが身分を保障するから門から堂々と入れるぞ。だから侵入しようとか物騒なことを考えるのはやめてくれ」
「しませんよ、そんな無意味なこと。他に入る方法がなかったら考えたかもしれませんけど」
「考えるなよ、諦めろよ」
呆れ顔のレナードについていく。
セントの街はもう目と鼻の先である。
今回は三人称ですが、次から基本的に貴久の一人称になります。
だいぶ不定期更新になります。よろしければ今後もおつきあいください。




