第6話 《秘境と呼ばれる場所》
「うおおおおおおおおわぁぁあああっっ!!」
土のあるべきエリアに足を置こうとするとスルッと抜けていく珍妙な感覚。
今まで味わうことがなかったこの感覚は、安全性をわかっていても恐怖が背筋を襲い、突然出現する斜面に臀部が激突。
直後、反応をさせてくれるより先に体が勢いよく下に滑り落ちていった。
斜面に沿って体が左へ右へと揺れて滑り落ちる。
本来、こんなことをやったら摩擦で尻が燃えてしまうのではないか不安になるところだが、伊達に皮装備じゃない。
時々、石に衝突した際に感じる痛みが走らないわけではないが、摩擦による熱さは微々たるものしか感じられなかった。
「うおおおわあああああぁぁ―――――ブッホォッ」
ほんの数秒の暗がりが長々と感じられた一時に、突如として光が差し込む。
だが、それも気がついた時にはまた目の前が真っ暗になってしまい。
「無事来れたみたいね」
「……ちょっと体勢が凄いことになってるけどね」
「ブッ……着地センスのなさに芸術性感じるぜぇ、ガキンチョ」
少しだけ籠もった声に気付いて、下に向いた頭部を無理やり上へと持ち上げた。
どうやら、葉の山のおかげで助かったようだ。
見たところ、回りはすべて岩石。
後は所々に草が生えたり、葉が積もってたりするぐらいで特に特徴的なものは一切なく、唯一行き先を示すを洞窟がポツンと目の前にそびえ立っているだけだった。
「んで、ディルゲートは先に行ったのかい?」
「馬鹿か。この前、全員でフル装備準備万端になってから突撃しようって決めたんじゃねぇかよ。流石に一足先に味見するほど馬鹿じゃねぇよ」
「ふぅん、そう言っちゃって~。実は一人で行くのが怖かったんじゃないの?」
「あ? 言ったなテメェ? 中で瀕死になってもぜってぇ助けてやらねぇからな?」
挑発ぎみに語るエンゼルにナイフを向けて、眉を潜める。
それをなんとかダグタリオが宥めて、その場を取り持つと最後に心の準備と荷物の確認を行った。
「俺は端から準備万端に決まってンだろ。むしろ、準備期間を設ける方が無駄なんだよ」
「私は、武器と防具のメンテナンスを終えてアイテムも新調したから大丈夫よ」
「私はいつでも……」
「大丈夫です」
「よし、じゃあ―――行こうか」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「―――今のところ、何一つ見えてこないわね」
「おいおいおーい、ここまで準備したあげく何もねぇってなったらふざけんなよ?」
「別にあんたなんも準備してないじゃない」
「うーん、ティアール鉱石が残ってたからまだ誰も手をつけてないんだと思うんだけど……」
「《灯火》 の魔力消費を考えると、早めに灯りのあるとこへ着きたいです……」
五人は暗い洞窟の中をユリの放つ灯りを頼りにして前進する。
今のところ、先ほどと変わらない風景が延々と続いてるし、雰囲気も少し不気味で気味が悪い。
と、そんな何も無い時間に暇を持て余したのか、わざとらしくディルゲートが軽く咳ばらいをした。
「あー、テメェら『屍の王』の話ぐらい聞いたことあるよな?」
「どうしたのよいきなり」
「いや、ふと思い出してな。それでよ、その屍の王なんだが性質はもちろん知っていると思うが、実は最近付近で出没していると風の便りで聞いてだな……」
「へぇ~、で、それがどうかしたの?」
「はぁー、バカのエンゼルにゃ分からんか」
「……ディルゲートさん。それ以上言葉を続けたら、極上位魔法ぶっ放しますよ」
「おぉ~こわっ、ユリの野郎が俺に脅しかけるなんて珍しいじゃねぇか。……あ、そうかこの手の話苦手なんだっけか」
「……? 話のあらすじが読めないんですが」
暗い洞窟のなかに一つの灯火と5つの足音が聞こえるなか、ピタリと一つの音が止み、続けて4つの音も余韻を残して消えていく。
「屍の王ってのはな通称『死神』と言ってだな、モンスターの死骸を操って人間を襲わせるんだ。けどさぁ、モンスターの死骸を操れるってことは人間も例外じゃねぇとは思わねぇか······? と、なるとだ。案外、身近な奴が実は死んでて襲ってきたって··········なぁ?」
「やめて下さい」
「……」
凄みを増した視線を放つユリと、段々と理解し始めて来た健悟の表情が固まり始める。
補足しておくと、俺はホラー全般、幽霊の類は無理なタイプだ。お化け屋敷は勿論、ほ○怖ですら直視しして見れない。
夜中に怪談話でも始まった日には、電気とテレビを点けっぱなしにでもしないと安心して眠りにつくことができないくらい、ひどく嫌悪している。
「『俺の体は何処だァ~~~』『たすけてぇぇぇえええ』「ユリィ〜〜〜、クジラダァ〜〜········』って死体が動き出してぇ、助けを求めた屍共がゆらゆらと音もなく近づいてぇ――――気がついた時には後ろに……!!!!!」
不気味な表情で、制止を無視して淡々と語るディルゲートは突如として声を張り上げ、脅かしにかかる。
だが、それはまだ序の口。それ以上に恐ろしかったのはそのセリフの後に後ろでぼぅ、と下から光に煽られた顔が空中に出現。
意識していた二人は悲鳴を上げて後ろへとひっくり返った。
「ひゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
「うおおおおああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
「ちょっと、そんな二人をいじらないでよディラ」
「ギャーーハハハハハハハッ! て、てめぇらビビりすぎだろっ、ククク……ダグの顔でどんだけ驚いてんだ……っ」
「……ちょっと傷つくなぁ」
ディルゲートが告げて、まじまじとそれを眺めると確かにダグタリオの姿がそこにあった。
まあ、落ち着けば簡単に分かることだが顔が光に煽られてたのは、ユリの放つ灯火のせい。
だが、無駄に広く静かで、真っ暗な洞窟の中だとその恐怖が何倍にも増幅するものだから……致し方が無い。
「にしても、随分ユリは可愛い声出すじゃねえの。いつも不愛想の癖に『ひゃあああっ!!!』って……クククッ」
「……エンゼルさん。アイツぶっ殺してもいいですか」
「うーん、とてつもなく許可を下してあげたいところだけど、その前に女の子が『ぶっ殺す』なんて怖い単語は辞めましょうか」
「ごめんね健悟君。ディルゲートっていつもあんな感じなんだ……」
「あはは……そうっすか……」
「ハハッ――――おっと、ようやく見えてきたぜぇ」
相も変わらぬ通常運転でディルゲートは先の方を見やると、真っ黒な世界の中に一つの白い光点が目に写る。
それからはあっという間の出来事。暗闇を越えて光の中を潜り、あまりの眩しさにとっさに手を覆う。
だが、覆った腕の下からぼんやりと辺りの全体像を認識始め、気がついた時には絶景が両目に飛び込んできた。
それはまさに『神秘』という存在をそのまま具現化したような光景であった。
昔、家族旅行で行った際に見た鍾乳洞のような光景だがそれとはまったく似て異なるもの。
天井の高さは9,10Mほどあり一面に鍾乳石が垂れ下がっており、その一本一本が淡い青色が輝いている。
そして、壁に所々に連なった苔が生えているがこれも青く発光。地面や壁に生えた水晶がその光を通して、より一層美しさを際立たせていた。
更に、右端の方に小さな滝と小池を目にしたが、遠目で分かるほど透明度がえぐい。
流れている水が本当に流れているのか疑いたくなるほどのレベルで、滝の後ろの壁と隣の壁と見比べて一切歪んで見えなかった。
まさに、世界絶景ベスト10に余裕でランクインしそうなぐらいの美しさがそこにはあった。
「はえー……」
「うっわ、すっごいわねぇー」
「……」
「すっげぇー……」
「おいおい、んなことしてねぇでさっさと先進もうぜ。グダグダやってる暇ねぇだろ」
感動の3名、無表情の1名、無関心の1名の感想が述べられるが、ディルゲートのコメントで雰囲気がぶち壊れ、皆の表情が全体的に沈む。
「あんたねぇ……秘境なんて滅多にお目にかかれないんだから今の内に堪能しておいた方がいいわよ??」
「はぁ? んなこと言って、お前この光景の魅力とか分かんのかよ?」
「うっ……いや、別にアンタよりは……」
訂正。感動2名、無理解1名。
「まあまあ、ディルゲートの言うことも一理あるさ。さっ、探索をパパッと済ませて早めに離脱しよう。いつどこから凶暴モンスターが飛び出してくるか分からないからね」
「おいおい、随分逃げ腰だなァ、ダグ。むしろその凶悪モンスターを倒してレア部位を手にすることが目的じゃねぇのか? 逃げちまってどうするよ?」
「逃げ腰なのは生き延びるのに一番大事な精神だよ。というか、例え希少価値の高い物が目の前に有っても最優先に生き延びることを考えなくちゃいけないこと。その点しっかり分かってるのかい?」
「ハッ、バカにするな。俺はァ別にちっとばかし希少種とやらに興味があっただけし、手合わせさえ出来りゃ文句はいわねぇよ」
「……ディラ、生きて帰るのが目的なのに、戦うことを条件にするって話の理屈が噛み合ってない気がするんだけど?」
3人の談義が響く中、一行は着々と前へと前進していた。
今のところ、コレと言った変化はない。最初の入り口の風景はほとんど変わらないし、モンスターには一度も遭遇しない。
それに、レアアイテムなんて辺りを見渡しても全く見当たらな……あれ、そう考えると所々に水晶の様な物があったがあれは、レアアイテムじゃないんだろうか? 価値は高そうに見えるが……。
「え? ああ、言われてみればそうね……。私は見たことないんだけど、なんか皆スルーしてるから、てっきり珍しくない物かと思っていたけれど……一応持ち帰ってみましょうか?」
「んーとね、ユリはそのh―――――っっっ!!!!! ちょ、バカッ! 早くソレから手を離して!!!!!」
エンゼルが近場に有った鉱石に軽く触れようとした瞬間、遠くにいたダグタリオが顔を青ざめさせてかつてない勢いで声を荒げた。
だが、その制止はワンテンポ遅く、声に気づいてダグタリオの方へと視線を移した時には既にその鉱石が変化を始めていた。
今まで、半透明であった水晶が中央を赤黒く濁らせ、一瞬の間にソレが真っ黒に染めあがる。
「ッ!!」
何処か遠方で床の削れる音を認識した、いや、それよりも先に風を切る音共に視界が半端ない勢いで左方にぶれた。
一体全体何が起こったのか全く分からず、理解できなかったがただその時にかかったGのせいで、一瞬眩暈が起こったことだけは分かっていた。
「ぐへっ」
「うぅっ……」
「ッハァ……クソ、無駄に体力使わせやがって……」
自分の視線の下、というか仰向けの状態になっているのだがそこにいたのは、膝をつくディルゲートと、自分と同様に事態を把握しきれていないエンゼルさんの姿があった。
現在位置から推測するに、ディルゲートがエンゼルさんと自分を瞬時に遠くに移動させたのであろうか、先ほどまで触っていた水晶が元の色に戻り、数十M先に聳えていた。
「はぁーっ、助かったよディルゲート。君が《加速》のスキルを習得していなかったら大変なことになってたよ」
「ハッ、別にコイツ等の為じゃねぇ。『アッシェ鉱石』の範囲に俺も入ってたから止めてやっただけだ」
「えっと、一体どういうことなの……?」
「……知らないんですか? アッシェ鉱石……」
どうやら、全く理解できていないのはエンゼルさんと俺だけの様。
三人は困り顔を向けて、視線を向け合うと誰が説明するか会議している様子。で、結局はユリとディルゲートが首を横に振ったので仕方が無くダグタリオが説明することに。
「まあ、説明をしてなかった僕にも非はあるしね。えとね、アッシェ鉱石ってのは、秘境でしか見られない希少石なんだけど、主に魔力付与行ったり、特殊魔具の制作に使われたりするものなんだ。けど、その性質がとても厄介で……触ると爆発するんだ」
「……へっ?」
「……それじゃあ使えないじゃないですか」
「いや、爆発はするんだけど条件を満たせば回避はできるんだ。というか、そもそも爆発の原因は主に内部の魔力と外部の魔力が反応して起こるものだから、高位魔法使いが《封印》か《減少》を使えば爆発その物は抑えることができるって寸法さ」
「んだが、勿論そんなもん扱える奴ぁこの場にいねえし、アッシェ鉱石の恐ろしさを知らねえ奴はいねぇだろうと踏んでたから、採集するバカは流石にいねぇと思ったんだがなァ……」
「わ、悪かったわねバカで!」
「ハァ……ホントよお、勘弁してくれよ? こちとら無駄な体力裂く暇ねぇし、バカの為に大事な精神力も擦り減らしたくねえんだぞ? ていうか、師匠ヅラしてやがるが基本すら出来てないお前が務められると思ってんのか? そもそも、毎度毎度足引っ張るっつったら大体テメェが……」
「うぅっ、ゴメンってばぁ……」
エンゼルの瞳にぼんやりと涙が滲んで見える。ソレを見て、ユリが蔑むような視線でディルゲートを睨みつけると、先の件の恨みも込めて嫌みたらしくディルゲートをなじっていく。
「あぁー……ディルゲート、エンゼルさん泣かした―……。うっわぁ……うぅっっわぁ―――……」
「な、なんだよ。別に事実を言ったまでだろうが」
「ディルゲート。君はデリカシーってもんを覚えたほうが良いよ……」
完全に三対一の劣勢状態に、ディルゲートは顔に冷や汗を垂らすが「俺は悪くねぇ!」とだけ言い残して、余所を向いてしまった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「―――っと、何だか開けたとこに出たね」
「えーっと、ひぃ、ふぅ……みぃ……4本道が枝分かれしてますねー」
「……エンゼルさん……もう、大丈夫……ですか?」
「ぅん? あぁ、もう平気よ。ありがとねユリちゃん」
「ハッ、むしろアレで泣き出す方がおかしいだろ。どんなガラスのハートしてんだよ」
「はあ、ディルゲート……」
「ああぁ―――わーった、わーった。もう言わねぇよ、はいはい」
先ほど、道中でダグタリオに軽い説教を受けてから、多少拗ね気味になりつつも大人しく歩いてきた。
そう考えると、ダグタリオさんの影響力って強いんだなと改めて感じるが、これでもしダグタリオさんがいなかったらこのパーティーの行く末は一体どうなっていたのだろうか……。
面白そうだから、それはそれで見てみたいものだ。
「さてと、皆はどの道が良い?」
「あ? 何言ってやがる。一人一本だろ」
「はぁ!? バカじゃないの!? 健悟君居るんだしそんな手使える訳ないじゃない!」
「んなこと言ったって、時間短縮が目標だろ? 手段としては上出来じゃねぇか」
「いや、ユリも後衛だから一人で戦えさせられないし、何より誰かがピンチの時に駆けつけられないから、ディルゲートの案は却下かな」
「……ちっ、しゃあねぇな。んじゃ、どのルート行くかダグが決めろよ」
「んーそうだね。そういえば、ユリって今《探索》って使えたりするのかい?」
「……無理。なんかの……妨害がある……みたいで、ノイズがかかってる……」
「うーん、そうかい。じゃあ、僕の運を信じてこの道でいいかい?」
そう言って、指さしたのは左から二番目の道。
特に理由は無く指したようだが、別に異論のなかった4人は首を縦に振ってその指さした方に足を進めていった。
前回、あとがきで短くするか悩んだ癖にまたまた長くなってしまい申し訳ございません。
あと、もう一つ。予定ではもう少しテンポを上げてストーリーを書き上げていきたかったのですが、予想以上に無駄話が多すぎて進行速度が遅くなってしまいました。
なので、心の優しい方はコレもストーリーの一環として、仲良い5人の談話をほんわか眺めていただければなと思います。




